目が覚めた。 色々と考えるうちに眠ってしまったか。 リースは半身を起こし、髪の毛をかきあげる。 今日も、決断がつかぬまま、悩む一日となってしまうのだろうか。 そう思うと、リースはため息をつかずにはいられなかった。 朝食をすませ、部屋で髪の毛をくしけずっている時だった。妙に表がさわがしかった。 何だろうと思って窓を見て、目をむいた。 獣人たちが帰って来たのだ。 ウェンデル進攻は噂どおり失敗したらしい。獣人たちの顔を見ればよくわかる。 人通りの少ない道を、獣人たちは隊列も組まずに歩いている。わずかに歩いている人々 は獣人たちが通る前に逃げていく。 それを追いかけていく獣人も少し。それでも、大部分の獣人は不機嫌そうに歩いていた。 おそらく、ジャドの領主のいる所にでも行くのだろう。 ふと見ると、逃げていく人々の中に、年端もいかぬ少年もいた。弟と同じくらいか、も う少し下か。 彼が、転んだ。どこにいるものか、親は駆け寄る気配がない。 その少年に、獣人達が近づいてくる。というか、獣人達の通り道上で、彼が転んだのだ。 「…危ない!」 リースは槍を引っつかむと、急いで部屋を飛び出した。 「おう、坊主。なんだ、てめぇ、こんなところで寝っ転がってやがって!」 「っ…」 獣人の一人が起き上がろうと、もがいている少年の首根っこをひっつかみ、自分の目線 の高さまで持ち上げた。少年は恐怖で口も聞けない。 「離しなさい!」 リースは槍を持ち、少年をつかんでいる獣人に叫んだ。 「あーん? なんだ、おめぇはよ。武器なんか持って、俺たちに刃向かおうってのか!?」 「その子を離しなさい! その子があなた達に何をしたと言うんです!?」 「何をしただぁ? おまえは、おまえたち人間が、俺たちに、何をしたか、わかって、言 ってんのかぁ!?」 ギョロッとした目付きで、リースをにらみつけ、獣人はすごんで見せた。 「では、その子はあなた達に何をしたのですか!? その子自身があなたに何をしました!?」 「俺たちの通行を寝そべって邪魔したんじゃねぇか!」 他の獣人がからかったような口調でそう言った。それに笑い出す獣人達。リースの眉間 に深いシワが走った。 「お前達は自分自身の姿を鏡で見てみるが良い! どんな様子をしているか! 人間に迫 害された復讐というのがそれですか! 幼い子供をいたぶるのがお前達の復讐ですか!」 「何だと!?」 リースの怒声に、獣人達の顔色が変わった。それをハラハラした様子で、見守るジャド の人々。 「自分たちの通行を寝そべって邪魔をした…? …情けない! そのような理由で復讐す るのがお前達獣人だと言うのですか!?」 「てめえ、言わせておけば!」 「やめろ!」 いきり立つ獣人達の背後から、野太い声がした。 「え…?」 「なんで…?」 困惑が獣人達に広がり、彼らをかきわけて、一人の獣人が姿を現した。どうやら、リー ダー格らしい。 「おい、離してやれ」 少年をつかんでる獣人を促す。 「え、でも…」 「離せ!」 怒鳴られて、獣人は驚いて少年を離す。少年は、震えが止まらなくて、うまく動けなく てそこにうずくまってしまった。 リースは少年に急いで駆け寄った。 「大丈夫よ…。もう怖くないから…。立てる…?」 泣きながらかぶりをふる少年に優しく微笑んで、リースは立ち上がらせてやる。その時、 親が群衆をかき分けて走ってきた。 「だ、だだ…大丈夫…? ご、ごめんね…ごめんね…」 「ママ、ママ…」 親子は震えながら、そこで抱き合った。そして、脅えた目でリースを見上げた。彼女は、 精一杯の笑顔で微笑んで見せた。 「さ、早く…」 「あ、ああ、ありがとう…ございます…」 親子は震えながらも、獣人達の前から走り去っていく。だいぶ距離をとったのを確認し て、リースは立ち上がって獣人たちをにらみつけた。 「俺たちは、誇りを取り戻すために人間たちに、ウェンデルへと進攻した。だが結果はこ うだ。情けねぇのは俺たちが一番よくわかっている」 「…さらに堕ちてどうするのです? 誇りは、他を攻撃して得るものではありません。ま してや、一番弱い者をいたぶって得る誇りなど、誇りと呼ぶのも汚らわしい!」 吐き捨てるようにリースが言う。リーダー格の獣人と、リースはしばし、睨み合った。 「では貴様は誇りはどう得よというのだ」 「…あなた達は確かに強い。そこに自信を持っても良いはず」 酒場の主人の言葉に、リースは随分と考えた。迫害された獣人達。月夜の森に追いやら れた彼らの恨み。故国を滅ぼされた自分と重なって見える時もある。 「けれど、その力の使い方が正しいとは私は思えません」 「………ふん……」 リーダー格の獣人をリースを見下ろして、鼻息を吐き出した。彼は何やら考えているら しく、腕組みをして関係のない方向をにらみつけた。 その時。 「た、大変です!」 一人の痩せた獣人がこちらに駆け寄ってきた。 「どうした?」 「ビーストキングダムにアルテナからの侵入者が! こちらでくいとめたものの、アルテ ナ軍が攻め込んできたら、城にいる兵士たちでどうにかできるかどうか…」 「アルテナだと? あの魔法の国か!?」 「はい」 「チッ! こんな時に…」 リーダー格の獣人は舌打ちして、北方を睨みつける。 「ど、どうしましょう…」 「どうしましょう、だと?」 困ったような獣人の声に、リーダー格の獣人はその男を怒鳴りつけた。 「ビーストキングダムに帰るに決まってんだろ! 俺たちの国なんだぞ!? アルテナなん ぞに侵略されてたまるかよ!」 「は、はい!」 「おい、ビーストキングダムに戻るぞ。トリを用意しろ。準備ができ次第、戻るぞ」 「お、おう!」 彼の声に、獣人達は慌てはじめ、あたふたと準備をしに動きはじめた。 リーダー格の獣人はリースをぎろっと睨みつけると、踵をかえして歩きだした。 「…誇りなら、すでに持ってるじゃありませんか」 「ん?」 背後からの声に振り向く。相変わらずリースは彼を睨みつけていたが。 「国を守りたいと思う気持ち。それも誇りです」 「………………」 睨みつけるリースの表情がわずかにゆるくなったようだが。 「フン!」 鼻をならして、彼は歩きだした。 「…もう…ここへは来ねぇだろうよ」 「え?」 リースにぎりぎり届く大きさの声で獣人はそう言って、今度は振り返りもせずに去って しまった。 そして、たいして時間のかからないうちに、獣人達は移動に使っている巨大な鳥の足に つかまって、次々とジャドを飛び去って行くのが見えた。 その様子を見て、街の人々は歓声をあげた。 最後の一人が見えなくなって、リースはほうっとため息をついた。 「あ、ありがとうございます。あなたが飛び出してくれなかったら、息子はどうなってい たか…」 どこに隠れていたものやら、先程の少年の母親がやってきてリースに頭を下げてきた。 「あ、いえ…」 リースはそっと手を振った。何にせよ、無事でよかった。よく見ると、少年は未だ震え が止まらないらしく、母親にしがみついていた。 「もう大丈夫よ」 「うん…うん…」 そう声をかけるのだが、少年の震えは止まりそうもない。 そんな様子を見て、リースは改めて逃げるという選択肢を選ぶ人々がいる、という理由 がほんの少しわかったような気がした。 ジャドのかつての活気を取り戻しつつあった。普段は城塞都市として、この地方の玄関 口として人々の交流が多い町なのだろう。 バイゼル行きの定期船も近々出向するという。リースはその第一号の乗船券を手に入れ た。少年の母親が、リースへのお礼にと用意してくれたのだ。 定期船出向の日はすぐに来て、リースは解放感漂うジャドの人達に見送られながら、バ イゼルへと発った。 なんだか随分時間がかかってしまったようだ。エリオットは本当にジャドにいるのだろ うか…? 今更ながらに気持ちが焦ってくる。甲板で潮風に髪の毛をなぶられながら、リースは未 だ見えぬ目的地を睨みつけていた。 バイゼルでは、渡航の行き来が禁止されたジャドから来た船に。人々は驚いているよう だった。船から降り立つ人々に、口々にどうしたのかとか、獣人達はもういないのかと、 尋ねていた。 そんな人々をかきわけて、リースはジャドの中心地へと向かう。 まずは、聞き込みか。 リースはともかく、一番大きな市場の事など聞いてみた。 そして、司祭の言いたい事が何なのかわかってきた。 バイゼルには、夜になると巨大な市場が築かれるというのだ。昼間ではしない商売。つ まり、司祭は夜の大市場ブラックマーケットの事を言っていたのであろう。 ブラックマーケットはとても有名で、場所もあっさりわかった。バイゼルで一番大きな 建物で、これならかなりの店が出店できるだろう。こんな大きな所で弟を捜し出せるのか 不安になる程であった。 ブラックマーケットと言うだけあって、昼間は閉め切りである。リースは宿をとり、夜 まで待つ事にした。 そして、夜。 リースはブラックマーケットに向かった。 夜なのに、随分出歩く人が多いなと思ったが、みんながみんな、ブラックマーケットへ と歩いている。そんな人の群れに混じりながら、リースは目指すブラックマーケットを見 上げた。 そこは、昼間の様子とは一変していた。中からあまり聞かない音楽が流れてきて、人々 の喧噪も聞こえ、熱気がここまで漂ってくる。 リースは中に入り、まずその熱気に驚いた。 声を張り上げる売り手。値段交渉する大きな声。舞台の上での華やかだが、きわどい衣 装の踊り子。リースが聞いた事もない音楽を奏でる楽隊。そして、たくさんの人。 入ってすぐは、この空気に飲まれ、リースはただただ口をあけて周りに見入っていた。 しかし、それも親と手をつないで歩く子供を見て、我に返った。 そうだ。エリオットを探さなくては。 リースがブラックマーケットの熱気にカルチャーショックを受けていた頃。そのブラッ クマーケットの片隅で、この人々の熱気の中を、うざったそうに歩く男がいた。 みんなこの熱気で薄着をしているというのに、真っ黒いマントにすっぽり身をつつみ、 ロウのように白い肌の男だ。印象的なのは、氷のように冷たい赤い瞳である。 「…まったく、美獣のヤツめ…。城を落として、いい気になってるから、こんなミスを犯 すのだ…」 ブツクサ文句を言いながら、この人込みを忌ま忌ましそうにいちいち睨みつけている。 「お、ごめんよ」 どんっ! この男とぶつかった男は、ほろ酔いらしく、赤ら顔である。この赤い目の男が何か言お うと口を開く前に、ほろ酔いの男はふらふらと雑踏の中へと消えてしまう。 「まったく…」 赤い目の男はすこぶる不機嫌だった。 「なぜ私がこのような場所に、こんな目的で…」 眉間にしわを寄せながら、赤い目の男は目指す場所を見つけた。 「ここか…」 そこは、子供たち数人を鎖でつなぎ、それぞれになかなか法外な値段のついた値札をつ けている売り場だった。 店主はあまりやる気がないのか、ぷかーとたばこをふかしていた。 赤い目の男は、鎖でつながれている子供達を一人、一人見定めていた。そして、一人の 男の子を見つけて、彼はここにきて初めてほほ笑んだ。まったく不気味な笑みだった。 「おまえ…。そこの奴隷…いくらだ?」 「ん? 旦那。こいつですか?」 疲れ果て、抵抗する気力を失せた子供を、ぐいっと引っ張って見せる。薄汚れてはいる が、元は良い身なりをしていたようだ。 「そいつだ」 「……まぁ、旦那もおわかりでしょうが、こちらはお天道様の下では難しい商売してまし てね。ま、それなりにお値段がはりますが…」 「いくらだ」 愛想もクソなく言い放ち、赤い目の男は店主を見下ろす。内心、不気味な男だと思いつ つも、男もこんな商売しているから、そんな感想をおくびにも出さず愛想笑いを浮かべる。 そして、そろばんをはじいて見せた。 「まぁ、これくらいにはなりますかねぇ…」 「随分ふっかけるのだな」 赤い目の男は片方の眉だけあげて言う。 「態度は生意気。顔は可愛い。調教のしがいがありますぜ?」 どうやら、店主はこの赤い目の男をそちらの趣味の持ち主だと思っているようだ。確か に、この男の子はとても可愛らしい顔立ちをしている。その手の趣味の持ち主である金持 ちを対象にしぼっているようだ。 「フン…。まぁいい…。これでいいだろう」 言って、赤い目の男が革袋を無造作に投げ付ける。 じゃらっと重たそうに落ちたその革袋を拾い上げ、店主は中身を見る。そして、にんま りと笑った。どこか魔族と通じるやもしれぬ笑みだ。 「まいど…」 懐から鍵束を取り出し、その中の一つで、男の子をつないでる鎖を外す。 「ほら。おまえの新しいご主人様だよ」 どんっと男の子の背中を押すと、男の子はふらふらと赤い目の男にぶつかる。 「やれやれ…。とんだむだ足だ…」 男の子の腕をつかむと、赤い目の男は雑踏の中へと消えた。 どがっしゃーん! 派手な物音に、みんなが何事かと目をむけた。 「許せない…! 人を…子供を売買するなんて! あなたみたいな人がいるからっ!」 「ま、ままま、待て! お、落ち着け!」 「落ち着けですって!? これが落ち着いていられますか!」 槍の穂先を、先程の店主の鼻先につけ、リースはいきりたって怒鳴った。 「た、たた、頼む、こ、殺さないで…殺さないで…くれっ!」 「殺すなですって!? あなたは自分がどんな事をしてるか知っていてものを言っているの ですか!」 リースはこれほどまでに怒りを感じた事はなかった。ローラントを進攻された時は、憎 悪と嘆きが混じっていたが、純粋に、ただただ怒りを覚えたのはこれが初めてだった。 奴隷売買を目の前にした事。その商売の非道さ。そして、店主の態度。 「何事だ!?」 簡素な鎧に身を包んだ男たちが、騒ぎを聞き付けて人込みをかきわけやってきた。ブラ ックマーケットの自警団だ。 「た、助けて、助けて! ここ、殺される…!」 店主は腰を抜かしたまま、自警団の男たちに手をのばす。 「一体、どうしたんだ?」 「どうしたもこうしたも…! こんな非道な商売、許せません!」 リースの怒気と殺気に多少たじろぎながら、自警団は店主の方を見た。 奴隷売買。 大っぴらに許可はしていないが、かといって禁止しているわけではない商売。 「あ…ああ…。それか…」 自警団は困ったように店主を見た。基本的に自警団はケンカとか、騒ぎなどをおさめる のが仕事だ。誰がどんな商売をしようと、許可がおりた商売を止めろという資格はない。 おそらく、人材斡旋とか表向きな理由をつけて商売してるだろう事のは容易に察しがつ く。というかそんな商売はここでは、なにもこの奴隷売買に限った事ではない。 「…ともかく、おまえもその槍をおさめろ。こんな人通りの多い場所で振り回すものでは ないから」 未だ怒り覚めやらぬままも、リースはとりあえず槍を引っ込めた。確かに通りすがりの 人間を傷つけるわけにはいかないからだ。 「こ、ここ、こんな危ない女、は、早くしょっぴいてくれ!」 「何ですって!」 すっかり腰の抜けた店主は、はいつくばりながら、リースを指さした。もちろん、それ は火に油を注ぐ行動だ。 「ともかく! 奴隷売買がどんな商売か。わかってやっていたのだろう? それならば、 出店許可証が取り上げられないうちに、おまえがどうにかしろ」 「そ、そんなぁ!」 自警団のリーダーはそう言って、店主を突き放した。厄介事が面倒なのだ。 店主は困ったように子供を見た。数人いた子供は、たった一人になっていた。実は今日 はとてもよく売れた日だった。 それを思いだし、店主はひとまず、息を吐き出す。そして、最後に一人、残った女の子 の鎖を解き放った。 「こ、ここれで、いいだろ? こ、こいつはもう、奴隷じゃない。お、俺は、奴隷商売を、 や、やめ、やめた…」 ロレツのまわらない、どこか投げやりな口調で店主が言う。 「もう二度と、二度とそのような商売はしないと誓いなさい!」 「な、なんで…」 「誓いなさい!」 リースの迫力に、店主は冷や汗を流しながらこくんとうなずいた。 それに少し落ち着いて、リースは少し、怒気を弱めた。 落ち着いたか。 そう判断した人々は一人、また一人と歩きだす。 さっきの揉め事などまるでなかったかのように人々が歩きだした後。解放された女の子 が、がばっとリースに抱き着いてきた。 「…怖かった…? もう大丈夫よ…」 打って変わった優しい口調で、リースは女の子の頭をそっとなでた。 「リース様!」 「え?」 小声で自分の名前を呼ばれ、リースは目を見開いた。 「リース様でしょう? ローラントの…」 「あ、あなたは…」 「わ、私…、アマゾネス、メアリの娘です…」 「まぁ、メアリの!?」 母の代から仕えているアマゾネスの一人で、リースも知っている。娘がいると聞いては いたが、まさかこんな所にいるとは…。 「ほ、本当に、本当にメアリの娘なの?」 ホッとしたのか。女の子はぼろぼろと涙をこぼしながら、懸命にうなずいた。 「と、ともかく、ここでは、落ち着かないから、こちらへ」 女の子の肩を抱き、リースはここから離れる。恨みがましく見る店主線、振り返って睨 みつけて萎縮させる事もしながら。 ともかく、聞きたい事はたくさんあった。 けれども、メアリの娘ベティは極度の空腹、疲労のため、ご飯をかきこむと、部屋であ っと言う間に寝てしまった。 ベッドで眠りこけるベティの髪の毛を優しく触りながら、リースはため息をついた。 エリオットもこんな風に脅えていたのだろうか。想像するだけで心配で心配で仕方がな かった。 明日、落ち着いたらベティから色々聞ける事だろう。リースはもう一度ため息をついて、 寝る準備をはじめた。 ベティはリースの思っていた以上の情報を持っていた。そして、それは朗報とは言えぬ ものばかりだった。 「じゃあ…、じゃあエリオットは私が来る前まであそこにいたの!?」 「うん…」 ベティは涙を浮かべながら頷いた。 「あたしたちは…、エリオット様と一緒に、ナバールにつかまって…。そして、あのおじ さんに売られたの……」 「なんて…なんてことを…!」 このような子供を奴隷として売り付けるとは。リースは改めてナバール軍の非道さに怒 りを覚えた。 「それで、エリオットは?」 「エリオット様は…、赤い目の不気味なおじさんに…連れられて…」 「赤い目の…男…!」 歯をぎりっと食いしばる。その男が、エリオットをつれ去った。 「あたし…あたし怖くて…。エリオット様は大丈夫だよって…言ってたけど…」 ベティはそう言ってまたしくしくと泣き出した。 「ベティ……。………ベティ、メアリは…」 「お母さん…、お母さんは……あの時、ナバールに…」 「……!」 リースはハッと息を飲む。 「…あたし…あたし、これでも……これでも、アマゾネスの娘だから…。お母さんの娘だ から…しょおらいは、アマゾネスになる女の子だから…。だから…、…………リース様…、 強くなりたい…あたし…強くなりたい……」 「ベティ…」 止められない涙を流しながら、ベティは目を何度もこすった。 「強いアマゾネスせんしなら……エリオット様を…あたしが…守れるのに…。…お母さん を…助ける事が…できたのに……。あたし……強くなりたい……リース様みたいに…、お 母さんみたいなアマゾネスになりたい……」 「ベティ!」 リースはたまらなくなってベティを抱き締めた。我慢できなくなって、ベティは激しく 泣き出した。今まで、我慢していたものが吹き出して、止まらなくて、ひたすら泣いた。 「うくっ…えくっ…、アマゾネスは…アマゾネスは……泣いちゃ…だめなんだよね…」 泣き止もうとしてるらしいが、どうしても涙は止まらなかった。 「ううん…。そんな事はないわ…。泣いちゃいけない…なんて事はないわ…。たやすく泣 くのはよくないけれど…。悲しいのは…仕方がないもの…」 「ううっ…。悔しい…悔しいよぉ…! あたし…強くなる。強くなりたい!」 ベティの悔しさは、リースも痛いほどよくわかった。同じ思いを、リースも強く抱いて いたからだ。 大事な者を失い、自分の無力さを思い知らされ、厳しい現実に打ちのめされ。 それでも、エリオットが生きていた事。アマゾネスに誇りを持つベティ。そして、同郷 の者との再会。リースは、少しだけ、前進できたような気がした。 to be continued... |