触発



  ポツン…。チャポン…。ピチャン…。
  雨漏りがひどい。それでも、雨漏りが一番しない所を見つけだして、そこに荷物を
置く事にした。
「…もう、夜になっちゃったわよね…。何時になるのかしら…?」
「…今日は…、ここで、泊まる事に…なるな…」
  ケヴィンはぼんやりと天井を見上げながらつぶやく。
「…デュラン達…遅いな…」
  心配そうにケヴィンは戸口の方を見る。
「…火とか、ここで焚いておいたら、あったかくなるかしら?」
「良い考えかも」
  アンジェラの案に、ケヴィンの顔がパッと輝いた。
「………やめとけよ。ここじゃ危険だ…。やるんならあっちの土間でやれよ」
「…あ、そっかぁ…」
  ホークアイの冷えた言葉に、ケヴィンはしょんぼりとなった。
「…ホークアイ……」
  アンジェラはそんなホークアイを見て、やや表情も険しく、ぎゅっと自分で腕を組
んで低い声で話しかける。
「何だよ…」
「さっきから思ってたんだけど、あんた最近変じゃないの?」
「なっ…、何でだよ…」
  内心非常に驚いて、でも必死に表に出さないように。ホークアイは顔をあげた。
「…何でもなにも。変よ、アンタ」
「だから、どのへんがだよ」
「そこがよ。いつもだったらヘラヘラするクセに」
「……悪いかよ…。誰だって機嫌の悪い時くらいあんだろ?」
「………………」
  そのホークアイの様子が、明らかにいつもと違っていたので、アンジェラはそれ以
上言おうとしなかった。実際、ホークアイがちょっと怖くなったのだ。普段、平気で
殴ってはいるが、本気を出されたらかなわないのは十分承知している。リースじゃあ
るまいし、力で対抗できる相手じゃない。
  そんな2人を、ケヴィンはおろおろしたように、ホークアイとアンジェラ、交互に
それぞれの顔を見ていた。
  気まずい沈黙だけがあった。
  ホークアイは何も言わずに、土間に行くと1人で火をおこしはじめた。一応、携帯
燃料は持っているのだ。少しずつ使えば一晩くらいもつだろう。
  外の雨音と、雨漏りの音。火のはぜる音だけしかなかった。
「……デュラン達……まだかな…」
  だいぶ長い長い沈黙の後。ケヴィンがぽそりとつぶやいた。
「…大丈夫よ…。アイツ、強いもん…。ウチで一番じゃないのさ…」
「…そうだよね…。…デュラン…オイラ達の中で一番…強いよね…」
  ケヴィンがほんの少しほほ笑む。アンジェラも少しほほ笑んだ。
「…………………」
  ホークアイはそんな二人を冷めた目で見ていた。
「それより…リースとシャルロットも遅いってのは気になるわね…」
「うん…。どうしたんだろ…」
  実際待つという事は、いつもよりもずっと時間が長く感じられるものだ。1分が1
時間に、1時間が1日並に感じられる事もあるだろう。
  それからまたどれくらい経ったか。寝ているように黙り込み、体育座りしていたケ
ヴィンがハッと顔をあげた。
「…来る…。3人、来る…」
「え?」
  疲れて半分寝ていたアンジェラが目をこすりながら、顔をあげた。
  確かに、表の方からなにか聞こえる。
「あった!  あそこだあそこ!」
「もうすぐですよ!」
「うひーっ!」
  3人、何か言いながらこっちに駆けてくる音が聞こえてきたのだ。
  ケヴィンはすぐに戸口まで行って戸を開けた。
「こっちこっちー!」
「あ!  ケヴィンしゃーん!」
  転がるようにみんなが駆けてきた。
「はぁ、はぁ、はぁー…、やぁっと着きましたねー」
「いやー、まいったよー。なかなか見つけらんねーし、モンスターには出くわすしよ
ー」
「ホラ、ちゃんとちびっこはんまーとってきてくれたでちー」
  みんなずぶぬれで、ひどく荒い呼吸をしながらも、楽しそうで。それを見るのがす
ごく嫌で。ホークアイはどんどん自分が深みにはまっている事を知らされた。
「ひゅー。も、びちゃびちゃでちー」
「本当。早く体ふかないと」
「タオルタオル!」
  ケヴィンが早速濡れてないタオルを差し出した。
「お、サンキュー!  助かったよ」
  早速、鎧も上着も全部脱いで、上半身裸になっていたデュランは、嬉しそうに受け
取った。
「リース達はあっちの部屋使うと良いわ。一応、戸もついてるし」
「はい。じゃ、行きましょう、シャルロット」
「はいでちー」
  2人は仲良くあちらの部屋へと行ってしまった。
  それからみんな、とりあえず落ち着いて、つぶれた茶屋で、思い思いに腰を下ろし
ていた。
「今日はここに泊まるんでちか?」
  シャルロットがデュランに話しかける。
「あ?  んー…、そうだな…。そういう事になりそうだな…」
「そうでちか…」
  こういう雨の中、屋根があるだけでも有り難いというもの。それほど贅沢は言えな
いので、みんなマントなり毛布なりをかけて寝入る事になった。
  ザー…。
  雨はずっと降り続けていた。薄く残した明かりだけがここいらを照らし、みんなそ
れぞれに寝っ転がっていた。
  ピチャン…ピチャン…ピチャン…。
  雨音に混じった足音。それは外から、こちらに近づいてくるようだった。
「………?」
  その音に気づいたホークアイは目を覚まし、耳をすましてみる。
  ピチャ…ピチャン…ピチャン…。
  間違いない。足音である。こんな夜に誰なのであろうか?  同じ冒険者か?
  ホークアイはむっくりと体を起こす。
「………!」
  足音の数が多いようだ。この分だと、4、5人はいそうである。この歩き方、かす
かな殺気。ホークアイは自分と同じ匂いを肌で感じ取った。
  盗賊である。
  殺気が混じっているところを見ると野盗か。おそらくこの茶屋がつぶれたのもそい
つらのせいではないだろうか。
  そこいらの野盗なら全員を起こす必要はないだろうが…。特にアンジェラやシャル
ロットは体力がなく、疲れているだけに、起こすのは少し可哀想だ。…となると…。
  一瞬、ホークアイはデュランを起こそうとしている自分に気づき、そんな自分に苛
立った。
  そこらへんの野盗の4人や5人、自分1人でどうにかなりそうだ。
  ホークアイはそう考えると、自分のダガーを握り締め、みんなを起こさないように
そっと起き上がった。
  静かに戸口に忍びより、そして戸を開ける。
  ギギィッと、たてつけが悪そうに開く。そして、その戸を閉める頃。野盗はこちら
に気づいたようである。
「ほぉ…お出迎えとはな…」
「こうやって旅人の寝首をかくわけか?」
「そういう商売なんでね」
「…ま…おまえらの商売にどうこう言うつもりはないけど。悪銭身につかずとはよく
言うもんだぜ?」
「ヘッ…。よく言うぜ。…ところで、おまえ1人なのか?」
「俺1人でじゅうぶんだろ」
  ホークアイのその答えに、野盗の1人が舌打ちする。気にさわったようである。
「オレ達だって伊達に冒険者達を相手にしてねぇんだぜ?」
「はっ…。寝首をかくようなヤツが何を言うかな。そりゃ、寝ている冒険者なら、本
気も出せないだろうさ」
  会話をしながらも、それぞれが武器をかまえる。
「貴様!  後悔するなよ!」
  野盗の1人が吠えながら襲いかかった。
  そして、戦闘がはじまった。
  キン!  ガキン!  ずしゃっ、ジャバン!
  戦闘の音が聞こえてくる。
「………?  何……かしら…?」
  音に気づいて、リースが起き上がる。
「……ホークアイ…?」
  部屋を見回して、すぐにホークアイがいない事に気づく。
「……殺気…?」
  リースも外の戦闘に気づいて、そばにある槍を握り締める。そして、槍を持って立
ち上がり、デュランを起こしに移動する。
「…デュラン、デュラン!  起きて下さい!」
  他の人を起こさないように、リースは小声でデュランを揺り起こす。
「………んー…?」
「何か、外で殺気を感じるんです。戦闘か何かやってるみたいです。私も行きますか
ら、すぐに来て下さい」
「……え…?  ……!  あ、ああ!」
  デュランもすぐに起き上がり、剣を手に取る。その間にも、リースはすぐに戸口の
方へ向かう。
  バジャン!  ビシッ!
「ぐふぁっ!」
「てめぇよくもっ!」
  野盗は全部で5人。そのうち2人は倒したのであるが…。
  キン!  ガキィン!
  雨というのも手伝って、思うように足が運べない。暗闇での戦闘は慣れてはいるの
だが…。
  ズルッ!
「しまった!」
  ぬかるみに足をとられ、ホークアイはバランスを崩す。一瞬のスキこそ最大の命取
り。
「うらぁっ!」
  ズブシャッ!
「ぐはぁっ!」
  野盗の振り下ろした剣が、ホークアイの腕に深くくいこむ。激しい痛みが走る。び
しゃっと血が噴き出る音。
「死ねぇっ!」
  野盗が剣を振りかぶっているのがわかった。
  ホークアイの目が大きく見開く。
  ここで死ぬのか!
「な、なにっ!?」
  野盗の驚いた声。ホークアイもちょっと驚いた。今まで暗闇だったはずなのに、こ
のあたりだけが煌々と照らし出されているのである。
「ホークアイ!」
  リースが泥水をはねあげながら駆けてくる。どうやらリースが魔法の明かりを打ち
出したようであった。
「どうしたんですか!?」
「野盗か!?」
  デュランもすぐに駆けよってきた。
「深い傷じゃないですか!  早く中に!」
「で、でも…」
「でもじゃねぇだろ!  すまん、リースちょっとこの場を頼む!」
「あ、はい!」
  デュランが回復呪文を唱えはじめると、リースはきっと槍をかまえ、野盗達の前に
立ちはだかった。
「暗闇に乗じて悪事を働くなど、恥と知りなさい!」
「ケッ!  なに言ってやがるんだ、このアマ!」
  雨の中、野盗達とリースの戦闘がはじまった。ぬかるんだ土の上での戦闘は不利で
はあったが、それは相手も同じ事。
  雨の中での戦闘ではあちらの方が若干、慣れているようだったが、リースはその戦
闘力と技術で押し切った。
「はぁ!」
「ぐふっ!」
  振り回された槍が見事に野盗の腹に決まり、そいつは随分先まで吹っ飛ばされる。
「くっ…くそったれぇ!  おまえら引くぞ!」
「は、はい!」
  かなわないと知ったか、野盗たちはほうほうのていで逃げ出す。
「……ふぅ…」
  リースは安心して息を吐き出した。そしてすぐに振り返る。
「どうですか?」
「…一応、回復魔法かけといたけど、大事をとってシャルロットにかけてもらった方
が良いだろう」
「…そうですね。…ビックリしましたよ。一体どうしたって言うんですか?」
「…いや…。その、野盗が狙ってるなって…わかったから…」
  ホークアイらしくもなく、やや気まずそうに話し出す。
「とにかく、中に入ろうぜ。ここじゃ濡れるばかりだ」
「そうですね…」
  ホークアイはデュランに肩をかりながら中へとたどりつく。
「……どうしたのよ……?」
  騒ぎを聞き付けたのだろう。アンジェラが目をこすりながら上半身を起こしてこち
らを見ていた。
「大丈夫だ。たいした事じゃないから、おまえは寝てろ」
「………そう……?  ………わかったわ……」
  眠いのだろう。デュランにそう言われると、アンジェラはあくびをひとつして、そ
してまた横たわって眠ってしまった。
「おい、シャルロット…シャルロット」
  彼女には悪いが、しっかり回復魔法をかけてもらわなければならない。デュランは
シャルロットを揺り起こした。
「………うー…ん…?  …何でちかぁ…もうちょっと寝かせてくだしゃぁい…」
  眠そうなシャルロットの声。
「悪いけど、起きてくれ。おまえの回復魔法が必要なんだ」
「………にゃあ……むぅ……」
  もそもそ起き上がり、半開きの目のまま、むっくり起き上がった。ひどく眠たそう
で、ごしごしと目をこする。
「……にゃふ……で…何でちかぁ…?」
  まだ少し寝ぼけているようである。
「ほら、ホークアイに回復魔法、頼む」
「……ん……。…くあぁ……」
  ぎゅぎゅっと伸びをして、よっこらしょっとシャルロットは立ち上がった。
「…わかったでち…。ホークアイしゃん、どこ、ケガしたんでちか…?」
  髪の毛も寝癖がつきっぱなしのまま、シャルロットはよたよたと歩いて、ホークア
イに近寄ってきた。
「右腕の…このへんよ。一応、デュランの回復魔法をかけておいたけど、傷が深いみ
たいだから、跡に残ったら大変でしょう」
「……わかった…ふあぁ……でち…」
  まだまだ眠たそうで、おおきなあくびをしたが、シャルロットはあんまりイヤそう
な顔はせず、回復魔法をかけてくれる。
  さすがにシャルロットのはよく効く。傷がどこにあったのかもわからなくなるよう
なまでにどんどんと治癒されていく。
「……どうでちか……?」
  傷のあたりを、ちょいっとつついてみる。ホークアイは腕を曲げたり回したり色々
動かしてみる。
「…サンキュ…。もう全然痛くない」
「…そーでちか…。じゃ、シャルロット、また寝て良いでちか?」
「ああ。助かったよ」
「……うん…」
  デュランの優しい声に、シャルロットは眠たそうにほほ笑んで、そしてまたよたよ
たした足取りで自分の寝ていた所にまで戻った。
  体力のない彼女をゆっくり休ませてあげたいし、寝てる所を起こしてしまい、悪か
ったなぁと思う。ホークアイは思わずため息をついた。
「…見張り…やっとくか…?」
  野盗に心配して、デュランが言い出す。
「…いや…。もう大丈夫だろう。けっこう深手を負ったみたいだから、復讐するにし
ても日にちを改めるさ」
「…そっか…。…じゃ、悪いけど寝かせてもらうぜ…」
「ええ…」
  デュランも眠いのだろう。彼はまた、寝ていた場所にまで行くと、ごろっと横にな
った。すぐに寝息をたててしまったので、もう寝てしまったのだろう。
「……それにしても……どうしたんですか?」
「…どうしたって…何が…?」
  リースの静かな問いに、ホークアイはどこかはぐらかしたように言った。
「どうして、誰か起こすなりしなかったんですか?」
  リースの口調に、やや非難が含む。
「…いや…あれくらいなら、俺1人でもどうにかなると思ったんだ…。みんなを起こ
すのは悪いと思ったし…」
「……確かに…あれくらいの野盗に、シャルロットやアンジェラを起こすのは、ちょ
っと酷だとは思いますけど。でも、私なり、デュランなり起こしても良かったと思い
ますよ。ケヴィンだってちゃんと戦ってくれますよ」
「…………………」
「そりゃあ、みんな疲れてますし、寝てるのを起こすのは少し悪いなとは思いますけ
ど。でも、それでやられてしまったら本末転倒じゃないですか」
「…………じゃあ…、お前1人が野盗の存在に気づいたら…誰かを起こすか…?  
その野盗が自分一人でもじゅうぶん倒せそうだとわかっても」
「…そ、それは…、その…。…その時にならないと何とも言えませんけど…」
  リースもあまり他人に迷惑をかけたがらないタチだ。自分だけで何とかしてしまお
うという性格である。言われて、リースもちょっと窮した。彼女もあまり人の事を責
められるものではないと、思わず自覚する。
「…でも…デュランくらいは起こすと思います……。たぶん……」
「何で…?  どうしてだよ?」
  ホークアイの語気が強くなる。リースは少したじろいだ。
「どうしてって…、その、何となく…」
「…その、何となくって何だよ……」
「なにって…。そう言われましても…。そういうのって、いつもデュランですし…」
  シャルロットや、アンジェラがデュランを頼りにするのは仕方ないと思っている。
シャルロットは彼になついているし、アンジェラも文句こそいつも言い、素直になれ
ずにケンカばかりしてるが、なんだかんだとすぐに頼るし、彼を頼りにしたいのだろ
う。彼に嫌われるのを一番恐れているのは彼女だろうし。
  ケヴィンは基本的に、誰の言うことでも聞くし、それにほとんど従う。かといって、
別に誰かに頼っているようにも見えないが、行動に迷うと決まってデュランの顔を見
ているのだ。デュランの判断を待っているのである。
  リースもその3人の影響なのだろうか。
「…デュランって…その…頼りになりますし…」
  カッ!  と、ホークアイの頭に血が上るのを感じた。
「なに…」
「え?」
「…………いや……。なんでもない…」
  すぐにこらえて、ホークアイは頭をふる。わかっている。わかっているつもりだ。
自分だってそうだったじゃないかと懸命に自分に言い聞かせる。
「…そうですか…?  …ともかく…一人で突っ走るなって、私に言ったのはあなたで
しょう?  誰もあなたを失って喜ぶ人なんていませんよ」
「………………」
「……ともかく…。今日はもう寝ましょう。腕はもう大丈夫なんでしょ?」
「…ああ……」
「それじゃ…、お休みなさい」
「…………ああ……」
  リースは静かに自分が寝ていた場所まで歩くと、すぐに横たわる。
「…………………」
  ホークアイは深くため息をついて、両手で自分の顔をおおった。眉間に深くシワが
くいこむ。
「……くそ…」
  小さくつぶやいて、そしてまたため息をついた。濡れた体がひどく冷えるようだっ
た。


  そしてまた、あの夢を見る。


「昨日の雨がウソみたいねぇ」
  アンジェラは思いきりのびをして、カラッと晴れた青空を眺める。
「気持ち良いですねー」
  リースもにこにこうなずいた。
「今日は街まで行けそうだな」
「そこで2泊するんでちよね?」
「ああ。ここんとこずっと歩きっぱなしだからな。1日ゆっくり休もうぜ」
「はいでちー」
  シャルロットは喜んで跳びはねた。
  昨夜の件は、リースもデュランも口にしなかったし、シャルロットは忘れているよ
うであった。
  だから、アンジェラもケヴィンも、ホークアイが殺されかけた事は知らない。




                                                         to be continued...