傾向



「デュランしゃーん、おんぶしてくだしゃーい」
  シャルロットがいつものように甘えた声を出す。
「あーあー、わかったわかったよ…」
  いつのまにかこのパーティのリーダーになってしまったデュランが、無愛想にそう
言いながらも、腰を低くしてやると、シャルロットは喜びいさんでその背中にはりつ
いた。
  いちいちそれに反応しているのがアンジェラだ。どうにも彼女、デュランがシャル
ロットに対して甘いというか、優しいのが気に入らないらしい。自分だったら絶対に
やってくれない対応を、シャルロットにはすぐにしてやるのである。
  どうにもそれが気に入らない。
  ムスったれた顔をして、アンジェラはデュランとシャルロットをにらみつけるが、
二人ともそれにはちっとも気づいていないようである。
  鼻歌なんぞ歌いながら、シャルロットはデュランの背中にへばりつく。
「んっとに、お気楽だなー、おまえは…」
  あきれた声を出して、ホークアイはシャルロットを眺める。
「ぷーんでち。おんぶしてもらえないからって、ひがむんじゃないでち」
「誰もひがんでなんかいねーよ。なんで俺がデュランにおんぶしてもらわにゃいけな
いわけよ」
「俺だってそんなのイヤだよ」
  誰が好き好んで大の男を背中におぶわなきゃならんのか。よっぽどの非常事態でな
い限り避けたいシチューエションである。
「言っとくけど、モンスターが出たら降りろよ。いつまでもお前を背負ってるわけに
はいかないからな」
「わかってるでちよう」
  言われて、シャルロットはちょっと口をとがらせる。けれどもすぐに機嫌を直し、
下手くそな口笛を吹き始めた。
「あ、ねぇねぇデュランしゃん、あれ、なんでちか?」
  不意に何かに気づいたか、シャルロットはデュランの首にかじりついて、何か前方
を指さす。
  それに過敏に反応したのはアンジェラである。思わずギリッとにらみつけるが、や
っぱり二人は気づいていない。
「あー?  どれだよ」
「ホラぁ、あれでちよ、あれ。あの、とんがってて茶色いヤツでち」
「それだけじゃわかんねーってば」
「でちからぁ、あれなんでちってばぁ」
  シャルロットはさらにデュランの首にぎゅっとしがみつき、人差し指をふっている。
顔と顔がくっつきあうほどに密接している。
「だーっ!  もうっ、いい加減にしなさいよ、シャルロット!」
  とうとう我慢できなくなって、アンジェラは強引にシャルロットを引きはがそうと、
服をつかんで引っ張った。
「しょえーっ!?」
「うぁ、あ、ちょ、おい…」
  慌ててデュランが落ちそうになったシャルロットを受け止める。
「い、いきなりなにするんでちか!?」
  シャルロットは驚いて手足をバタバタさせた。
「おんぶしてもらうならケヴィンでも良いでしょ!?  なんでデュランなのよ!?」
「何でって、ケヴィンしゃんの持ってる荷物重そうなんでちもん」
  イヤと言えない(言わない)ケヴィンに、色々と自分の荷物さえも押し付けている
のはアンジェラとシャルロットである。
「だったら、我慢しなさいよ!  みんな自分の足で歩いてんのよ!?」
「だってシャルロット、体力ないんでちもん」
「私だって自慢できるほど体力なんてないわよっ!」
「なにくだらねぇケンカしてんだよ…。いいじゃねぇかよ、おんぶくれぇ」
「よくないっ!」
  アンジェラはムキになってデュランに向かって怒鳴った。
「しょーがねーだろ。こいつぁまだガキなんだから」
「こんなんでも立派な15歳だってゆーじゃないのよっ!」
「こんなんでもとはなんでちかぁ!」
「あーもういい加減にしろよ…。こんなとこでケンカしてる場合じゃないだろ?」
  うんざりげにホークアイが止めに入る。
  いい加減デュランもアンジェラの気持ちに気づいてやれば、話も早いと思うのだが、
この男ときたら不思議に思うほど鈍い。
  しかし、デュランがアンジェラの気持ちに気づいてラブラブになられても、ホーク
アイとしてはちょっと悔しい。なにせアンジェラは希代の美人ときている。そんな彼
女と恋仲になられるとやっぱり羨ましいというか、ねたましい感情さえ生まれてくる。
  …やっぱりこのままでも良いのかな…。
  矛盾した感情をなんとなく感じながら、未だ続く3人のケンカをホークアイはぼん
やりと眺めていた。


「うらぁっ!」
  デュランは襲い来るダックソルジャーを真っ二つに両断する。その派手で力強い戦
い方は注意をひく。彼が派手に戦ってくれる分、モンスターはあちらに集中してくれ、
他の仲間としては戦いやすい状況を作り出してくれている。
  彼が戦闘においてエースである事は、誰もが認めるものだった。
「でぁっ!」
  ザシュッ!
  デュランが最後のコカトリスを分断して、戦闘は終わりを告げた。
「…はぁ……。…おい、ケガとかしてねぇか?」
  一息つくと、彼はすぐにみんなを見回した。
「シャルロット、コカトリスに頭むしられたでち!」
「おめーは自分で回復しろ。他は?  大丈夫だろうな?」
「オイラ平気だぞー」
「みんな大丈夫みたいですよ」
「そっか…。じゃ、行くか?」
  リースが答えてくれると、デュランは少し安心して、みんなをうながした。
「ちょっと待ってよー!  もう、疲れたわよー!  今日は朝から歩きっぱなしの戦い
っぱなしじゃないのよ!」
  アンジェラがへたりこんで早速ブーイングをはじめた。いつもの事とはいえ、みん
な疲れているのは事実だろう。
「……じゃ…、ちょっと休むか…。あそこの木陰でが良いかな?」
  デュランは少し周囲を見渡して、ちょうど良さげな木陰を指さした。
「そうですね。あそこなら小休止に丁度良いと思いますよ」
  といことで、みんなで休む事になった。気持ちの良い木陰で、みんな思い思いに腰
掛けて、ゆっくりと疲れをとっていた。
「喉が渇いたでちー。デュランしゃん、お茶ないでちか?」
「あー?  ちょっと待ってろ」
  デュランは自分の荷物の中から水筒を捜し当てると、シャルロットに手渡した。
「おらよ」
「ありがとでちー」
  シャルロットは早速水筒の蓋をあけて、美味しそうにごくごく飲みだした。
「あんまり飲みすぎんなよ。おまえだけの分じゃねーんだから」
「…………んく……ん…」
  シャルロットは水筒を口から離すとと、満足そうに口をぬぐった。
  もちろん、各自水筒を持っているにはいるが、デュランとケヴィンの2人が持って
いる水筒は各自のモノより大きい水筒なのである。そして、なるべくならデュランの
水筒から飲んでいき、ケヴィンのはむしろ非常用のものに近く、そう彼らで決めてい
た。
  水筒を手渡されたデュランは自分もちょっと飲んで、そして蓋をしっかりしめると
またしまいこんだ。
「シャルロット…、あんた自分のはどうしたのよ?」
「…もう、飲んじゃったでち…」
「またぁ?」
「おまえだって似たようなもんなんだろ?」
  デュランに突っ込まれ、アンジェラもグッとつまる。水筒1つとっても体力と、我
慢できる差が各自見えてくる。もちろん、体力もなく、我慢もできない魔法使いコン
ビが一番消費が激しい。
  アンジェラは面白くなさそうに、頬をふくらませて、ゆっくり後ろの大きな木にも
たれかかる。そして、大きくため息をついた。
  みんなそれぞれ、ぼんやり休んでいた。
  ぽとっ
  ふと、アンジェラはなにかが頭に落ちてきたような感覚を覚える。気のせいだろう
か、ちょっと頭をふってみる。
「…?」
「ひひょえっ!  ア、ア、アンジェラしゃんの頭、頭!」
  アンジェラの頭に乗っているものに、いち早く気づいたシャルロットが悲鳴に似た
声をあげた。
「な、なに…」
  アンジェラが反応して、青くなっていると、ソレは不意にアンジェラの目の前にぶ
ら下がった。彼女の頭の上に落ちてきたもの。それは体長20センチはあろうかとい
う大きなムカデだったのだ。
「キャアアアァァァァァッッッッ!  ヒッ!  ヤッ!  ヤダヤダヤダヤダァーッ!」
  瞬間的にパニックを起こすアンジェラ。振り落とそうと頭をふるが、ムカデは彼女
の頭から落ちる気配はない。
「イッ、イヤーッ!  デュ、デュランデュラン!  取って取って取ってぇーっ!  
お願い早くこれ取ってぇーっ!」
  パニックを起こしつつも、ムカデに触りたくない一心で、アンジェラはヒステリッ
クに叫んだ。頭をふって振り落とそうとするがムカデに効き目はない。
「ちょ、おい、まず、ジッとしろ!」
「イヤーッ!  なにこれ信じらんなーいっ!」
「ジッとしてろ!!  かまれるぞ!」
  怒鳴られて、アンジェラは涙目になりながらも、真っ青な顔で、動くのをやめた。
  デュランは注意深くムカデの頭をつかむと、すぐにひょいっと投げ捨てた。
「ホラ、もう大丈夫だよ」
  投げ捨てられ、どこぞへと歩きだすムカデを見て、アンジェラは一瞬ふぅっと気が
遠のいて、しかしすぐに我に返った。
「………な…、なんでムカデが…」
「知らねぇよ、この木の上のいたんだろうけど…」
  デュランもちょっと気持ち悪そうにこの木を見上げる。確かに、頭の上にムカデが
降って来るというのは、気持ちの良いものではない。
「もう行こう!  こんなムカデが降ってくるような木の下でなんてもうごめんよ!」
  さっきのショックがまだ抜けないらしく、アンジェラはまだ青ざめた顔で叫んだ。
「…まぁ…もうけっこう休んだしな…。行くか…?」
  デュランは少しだけ考えて、みんなにそう言った。
「そうですね」
  リースがうなずくと、みんなそれぞれの武器や荷物を持って、また街道に戻って歩
きだした。


  あれから休みなしで歩いているが、まだ街ははるか先にある。ただ、この街道に旅
人向けの宿屋があるはずなのだが、まだ見当たらない。
  すでに陽も暮れて、疲れたアンジェラの代わりにリースが作った魔法の明かりを持
って、6人は歩いていた。
  体力のあるデュラン達はともかく、やっぱりアンジェラとシャルロットがへとへと
になってきたのだ。
「…もー…歩けなーい…。まだなのぉ?」
「…はひ…ふひ…、シャルロットも疲れまちたぁー…」
  さっきから不平ばかりこぼす二人。いいかげんデュラン達もいつもの事なので無視
しているが、やはり二人ともそろそろ限界が近づいているのだろう。さっきよりも足
取りはフラフラしているし、不平の口数が少なくなってきてるのだ。
  ちょっと心配そうに二人を見るデュラン。
  二人の不平が消こえなくなってから、しばらくしてのこと。
「ふえぇっ!」
  べちっ。
  何かに蹴つまずいたか、シャルロットが顔面から地面に倒れ込んだ。
「……ひうっ…、えっぐ…、もう、ダメでち…。シャルロット…歩けないでちよ…」
  とうとうベソをかきはじめて、起き上がりもせずに、シャルロットはシクシク泣き
出してしまった。
「…デュラン…どうしましょうか…」
  リースが心配そうにデュランを見る。デュランはため息をつく。
「…ここで野宿しようぜ…。シャルロット、もう限界だろ…?」
  ホークアイがそんな事を言い出した。それを聞いて、デュランは少し悩む。
「…確か…。宿屋があるんだろ?」
「おう。もうすぐって、さっき看板があったぞ」
「え?  そうだったのか?」
  ケヴィンが答えたので、デュランはいささかビックリした。というのも、もう辺り
はだいぶ暗いので、看板の存在に夜目の効くケヴィン以外誰も気が付かなかったのだ。
「…そっか…。じゃあ、そこまで頑張れ。ケヴィン、おまえシャルロットおぶってや
れ。おまえの荷物、俺も持つから」
「わかった」
  ケヴィンはすぐにうなずくと、荷物の半分をデュランに手渡した。そして、ゆっく
りとシャルロットを背中におんぶする。
「あと、アンジェラ、おまえの荷物こっちよこせ」
「…え…?」
  疲れてぼんやりしていたのだろう。いつのまにかへたりこんだアンジェラは疲れた
瞳でデュランを見上げた。
「とにかく、宿屋まで頑張ろう。そこについたら思いっきり寝るなり食うなりすれば
良いから」
  そう言って、デュランは取り上げるかたちで、アンジェラの荷物を受け取る。
「あの…。私も持ちますよ…」
「あ、悪い。じゃ、これだけ頼む」
「はい」
  リースが少し遠慮がちに言うと、デュランはあまり重くなさそうな荷物をリースに
手渡した。
「あの、もっと持てますよ…」
「いや、いい。リースはアンジェラ手伝ってやってくれ」
「あ、ハイ。わかりました。…さ、アンジェラ…」
「…………うん…」
  アンジェラもギュッと目をつぶって、杖を支えにふらふらと立ち上がる。リースが
アンジェラの腰を軽く抱えて、ちょっと支える。これだけでも、アンジェラにとって
だいぶ歩き易くなった。
「ホークアイ、先頭頼む」
「あ…?  …あ、ああ…」
  やや戸惑いがちにうなずいて、ホークアイは明かりを持って先頭を歩きだす。それ
に、パーティは黙々と続く。
  明かりを持っているホークアイは、なにやら複雑そうな顔をしていた。


  宿屋はそこから少し離れてはいたが、アンジェラも何とか歩ききれる距離だった。
「よっ…と…」
  ケヴィンはシャルロットをゆっくりとベッドに寝かせる。ケヴィンの背中で、彼女
は熟睡していた。よほど疲れていたのだろう。アンジェラの方もひどく疲れているら
しく、お茶を一気に飲みほすとすぐに横になってしまった。
「ふぅ…」
  ちょっと肩をこきこき鳴らして、ケヴィンは息をつく。大部屋と言ってはいたが、
広い部屋とは言い難く、2段ベッドの数が多いくらいである。
「ゴクローさん。メシでも食うか?  残り物だけど、ちょっとあるってよ」
「おう!」
  メシと聞いて、ケヴィンの顔がほころんだ。体力がある分、一番余裕があるのだろ
う。それを見てデュランはちょっと苦笑した。
「あ、私も行きます」
  リースは部屋に2つしかない椅子の1つに腰掛けていたが、立ち上がった。
「じゃあ、ホークアイ、お前も食いに行くか?」
「…………………」
  ホークアイはぼんやりとデュランを眺めている。
「…?  どうしたんだよ。疲れたのか?」
「……あ、あ…いや、その…、うん…。その、俺も疲れたわ。今日はもう寝るよ」
「そっか…。じゃあ、俺達は下の食堂行ってるから」
「………ああ…」
  3人は連れ立って部屋を出る。
  ぱたん。
  ドアが閉じると、ホークアイは長く重いため息を吐き出した。実際、彼もひどく疲
れていた。腹が減ってないワケではなかったが、疲れの方が強かった。
  ホークアイは上のベッドに上ると、ばさっと仰向けに寝転んで、低く、薄汚い天井
を見上げた。
  このまますぐにでも寝てしまいそうだった。
  しかし、ホークアイはしばらくボーッと天井を眺めていた。
「……チッ…」
  小さく舌打ちすると、ホークアイは寝返りをうって、それからすぐに、寝息をたて
て寝てしまった。


「グァアァァァーッッ!」
  イーグルが魔法弾を真面にくらって吹っ飛んだ。痛みに顔をゆがめて、口から血を
吐きながら。
「イィィーグルゥゥッッッ!」
  ありったけの声で叫ぶ。
「アーッハッハッハッハッハッ!」
  耳につく高い笑い声。思い出したくない。だが忘れてはいけない女の哄笑。
「イーグル!  イーグル!」
  抱き抱えた親友の体はまだ暖かかった。暖かい、まだ死んではいないはず…。手が
血で染まる。親友の血で真っ赤に染まる。
「イーグル!」
  だが親友の体は急速に温度をなくしていく。
「仲間殺しだ!  こやつを引っ捕らえろ!」
  さっきの哄笑などなかったような冷徹な声。信じられない、信じてくれない仲間の
目に囲まれる。
「オレじゃない!  オレじゃないんだっ!  イーグルを殺ったのはオレじゃないん
だーっ!」
  ガシャーン!
  目前に無情にも頑丈な鉄格子が降りてくる。
「オレじゃない…。…オレじゃないんだ…」
  鉄格子をつかむ。だが、その手が赤く染まっている。
「……?  ぇ…?」
  かすれた声。信じられない。だが、この手は親友の血で真っ赤に染まっていた。
「えっ!?」
「おまえは俺達を殺したじゃないか…。その手で」
  不意に、聞き覚えのある声が背後でした。
「ビル……?」
  振り向くと、血で染まった見知った顔。
「それでも自分じゃないと言い張るか?」
「ベン……?」
  またさらに背後からの声に振り返るとやはり、同じく血で染まった見知った顔が。
「…その手で仲間を殺しておきながら、自分じゃないと言い張るのか?  仲間を殺し
たのは、おまえのその手だぞ」
「や…やめてくれ…やめてくれ…」
  逃げたい。だが、はさまれて逃げられない。
「……だって…あれは…」
「仕方ないと?  自分の身のためなら仲間殺しも仕方ないと?」
「そんな…そんなつもりじゃ…」
「その手で仲間を殺しておいて、自分じゃないと言い張るのか!」
  ビルとベンの声が重なる。しまいには大音響になってホークアイを追い詰める。
「やめてくれぇっ!!」



                                           to be continued...