エリオットの事も気掛かりだが、生きている事がわかっただけでも良かった。ともかく、
ベティをローラントに戻さなくてはならない。ベティを連れての旅は危険だし、このよう
に傷ついた子供をそのままにしてはおけない。
 …ローラントにはナバール軍がいる事だろう。しかし、パロならば、なんとかベティを
かくまえる場所があるだろう。ツテも多少ある。それに、ローラントにいるナバールの様
子もうかがいたい。
「リース様。どこへ行くんですか?」
 あどけない顔で、ベティはリースを見上げた。母同様、ベティもアマゾネス気分なのだ。
随分、幼くて可愛いアマゾネスである。
「パロへ戻ろうと思うの。…私は、エリオットを探す旅をするけど、ベティ。あなたはパ
ロにいた方が良いわ」
「…………」
「パロにはアマゾネス養成所の受付もあるから。そこなら、あなたもかくまってもらえる
と思うの」
「……私がもっと強いなら、リース様と一緒にエリオット様を探すのに…」
 ベティは下を向いた。
「ありがとう、ベティ。その気持ちだけでじゅうぶんよ」
 にっこりとリースがほほ笑んだ。そういえば、心から嬉しくなってほほ笑むなど、とて
も久しぶりな気がする。
 パロへは、バイゼルから定期船が出ているから、それに乗れば良い。パロへは色々不穏
な噂があるため、なかなか船が出ず、乗るには随分待たされた。
「やぁっ! たぁーっ!」
 広い甲板の上、ベティは懸命に棒を振り回していた。
「もっと棒をしっかり握りなさい。棒に振り回されないように!」
「はいっ!」
 ベティが望むので、リースは彼女に簡単な稽古をつけていた。
「ベティ。なかなかスジが良いわ」
「本当?」
「ええ。将来は立派なアマゾネスになれるわね」
「…へへへー…」
 リースが褒めると、ベティは顔いっぱいに笑みを浮かべた。
 そんな様子に、リースの方も顔がほころんでくる。今まで、気分は張り詰めっぱなしだ
ったけど、だいぶ、ゆるんできた。
 稽古に疲れて眠りこけるベティの頭をそっとなでながら、リースは小さな丸い窓から、
外を見る。
 このような安らぎは久しぶりだ。パロにつき、ベティを預けたらまたエリオット探しの
旅となろう。それまで、こんな一休みも必要なのかもしれないと、少し、考えた。

 パロは、またも厳しい現実を目の前につきつけられた。
 パロもまた、ナバールによって占領されていたのだ。
 ナバールのニンジャどもを一人一人串刺しにしてやりたい衝動をこらえ、ベティの手を
ひき、パロを歩く。こんなところで騒ぎを起こしてはならないからだ。自分だけならとも
かく、今はベティもいる。自分は、戦えるが、ベティはまだ戦えない。
 ベティも小さな眉をしかめ、ナバールのニンジャ達をにらみつけていた。
 パロの、アマゾネス養成受付所は、ナバールに占拠されて、彼らの臨時基地となりはて
ていた。
「……こんな…ことって…」
 悔しくて、悔しくて歯を食いしばる。
「リース様…」
「行くわよ、ベティ」
 ベティの手を引っ張り、リースは踵を返して歩きだす。
 他にあてはなくはない。しかし、船旅でベティも疲れている。リースは宿をとり、すこ
し休む事にした。
 ベティが寝付いた事を確かめてから、リースは宿を出る。色々情報を得るためだ。
「もし…、もし…」
 通りを歩いていると、誰かが呼んでいる。ふっと振り返ると、フードを頭からすっぽり
かぶった女がいた。
「…もしかして………その……アマゾネスの方ですか?」
 フードの女は周りを気にしながら、小さな声で言う。
「!」
「…やはり…そうなのですね…」
 リースの反応に、フードの女は心底を安堵したようだ。
「…良かった…」
「あなたは…」
「ともかく。くわしい事は私はここでは申せませんが…。フェザーワルツという酒場にお
行き下さい。それでは…」
 フードの女は周りをひどく気にしながら、それだけ早口で言うと、逃げるように立ち去
ってしまった。
「あの…」 

 と、手を差し出すが、もうあの女はどこへ消えたものやら、もう見えなくなってしまっ
ていた。
「……アマゾネス……? 酒場……?」
 どういう事だろうか。リースはわけがわからぬまま、その酒場へと赴く事にした。
 その酒場はすぐにわかった。薄暗い階段を下り、半地下な場所にある扉を開ける。
 そこは、男たちが静かに酒を飲んでいた。酒場はたいがいうるさいものだが、ここは静
かでなんだか不気味だった。
 しかし、酒場へ行ってどうしろと言うのか。リースは困ってしまった。
 とりあえず、酒場の中を歩いてみる。無愛想な店主がカクテルを作っていた。同じくあ
まり愛想のないウェイトレスが一人。
「あの…」
「はい?」
 ウェイトレスに話しかけると、彼女はリースの顔を見たとたん、目をカッと見開いた。
「リッ…!」
「え?」
 彼女は慌てて自分の口をふさぎ、そして、深呼吸を一回。
「リース様! リース様ですね!」
「え…? あ…!」
 思わず大声をあげそうになるリースの口をふさぎ、ウェイトレスは首をふった。
「ライザ! おまえはライザね!」
「そ、そうです! そうです! リース様、ご無事だったんですね…」
 なんと、無愛想なウェイトレスはアマゾネスの中でも、かなりの槍の使い手であるライ
ザだった。勇ましい格好の彼女ばかり見ていたので、このようなひらひらした格好で、彼
女とわからなかった。
 ライザは険しい目付きで酒場の中をぱぱっと見回した。
「リース様。ここではあまり込み入った話はできません。山の中腹…、眠りの花畑あたり
に洞窟があるのをご存じですね?」
 小声で早口に言う。リースも場所をわきまえ、すこし、ウェイトレスに顔を寄せる。
「昔、モンスター討伐の駐留に使った?」
「そうです。あそこにお行き下さい。我が同胞がおります…!」
「じゃあ…」
「はい。生き残ったのは私だけではありません」
 ライザに力強い笑みがこぼれた。
「おい、ねーちゃん、酒だ!」
「あ、は、はい、ただいま!」
 奥の机で陰鬱そうな男が怒鳴った。というか、ここにいるほとんどの男がそんな状態な
のだが。
「では…」
 目で合図するライザに、リースも頷いた。
 アマゾネスが生き残っている!
 こんな朗報がパロであろうとは。リースは嬉しくなり、はやる心をおさえつつ、酒場の
出口に向かった時だった。
「ねえねえキミ!」 
 いきなり、若い男に声をかけられた。
「は、はい?」
「俺のこと覚えてるかな? ジャドで会ったさぁ…」
 見上げると、銀髪の美貌の若者である。確かに、顔立ちは整っているのが、その軟派な
雰囲気はいただけない。
「え、えっと?」
 リースは激しく困った。これから宿屋に行き、ベティと明日は山を登らなくてはいけな
いのに。
 ジャドで? そういえば、酒場でしつこい男に会ったけど…。
 リースもこの男の事は覚えてはいたが、相手する気にならないし、なにより今は気が急
いているというのに、この男はしつこく話しかけてくる。
「あのー、私、急いでるんですけど…」
「ちょっとくらい、いーじゃん。ね?」
 良くない。そう言いたい。リースがどう断ろうかと、考えあぐねていると、いきなりラ
イザがこの男にぶつかった。
 どんっ!
「うわっ!」
「あっ、スミマセン!」
 ぶつかった拍子に、トレイがひっくり返り、グラスの中の水が派手に男にぶちまけられ
た。
「うえーっ!?」
「ああ、スミマセン、スミマセン!」
「ちょっと、これ…」
 ライザは頭を下げながら、そして、リースに軽く目配せした。
 今のうちに。
 リースは静かにうなずくと、さっさと酒場の出口へと向かった。
「あ! ねぇ、ちょっと君……」
 男の声を背中で聞きながら、リースは扉を閉めた。そして、ホッと一息。ライザのおか
げで助かった。
 けれど、あのライザが生きているとは。彼女は他にもアマゾネスが生きているという。
そう思うと、リースは自然に笑みがこぼれてきた。
 スキを見て逃げ出したリースを横目で確かめて、ライザもホッと息をついた。
 この軟派男の仲間が、ふきんを手にやってくる。
「おめーがあんまししつけーからだよ。ホレ、とっとと拭けよ」
 どうやら、この軟派男の悪いクセは仲間にもあきれられているらしい。
「本当に、どうもスミマセン…」
 意地悪い笑いが浮かんでくるのをかみ殺しながら、ライザは頭を下げた。

「本当!?」
「ええ。だから、今日から山を登るのだけど…。ベティ、大丈夫?」
「だ、大丈夫! あたしだって、アマゾネスのはしくれです!」
 興奮して、ベティは両手の拳をぎゅっと握り締めた。翌朝、目の覚めたベティに、リー
スは早速、朗報を話して聞かせた。
「それに、山登りならあたしだって何回かやったことあります」
 ベティに限らず、将来アマゾネスを目指す女の子は、パロとローラントの山道を自分の
足で往来して、修行の一つとするものである。
「そうね。じゃあ、ご飯を食べたら出発するけど、いいわね?」
「はい!」
 バストゥーク山は世界一高い山である。その山道も急な勾配が多く、かなりの難所であ
る。それでも、ローラント城までの道程は、まだ可愛いものである。それより上の天の頂
きは、このような勾配など可愛いくらいに険しい道だ。
 昔は、ローラントへの道程の途中には茶屋だの何だのと休む場所がけっこうあったのだ
が、今はモンスターが暴れて危ないと、みな、閉めてしまっている有り様だった。
 リースもこの辺の道はよく知ってるし、ベティも山道は初めてではないから、彼女のよ
うな女の子を連れての旅ながらも、それほど苦労ではなかった。
 どのへんがモンスターが少ないとか、どこが近道だとか。リースもベティも知っている。
 それでも、ベティのために多少ゆっくりとした足取りとなったが。
「えっと、このへん…なのよね…」
 記憶が確かなら、この林の奥のはず。非常に見つけにくい場所にあり、昔、そこに盗賊
がいたのではと推測される洞穴である。
「あそこ…かしら…?」
 岩陰に隠れて、わかりにくい入り口がちらりと見えた。
「あそこだわ。ベティ。着いたわ」
「うん」
 山道を上ってきたので、顔を真っ赤にしながら、ベティは頷いた。
「誰かいるの?」
 少し、どきどきしながら、リースは洞穴の中に声をかけた。奥でなにか動く気配。そし
て、数人のアマゾネスが姿を現した。
「リース様!」
「リースさまぁ!」
「まぁ…!」
 紛れも無い。見覚えのあるアマゾネス達が洞穴の奥から駆け寄ってくるではないか。
「ハンナ! スーザン! コーラ!」
「リース様! よくぞご無事で!」
 アマゾネス達はあっというまにリースを取り囲んだ。みんな、目に涙を浮かべるほど、
喜んでいた。
 ひとしきり再会を喜んだ後、アマゾネスは腕で涙をぬぐってリースを真っすぐ見た。
「リース様。奥へどうぞ。みな、待っていますよ!」
「そう…。そんなに…生き残っていたのね…。…あ、そうだわ。ベティ」
「は、はい…」
 数人のアマゾネス達に気後れして、洞穴の入り口に突っ立っていたベティはもじもじと
返事をした。
「メアリの娘のベティよ」
「メアリさんの?」
「メアリさんは…?」
 アマゾネスの問いに、リースが慌てて首をふったので、彼女は口をおさえた。あのとき、
アマゾネス達は甚大な被害を受けたのである。生き残っている方が少ないくらいなのだ。
「と、ともかく。あなたも奥へ。メアリさんの娘さんなのね」
 招かれて、ベティは緊張した面持ちで頷いた。

 ここで、リースは今までのいきさつを聞き、そして自分の方も話して聞かせた。
「そうですか…。そのような事が…」
「エリオットは生きているわ。それは間違いない。…奴隷なんて許せないけれど…、とも
かく買ってすぐに殺すような事にはならないわ。だから、エリオットは生きている…!」
 どんなにツライ目にあっていても、生きているという希望があった。それが、リースは
今はひどく嬉しかった。
 生き残り、どうにかこうやって集まっているアマゾネス達を目の当たりにして。
 そして、ローラント復興という夢が、少し現実味を帯びてきた事も嬉しかった。生き残
ったアマゾネス達は、ナバールからローラントを取り戻すべく、色々と準備しているから
だ。
「リース様。じいとアルマもあの戦乱で生き延びました。すっかり老け込んでしまった二
人ですが、リース様が生きていると知れば、若返りますよ!」
「まあ。じいとアルマが?」
「ええ。今、寝込んでおりますが、大丈夫。この知らせを持っていけば二人とも跳び起き
ますよ!」
 なつかしい顔が思い浮かぶ。いや、脳裏に浮かぶなどというだけでなく、この目で見る
事ができるのだ。会いに行こうと、腰を浮かせた時だった。
「みんな!」
 どかどかと一人のアマゾネスが部屋に入ってきた。
「あ、リース様! すでにこちらに着きましたか!」
 パロでウェイトレスをしていたライザが、やって来たのである。ライザはリースを見つ
けると、すぐに姿勢を正した。
「ライザさん。どうでした? ナバールの様子は」
「まったく。ひどいふぬけだわ。どうして、あんなヤツらに滅ぼされたか…、疑問でなら
ないわ…」
 荷物を下におき、ライザは城のある方に顔を向ける。
「ともかく、リース様も、ライザさんも、山道の疲れをとって下さい。二人ともお疲れで
しょう」
「そうだわ。ベティは?」
 休もうと腰を浮かせた時、リースは幼いアマゾネスがここにはいない事に気づいた。
「ベティはもう寝てます。ドロシーさんが一緒についてますよ」
「そう」
 ドロシーとは、メアリと同期のアマゾネスで、彼女と仲が良かった者である。

 簡易ベッドでたっぷり休んだあと、リースはローラント奪回作戦の指揮をとる事となっ
た。
「ともかく、武具と食料をそろえない事にはどうしようもないわね…」
「まずはそれをそろえてから、ですね…。一応、我らでもできうる限り集めているのです
が…。ただいまのアマゾネスの人員に大してはやや不足です」
「それでも、よくこの短期間にこれだけ集めたわね…」
 武具の数。食料の量。ものすごい量ではないものの、よくこの短期間で集めた数と言え
た。
「パロの民衆が協力してくれるんですよ。もちろん、極秘に、ですがね」
 パロで出会ったフードの女を思い出す。あの女も、そんな民の一人なのだろう。
 また、リースと再会したじいの感激は凄まじいものだった。喜んで、喜んで、あんまり
に興奮して、それをおさえるためにまたベッドに入ってしまう程のものであった。
「リース様」
「なに?」
 呼ばれて、リースは振り返る。付近の警戒にあたっているアマゾネスだ。
「眠りの花畑で4人ほどの男女が眠っているんですけど…、どうしましょう?」
 アマゾネスは困ったようにそう言った。
「ナバールか?」
「いえ、特にそうとは見受けられませんね。女性と、女の子がいましたし」
 みな、ナバールには敏感になっている。他のアマゾネスが少しいきり立つと、彼女はあ
っさりと首をふった。
「しかし、なんだってこのような時に、こんな所にいるんだ?」
「まさか、ナバールの我らの事を嗅ぎ付けたのではあるまいな?」
「その男女は、どのような感じですか?」
 ざわつくアマゾネスをおさえて、リースは尋ねる。
「そうですね。なんか、茶色い髪の毛の剣士と、細い感じの銀髪の男。魔法使い風の女と、
僧侶っぽい服の女の子でした」
「うーん…」
「ナバールでは…なさそうだけど…」
 まず剣士と魔法使いと女の子という組み合わせ自体、盗賊集団とはちょっと思えない。
「どうしましょう? リース様」
 彼らを見つけたアマゾネスは困った顔で、リースに尋ねた。
 リースはちょっと考えて、そして立ち上がった。
「助けに行きましょう。女の子がいるなら、放っておけませんし」
 子供がいるなら放っておけない。リースはそう考えた。
「わかりました。では、私も行きましょう。眠りの花畑から運び出さないといけませんか
らね。他にも数人、必要そうか?」
 ライザもすぐに立ち上がった。
「そうですね。剣士の男なんてがっちり鎧きてましたから、重そうでしたよ」
「……じゃ、数人必要だな…」
 仕方なさそうにため息ついて、ライザはアマゾネス達に声をかけて、運ぶ人員を募った。

 眠りの花畑とは、その名の通り、その花の花粉を吸うと深い眠りにつくという花の群棲
地だ。一度吸えば免疫がつくのだが、その免疫は数年ほどしかもたず、久しぶりにこの花
粉を吸い込むと眠ってしまう。もしかすると、花粉の方が免疫が無効になるように形態を
変えているのかもしれないが、くわしい事はもちろんわからない。
 武器にも脅威にもなるこの花の花粉を、アマゾネスは免疫をつけるため、数年に一度、
定期的に吸っている。寝付きの悪い人には、最初だけだが、重宝するし。
 そして、眠りの花畑には、報告どおり、男女がばたばたと寝転がっていた。
「ん…?」
 銀髪の男を担架に乗せていたライザが声をあげた。
「どうしたの、ライザ?」
「この男…酒場で、リース様につきまとっていた男じゃないですか?」
「あら」
 そういえば、この整った顔立ちには見覚えがある。リースは困惑に似た奇妙な心持ちに
させられた。こんなところで、また会うとはどういう事だろうか。
「大丈夫ですか? そんな男、助けて…」
 剣士を担架に転がしながら、アマゾネスが顔をあげる。重くて、彼を持ち上げる気にな
らないのだ。
「危険そうなら、始末しましょう。アジトに運ぶわけですから、そうしないと今度は我々
が危ないし…」
「うーん…、でも、まだどんな人達かわからないし…」
 あどけない顔付きで寝こける少女を眺めて、リースはすぐに始末するという案には同意
しかねた。確かに、他人をアジトに運ぶというのは危険であるというのは、わかってはい
るのだが、このような少女が一緒にいる人々だから、そう悪い人々ではないんじゃないか
という思いがしてならないのだ。

 少女と女は背中に背負って、銀髪の男は二人がかりで担架で運び、剣士は担架で3人が
かりで運んでいた。やっぱり鎧を着込んだ男は重い。
「本当に…重いわね、この男…。担架壊れないかしら…?」
「まぁ、大丈夫だとは思うけど…」
 少女と女は軽いので、彼女らを背負った二人は軽い足取りでアジトに向かっている。リ
ースも本当は少女を運びたかったのだが、4人の中で絶対一番軽い彼女を背負うのは、な
んだか気がひけた。ので、一番重たいこの男を運ぶ担架の一つを持った。
 アジトでは、好奇心と不安がないまぜになった顔で、アマゾネス達が待っていた。
「リース様。大丈夫なんですか? 見知らぬ人間をアジトにいれて…」
 アマゾネスの一人は、やはり他人をアジトに入れる事が心配らしい。
「たぶん…。そんなに悪い人達には見えないし、それに、放っておく事もできないし…」
「リース様はお優しいですからねぇ…。でも…」
「あっ!」
 後ろの方で声がしたかと思うと、急に担架が軽くなった。
 どがちゃん!
「げ!」
「あらー」
「あちゃー…」
 担架の端をもっていた一人が、手をすべらせたらしい。担架の上の剣士は地面に転がり
落ちた。しかも頭から見事に。
「だ…大丈夫?」
 思わず落としたアマゾネスが、剣士の呼吸を確かめる。
「お、起きたかしら…?」
 リースもそう思ったのだが、眠りの花粉は強力らしく、彼らは目を覚ます気配はまるで
なかった。
「ね、寝て…ます」
「……………」
 思わず、目を見合わせる全員。
「………ま、まぁ、ともかく、運びましょうか…」
「そ、そうね…」
 みんな気まずげに苦笑して、剣士をまた、担架の上に転がして乗っけた。
 女と子供、銀髪の男は先に簡易ベッドに寝かしつけられていた。
 剣士も、彼らの隣に寝かしつけられる。もちろん、鎧は脱がせたが。
「けっこう良い鎧きてますね、彼…」
 鎧をそろえて置いて、アマゾネスは鎧に興味を持ったようだ。
 その隣で、思わず取り落としたアマゾネス、剣士の頭をなでていた。
「どうしたの?」
「…いや…たんこぶ…できてるかも…」
「………………」
 その場にいたアマゾネスは、リースも含め、またも顔を見合わせた。



 彼らが目覚めたのは半日後。
 リースにとって、忘れられない冒険のはじまりであった。


                                                                 END