「はぁ…。あんまし、ここには寄りたかぁねーんだけど。しゃーねーな」 ホークアイは、地図から目を離し、疲れ果ててモノも言えないアンジェラとシャルロッ トを見た。 「ん? なんでだ?」 デュランは不思議そうにホークアイを見る。 「…暗黒街ドライグノ。そっちのスジじゃ有名な街だ。明るいウチでも一人歩きが危ない よーなトコさ。そこでは、人を見たら泥棒だと思いな」 「…そりゃまた…すげぇトコだな…」 デュランもそういう所がある、というのはなんとなく知ってはいたのだが。 「けど、そんなに治安が低いのなら避けて通らねぇか?」 「できそうか?」 ホークアイは疲れ果ててしゃがみこむアンジェラとシャルロットを目で指す。 「んー…。野宿は…」 「ドライグノの近くで野宿なんてもっと危ねーぜ。それに、いくら暗黒街つったって、金 さえ出せばどーにかなる街だ。ここで野宿より、お嬢さんがたをじゅーぶん休ませた方が 良いだろ。夜直は野宿でも同じだしよ」 「…そうか…。わかった…」 「とにかく、みんな気をひきしめてくれ。荷物は絶対手放すな。財布にも気をつけろよ」 そう言うと、ホークアイは道の先にある、灰色の街を目指した。 「6人か…。この時勢に旅とは、ご苦労なこったな。なんかやったのか?」 城門内の関所で、門番は通行税を受け取りながら、ニヤニヤとホークアイを見る。 「まーな」 「しかし、えらい別嬪もいるじゃねーか。どーだい? 一晩、俺と」 古い椅子に座っていたもう一人の門番がアンジェラに声をかけてきた。 「なっ…」 「残念だが稼ぐためにここに来たわけじゃねーんだ。他のを探しな」 何か言おうとするアンジェラをさえぎって、ホークアイが返す。 そして、みんなをぐるりと見渡すと町中へと歩きだす。 「なにあれ、下品なんだから!」 「そーいう街なんだよ、この街は。おまえさんがたお姫様には考えられない事が、ここじ ゃしょっちゅうだ。いいか。絶対一人になるんじゃねーぞ。特にアンジェラとシャルロッ ト。わかったな」 「…は、はいでち…」 街を見渡して、シャルロットはそばで歩いてるデュランのズボンのすそをぎゅっと握っ た。 なるほど、汚い街である。 いたるところにゴミは落ちてるし、壁には落書きがされ放題だし、破壊された跡もその まんま。中には飛び散った血の跡さえもそのままだ。 通りと路地がごちゃごちゃとあり、建物も増築改築が無節制になされており、ワケがわ からない。それでも、洗濯物が干されているから、人は住んでいる。 乞食がそこかしこにたくさんうずくまってるし、化粧の濃い女がなにやら声をあげてい る。そして行き交う人々の目付きのほとんどが妙に薄暗い。 「やぁだ…。本当にここに泊まるの…?」 「街である以上、宿もあるし、食い物も売ってる。ベッドもあるしな。ここら付近で野宿 よりマシ。それだけだ」 「しかし、本当にごみごみした場所だな…。おまえ、大丈夫か…?」 デュランさえも不安そうに入り組んだ町並みを眺めて歩く。 「ナバールにいた時、仕事で数回来た事がある」 「ふーん…」 「ここだ」 ホークアイが足を泊めた所に、薄汚れて見えにくいが、確かに『INN』と書かれた看 板を下げた建物があった。 「……ここ…?」 「そうだ。ここなら、ドライグノでも比較的治安はマシなんだ」 「本当に?」 アンジェラは眉をしかめて周りを見る。 「ああ。ここはいわゆる住宅街だからな。住民以外はそういない」 「ふーん…」 わかったような、わかっていないような生返事をして、アンジェラはまだ周りを見回し ていた。 たてつけの悪いドアをあけ、中に入る。一応、バーもやっているらしく、そんな造りに なっている。カウンターでは女が一人、うつらうつらと船をこいでいた。 「おい、ちょっと! 俺たち、泊まりたいんだけど」 ホークアイが声をかけると、女は目を覚ます。 「あ…ああ…。悪いね…。寝ちまったか…。…ふ、ああ…。何人だい?」 「6人だ。6人一緒の部屋を頼む」 「ウチは4人部屋が最高だよ」 目をこすりながら、女は宿帳をカウンターの下から取り出す。 「じゃ、ここで一番広い部屋を1つ」 「ちょ、ちょっと…」 「いいから」 アンジェラが不満そうにホークアイをこついたが、有無を言わせないホークアイの瞳に 沈黙した。 「じゃ、6人で600ルクだよ」 「高いな。ちょっとまけてくんねーか?」 「なに言ってんだい。夕食、朝食込みの値段だ。ここじゃ決して高くないよ」 「…6人分の食事込みでか…?」 「そうだよ。ま…、あんた良い男だから3割にしてやってもいいけど…」 女はホークアイの顔を意味ありげに見た。 「あいにく俺はサービスしてねーんだ」 「そうかい。じゃ、600ルクだ」 ホークアイはフッと息をついた。そして、サイフを取り出して、600ルクカウンター に出す。 「はい、ありがとよ。2階の奥の部屋だ」 女は4番と書かれたキーホルダーのついたカギを差し出す。 「夕食は7時。朝食も7時だ。時間になったら降りてきな」 「わかった」 ホークアイは手をふってそれに応えると、みんなを連れて階段を上る。 「なんで、3割にしてくれるのに、あんた、断ったの?」 廊下を歩きながら、アンジェラはホークアイに話しかける。 「色々あるんだよ」 「色々って、なによ」 「色々だ」 「それじゃわかんないじゃない」 「わかんなくって良い事なの!」 どうやら説明する気がないらしい。アンジェラはあきらめて肩をすくめた。 「デュランしゃん、ホークアイしゃんの言う色々って、わかりまち?」 「いんや」 もしかすると…と思っている事があったが、確証はないし、ホークアイがああ言うとい う事は、知らない方が良い事なのだろう。デュランはそう思い、首をふった。 「やだぁ、本当に宿屋なの? 掃除してるのかしら?」 「してねぇと思うけど。まぁ、野宿よりかはマシさ」 部屋に入ってすぐ、アンジェラは顔をしかめた。ホークアイはそっけない調子で荷物を 床に置く。 「もう一度言うけど、ここは野宿と変わらないと思ってくれ。荷物はすぐ側に、財布とか は身体にくくりつけて。ここがマシな方とはいえ、この町はとにかく治安が悪いんだ。俺 たちも腕に覚えはあるけど、油断は禁物だからな」 部屋に入った全員に、ホークアイはみんなを見回してそう言った。 「じゃ、ここから出ない方が良いんでちか? お買い物とか、しないんでちか?」 「そうだな。おまえらは出歩くな。さっきも町の様子見たと思うけど、のんきに買い物で きるような町じゃないの、わかるだろ?」 「まあね…」 アンジェラは髪の毛をかきあげながら言った。 「それと、アンジェラ、おまえ着替えてくんねーか? その肌がやたら出てるの」 ホークアイはさっきから言いたかった事を口にする。アンジェラの服装は身体にピッタ リフィットした、ボディラインがよくわかるようなミニスカートで、挑発的といっても良 いような服装だ。 「今すぐ着替えろっていうの?」 「そう」 「なんでよ」 「別におまえさんの着替えが見たいとかってじゃなくってな。おまえの服装、ここじゃヤ バイんだ。さっきの門番に嫌な事言われたろ。それから察してくれ」 そう言われ、アンジェラはなにか言おうとした口をつぐませた。 「………………わかったわよ。…でも、のぞかないでよ」 「わかってるって」 「じゃあ、俺たち、買い物にでも行ってくるか」 部屋を追い出されるとわかったデュランはそう、言い出した。 「…そうだな…」 「え!? 行っちゃうんでちか!?」 シャルロットはビックリして、デュランを見上げる。 「ケヴィンとリースに残ってもらえば、何とかなるだろ」 「…そうだな。男二人で買い物ってのも、さみしいもんがあるけど、やっぱ買い出ししと かねぇとな…」 ならず者も、いかついデュランと一緒なら、面倒は嫌がるだろう。 「それじゃ、買い物行ってくるから。留守番頼むな」 少しだけ身軽な格好になると、男二人は買い物へと出掛けて行った。 残された4人はちょっと顔を見合わせる。 「しょうがない…。着替えるか…。地味な服、あったかなぁ…」 アンジェラはつぶやきながら、窓のカーテンをすべてしめる。 「じゃ、オイラ、ドアの外で待ってるね」 「ごめんなさいね」 「いいよ」 リースの声に、何も気にしてない顔で言い、ケヴィンは部屋を出る。 「私も着替えた方が良いかしら…?」 「シャルロットも着替えた方がいいかちら…?」 「リースはともかく、シャルロットはそれで良いんじゃない?」 服を脱ぎながら、アンジェラが言う。 そして、アンジェラはなるたけ地味な服を着て、上からローブを羽織った。普段のアン ジェラを服装を知る人が見れば地味になったが、それでもまだ色は派手だった。 リースも少し用心して、地味な服を引っ張り出して着替える。珍しくズボンだ。 シャルロットも着替えたが、まぁこちらはたいして変わりはない。 「いいわよー」 声をかけると、しばらくて、ケヴィンはあくびをしながら部屋に入ってきた。 「…それにしても、なんで着替えなきゃいけなかったのかな?」 ケヴィンは伸びをして、着替えた女の子たちを見た。 「…まぁ…。色々あるのよ…」 アンジェラもケヴィンの気持ちもわからないではなかったが、ホークアイの視線(たま にデュラン)が気になる自分としては、なんとなく想像がついた。しかし、それはとても アンジェラの口から言いたい理由じゃなかったから、煙にまくような言い方になってしま った。 「…そうか…。でも、よくわかんないなぁ」 「シャルロットはわかりまちよ!」 「へー。どんなの?」 「それはでちね。ミリョク的な女の子はキケンだからでちよ」 「なんで?」 ケヴィンは眉をしかめる。 「ミリョク的だからでち!」 「?」 ケヴィンは眉をしかめたまま、首をかしげた。 「あと、10年後には、あんたもわかるかもしれないわよ」 「…そっか…。ならいいや」 それで納得するケヴィンもケヴィンだが、話は早い。 それからして、面々は荷物を整理したりして、買い出し組の帰りを待った。 コンコン。 不意に扉がノックされる。誰であろうか? 顔を見合わせて、ケヴィンは扉に向かう。 「だれー?」 不用意に開けたとたん、ケヴィンの顔にプシュッと何か霧なようなものがふきつけられ た。 「…ふにゃあ…」 一瞬でケヴィンは後ろに倒れ込んだ。 ドタンッ! 「ケヴィン!?」 女の子たちが全員で悲鳴をあげた。そして、倒れたケヴィンを踏み越えて、粗野な男た ちがどかどかと乗り込んできた。 「な、なんですかあなたたちは!?」 リースの厳しい問いにも答えず、先頭の男は口笛をふいた。 「こりゃまたすげぇ上玉だ。大儲けだぜ。女二人をお頭のところに運んで、ガキは…その 手の趣味のヤツに売り付けるか。やれ」 先頭の男が指揮すると、男たちがどっと部屋になだれこんでくる。 「ちょっ、なにするのよ!」 「一体何なんです!」 「うきゃー! 何でちかぁ!?」 男たちは女の子3人を取り囲み、捕らえようと次々と襲いかかってくる。 が。 ドカバキゴスッ! そのへんの盗賊にかなう3人ではない。 「痴れ者! 多勢に無勢で取り囲むとは!」 リーダーらしき者を張り倒し、リースは怒鳴った。 「ちっくしょ…なんなんだ、こいつらの強さは…」 「ど、どうします?」 「どうするも、こうする。みんな、マスクしろ!」 リーダーが指示すると、全員マスクやら布やら口元に巻き付けた。リースは先程ケヴィ ンがやられた様子を思い出す。 「まさか!」 ブシュワッ! 最後の方は声にならなかった。リーダーがなにやら水袋らしきものから白い霧を大量に 噴射した途端、ひどく強い眠気に襲われた。 「なに…これ…」 「くっ…!」 手で口元を覆うも間に合わず、3人はばたばたと倒れた。 男たちは霧が晴れるのを待ち、そして女の子達を縄で縛り上げると、それぞれをかつぎ 上げた。 ケヴィンは部屋の入り口で、顔にも足跡がつけられながらも、大の字で寝っ転がってい た。 to be continued.. |