ポーンポーン、ドドンドンドン!
 合図の花火が打ち上げられる。今日はミスコンの日である。今回は世界各国の……とま
ではいかないものの、自分の美貌に自信を持つ近隣諸国の乙女たちが集い、決戦する日で
もあった。
「おい、忘れ物ねぇな?」
 最終チェックというか、ホークアイが部屋にやって来た。
「えっと、これとこれで…」
「ああ、ホークアイ。一応、昨夜もチェックしましたし、今もチェックしています」
 二人とも、自分のバッグの荷物を確認している。どーもちょっと慌ただしい感がある。
「……寝坊したのか?」
「ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけよ!」
 アンジェラが少し頬を赤らめて強い口調で言う。今更ながら、こいつらにパーティの全
財産を賭けて大丈夫だったかと不安になる。
「あとは、馬車に乗って会場に行くだけだ。それからはそっちで指示を受けるだろ。それ
に従うんだぞ」
「ええ」
「じゃ、頼むぞ」
 扉を出ると、ホークアイは急に従業員らしくかしこまったそぶりで、部屋から出てくる
二人の荷物を持つ。
「…ねぇ、今日、デュラン来るんだよね?」
 前を歩くホークアイにアンジェラが小声でそっと話しかける。
「ああ」
 これはもうおまじないみたいなものだなと思って、ホークアイは頷いた。
 チェックアウトを済まして、二人の荷物を馬車に乗せ、ホークアイは祈るような気持ち
で馬車の扉をしめた。他にも、会場へ向かう華やかな娘さん達がぞくぞくと馬車に乗り込
んでいた。
「大きいんだな、ミスコン…」
「ん? 知らなかったのか? あれでも、今回は規模を小さくしたんだぜ?」
 ぽそりとつぶやいたホークアイに隣にいた従業員が話してくれた。
「……あれで……」
「そう。あれで」
 前回のミスコンはどんなもんだったのか、なんだか知りたくなってきた。


 ホークアイのバイトは今日までである。これまでの給料をもらうと、ホークアイは一目
さんに会場へと向かった。
 やはり言い出しっぺだし見届けなければ。というのもあったし、きれいな女の子がたく
さん見れるのも嬉しいし。
「うげげっ!」
 ミスコン会場は早くも人だかりができていた。これはかなり並びそうである。並ぶのは
嫌なので、裏口を探しはじめる。職業柄、そういうのを見つけるのは得意だし、忍び込む
のも得意なのである。
 きょろきょろうろうろとしていると、ふと見慣れた人物がいるのに気づいた。
「デュラン!」
「あー? ホークアイか?」
 どこかの屋台で買ったのだろうか。ホットドッグをかじりながら、そこの木箱によっ掛
かっている。
「どうしたんだ?」
「あ? ああ。会場に入ろうと思って裏口を探してたんだ」
「裏口? それなら、あっちの角をまがってすぐにあるぞ。でも、見張りとかいるぞ。き
ちんと並ばないヤツは入らせないんだとよ」
「あ、それは大丈夫」
「ふーん?」
 気のない返事をして、デュランはホットドッグをまたかじる。
「ケヴィン達は?」
「あっち」
 顎でさす先に、ケヴィンとシャルロットがなにやら話しながらこちらに歩いてくる。
「あ、ホークアイだー」
「あー、ホークアイしゃーん」
 二人とも、ホークアイ見つけるなり駆けてきた。
「どーしたでちか?」
「あーいや…ちょっとな。なに、おまえらずっとここにいるの?」
「うん」
 ケヴィンが頷いたのでデュランを見ると、彼も頷く。
 やっぱり…。そう思いつつも尋ねる。
「…なに、ミスコン見ねーの?」
「こいつらがいるからな」
 ミスコンに興味がないわけはないのだろうが、デュランとしてはケヴィンとシャルロッ
トの二人を放っておく事はできないらしい。
「…買い物…は、ミスコンがやってる時間は、ほとんどの店はやってないんだっけか…」
 みんなミスコンが終わってから商売をはじめるそうである。それだけみんな楽しみにし
てるという事だろうか。
「ああ。今頃、やってる店っちうのは、ミスコン客目当ての出店くらいだもんな…」
 その出店で買ったホットドックを全部食べきってしまうと、デュランは口をぬぐった。
「そうだよな…。じゃ、おまえここにいるんだな? 俺は見てくるけど…」
「ああ。行って来い。俺はこいつらとここにいる」
「いやーんっ! なにこれぇーっ! 辛いぃーっ!」
「バーカ、マスタードをそんなにかけるヤツがあるか」
「デュランー。ますたーどってなんだー?」
 確かに放っておくにはちと不安な二人である。ちょっと手をあげると、ホークアイは裏
口に急ぐ。
 関係者以外立ち入り禁止と書かれていたがそんなのものは関係ない。見張りはいるには
いるが、彼も色々と忙しそうだ。辺りの様子を確かめて、そろりと中に入ってしまった。
 イベントの慌ただしさが舞台裏から伝わってくる。みんな忙しそうに走り回っている。
こういう時は自分もなんとなく、忙しそうに走り回ってみたり。
 一般入場はもうはじまっているらしく、わいのわいの客がぞろぞろと入ってくる。椅子
も多少あるが、あれはおそらくVIP席だろう。あとはみんな立ち見というわけだ。全席
指定席なら困った事になるかなとも思っていたが、これなら大丈夫そうである。
 舞台から立ち見席の間はけっこう離れている。きっと踊り子さんには手をふれないでで
はないが、興奮する客も出てくるのだろう。
 さてはて…。どうなることやら…。
 腕を組んでホークアイは幕が下りたままの舞台を見た。


 舞台裏ではすでに予選が行われ、アンジェラもリースも軽くクリアーしていた。
「さすがに、着飾った人が多いですね」
「ま、そーいうイベントなんでしょー?」
 鏡に向かって化粧をしながら、アンジェラが答える。
「ほら、リース。きちんと化粧しなきゃ」
「え、ええ…」
 アンジェラから教えられた通りに、リースも化粧をはじめる。慣れなくて、ちょっと気
持ち悪い感じがした。
「な、なんか緊張してきちゃいました…」
 リースはそうドキドキする心臓をおさえた。
「や、やめてよう。こっちまで緊張がうつるじゃない」
「ご、ごめんなさい…」
「もう覚悟を決めましょう。やるしかないんだから」
「そ、そう…そうですよね…」
 わかってはいるのだがー…。
「最初はドレス審査で、次が水着ね…」
「あ、あのー、このお化粧、変じゃないでしょうか?」
「うん? んー…。ちょっとリップが濃いかな。紙でふき取った方が良いわよ」
「あ、は、はい」
 舞台裏の慌ただしい雰囲気はやはりみんなに伝染し、気持ちがいやが応にも高ぶってく
る。
 届けられたドレスに袖を通しながら、アンジェラはやるしかないんだと自分に言い聞か
せていた。

「レッディースエンドジェントルメン!」
 うわああああぁぁっ!
 凄まじいばかりの歓声に、ホークアイもビックリする。司会のテンションも高いが、観
客のテンションもじゅーぶんに高い。
「こりゃ…またえらい大きなイベントだったんだなぁ…」
 この場に来て、ホークアイは場違いなセリフをはいた。会場内はとにかくたくさんの人、
人、人であるし、熱気もすごい。
 司会がノリノリで進行し、時間はすすむ。
 やがて、着飾った女の子たちが登場しはじめると、会場内はわきにわいた。
 一人一人登場してくる。そしてリースが登場する。
 前の女の子より大きな歓声がわく。初々しい可愛さはやはりだれもが認めるところか。
仲間として、ホークアイはちょっとだけ誇らしげな気分になる。
 さらにまた女の子が登場して、アンジェラが登場するとまた大きく歓声がわいた。
 ここまで大きな反応が出るとは思わず、ホークアイはビックリし
た。そして、彼も舞台に目を向ける。
 確かにアンジェラは人目を引く。派手な事もあるが、誰もが認める美貌というのがいか
にすごいか、何だか思い知らされた気がした。 こうして見回すと、どの娘も可愛いし、
美しいし、綺麗である。だが、やっぱりアンジェラは桁外れに美しかった。可愛そうなの
は両隣の娘で、引き立て役になってしまっている。
 これは…ひょっとして、ひょっとするか…?
 最後の女の子が登場してしまってから、ホークアイは少し安心してきた。これなら、大
丈夫そうだ…。
 よく見ると、アンジェラがなにかキョロキョロしている。おそらくデュランを探してい
るのだろうが、こんなとこでキョロキョロしては落ち着きがないと判断される。
 ジッとしてろ、あのバカ!
 と言いたい気持ちをおさえて、ハラハラしながら見守る。
 やがて、アンジェラはデュランを探すのをあきらめたらしい。
 それもそうだと思った。これだけの観客の中、どこにいるかわからない男を捜し出すと
いうのは無駄な事だし、舞台は明るいが観客席は暗い。余計に探しにくいというものだ。
 やはり人に見られている事に慣れ、いつもそれを意識してきた王女達だ。こういうとこ
ろでもそのところを遺憾なく発揮する。
 あの輝かんばかりに美しいアンジェラが、ついこの間まで一緒に旅をしていたとは思え
ない程である。
 堂々としたアンジェラの美しさ。少し恥ずかしげなリースの初々しさ。それが、事のほ
かうけたようである。そして、今度は水着審査へと移行する。
 アンジェラはいつも水着みたいな格好しているので新鮮味がないように思えたが、リー
スは初めてである。これはわくわくしたって良いだろう。そう思ってホークアイは次の水
着審査を待つ。


 ひなたぼっこをするうちに眠くなってきたらしく、シャルロット
はうつらうつら船をこぐ。ケヴィンはもう気持ちよさそうに、そこに寝っ転がっていた。
 もう耐え切れないようで、シャルロットは隣のデュランによっ掛かって眠りはじめる。
そんな彼女を見て、デュランはヒマそーに息をはきだす。
 ぅぉぉぉぉぉぉ………。
 会場内の歓声が気になる。
 デュランだって男だ。女に興味がないわけではない。こんなにヒマなら中に入って見た
くなってもくる。
 しかし。
 自分の傍らで眠るシャルロットと、すぐそこで寝転がっているケヴィンを放って行くな
んて事はデュランにはとてもできなかった。
 そして、デュランはヒマそーにため息をついた。


 ボディラインがくっきり出て足を見せる水着審査。なんとなーく自分とこの女の子を見
せるような気分になって、誇らしいような、ちょっと惜しいような。そんな気持ちになっ
たりするホークアイ。
 ……デュランがこれ見たら、アンジェラへの見方が変わったりするんだろうか…?
 ふと、そんな事を考える。
 彼の場合慣れが大きいとは思うが、アンジェラをあそこまでの美女として認識してない
ようである。外見をそれほど重視するタイプではない、というのもあるのだろう。
 あれほどの美人に惚れられていながら、ああなんだから、世の中はわからんというか、
面白いというか。
 案の定リースはその手の方々に、そしてアンジェラは文句のつけようのないボディライ
ンに場内はわいた。
 デュランの目を意識しているのだろうか。舞台上のアンジェラは精一杯の愛想をふりま
いて、自分の美しさを間接的にデュランに知らしめてやりたいようである。
 お目当ての人物はここにはいないんだけどね…。
 でも、この反応なら大丈夫だろう。ホークアイは少し安心する。
 そして発表。
 まずは審査員特別賞。銅賞。銀賞。おやっと思っていたら金賞にリースがノミネート。
ホッと安堵しつつも、アンジェラはノミネートされなかったのかと不安になっていると…。
「さぁ、ミズバイゼルコンテスト…、注目の大賞は…」
 なんだ、大賞があったのか。
「二八番! アンジェラさんでぇーすっ!」
 わああぁぁぁぁああぁぁっっ!!!
 今までで一番大きな歓声がわいた。
 良かった…。これでデュランの剣が買い戻せる…。ホークアイは心底ホッとした。デュ
ランは怒ってはいないものの、やはり彼から剣を取り上げたのは罪悪感があった。
 いやいやいや。それにしても、目の保養になったなぁ。
 ホークアイはそう思いながら拍手をする。
 アンジェラやリースももちろん良いけど、その他の女の子も負けず劣らずキレイなコば
かりである。
 デュランも見れば良かったのに…、と思いつつも、あれじゃ無理だなと思い直したり。
 インタビューにもソツなく答えるリースとアンジェラは、やはり王女なのだろう。
 …そうだよな。王族って…税金でのうのうと暮らしてるだけじゃないんだよな…。
 なんとなく、そんな事を思う。
 国の代表だなんだで動きまわり、何かあれば国民の前に出て。平和のためと政治の道具
で結婚したり。
 自由な盗賊稼業の自分からにすれば、随分と不自由な身分である。 だからといって、
税金まきあげに賛同するわけじゃないけれど。自由じゃないのは、ちょっぴり可哀想かな
と思ったり。
 大賞のコートを羽織り、王冠をかぶり、錫杖を手にする。あれが水着でなけりゃ、アン
ジェラは完璧な女王様である。いや、きっと次期女王になるのだろう…。
 そう思いながら、ホークアイは降りていく幕をぼんやりと眺めていた。
 興奮さめやらぬ場内であったが、少しずつ人がはけていく。ホークアイも舞台に背を向
けて、会場を後にした。

                                                          to be continued...