「やる気あんのかね、この宿は…」
 空っぽのカウンターを見ながら、ホークアイは宿屋の1階を通り過ぎる。不用心という
か、商売っ気がないというか。宿の女将はカウンターの奥で椅子にもたれかかって寝てい
た。
 ホークアイはこの宿屋にかすかな違和感を感じたのだが、それが何なのかわからなかっ
たので、気にせず自分たちがとった部屋に向かう。
「あれ? なんで部屋のドアが開けっ放しなんだ?」
「本当だ。何でだろ?」
 紙袋を持ち直し、デュランもうなずく。
 そして、二人は部屋を見て絶句した。
「な…なんだこりゃあ!?」
 部屋中がひどく踏み荒らされ、ケヴィンが入り口付近で寝っ転がってるのである。
「どうなってんだ!? お、おい、おいケヴィン、起きろ!」
 ホークアイは寝ているケヴィンの頬をぺちぺちと叩く。しかし、起きる気配がない。
「薬か? 畜生、デュラン、プイプイ草!」
「あ? あ、ああ!」
 プイプイ草の解毒によって、ケヴィンは目を覚ました。
「う…ううー…。な、なに…?」
「聞きたいのはこっちだ。一体、何が起こったんだ? 女の子達は?」
 寝ぼけ眼のまま、ケヴィンはホークアイを見る。しかし、わけがわからないようで、眉
をしかめて首をかしげる。
「…どうしたの…? …あれ? シャルロット達は?」
「それはこっちが聞きたいんだってば! どうしたっていうんだ?」
「……えー…? なんか、ドアがコンコンって、叩かれたから、なんだろと思って、開け
たら、いきなり眠たい水を吹きかけられて…それから…わかんない…」
「薬を使われたか…。畜生…どこのどいつだ、こんなことしやがんのは!?」
 苛立たしげに言い、ホークアイは部屋を見回した。 

 貴重品などが入ってる荷物も持っていかれ、デュランの鎧等などもやられていた。
「くそったれ、根こそぎじゃねぇか!」
 さんざん荒らされた部屋を見て、デュランも悪態をつく。
「…ど、どうしたの? 女の子達は? な、なんか、オイラ、ダメなことした?」
 わけがわからなくて、ケヴィンはオロオロとホークアイを見た。
「クソッ…! 尾けられてたのか…!」
 街事態がまともでない空気で、ホークアイも気づかなかった。しかし、いくら後悔した
ところで、女の子たちが戻るわけではない。
「ど、どうしたの? オ、オイラのせい…?」
 半分泣きそうな顔で、ケヴィンは苛つくホークアイを見た。
「…この町の強盗かなんかだろ。派手なアンジェラが目を引いたか…。俺たちを宿屋まで
つけて、この宿屋に踏み込んだんだよ。そのへんのごろつきにやられる3人じゃないから、
ケヴィン同様、睡眠薬を使ったんだな…」
「おい、早くしないと…」
 デュランは険しい顔付きでホークアイに言う。早くしないと女の子たちが危ない。
「わかってる。ケヴィン。ここで留守番頼む。デュラン、行こう」
「ああ」
「待って、オイラも…!」
 2人について行こうとするケヴィンだが、ホークアイに押し止どめられた。
「もしかすると、彼女たちが自力で戻ってくるかもしれない。その時誰もいないってわけ
にゃいかないだろ。ケヴィンはここにいるんだ」
「…あ、う…でも…」
「俺たちに任せてろって。おまえはここにいろ」
「……わかった…」
 ケヴィンはシュンとなって、うなずいた。それが子犬っぽくって、ホークアイは苦笑し
てケヴィンの頭をぽんと叩いた。
「じゃ、頼むな」
「うん!」
 ホークアイとデュランはケヴィンをちょっと見て、そして表へと駆けて行く。
 けっこう大人数でやったらしく、目撃者は多かった。
「知ってるけどね…。ただってわけにゃあさ…」
 乞食の男はニヤニヤしながらホークアイを見た。これに付き合う余裕は二人にはない。
「そうか。じゃあ、拳を1発くれてやろう。それでいいか?」
 殺気立った目の二人に激しく睨みつけられ、乞食はすくみあがった。
「ひ、ヒィッ…! け、けど、おまえら、ゴーザを相手にするつもりなのかよ…」
「ゴーザ?」
「ゴーザって…、この町の盗賊ギルドの…?」
 デュランは聞き覚えがないので、眉をしかめたが、ホークアイの方は眉をはねあげた。
「そうだよ。首領のゴーザだよ」
「チッ…! 厄介なのがでてきやがったな」
 ホークアイは舌打ちする。
「なんだ、その盗賊ギルドってのは…?」
 名前からにして、とても良さそうな集団とは思えないのだが、とりあえずデュランは聞
いてみる。
「その名のまんま。その町の盗賊達を牛耳る集団だよ。町によってその特色はだいぶ違う
けどな。しかし、ドライグノの盗賊ギルドだ。ロクなもんじゃねえ。おい、その場所はど
こだ?」
「い、行くつもりなのかよ。死ぬぞ!?」
「いいから、言えよ! それとも知らないのか?」
「…この町に長いなら嫌でも知ってるさ。あそこに、高い煙突があるだろ」
 乞食が目でさす先に、黒い煙突が立っていた。この町で一番高い煙突だ。
「あの下さ。盗賊ギルドにしちゃ、入りやすい場所さ。…けど、お前達、死にに行くよう
なもんだぜ?」
「人間だろ? 怪物よかマシさ」
「戦闘力はな」
 デュランの言葉に、ホークアイがクギを刺すように言った。
「ともかく、行こう。早い方が良い。じゃ、悪かったな」
 ホークアイはデュランをうながし、走りだすと、デュランもそれに続いた。

「………!」
 リースは目を覚ました。動こうとして、手首ににぶい痛みが走る。
「くっ…!」
 手首と胴体に縄がきつく食い込んでいる。見回すと、アンジェラもぐったりとしている
し、シャルロットもまだ目を覚ましていないようだ。
 リースは辺りを見回した。
「気が付いたか?」
 男たちが自分たちを取り囲んでいる。やたら豪勢な椅子に座った男が話しかけてきた。
「薬の終わりが早いな。調合を間違えたかな?」
「卑怯者! 薬を使うとは」
 燃える瞳でリースが怒鳴る。
「そいつぁほめ言葉だな。俺はゴーザ。この町の盗賊ギルドの首領をやってる男だ」
「……………」
 男は四十路くらいに見え、顔にあるシワや傷痕は繰り返した悪事の年輪のようだ。
「で? おまえ、名前は? こっちは名乗ったんだぜ」
 リースは歯を食いしばり、ゴーザを睨みつける。こんな男の問いに答えたくもなかった。
「ホラ、答えろ。ゴーザ様が聞いてるだろ?」
 近くにいた男がリースの腕を蹴った。
「何をする!」
 噛み付くようにリースが怒鳴る。
「ん…んん…、なに…?」
 リースの怒鳴り声に、アンジェラは意識を覚醒させた。
「…な…なによ、あんたたち…」
 すぐに自分たちを取り囲む男たちに気づき、アンジェラは縛られたまま、身をよじらせ
た。
「で、どうします?」
 側近らしき男がゴーザに話しかける。
「それを考えてるんだ。このままここで働いてもらってもいいし、売っても良い…。まぁ、
ガキは売り飛ばすとしてもだ。残りの二人をどうするかだな…」
 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ、ゴーザはリースとアンジェラの二人を見た。
「しっかし、見れば見るほど上玉だ。よくこんなのを見つけたな」
「へへへ…」
 話しかけられた側近はこれまた嫌な笑みを浮かべる。見ると、さきほどのリーダー格の
男ではないか。
「私たちをどうするつもりです!」
 厳しいリースの問いにも動じず、ゴーザはただニヤついてるだけだ。
「だから、それを考えてるといったろう。そうだな…」
 顎のあたりに手をやりながら、思案にくれる。そして、激しく自分を睨みつけるリース
とアンジェラを見た。
「…随分調教のしがいのある女達のようだな…。よし。じゃ、ウチで働かせるか」
「なによそれ!」
 勝手な意見に、アンジェラが叫ぶ。
「喜べよ。おまえら顔が良いからな。すぐにでも上客がつくぜ」
「どういう事です!?」
 色々と疎いリースなので、彼らの言ってる事がよくはわからない。が、とてつもなく良
さそうな事ではない、というのはわかった。
「なんだ、おまえ。知ってて聞いてんのか? 体を売って稼ぐんだ。娼婦になれってんだ
よ。まぁ、幹部の女になっても良いがな」
「んなっ…!」
「なんですってぇ…!」
 さすがのリースも、そのあまりの事に怒りで真っ赤になった。
「冗談じゃないわよ! なんでそんな事しなきゃなんないのよ!」
 アンジェラは頭にきてわめき散らした。その横でリースは激しくゴーザを睨みつけなが
ら、なにやらブツブツつぶやいている。
「なに、慣れちまえばどうってことねえよ」
 これまた火に油を注ぐような言葉が飛び出た。
「許さない!」
 怒り心頭に達し、リースはがばっと立ち上がった。
「え?」
 確か彼女は縛られていたはず。男たちは一瞬、何が起こったのかわからなかった。
「ふんっ!」
 リースが力むと、固く縛られたはずの縄がぶちぶちぶちっと引きちぎられた。
「げぇっ!?」
「なっ!?」
 女の子が、いや、人間が引きちぎれるような縄じゃなかったはずだ。
「リ…リース…?」
 一緒にいたアンジェラまでもビックリして、驚いた目でリースを見上げた。
「自分の身勝手で人を不幸に貶めるとは! 最低にも程がある! 覚悟なさい!」
 怒り狂った瞳で、リースはゴーザをビシッと指さした。
「アンジェラ。このような者にかまうことなどありません。魔法を!」
 まだ驚いたままのアンジェラにそう言い、今度はアンジェラの縄も手でぶち切った。
 周囲の男たちはその様子に一歩後ずさる。
「一人たりとも許しません! 己が罪の重さに気づくがいい!」
 そう言って、一番近くにいた男を激しくぶん殴った。
「ぐわああっ!」
 ズドンッ!
 男はすごい勢いで吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「……え…?」
 あまりの事に頭が反応せず、ゴーザは壁に激突した男をほうけたように眺めた。
 リースは素早く周囲を見渡し、武器になりそうなものを探した。
 あった。
 ダッとそれに駆け寄り、槍のようにそれを構える。
 モップではサマにならないが、そんなものに構っている今のリースではない。
「覚悟しろ!」
 そう叫ぶと、リースはモップで男たちに襲いかかった。



「ヒィィッ! そ、そいつらなら、頭の…ゴーザのところに…」
「だから、そこはどこなんだよ!」
 デュランに襟首をつかみ上げられ、男はまた悲鳴をあげた。
「み、右…右の階段…上って…すぐの部屋だ…」
「くそっ! 無事でいてくれよ!」
 部屋の場所がわかるや否や、ホークアイが走りだす。それに続くデュラン。
 首領の部屋への階段はいやに長かった。そこを駆け登り、ホークアイはバタンとドアを
開け放した。
 ドガン!
「ぎゃあああっ!」
 開けたその途端、すぐ横の壁にいきなり男が叩きつけられた。
「………へ…?」
 思わず左を見ると。叩きつけられた男はずるずると壁を落ちていく。
「お、おい、ホークアイ、早く行けよ」
 叩きつけられた男から目を離せないでいるホークアイを押しのけて、デュランは部屋に
入った。
「みんな無事だった……かっ………て……え?」
 首領の部屋はとにかくすごい事になっていた。
 倒れた男の山、山。その真ん中で壊れたモップを手に、背を向け、肩を大きく上下させ
息も荒く立っているリース。その表情はホークアイ達からではわからない。
「た、助けてくれ! 頼む、金なら出す!」
 部屋に入ってきた二人に、すぐ左横の壁に叩きつけられた、ズタボロとなった先程の男
がホークアイに手をのばし、叫んだ。
「新手か!」
 リースが振り返り、すごい勢いでモップを投げ付けてきた。
「うわあああ!」
「うええっ!?」
 豪速モップを避けるのだから、二人もたいしたものなのだが。
 ガシャン、ゴキャアッ!
 向こうでモップが激しく壊れる音が響いた。
 モップを避けたものの、二人は真っ青な顔で硬直してしまった。
「…ハァ…、ハァ…。…あら…?」
 二人を見つけ、リースの顔から怒気が少しずつ抜けていく。
「ホークアイ! デュラン! …どうしたんです…?」
「ど……どうしたんです…って…」
「ど…どうしたんですよ…?」
 硬直が直らないまま、二人は青い顔のまま、リースを見た。
 その様子に、アンジェラはハッと短く息をついて肩をすくめた。
 そして、シャルロットは、まだ、眠ったままだった…。

「まだ縄の跡が残ってる…。あとでシャルロットに直してもらわないと…」
 手首に残る縄跡をさすりながら、リースが言う。
 帰り道。4人は宿へと向かっていた。
 いくらアンジェラとリースが美人でも。この町で彼女たちに手をだそうという輩はもう
いないだろう。
 そしてシャルロットは、やっぱりまだ眠ったままで、デュランに背負われていた。
「でも、よくあの縄を引きちぎったわね。ビックリしちゃった」
「…縄を…?」
「…引きちぎった…?」
 男二人が青ざめた顔で交互にそう言ってリースを見た。
「パワーアップの魔法ですよ。魔法がかかれば、あれくらい」
「そっか」
 アンジェラは納得して、前を向いた。
 男二人は複雑な顔付きで黙り込んだ。
「それにしても、とんでもない町ですね。どうして、こんな事になるのかしら」
「…………まあ………いろんな人間がいるからな…」
 ホークアイはとりあえず、そんな事を言った。
「二度と来たくないわね」
「本当」
「二度と入れてもらえないだろうけど…」
 遠い目で、ホークアイはぽそりとつぶやいた。影の支配者とも言える盗賊ギルドの首領
をぶちのめしたのだ。門番のところで文字通り門前払をくらうだろう。
 あの後、奪われた荷物やら鎧やらを取り返した。アンジェラが「慰謝料よ!」と言って、
宝石をいくつか持ち出したので、荷物がすこし増えた。
「ともかく、帰ろう。ケヴィンが待ってる」
 ずり落ちそうになるシャルロットを背負い直し、デュランは空を見上げる。
 太陽は沈みかけ、夜がはじまる。
 夜は危険な町だが。ともかく今日は。そんな事はないだろう。
 噂が素早く広がり、ひどく脅え自分たちに道を開けてくれる町の人々を眺めながら、ホ
ークアイはそう思った。
 恐れられてる当の本人はというと、いつもの可愛い笑顔でデュランの背中のシャルロッ
トを見つめていた。

                                                                          END