「…ヤな天気だな……」
  どんよりとした空を見上げ、ホークアイがつぶやく。
「降って来られたりしたら面倒だな。次ぎの町までまだあるだろ」
  デュランも心配そうに空を見上げる。
  灰色の重たい雲は、いまや空全部をおおっていた。
「ちょっとぉ、冗談じゃないわよ。ここで雨なんてさー」
「とにかく、急ぎましょう。降ってこないうちに」
  それもそうだと、パーティは小走りに森の中をひた走った。
  ポツ………  ポツ…ポツ。
  冷たい雨粒がケヴィンの顔に当たった。
  それからすぐに、バケツでも引っ繰り返したような、激しい雨がザァーッと降り出した。
「やべぇ!  走るぞ!」
  頭をかかえ、ホークアイは先頭きって雨の中を走り出す。
  前もよく見えないくらいの激しい雨。さらに、上の方がピカピカッと明るくなった。
  ドドォーンッ!
「うきゃーっ!」
  凄まじい雷に、シャルロットが悲鳴を上げた。
  バチャバチャバチャバチャ!
  泥水を跳ね上げて、ひたすらみんなは走り続けた。
「うひゃあっ!?」
  ジャバンッ!
  ぬかるみにハマッたか、シャルロットが前につんのめって派手に転んだ。
「シャルロット!」
  すぐ先を走っていてケヴィンを足を止めて、振り返った。
「いやーあーん!  泥だらけでちぃ〜!」
  何とか起き上がったものの、体の全面は見事に泥でよごれ可愛い顔も泥だらけになっていた。
「大丈夫か!?」
「だいじょぶじゃないでちー!  シャルロットのお顔もお服もみぃんな泥だらけでちぃ〜!」
  たまらなくなって泣き出すシャルロット。
「シャルロット!  早く行かないとみんなとはぐれちゃうよ!」
「うええぇぇぇーんっ!」
  ケヴィンの言う事なぞ耳に入らず、シャルロットはわんわん泣き出す。一瞬、困った顔をした
ケヴィンだが、すぐにシャルロットの前にしゃがんだ。
「シャルロット、早くオイラの背中に!」
「ふええぇぇぇーーん、えぇーん!」
  泣きながらも、シャルロットはケヴィンの背中におぶさった。
「しっかりつかまってて!」
  シャルロットを背負って立ち上がると、ケヴィンは全速力で仲間の後を追いかけた。


  空は怒り狂ったように、光り、雷をうち落とした。
「すんませーん!  すんませーん!  雨宿りさせてくださーい!」
  やたら大きな古城の前で、ホークアイは玄関のドアをどんどん叩いた。
  どこをどうやって走ったのか知らないが、森の先に古城を見つけたので、とにかく雨宿りしよ
うとここまで走って来たのだ。
「ちょっとぉ、いないんじゃないの?」
  アンジェラが寒そうに肩を抱きしめて言う。実際、寒いのだろう。ガタガタ震えている。
「うーん…。さっきから何の反応もないしなぁ…」
  デュランも困ったように古城を見る。
  この古城。いつの時代に作られたのかやたら古そうで、壁という壁にはびっしりツタがはって
いた。元々の造りは頑丈らしいが、錆びた銅像や、朽ちた木の門に人の気配は感じられない。
「やっぱりいないのよ!  ホークアイさっさと開けちゃってよ!」
「入るのか?」
「そうよ!  このままでいいわけないじゃないの!」
  アンジェラの唇は青紫色で、血の気がない。確かに、このままではちょっとヤバい。
「…しゃあねぇか…」
  ホークアイは鍵を調べると、懐の針金で鍵を開けてしまった。
  ギ、ギギギ、ギギギギギギィィィ…。
  チョウツガイも錆びているのだろうか。重い扉をデュランと二人がかり開ける。
「おじゃましま〜す」
  真っ暗な屋敷の中を、ホークアイはキョロキョロしながら、ゆっくりと歩きだす。それにみん
なぞろぞろとついてくる。
  上の方の窓から時々、雷の光が屋敷内を照らす。
  どうやら、たいした家具はないようで、がらんどうとした空気がある。
「おい、アンジェラ、明かり作ってくれよ」
「え?  うん……」
  呪文を唱え、やがて白い光が杖の先に灯る。カンテラよりもはるかに明るいし、燃料もいらな
いので、最近ではもっぱら、魔法の光に頼っている。
  魔法の明かりがついた杖を受け取り、ホークアイは改めて屋敷内をゆっくり照らしてみた。
  家具というような家具はほとんどなく、古びた揺り椅子がほこりをたくさんかぶっていた。
「うーん…。こりゃ人が住まなくなって長いなぁ…」
  どう見ても生活の跡というものが見られない。
「ちょっとぉ、どうすんの、これから」
「どうすんのってまず、この暗さをどうにかしてぇからよ。アンジェラ、おまえ、とにかく明か
り、作りまくってくれよ」
「えーっ」
  アンジェラが不満の声を上げる。
「おまえだってこんな暗いままじゃいやだろーが」
「そりゃ、そうだけどさ…」
  面倒くさそうだったが、ホークアイの言ってる事も道理なので、アンジェラははぁっとため息
をつくと、呪文を唱え始めた。
  まず最初に天井のシャンデリア。壁にかかった燭台など。アンジェラは次々と明かりを灯して
いった。
「まあ、この部屋はこんくらいかなぁ…」
  随分と明るくなった広間を、ホークアイはぐるっと見回した。
「本当に人はいないみたいですねぇ…」
  リースは改めてこの部屋を見てそう言った。
「………クシュン!」
  不意に、シャルロットがくしゃみをした。
「あ、しまった。まず第一に体ふかなきゃいけねーじゃねーか」
  普通だったら真っ先にやる事だったのだが、古城に入ったため、そちらの方に気を取られてい
たのだ。
  それもそうだと、各自自分のバッグからタオルを取り出してふきだした。
  男達はとっとと上着を脱ぎだして、その場で絞り始めた。もちろん、女の子達はそんな事はで
きない。
「とりあえず、かわかさなきゃなんねーなぁ…」
  絞った服を広げて、デュランがボヤく。
「じゃあ、暖炉とか、薪とかないとねぇ。ねぇ、ホークアイ、探してきてよ」
「じゃーおまえも来るんだぞ」
「どうしてよ」
「魔法で明かり作れんの、おまえだけだろーが」
「…な、なにも私がいかなくても、そこの杖持って行けば良いんじゃない」
「ワガママ言ってねぇで行けよ。おまえがついてった方が効率良いに決まってんだからよー」
「な、なぁによ、デュランまで!」
  頬をふくらませ、デュランにくってかかるが、あきらめたようで、ため息ついてホークアイと
一緒にまずそこのドアへ入って行った。
  ドアがぱたんと閉まってから、デュランはため息ついて窓を見た。
「それにしても、やみそうにねぇ雨だなぁ…」
  相変わらず雨の勢いは弱まりそうになく、曇ったガラス窓をたたきつけている。時折空がピカ
ッピカッと光っていた。
「ほら、シャルロット…」
「んぷー…」
  リースが自分のタオルで、泥だらけのシャルロットの顔をふいていた。
「ここ、どこなんでしょうね…」
「さあな。あの雨でどこに向かって走ってったのか、さっぱりだし…。とにかく、雨が止むまで
待つしかねぇよ」
「……そうですね……」
  シャルロットの顔をきれいにふいてしまい、リースもため息をついた。
「ん?  シャルロット、おまえ転んだのか?」
  初めて、デュランはシャルロットが泥だらけである事に気づいた。
「なんでちか。デュランしゃん、今頃気づいたんでちか?  このびしょーじょが不幸にも泥だら
けになっちまったってゆーのに!」
  いまさらながらに気づいたデュランに、シャルロットは頬を膨らませた。
「もう、ぱんつまでびちょびちょで、どーにかしてほしいでち。このままじゃあ、かぜ……クシ
ュン!」
  言ってるそばから、シャルロットがまたクシャミをした。
「やだ、風邪ひいちゃったかしら」
  リースはシャルロットの額に手を当てた。熱はあるような…、ないような…、ちょっとよくわ
からない。
「熱あるかー?」
「うーん…。ないみたいですけど、このままじゃ風邪ひくのは確かですね…」
「そうだな…。アイツら、早く暖炉見つけてこねぇかな…」
  デュランも寒くなったのだろう。ぶるっと体を震わせた。
  どれくらいこの広間にいたか。そんなに時間は経っていないだろう。アンジェラが広間にやっ
てきた。
「暖炉あったわよー。薪も見つけたし、これで大丈夫よ」
「そっか。良かったー。で、ホークアイは?」
「薪を運んでるわ。暖炉はつけといたから。こっちよ」
  アンジェラがつけまくってくれた魔法の光は皓々と廊下を照らしていた。
  廊下もボロがきていて、歩くたびにギシギシと音がする。
  バキィッ!
「どわぁ!?」
  途中、デュランが床板を踏み抜いてしまった。いきなりの事に、デュランだけでなくみんな驚
いた。
「だ、だいじょぶか?」
「…び、びっくりしたぁ…」
  足を引き抜いて、デュランは自分が踏み抜いた穴を見た。
「こりゃ、めちゃくちゃボロだなぁ…」
  つぶやきながら、今度は注意深く廊下を歩くデュラン。
「この部屋よ」
  半開きのドアを開けると、古ぼけた大きな暖炉に火がついていた。ここはどうやら居間だった
らしく、テーブルセットや戸棚が白く埃をかぶっていた。
「おおー、暖炉だ」
「シャルロット、いっちばーん!」
  喜び勇んで、シャルロットは暖炉の前に駆け寄った。
「ふぅ〜、あったかいでちぃ…」
「ちょっと、一人で占めないでよ」
  みんな寒かったので、暖炉で一塊になって暖炉にあたっていた。
「なんだよ、なんだよ。一人で薪運んでるっちゅーにみんなで暖炉の前でかたまってやがって」
  ホークアイが愚痴りたくなるのも無理はないだろう。彼だって寒いのだ。
  悪いと思ったのか、リースとケヴィンが彼の持っている薪を受け取った。
  この薪も随分古そうで、クモの巣と埃が薪を白くしていた。
「ちょっとぉ、大丈夫なの、その薪。随分古そうじゃん」
「大丈夫だよ。シメってなきゃ使えるんだから。古い新しいは関係ないの」
  言って、ホークアイは薪を2、3本暖炉にほうり込んだ。



                              続く→