「げげげっ!?」
「うしょーっ!」
「ヤダーッ!」
  リースが光のついた杖で示した先の光景に、それぞれに悲鳴を上げた。
  そこには、ここのミイラと同じような死体が、累々と転がっているのである。
「な、な、なん、何なのよっ、ここっ!?」
「みみ、み、みいらがあんなにたくしゃん…」
「お、おっかねぇ!」
  累々たるミイラを見せられて、さすがにみんな怖くなってきた。
「冗談ぬきでヤバイんじゃない、ここ!?  早く出ようよ!」
「そ、そーでち…、はやく逃げよーでち!」
  青くなって、早くも逃げ腰の二人。
「そうですね…。でも、その前にホークアイとデュランがまだあの部屋に…」
「あ、あいつらなら大丈夫よ!  じゅうぶんに強いんだから!」
  もうここから逃げたい一心で、薄情な事を言い出すアンジェラ。
「そう言わないで。あの人たちを起こして出るくらいの余裕ならありますよ」
  リースは時間的に余裕という言葉を使ったのだが、アンジェラやシャルロットに心の余裕は無
かった。
  とは言え、大事な仲間を本当に置いていく気はないので、アンジェラもリースの後について行
った。
  自分たちがいた部屋まで早歩きで戻る4人。もう一度、アンジェラは光を作りまくり、廊下を
照らして行った。
「あの人たち、すぐに起きてくれると良いんだけど…」
  リースは別の意味で心配していた。なにしろデュランは安眠を邪魔されれば怒るし、ホークア
イはけっこうな低血圧らしく、起きて少なくとも二〇分はメチャクチャ機嫌悪そうなのだ。よう
するに寝起きが悪いのだ。
  自分たちがいた部屋の前まで戻ってくると、ドアは開けっ放しになっていた。アンジェラの魔
法が切れたのだろう。部屋の中は真っ暗である。
  リースが中に入ろうと踏み出した、瞬間。
「危ないっ!」
  ケヴィンが目を見開いて、リースを勢いに押し倒した。
  ヒゥンッ!
  ケヴィンの髪の毛をわずかに切り、何かが彼の頭上を薙いだ。
「キャッ!?」
  どさっ!
  一瞬、リースは何が起こったかわからなかったが、すぐに異変を察知した。部屋の中から、異
様に強い殺気を感じるのだ。しかも、その殺気を放つヤツはすぐそこにいる。
「誰だっ!?」
  すぐに起き上がり、ケヴィンは拳をかまえる。
  ゆっくり、暗闇の中から殺気を放つ者が姿を現した。
「ちょっ!?  やだ、冗談でしょ!?」
  冗談でもなんでもなく、デュランが愛用の剣を持って近寄って来たのだ。
  瞳の焦点は合っておらず、無表情。なにか、異様なオーラを放ち、寝ていた時と同じ服装でデ
ュランが襲いかかってくるのだ。
「な、なんでっ!?」
  辛うじて、デュランの剣を避けるケヴィン。
「デュラン、デュランってばっ!」
「デュランしゃん!  シャルロットがわかんないんでちかっ!?」
  何度も呼びかけるが、デュランはまったく反応しない。
「ちっくしょうっ!」
  さすがにこのままではヤバいと感じ、ケヴィンは精神を集中させ、一気に獣化した。これなら、
対等以上にデュランと張り合えるが…。「デュランしゃ…うきゃーっ!?」
  シャルロットの悲鳴に振り向くと、今度はホークアイまでもが襲いかかっているではないか。
「ホークアイまで!?  ちょっと、冗談じゃないわよっ!」
  手加減無用で襲ってくる二人の戦力はバカにならない。しかも、みんなほとんど丸腰なのだ。
  体術を会得しているケヴィンは、そんな武器がなくてもやっていけるが、アンジェラたちはそ
うはいかない。リースも、槍がなくては戦力も半減してしまう。
「くっ…!」
  ホークアイの素早い動きに翻弄されつつも、何とか避けるリース。しかし、これ以上も避け続
けられそうもない。
「避けてっ!」
  鋭いアンジェラの声が飛ぶ。とっさに、リースはその場にふせた。彼女の頭上を熱い何かが通
り過ぎ…。
  ちゅどぉーんっっ!
  アンジェラの放ったファイアーボールがケヴィンをも巻き込んで、男達に炸裂した。
「いやさー、混戦しちゃってるから、ちょっとの犠牲はしょうがないかなって。だいじょーぶよ、
威力は弱めてあるからさ」
「ヒドイ……」
  3人は焼け焦げ、ぷすぷすと煙をあげていた。デュランとホークアイに下敷きにされて、ケヴ
ィンは涙を流した。
「あらやだ…。もうやられちゃったの?」
  聞いた事のない声に、リースはハッとなった。
  青白い、透き通るような肌。月色に輝く金髪。血塗られたような深紅の唇。魅惑的で、妖艶な
雰囲気を放つ美女が、部屋の奥からゆっくりと姿を現した。
「カ、カーミラ?」
  たまに、ウェアウルフと共に行動したりする吸血鬼で、ケヴィンも見た事があった。
「あんな下っ端と一緒にしないで。私はライカ。カーミラクイーンよ」
  カーミラよりもはるかに高い地位と、強い力を持つ吸血鬼をカーミラクイーンと言うのだが、
ケヴィンは知らなかった。
「あんたが、デュランたちをこんなにしちゃったの!?」
  どこをどう見たって友好的な雰囲気なんぞカケラもないので、敵と決めつけてアンジェラは叫
んだ。
「この男たちを燃やしたのはあんたじゃないの」
「ちっ、違うわよっ!  操った事よ!」
  さすがに分が悪いのか、アンジェラも頬を赤らめた。
「そうよ。久しぶりの獲物だもの。邪魔な女たちを始末してもらいたかったんだけど…。こうも
あっさりやられるなんてねぇ…」
  期待外れで、ため息ついて焼け焦げて横たわる二人を一瞥する。
「ま、いいわ…。私が殺してあげる。食前のウォーミングアップには丁度良さそうだものね」
  長く伸びた紅い爪を、真っ赤な舌でなめ、妖艶な笑みを浮かべる。
「死になっ!」
  鋭い爪を振りかざし、ライカが襲いかかってきた。
「うひゃわぁっ!」
  爪を避け、シャルロットは大きくよろめいた。
「くっ…。…光の精霊よ、汝の聖なる力……」
「させるかぁっ!」
「きゃあっ!」
  呪文を唱えようとしたアンジェラに襲いかかるライカ。これでは呪文詠唱もままならない。
「でぇやぁっ!」
  ズドムッ!
「うぐっ!」
  いつのまにか復活したケヴィンが、獣人の姿でライカの背中に拳をたたき込んだ。
「き、貴様っ!」
「オイラが相手だっ!」
  激しく睨み合い、対峙するケヴィンとライカ。
「…獣人か……。さすがに、ちょっと面倒くさそうね…」
  腰に手を置いて、ぐるっと見回す。丸腰とはいえ、魔法があるアンジェラとシャルロット、そ
れに獣人も相手にすると分が悪い。
「おまえたち!  こいつらの相手をしてやりな!」
  パチンッと指を鳴らす。すると、いきなりアンジェラ達の背後に殺気が膨れ上がった。
「な、なに…?」
「ゾ、ゾンビでちよっ」
  さっき見つけたあの死体が、ライカによってゾンビになったようである。体は腐ってはいない
ものの、生理的嫌悪感は感じる。
「さて、こっちはこっちで勝負しようじゃないか」
  ライカとケヴィンの視線がかちあった。お互い気のぬけない相手だというのがわかる。
「はぁぁっ!」
  ライカが爪を光らせ、飛びかかってきた。
  ぶんっ!
  ライカの爪が空を薙いだ。ケヴィンはついっと横に避け、拳を繰り出す。だが、これはあっさ
りかわされてしまった。
「ふん…」
  じりじりと距離を保つ二人。アンジェラたちの方がなにやら騒がしいが、気にする余裕はなか
った。
  どれくらい睨み合っていただろうか。不意に、ライカが動いた。その長い爪を、ケヴィン目が
けて振り下ろす。
  ゴンッ!
「いたっ!」
  いきなり、誰かがライカの頭を後ろから殴った。
「な、なにすんのさ!?  後ろから!」
  突然の事に振り返って怒鳴ると、あわてて逃げ出すシャルロットの姿があった。どうやら彼女
が愛用のフレイルで一発食らわせたらしい。
「きさま!  背後からとは………はっ!」
  またも背後からの気配に、ライカが振り返る。ケヴィンがスキ有りと蹴りを放ってきたのだ。
避け切れる間合いではない
  どぶっ!
「ぐはぁっ!」
  ケヴィンが放った蹴りはライカのみぞおちに見事にクリティカルヒット。ライカの動きが止ま
った。
「セイントビームッ!」
  そこへ、アンジェラの魔法が追い打ちをかける。青白いレーザー光線が、ライカの背中に炸裂
した。
「ギャアアァァァァッッッ!」
  シュワアアァァッ……
  さすがにこれはよく効く。ライカの体は黒い塵になって、粉々に飛び散った。
「はぁ…」
  戦闘が終わり、その場にいた全員はホッと息をついた。
「う、うん…?」
「……な、なんか、体中がいてぇ……」
  ライカの呪縛が解かれたか、デュランとホークアイが同時にもぞもぞと動き出した。
「な、なんだ?  なんだってこんなに焦げくせぇんだ!?」
「あれー?  みんな?  俺、こんなとこで寝てたのか?」
  どうやら今までの記憶がないらしい。そんな二人を見て、四人は顔を見合わせた。そして、そ
ろって苦笑したのであった。


  翌朝、この古城にはあのライカの犠牲となったと思われる死体が、けっこうゴロゴロしていた
事がわかった。
  とにもかくにも、こんな城とはすぐにおサラバするべきで、パーティは方位を確認すると急い
で古城を後にした。
「なんかいそう、なんかいそうだったでちけど、本当になんかいたでちねー、あのお城」
  モンスターとして、やっつけてしまえばこっちのもんで、シャルロットはお気楽な口調でそう
言った。
「腰抜かして驚いてたヤツがよく言うぜ」
「ありゃー、ホークアイしゃんが驚かすからじゃないでちかっ!」
  思い出すと恥ずかしいらしく、顔を真っ赤にして、ホークアイに食ってかかる。
「へへへ、おっとぉ」
  シャルロットが振り回す手を器用に避けるホークアイ。その彼の鼻先に、冷たいものが落ちて
きた。
「……………………」
  嫌そうな顔して、ホークアイは空を見上げた。空は、どんよりと曇っていた。
「げー…、冗談じゃねーぞー」
「また、雨でちかぁ?」
  シャルロットも気づいたらしく、そろって見上げる。そのうち、雨の降りが本格化してきた。
「やだ、降ってきたわよ」
「あーもうっ!」
  こうして、雨の中をまた走らされるパーティ。彼らが街道に出て、次ぎの町につくまでに半日
はたっぷりかかったという。
                                                                                END


                                               1998.12.29 FRIDAY  Mori-no-kojou