「ったく、洗濯してやってんのにぼかぼか殴るなよ」
「ぷーんでちっ!」
  すっかりヘソを曲げ、シャルロットはついっとデュランに顔を背けた。デュランはぶちぶち文
句たれながらも、シャルロットの服を天井にはったヒモに干した。
  この居間も暖炉のおかげですっかり暖まって、洗濯物を干すのにちょうど良かった。
「自分とシャルロットの分しか洗わないのー?」
「おまえらは自分でできるだろー?」
  ばさっと自分の上着のひろげ、それもヒモに干す。
「いーじゃないのよー、ついでに洗っちゃってよー」
「…俺に女の服を洗えってのかぁ?」
  眉間にシワ寄せて、デュランはアンジェラに振り返る。アンジェラはキレイにしたソファーに
引っ繰り返っている。
「そうよ。別にかまわないでしょ?」
「…か、かまうに決まってんだろーが。おまえ、男に自分の下着洗われて平気なのかよ?」
「あら平気よ」
  ぼとっ。
  思わず、デュランは手に持っていた干すはずの服を取り落とした。
「ゼヒ!  ボクに洗わせてください!」
「冗談に決まってんでしょっ!」
  瞳をキラキラさせてホークアイがしゃしゃりでるが、アンジェラに一喝されてしまった。
「……っとにぃ……」
  落としてしまった洗濯物を拾い上げ、ついたホコリをはたく。さすがにもう一度洗うのは面倒
くさいらしい。
「なぁーんだってアンジェラしゃんの洗濯物はダメで、シャルロットの洗濯物は平気なんでちか
っ!?」
  文句がまだあるシャルロットは、デュランに向かって怒鳴った。
「なんでって…、別にかまわねーだろ?」
「かまうでちよっ!」 
  シャルロットは真っ赤になって叫ぶ。同性のアンジェラの物は気にするくせに自分のは気にし
ない。それが許せないのだ。
「れでぃーに向かっていきなり服をぬげだなんて、失礼きわまりないでちよっ!」
「レディーって…、おまえまだ子供じゃねーか」
「れでぃーでち!  シャルロットはリッパなれでぃーでちっ!」
  真っ赤になり、足をばたばたと踏み鳴らす。それを聞いて、デュランはハッとあきれたため息
をついた。そしてシャルロットの目線に合わせてしゃがむと、ジト目で彼女を見た。
「どこの世界にこんなちちくせぇレディーがいるってんだよ」
「むきーっ!」
  シャルロットはデュランにつかみかかって怒り出す。
「デュラン。いくらなんでも、シャルロットに失礼ですよ」
  たまりかねたのか、リースが口をはさむ。
「そーでち!  オンナゴコロがちーっともわかってないでち!  そんなんでちから女の子が遠ざ
かっていくんでち!」
「うるせーよ」
  憮然とすると、デュランは立ち上がった。
「んじゃー、洗濯物も一人でできるな?  好き嫌いもなく食事もできるな?  疲れたとかいって
人におぶさるのもナシだぞ!」
「そっそれとは話が別でちぃっ!」
  彼らはしばらくなにやら言い合っていたが、みんな無視してそれぞれの事をしていた。
「…それにしても、ここ、どのへんなんかね?  雨が止んだら次の町を目指さなきゃなんねーだ
ろ?」
  雨はまだ止まず、真っ暗な空を窓越しに眺める。ホークアイはやや不安げにつぶやいた。
「おまえ、地図もってるだろ?  わかんねーか?」
「うん…。さっきも見てみたんだけどさ…」
  言って、ホークアイは丸められた地図を取り出した。
「俺ら、村を東口から出て、で、この森を通ってこの街道に出る予定だったんだよ…」
  ホークアイが指し示す指先を、みんなはそろって見つめた。
「ところが、雨が降りだしちまって、とにかく走っちまったワケだ。気をつけてさえいれば迷う
道じゃないらしいんだが……」
  聞いた村人の話によると、獣道を真っすぐ行けば素直に街道に出られるそうなのだが、あの大
雨の最中、獣道もなにもあったもんじゃなかった。
「じゃあ、迷っちゃったってコト!?」
「まぁ、そんなに気にする必要ないと思うけど。晴れたら、この城の上の方に上って、周囲の地
形を見りゃ良いよ」
  ホークアイはそう言って、近くのソファーに体を投げ出す。実はこの森、魔物がいるようなの
で道中気をつけろと言われたのだが、不安を与えかねないので、ホークアイは何も言わなかった。
別に、注意しておくに越した事はないのだが、言うに適さない人物が混ざっているのだ。言わな
い方が無難というものだろう。
「とにもかくにも、雨が止まなきゃどうしようもないって事か」
「そういうこと。ま、メシでも食って今日のところは、ここでのんびりしようぜ」
  気楽に言ってのけ、ホークアイは天井を眺めた。一瞬、天井のシミが人の顔のように見えたが、
すぐに目の錯覚だとわかり、目を閉じた。


「ケヴィンしゃん、ケヴィンしゃん…!」
  ヒソヒソした声に呼ばれて、ケヴィンは目を開けた。
「………なに…?  シャルロット…?」
  目をこすって、ケヴィンはシャルロットに顔を向けた。彼は夜目が効くので、薄暗くてもシャ
ルロットの表情がよくわかった。
  アンジェラがつけた魔法の明かりは消えかかり、うすらぼんやりと部屋を照らしていた。
「あの、あのね…。…その……、おトイレについてきてほしいんでち……」
  小さく、でも必死な声で、シャルロットはケヴィンの腕を手に取った。
「……うん……、…わかった……」
  まだまだ眠そうであったが、ケヴィンは大きくあくびをして、むっくり起き上がった。
  みんなを起こさないように、そっと部屋を後にする。
  ギシィ…ミシィ…。
  一歩、一歩、歩くたびに大きな音をたててきしむ廊下。その音がいやに響いて、シャルロット
はケヴィンの手をぎゅうっと握った。
  ケヴィンの方は怖いより眠い方が強いようで、さっきから生あくびの連発であった。
  もう少しでトイレという時に、二人はアンジェラとリースの二人組みに会った。
「…あれ?  アンジェラ、それにリース!」
「え?  ケヴィン?」
  アンジェラ達の方もちょっと驚いたようである。
「あんたたちもトイレ?」
「そ、そうでちけど…」
「そう。じゃ、私たちは先に戻ってるから」
「うん…」
  どうやら彼女たちも一人で行くのには、ちょっと心細かったらしい。そういえば部屋を出る時、
彼女たちはいなかった。
  それからして、やっとケヴィンとシャルロットはトイレの前についた。古ぼけた扉の奥にある
トイレ。アンジェラがつけたと思われる光がトイレを照らしている。
「こ、ここで、待っててくだしゃい…」
「うん……ふわ、わあああぁ…」
  うなずいて、おおきなあくびをまた一つ。
  表の雨はいつのまにやら止んでいて、風が、わずかに窓を揺らすだけであった。
  ふと、ケヴィンは窓の外を見た。薄い雲の向こうに月が見えた。半月よりちょっと満ちている
ような月が黄色く光っていた。
「ケヴィンしゃん…?」
  どれくらい月を眺めていたか。シャルロットにこつかれて、我に戻った。
「終わったでち。戻ろうでち」
「うん…」
  立ち上がって、また元来た道をたどって二人は歩き始めた。
  アンジェラがつくった明かりは今にも消えそうで、シャルロットはケヴィンの手をしっかり握
って恐る恐る歩いた。
  キャァァァァ………
「ひきぃっ!」
  向こうから聞こえる悲鳴に、シャルロットは驚いてケヴィンの腕にしがみついた。
「な、な、な、なんでちかっ!?」
「あの悲鳴…、アンジェラのだぞ!」
  誰のかわからないならともかく、知ってるヤツの悲鳴なら怖くない。いや、むしろアンジェラ
が危ないのかもしれないのだ。
「シャルロット!  行ってみよう!」
「へうえっ!?  い、行くんでちか!?」
「そうだよ。シャルロット、オイラの背中につかまって!」
「う、うん」
  シャルロットがすぐに背中におぶさると、ケヴィンは悲鳴の方へと走りだした。
  暗闇の廊下をものともせずに、ケヴィンは走り抜ける。まぁ、夜目が効くんだから、暗いのが
怖い事はないだろうが…。
  角を曲がると、アンジェラがつけたらしい魔法の光が見えた。つけたばっかりらしくて、屋敷
の中を明るく照らしていた。
  その明かりの下、アンジェラとリースがかたまっているのが見えた。
「どうしたっ!?」
「あ、ケヴィン…」
  走ってきたケヴィンにちょっと驚いたようで、リースは目を丸くさせた。
「あのね…、その、ちょっと気持ち悪いものがあったものだから…」
「気持ち悪いもの?」
  リースが視線で指す先に、からからに干からびて、骨と皮だけになった人間の死体が転がって
いた。
「うきゃああぁぁーっっ!?」
  ケヴィンの耳元でシャルロットが悲鳴をあげた。
  そのあまりの大きさに、ケヴィンの耳はキーンとなった。
「ちょっと、うるさいじゃないの、シャルロット」
「あの…、あんまり人の事は言えないんじゃ…」
  軽くたしなめるアンジェラにひそかにツッコむリース。
「な、なんでちかっ、こりはっ!?」
「死体でしょ。ヒトの」
「なんだってこんなところに転がってるんだ…?」
  気味の悪いのを隠せずに、ケヴィンはミイラを恐る恐る眺める。
「さあ…」
「それにしても、気味悪いわねー…」
「うん…」
  体中の水分を吸い取られ、干からびてしまっている。服装や、姿格好から見ると、どうやら男
だったらしい。
「あ、ちょ、ちょっと、みなさんあれ!」
  不意に横を見たリースはやや震える声で通路の奥を指さした。


                                                                     →続く