みんなそこそこ暖まってきて、この古城は、どうなってるんだろうという気が起こってきた。
「なぁ、この部屋の他に、どんなトコがあったんだ?」
  とりあえず、古城をまわったホークアイにデュランが聞いてみた。
「んー?  俺が見た限り、台所と地下倉庫、あと、暖炉のない部屋いくつかと、風呂場とかあっ
たなぁ…」
「お風呂かぁ…。入りたいですけど、無理ですよねぇ…」
  こんな寒い時にはあったかいお風呂が一番なのだが、そうも贅沢言ってられない。
「んー、そうでもないかもよ」
「え?」
  アンジェラの言葉に、リースはちょっとビックリした。
「水さえなんとかなれば、何とかなると思うわよ」
「どうすんだよ?」
「ふふふー。本で読んだ事あるんだ。その方法ができると思うのよ」
「どんな方法だ?」
「水にファイアーボールをほうり込むの」
「……………………」
  それを聞いたほとんどの者が顔をしかめた。
「な、なによ、試してみなくちゃわかんないじゃない」
「やめとけよ。どうせ風呂場をぶっ壊すのオチなんだから…」
「なによー、やってみなくちゃわかんないじゃない」
  デュランに食ってかかるアンジェラ。
「やってみなくて良いよ」
  そっけなく言い放ち、ホークアイは薪をもう一本、暖炉にほうり込む。
「そうだ。なぁ、ホークアイ。その風呂場ってどこにあるんだ?」
「ん?  この部屋を出て、左に真っすぐだよ」
「そっか。じゃぁ、シャルロット、おまえちょっと来いよ」
「?  いいでちけど…」
  デュランは自分の脱いだ上着やシャツを手に、シャルロットを連れてこの部屋から出て行った。
  ギシ…ギシ…ギシ…ギシ…。
  古い廊下はいちいち音をたててきしむ。シャルロットはその音がこわいのか、デュランのそば
でそろそろ歩いている。
「ここかな…?」
  アンジェラがつけまわった光に照らされ、カビに侵されたタイルとバスタブが見える。風呂場
にしては、かなりの広さを誇っていた。ここもホコリ臭い。
「ここ、どういうヤツが住んでたんかな?」
「知んないでちよ、そんなこと」
  デュランはズボンの裾をあげると、錆びたポンプを動かしてみた。  きこ、きこ…。
「やっぱダメかぁ」
「デュランしゃん、ましゃか、アンジェラしゃんの言った事を実行させる気じゃ…」
「まさか。でもよ、水はあって損はねぇだろ。ちょっと待ってろ。呼び水に使えそうなの探して
くるから」
  デュランは風呂場をキョロキョロして、そこの古ぼけた桶を手に取った。
「呼び水?」
「あれ?  おまえ知らないの。まー、いいや。ちょっと待ってろよ」
  そう言って、デュランは風呂場から出て行った。
  一人、ポツンと残されたシャルロット。不気味なほど物静かで、ちょっとした物音が響く。
  激しい風が窓をガタガタと鳴らす。まるでこじ開けようとしているみたいだ。
「……デュ、デュランしゃぁ〜ん…、どこ、行ったんでちかぁ…」
  すごく心細くなって、泣きそうな顔で呼びかけるが、返事はない。
「ひ、ひどいやつでち…、こんなかよわいびしょうじょを、こんなとこにおいてけぼりにするな
んて……」
  怖くて寂しくて不安で、シャルロットは顔がくしゃくしゃしてきた。
  ぽん。
「っ!?」
  誰かがシャルロットの肩を叩いた。
「デュっ、デュランしゃん…?  お、遅いでちよー」
  ゆっくりと、シャルロットは振り返った。一瞬、彼女の時間が止まった。
  肩を叩いた誰かはデュランなどではなかった。薄暗い中、なにやら髪の毛のかたまりみたいな
ものがジッとシャルロットを見つめている。そして、その長く濡れた髪の毛を振り乱し、この世
のものとは思えぬ恐ろしげな声で叫んだ。
「うぅあぁぁぁぁぁっっ!」
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
  のども張り裂けんばかりに絶叫し、シャルロットは腰をぬかしてその場にへたりこんだ。
「なあぁ〜んちゃって♪」
  やたら軽い声をだして、髪の毛をかきあげる。そこには、いたずらっこの表情のホークアイが
いた。


  デュランが桶に水を入れてここに戻ってきたら、シャルロットが泣きながら、ホークアイを叩
いていた。
「ひうえーん、えっえっぐ、ホークアイのバカァ!  バカバカ!」
「たったったいたい!  いたいって、シャルロット!」
「なにやってんだ…?」
「あーっ!  デュランしゃん!  あんたのせーでち、あんたが一人、シャルロットを置いていく
からこんなことになってんでちよ!」
「はぁ?」
  ワケがわからないが、とにかくデュランは桶の水をポンプの中に入れた。
「デュランしゃんが、シャルロットを一人にするから、ホークアイしゃんがこーんなタチの悪い
イタズラしたんでち!」
「?  ホークアイ、またなんかやったのか?」
「なぁに、可愛いジョークをちょっとね」
「どこかでちか!  いたいけな美少女をいぢめるなんて、いいトシの男がやることじゃないでち
よっ!」
  そしてまた、シャルロットはホークアイをぼかぼか殴りはじめた。  付き合ってられないので、
デュランはもくもくとポンプをこぎはじめた。
「おっ!  出た出た」
  しばらくこいでいると、汚くはあるが、水がポンプの口から流れ始めた。
「へー、こんな昔のヤツでも出るもんだな」
「まだ井戸は死んでないって事だろ。このままこぎ続けりゃきれいな水が出るかもしれん」
「そうだな。そしたら……ぃテッ!  髪を引っ張るなよ!」
「バカー!  バカー!  カバー!」
  どうやら、さっきの事をまだ怒っているらしい。
「わーるかったよ。驚かして悪かった!  もう勘弁してくれよー」
  そう謝るものの、シャルロットは半泣きでホークアイの髪の毛を引っ張るのをやめなかった。
  それからまたさらにこぎ続け、比較的きれいな水がポンプから流れるようになった。
  デュランはちょっと満足そうな顔をして、そこのタライを軽く洗って水を流し込む。
「こんなもんかな。よっし、シャルロット」
「なんでちかぁ!?」
「おまえ、服、脱げ」
「へ?」
  シャルロットだけでなく、ホークアイも目が点になった。
「ぬ、ぬぬぬぬ、脱げって、服を脱ぐんでちかっ!?」
「そうだよ。早くしろよ」
「は、は、ははやくしろって!  そ、そりゃデュランしゃんの事はキライじゃないでちけど、け
どっ!」
  突然の事に対応できず、シャルロットは激しくどもり、真っ赤になった。
「ほら、さっさとしろ。自分で脱げないわけねーだろ」
「ぬ、ぬぬぬ、脱げ、脱げって!  た、たしかに、この美少女を前にして、ちょこっとヘンな気
を起こすのも、わかっ、わかんなくもないでちけどっ!」
「ワケわかんねーこと言ってねーで。脱げったら。俺はおまえの服に用があるんだよ」
  らちがあかないシャルロットにデュランは彼女の服をむずとつかんだ。
「ああっ!  気でも狂ったんでちかデュランしゃん!  シャ、シャルロットの服をブルブルセー
ラームーンチョップに売り飛ばすなんてっ!」
「それを言うならブルセラショップだろ?」
  どうでも良い事を訂正するホークアイ。
「ごちゃごちゃうるせーな。ほら、早くしろってば!」
  無理やり、デュランはシャルロットの服を脱がしてしまった。子供用スリップ一枚になってし
まったシャルロット。
  ああっ!  こんなとこではなのみさおをちらすなんてっ!  ヒースのためにとっておいたはな
のみさおなのにっ!
  シャルロットは涙を流し、ひたりきり、その場にへたりこんだ。
  デュランはシャルロットの服をちょっとため息ついて眺め、タライに突っ込んだ。そして…。
  ジャバジャバジャバジャバ…。
「……………………………」
  シャルロットもホークアイも無言でデュランを見た。彼は、シャルロットに背を向けて彼女の
服を洗っていた。
「……ふ、ふくをぬげって、洗濯するから…?」
  絞り出すような声で、シャルロットがたずねる。
「決まってんだろー?  早くしねーとシミになっちまうしな」
  さも当然というように言い切り、デュランは汚れのひどい所を手でもんだ。
  洗濯なら洗濯となぜ早く言わないのか?  シャルロットは恥ずかしさで、怒りがふつふつと込
み上げてきた。
「ばかぁーっ!」
  ゴキャッ!
「いでーっ!」
  シャルロットの怒りの鉄拳が炸裂した。
「な、なにすんだよ!?」
「ばかばかばかばかぁ!  デュランしゃんのばかぁ!」
  女心がわからず、デリカシーに欠けるデュランにはシャルロットの怒りの理由はちょっとわか
らなかっただろう。
  ホークアイはハッと息をついて、風呂場を後にした。



                                 続く→