街についたのは、その日の夕方頃であった。 大きな浅い川が街を分断するかのように流れていた。実際、西の街、東の街と分け られているようでもあるが、交流はさかんみたいだ。 「さてと、宿屋を探してから、メシでも食い行こうぜ!」 「おう! オイラもう、腹ペこだ!」 ケヴィンもにこにことうなずいた。 ホークアイはいつもと変わらないような顔をしていたが、口数が妙に少なかった。 この街では2泊する事になっていた。急ぎの旅とはいえ、休息は絶対必要なのだ。 街滞在2日目。朝はゆっくりめに起きて、街を適当に散策する。良い武具があるな ら買っても良いし、携帯用の食料なども買う。主に買い物のための日と言っても良い かもしれない。 必要なだけのもはもう買い終わり、みんなそれぞれ自由行動となっていた。 アンジェラとリースは連れ立って、年頃の女の子向けのお店へと行ったようだ。ケ ヴィンは宿屋でしっぽを振っていた犬に気に入られたらしく、そいつと遊んでいると いう。デュランはシャルロットの買い物につき合わされるらしかった。 ホークアイは気をまぎらわすために、一人で街をぶらつく事にした。 一人でぶらつきたいと言ったのもホークアイなのだが…。 約束の時間に、とある飯屋で集まる約束をして、みんな散り散りになった。 広い川を眺めながらホークアイは川辺を、川にそってゆっくりと歩く。川で釣りを する人が見える。貨物を乗せた船が川を下っていくのが見える。 みんなそれぞれに生活をしていた。 何も考えないようにして、適当に人々を眺める。 「あーっ! ホークアイしゃんだ。ホークアイしゃーん!」 聞き慣れた声に振り向くと、シャルロットと、なるべくなら、今は会いたくない人 物が一緒にいた。 シャルロットは嬉しそうに転がるように駆けてくる。デュランもそれを追いかける ように、ゆったり走ってきた。 「どーしたんでちか? これから行くでちか?」 無邪気なシャルロットはそうやって笑顔で話しかけてくる。 「ああ…。まぁな…」 「じゃ、一緒にあのメシヤに行きまちょー」 「……………あ…うん…」 「よう、ホークアイ」 デュランの笑顔が妙に憎らしくて、そんな自分が嫌で思わず目を閉じる。 「………よう…」 「も、ホークアイしゃん聞いてくだしゃいよ、デュランしゃんたらもー、しょーがな いんでちから」 シャルロットはおおげさにそう言って、おおげさなリアクションで話しだす。 「ちょーっと、ホークアイしゃん、聞いてるんでちか?」 「ああ……」 「…どうしたんだ、おまえ…。ボーッとして…」 「何でも……ねぇよ…」 「何でもないって…。おまえ今日おかしかねぇか?」 「そーでちよ。らしくありまちぇんねぇ」 デュランとシャルロットが不思議そうにホークアイの顔をのぞき込む。それが、す ごく嫌で、ついイライラした口調になった。 「何でもねぇって言ってんだろ?」 「んな…」 「おまえ、何もそういう言い方しなくても良いだろう」 シャルロットは言葉を失い、デュランはやや不機嫌そうになる。 「そ、そうでちよう。心配してあげてるのに、そーゆー言い方はないんじゃないでち かぁ? それに何か今日ずっとホークアイしゃんあんまし何も言わなくてらしくな くて…」 いつもは気にならないはずなのに。変に達者で舌足らずな言葉が、かん高い子供っ ぽい声が、いちいちひどくカンにさわる。 「いちいちうるせぇんだよ、おまえは!」 ついカッとなって怒鳴ると、シャルロットはビックリして、泣きそうな顔になった。 一瞬、まずい、悪かったなと思ったが、シャルロットが脅えてデュランの後ろに隠 れたものだから、またムカムカしだしてしまった。 「なに怒鳴ってんだよ、おまえ!」 さすがにデュランもちょっと怒り出した。 「…はっ…。怒鳴るのはおまえの専売特許だろうが」 デュランを怒らせるのは簡単だった。鼻で笑って、馬鹿にすれば良い…。 「なっ…なんだと!?」 案の定、一瞬にしてデュランが怒り出した。 「きっさまぁ!」 すぐに憤怒して、ホークアイの襟首をグッとつかみあげた。 「ホラ、そうやってすぐに怒るじゃねぇか、てめぇはよ。それでよく俺の事が言える もんだ」 馬鹿にした表情をすれば良い。ヤツのプライドを傷つければ良い。それだけで十分 だ……。 「てんめぇ〜!」 ガツッ! こうなる事は予想ついていたはずなのに。わかっていたのに。 ホークアイはデュランの鉄拳をその頬に受けていた。 よろめいて、たたらをふむ。どこか冷静な自分が自分を見ていたけれど、このまま で済ます気はなくて。 「ケンカしか能がねぇのかよ! てめぇは!」 思わず殴り返していた。 ゴッ! 「うるせーっ!」 ガン! 「ふ…あ…ダメでち、だめでち…ケンカしちゃダメでち…」 シャルロットは殴り合う二人をおろおろと見上げた。だが、二人は聞こえてないよ うで、なおも殴り合いを続けている。 「やめ…やめてくらしゃい…。シャルロットが悪いんでち…、シャルロットのせいで ちから…。お願いでちから…やめてくらしゃああいぃ…!」 とうとうわんわん泣きながらシャルロットが言うが、やはり二人には届かない。 ドゴッ! 殴られたホークアイは、大きくよろめいた。が、必死でデュランの服をつかんだも のだから、二人はもんどりうって、川の方へとごろごろ転がり落ちていった。 川辺まで転がりが止まっても、そこでもまだ取っ組み合う。 「おめぇを見てるとムカつくんだよ!」 「んだとぉ!?」 口の端から血を流しながら、ホークアイはデュランに馬乗りなって何度も殴りつけ た。 「くだらねぇ理由でムカついてんじゃねぇや!」 ボグッ! 下から、顎を殴られてホークアイがひるむ。その一瞬で、形勢は逆転になる。 デュランはすぐに起き上がって、ホークアイを殴りつける。 ゴスッ! 「何だって言うんだ、おめぇはよ!」 さらに殴りつけようと、襟首つかんでデュランはホークアイをグッと引き寄せる。 「わけわかんね……」 ホークアイの顔を見て、デュランは言葉を詰まらせた。 「なにやってるんですかーっ!?」 「ケンカしちゃダメだっ!」 いつの間に来たのか。リースとケヴィンが二人を止めるべくこっちにやって来るの だ。 ハッと彼らに気づくデュラン。向こうからすぐにでも、みんながこっちに駆けてき そうだった。 デュランはぱっと周りを見回して、そしてホークアイを掴んだまま、一歩踏み出す と彼の頭を押さえて顔ごと川に突っ込ませたのだ。 ジャバンッ! いきなりの事に、ホークアイも混乱して必死にもがくが、デュランに頭を押さえ付 けられている。 「んなっ! なんてことしてるんですか!?」 まるで、怒りに任せて窒息死させようとしてるデュランの行動に、リースもカッと なった。 すごい勢いで駆けよってきて、ホークアイを川から引き上げると、キッと振り向い て、張り手をデュランに食らわした。 パァン! 「何があったか知りませんけど! これは…あんまりです!」 肩をいからせる程に激怒し、リースはデュランに怒鳴った。 「はぁ、はぁ、ケンカしちゃダメだよ!」 ケヴィンも走り寄ると、荒く息をしながら、困った顔でデュランを見た。 「どうしたのよ、一体!?」 アンジェラも走って来る。シャルロットは泣きながらやってきた。 「ダメでち、ダメでち、もうケンカしちゃダメでち! お願いでち。お願いでちぃ!」 ボロボロと涙を流しながら駆け寄り、デュランに抱き着いた。 「ハァッ…ハァッ…ハァッ…」 デュランは何も言わず、荒く呼吸しながら、自分に抱き着いて激しく泣きじゃくる シャルロットを眺めていた。 ホークアイは、川に顔をつっこまされたショックで、気を失っていた。 デュランは、リースやケヴィンやアンジェラが、どんなにケンカの理由をたずねて も、少しも口を開こうとはしなかった。 「デュラン! どうして何も言わないんですか!?」 眉間にしわを寄せ、リースは苛立った声でなじるように言うが、やはり、デュラン は黙したままだった。 「デュラン!」 あまりに何も言わないデュランに、声もヒステリック気味になる。 「別に…。言う程のものでもねぇからだ…」 いつもよりもずっと低い声でそう言う。デュランは気絶して、ぐったりしたホー クアイを背負って歩きはじめた。 「言うほどの事じゃないって! そんな事あるわけないじゃないですか! あなた、 自分が何をしたかわかって言ってるんですか!?」 「リ、リースしゃん、その…」 たまりかねてシャルロットがぐちゃぐちゃの顔のまま、見上げて声をあげた。みん な、思わず彼女に注目する。 「シャルロット。余計な事は言わなくていい」 だが、低い声のデュランが彼女を制する。さっきから苛立っていたリースにこれは 効いたようで、一瞬形相を変えるとデュランの前に回り込んだ。 「デュラン! あなたは…!」 「………………」 多少回復魔法で治したものの、デュランの顔には、青アザや生傷、腫れがまだ残っ ていた。何も考えていないような、薄暗いデュランの瞳と、怒りに燃えたリースの瞳 がかちあった。 「ホークアイにあんなひどい仕打ちをしておいて、どういう了見なんですかっ!? あなたにとって仲間とはそのようなものなんですかっ!? 余計な事ってどういう 事なんです!? 答えて下さい!」 「……別に…言う程の事でもねぇからだよ……」 「デュランッ!」 「リースッ! だめだ!」 つかみかかろうとするリースを、ケヴィンがおさえる。 「あなたは、仲間に言う程の事のない理由で、あんなひどい仕打ちをすると言う事な んですかっ!? デュラン! ねぇ!」 「リース! ケンカはダメだよ!」 さすがのリースもケヴィンにおさえられては身動きができない。そして、シャルロ ットも彼女に抱き着いて止める。 「デュランしゃんは悪くないんでち、だってあれは…!」 「シャルロット」 デュランのやや強く、低い声にビクッと跳ね上がるシャルロット。 「余計な事は言わなくて良い。ちょっともめたんだ。それだけだよ」 「そんなわけあるはずが…!」 「リース! ケンカはダメだよ! とにかく、ケンカはダメだよ! リースだってト モダチどうしでケンカなんてもうイヤだろう?」」 ケヴィンにギュッと押さえ付けられ、そう言われると、少しリースの頭が冷めてき た。少し呼吸を整え、大丈夫だと言って、ケヴィンに放してもらう。 「………………デュラン…。あなたは…それで良いんですか…?」 ケンカの理由も言わず、あのひどい仕打ちの言い訳もせず、責められるだけで。仲 間にひどい男だと思われても。 「……いいんだよ、うっせぇなぁ…」 不機嫌そうにそう言うと、他を無視して歩きだす。 リースは怒りを通り越して、なんだかひどく情けない気分になってしまった。 とんでもなく険悪な空気に、アンジェラはひどく困惑してリースの顔を見る。 「……あの…その…きっと、何かあったのよ……」 どう言えば良いのかわからず、思わず適当な事を言う。リースは肩を落とし、歩き だす。ケヴィンも心配そうだが歩きだし、シャルロットもそれに続く。 リースは、歩きながら、非難の目をデュランに向け続ける。 どこか、デュランに裏切られたような気分がぬぐえなくて、今まで信じていた自分 に腹立たしくなってきつつも、本気で彼がそのような事をするのか疑問でもあった。 しかし、あのひどい仕打ちの様子をこの目で見たのも確かな事である。 確かにアンジェラの言うとおり、何かあったのだろう。デュランにああいう事まで させる何かとは一体何なのか。彼がああせざるをえないなら、何か理由があるはずで、 そこまでの理由を、何故言ってくれないのか。口止めまでさせるのは何故か。 怒り、困惑、疑問、焦燥。苛立つ要素がリースの中にうずまいて、頭痛さえもして きてしまい、彼女は思わず軽く頭をおさえた。 リースは、非難の目をデュランにずっと向けて歩き、ケヴィンは何も言わないデュ ランに困っているようだし、アンジェラもどうして良いかわからないみたいだった。 シャルロットはずっとぐずり続け、ケヴィンと手をつないだまま、しゃくりあげな がら歩いていた。 デュランは未だ意識を取り戻さないホークアイを背負って、黙々と歩いていた。 異様な光景の6人だったが、誰も、何も言わなかった。 「…お前達は先に飯屋へ行ってろ。俺はこいつを宿屋においてくるから」 やっと口を開いたデュランがそう言った。 「…………わかりました…」 リースの怒りは未だ解けておらず、デュランを睨みつけていたが、目を閉じて、少 し落ち着くように自分に言い聞かせる感じで、そう頷いた。 アンジェラとケヴィンが心配そうに顔を見合わせる。 「シャルロットも…ひっく…、一緒に…行くでち…」 ケヴィンの手を離し、ぐずつきながら、そう言うがデュランは首を振った。 「おまえも飯屋に行け」 「…………………でも……」 「いいから」 「………はい…でち…」 有無を言わせないデュランの声に小さく頷いて、しょんぼりした様子で歩きだした。 デュランは相変わらず黙々と歩き続けていた。 夕日が、男を背負う男の影を長くのばしている。 ホークアイの意識はまだもうろうとしている。うっすらと目を開けるが、ハッキリ 焦点は合っていない。 デュランに背負われているらしいとわかるにはわかったが、それだけだった。 「……デュラン……ごめん……オレ……」 うわ言のように、つぶやくようにホークアイが言う。 「本当に…悪い…。…おまえ…全然悪くないのに……」 「………………」 「…おまえ…一生懸命にやってくれてるだけなのに……。…変に…嫉妬して……」 「………………」 「……ごめん…本当に…すまない……」 ホークアイの声が、震えだす。 わかっていた。本当はとっくのとうにわかってたはずなのに。 自分だってデュランを頼りにしていたクセに。 後悔と自己嫌悪だけが今のホークアイのすべてだった。 「…………もういい……黙れ……」 「………ごめん………ごめん…!」 「……もういいから…。…謝るんじゃない……」 「………………ごめ…ん………」 デュランの声にひどく安心してしまって、ホークアイはそこでまた意識を失った。 情けなくて、自分がひどく最低な男で、どうしようもない気分だったけど。でも、こ んなに安堵してしまった気分も、なんだか久しぶりだった。 ハッキリ言ってデュランのパンチは本当に強烈だった。あれがケヴィンだったら自 分の顔が元通りにできなくなるかもしれない程だったかもしれない。 その日の夜の事。消えないアザを痛そうにさすっているホークアイに、シャルロッ トはほんのちょっと怒ってこう言った。 「…デュランしゃんにあんないぢわるする人には…回復魔法、かけたげないんでちか らね…」 言われて、ホークアイは一瞬驚いた顔をさせていたが、やがて小さくほほ笑んだ。 「……ああ…。…そうだな。おまえの言うとおりだ…」 まだ青アザの残る顔に浮かんだのは、どこかふっきれたような笑顔だった。 シャルロットはあんな事を言っていたが、かなり手加減なしに殴り合いやっていた のだ。デュランの方はともかく、ホークアイの方はかなりの大ケガだったのである。 だから、実は大事そうなケガはちゃんと回復魔法がかけられていた。あんなにひどく 痛んだ腹や顎、頬がもう、痛くない。おそらく、気絶してすぐに治癒してくれたのだ ろう。 シャルロットとしては、完全に回復魔法をかけてやらない事が、彼への怒りの表れ なのだろう。 「ねぇ、デュラン…」 一人、宿屋の庭で素振りを負えたデュランに、ケヴィンは静かに話しかけた。終わ るのを待っていたのだろう。 「…何だ…?」 「…どうして…、あんな事した? ケンカの原因はもう聞かないから、あれだけ教え て」 ケヴィンは非常に思い詰めた顔で、デュランを見つめた。 「あんな事?」 夜、今頃みんな風呂にでも入っている時間だ。実際、女の子たちは全員で風呂に行 ったのだ。 「…ホークアイの顔、川につけた事…。ケンカはオイラもやる…。でも、あれはヒド イ。どうして? どうしてデュラン、あんな事…。オイラ、デュランがどうしてあん な事したか、わからない…。それだけで良いから、教えて」 窒息死させるような行動に怒りを覚えながらも、デュランはそういう事をやる人間 じゃないとわかっているからこそ、不可解だった。 ケヴィンのひどく思い詰めた顔をしばらく見つめ、そしてデュランは小さく息をつ く。 「……………誰にも言うなよ…」 人の気配がない事を確かめてから、デュランは静かにそう言った。 「…アイツ…泣いてたんだもん…」 「え…?」 「…泣き顔を…みんなに見られるなんてアイツも嫌だろう。…まぁ、ひでぇ事したと は思ってるけどよ…。他に良い方法思いつかなくてな…」 用意しておいたタオルを肩にかける。 「………そっか…」 「…誰にも言うんじゃねぇぞ」 デュランはちょっと困ったようにそう言った。 「うん。わかった」 ケヴィンはほほ笑んで、素直にうなずいた。 その日から。ホークアイはあの夢を見なくなった。 END |