「うっふっふっふっふー! どうよ! ちゃはは〜んと優勝してやったわよ!」 またも裏口から忍び込んで、来るのを待っていたホークアイを見るなり、アンジェラは 勝ち誇ったようにVサインをして見せた。 「いや、ごくろーごくろー。助かったよ」 「ふふんだ。ね、それで、デュランは? デュランはどこいるの?」 なんとなく未来を予想しながら、ホークアイはあごをぽりぽりとかく。 「あー…、表にいるよ」 「そう。…ねぇ、あいつどこにいたの? 見つけられなかったんだけど…」 「じゃ、俺は見つけられた?」 「ううん」 ぷるぷると首をふるアンジェラ。これならまぁ、少しはごまかせるだろう。 「いや、本当ご苦労さん。どうだった?」 後からやってきたリースに笑顔で話しかけると、彼女は少し顔をあからめた。 「もう、緊張しちゃいましたよ。もうこんなのごめんです」 「ははは。たぶん、もう二度とやるこたないから、大丈夫だよ」 テキトーにそう言ったが、たぶんその通りなのではと思う。 「で? 賞金は」 「あ、はいこれ。バッチリよ。それと、これが商品券。けっこう大金だから、全部あんた に渡しちゃうわ」 「へいへい」 盗まれたり落としたりしたら大変なので、アンジェラは金一封をホークアイに押し付け る。それを見たリースも同じように、金一封をホークアイに手渡した。 「で? これからどうするんですか?」 歩きながら、リースはホークアイに尋ねる。 「んー? うん。まず、デュランの剣を質から戻して、それから個人の荷物の買い直しだ な。ただもしお前さんがたが優勝しちまったら、顔知られて買い物も不便かと思ってな。 大体のものはもう買っておいたんだけどな」 「そうなの?」 「そうなの。金は俺とデュラン達が稼いだものでまかなったから。それと、この調子だと ブラックマーケットがはじまるのはたぶんもうちょっと後だから、ほとぼりがさめるまで、 バイゼルを離れた方が良いかと思うんだよな…」 ホークアイは腕を組みながら、考え歩く。 「そう?」 「ああ…。こっちだ」 「え? そっちに出口あるの?」 「いいから」 出口ではない方に歩きだすホークアイについて行く。出口では優 勝したアンジェラ達を一目見ようとにわかファンが集まってきているのである。面倒は嫌 いなので、人気の少ない出入り口をホークアイが見つけておいたのだ。 「そーいやおまえ、あの時もらってた王冠とかはどーしたんだ?」 「ああ、あれね。なんか、表彰の時だけなんですって。コートはもらったけど。なんかケ チくさいハナシよね」 「ふーん…」 周囲の様子をきょろきょろと見て、大丈夫だとうなずくとホークアイは会場を出た。 「こっちだ。デュラン達には宿屋で落ち合う事になってるから」 「……宿屋って、どこの?」 「いつものとこだ」 「……あのクラシコホテルじゃダメなの?」 「ダメなの」 どういう理由でダメなのか聞きたかったが、まぁいいやと思ってアンジェラはホークア イに続いた。 途中、いらない物は売るというパーティの法則から、もらったコート等はホークアイが 売ってくることになった。ついでにデュランの剣も質から出してくるようで、彼女たちは ホークアイと別行動となった。 「あ、あったあった。あそこの宿屋よ」 「あー! リースしゃあん! アンジェラしゃあん! おーい!」 シャルロットが窓から身を乗り出しているのが見える。手をばたばた振っているので、 それに答えて彼女たちも手を振った。 宿にたどりつくと、シャルロットが入り口まで迎えに来ていた。 「おかえりでちー。どうでちたか?」 「んふふー、ばっちりよ! これでもうデュランの剣だって……………ん?」 「え?」 そこではたと考え込むアンジェラにシャルロットは首をかしげ、リースもアンジェラを ちょっとのぞき込む。 「どうだったって、あんた、ミスコン見てないの?」 「見てないでちよ。ずっとひなたぼっこしてたでち」 嫌な予感がする。まさか…、もしかすると…。 「じゃ…、じゃあ、デュランは…?」 「? ずっと一緒にいたでちよ」 「な……なんですってぇ!?」 一瞬で形相をかえる。何事かとシャルロットは激しくたじろいだ。 「ど…どーしたんでち…?」 「ちょっとシャルロット! デュランは、デュランはどこにいるのよ!?」 「…お部屋でちけど…」 「どこの!?」 「三階の、階段のぼってすぐのお部屋でちけど…」 それだけ聞くと、アンジェラは階段をかけのぼった。デュランが見ているものと思って あんなに愛想ふりまいて、デュランが見ているものと思って見返してやる気持ち半分、見 てほしかったのに。 全然見ていないとは! まるで自分がマヌケのように思えてならなかった。 「デュラン!!」 バンッと激しくドアを開けると、ベッドに寝っ転がっていた男が、面倒くさそうにこっ ちを見た。 「…なんだ…おまえか…。ドアはもーちっとおとなしく開け……」 「あんたっ! あんた、あのミスコン見なかったの!?」 「……見なかったよ」 あまりにあっさり言い放つ。一瞬言葉を失い、そしてわなわなと怒りがこみあげてくる。 「…あ、あんたねぇ! あんなに私に失礼な事言っておきながら、見てないとはどーいう 了見よっ!?」 「あー? しょーがねーだろ。ケヴィンもシャルロットも、あんなに並んでまで見たくね ぇって言うし。二人をほっとくわけにはいかねーし」 「なによ! じゃあ、私よりケヴィンとシャルロットの方が大事なわけ!?」 「なんなんだよ、おまえ。あいつらを放っておいて安心できるわけねーだろーが」 アンジェラの怒りがまるっきり理解できず、デュランは怪訝そうに眉をしかめる。 「じゃあ、あんたは私よりケヴィンとシャルロットとるわけね!? そうなのね!?」 「……なにをそんなに怒ってるんだおまえは…?」 ベッドからむっくり起き上がり、アンジェラの顔をのぞき込む。 「んもうーっ! 知らない知らない! 自分で考えなさいっ!」 カーッと頭に血がのぼって、そこいらにあったものを、ところかまわずデュランに投げ 付けた。 「わっ、わっ! な、なにすんだおまえ!」 「やめてー、アンジェラぁ!」 近くにいたケヴィンもとばっちりを受けて、バラバラと小さなものが投げ付けられる。 「デュランのバカーッ!」 最後にありったけの大声で叫ぶと、ドアを激しく閉めて、走り去ってしまった。 「……な、なにを怒ってたんだあいつ…?」 ケヴィンに尋ねても、彼も困ったように首を振るしかなかった。 夕方頃、ホークアイがデュランの剣を持って戻ってきた。 「はいよ、デュラン。悪かったな。質から取り戻しておいたぜ」 「お、サンキュー」 早速、デュランに手渡すと、デュランは嬉しそうに受け取った。 「それから、ちっと買い物してきたからな。明日には出立しようぜー。ほらケヴィン。お まえのタオルだ」 「おー、新しい」 新品のタオルを二枚程手渡す。もう一枚は大きめのサイズのものだ。 「少し大きめにしたけど、それで良いよな?」 「おう」 「シャルロットのは? シャルロットのは?」 買っておいてくれと頼んでいたので、シャルロットはホークアイにまとわりついて自分 のをせかす。 「ほら、おまえにはこれだ」 そして今度は、なにやら刺繍のついた、さっきのに比べて随分可愛らしいタオルを手渡 す。 「……もっと可愛い色が良かったでち…」 「ゼータク言うな。俺にそんなことを言ってもお前の趣味はわからん」 とはいえ、シャルロットの似合いそうなのを選んではくれたらしい。少し不満そうだっ たが我慢できなくないデザインなので、シャルロットはこれ以上言わない事にした。 「デュランしゃーん、シャルロットのリュック、どこでちかー?」 「あー? そこのベッドのあたりに置いといたろう?」 シャルロットは早速、買ったばかりの新しいリュックにタオルを詰め込む。全員のカバ ンやらリュックやらに入っていたタオルや着替えなどはすべて焼けてしまったので、色々 と新しいのを買っておいたのだ。 まだ全部前のものがそろいきってはいないが、最低限はそろえておいた。 ここは物価が高いから、ここで全部買い揃える必要はない、というホークアイの言葉に したがっているからなのだが。 「ところでよう、ホークアイ」 「うん?」 買ってきたものを引っ張り出しながら、ホークアイはデュランを見た。 「アンジェラのヤツ、何かいきなりスゲー怒り出してさー。なにをあんなに怒ってるか、 おまえ知ってるか?」 「……………………………」 尋ねられ、ホークアイは言葉に詰まる。おそらくそうなるだろうとは思っていたが、や っぱりアンジェラは怒り出したらしい。 彼にはその理由もなんとなくわかったが説明するのも面倒だし、説明するとなるとアン ジェラの気持ちも説明せねばならぬのはホークアイが言う問題でもないし、ちょっと悔し いし、とかでどう言おうか迷っているのだ。 「…あー…、さあー…、俺にはー…」 「そっか…。なんかよ、やってくるなりいきなし怒りだすんだよ、アイツ。なんかケヴィ ンとシャルロットの方が大事なのかとかって、よくわかんねーこと言ってるし…」 「ふぅーん……」 アンジェラからにしてみれば、悔しいというか、なんかひどい肩透かしな気分なんだろ うと思う。けれど、デュランにとってみれば、別に彼は絶対見るとかも言ってないわけだ し、彼女に怒られる理由も皆目わからないわけだ。 思いきりすれ違ってるというか、アンジェラの空回りというか。それで怒られてもデュ ランにとっては筋違いなわけで。 人間関係の難しさをまざまざと見ている気がしたり。 「…うーん…まぁ、よくわかんない事で怒るのはいつもの事だし…」 「…そっかぁ…。そうだよなぁ…」 これで納得するデュランもデュランかもしれないが、話が早いから助かる。 アンジェラみたいな性格の人間がいると、人間関係もけっこうこじれやすいと思うのだ が、ああいうタイプに対応できるというか、柔軟性を示すタイプが不思議にこのパーティ には多い。でなければけっこうとっとと人間関係こじれまくってるような気がする。 「ま、様子を見てみれば?」 「うーん…。そうするわ…」 困った顔でうなずいて、デュランは去って行く。 ホークアイはちょっと考えると、立ち上がって隣の部屋へ赴いた。 ノックすると、返事がない。 「入るぞー?」 声をかけて入ると、部屋は暗いままだった。明かりもつけてないらしい。しかし、人の 気配はあるから、いるのだ。 どうやらベッドでうつ伏せになって寝てるらしい。 ホークアイは小さくため息をついた。 「…で? おじょーさんは何をしてもらいたいわけ?」 「…………別に!」 トゲの入ったアンジェラの声。どうやらちょっと泣いていたらしい。 「…まぁ…、デュランも見てるだろうって、テキトーな事言った俺も悪いけどよ。あいつ は別に見るって言ったわけじゃないし。あいつを責めても仕方ないだろう」 「うるさいわね、ほっといてよ!」 確かに、ホークアイはもしかするとデュランは見ないのではないか、とかは思っていた。 何がなんでも見たいとかいう性格ではないし。ただ、見ないだろうなんて言ったらアンジ ェラの事。やる気をなくしてふてくされて優勝できるものもできなくなってしまうかもし れない。ホークアイとしてはそっちの方がやめてもらいたかった。金のためとはいえ、デ ュランの剣を質に入れてしまったし。 「…あんなに愛想ふりまいた私がまるで馬鹿みたいじゃない!」 「…いや。優勝したんだから、そんな事はないけど…」 「誰のために優勝してやろうと思ってたのよ!?」 「……みんなのためだろう……?」 どーも根本的なものを見誤ってるようである。まぁ、そんな事だろうと思ってはいたが。 「…………………」 「…俺もデュランもみんなも、おまえさんとリースが出場して、賞金とってきてくれたお かげで助かった。それは礼を言う。それで良いじゃないか」 「…………………」 「な、ほら、機嫌直せよ」 「…………だって……また……やっちゃったもん……」 「何を?」 「……また…。デュランに当たっちゃったもん…」 「…そんなんで怒るデュランじゃないのは、おまえも知ってるだろうが。だから、とっと と機嫌直して、な。そろそろメシだ。みんなで食おうぜ」 「……………………」 「食堂で待ってるからな」 それだけ言うと、ホークアイは部屋を後にした。 薄暗い部屋に一人、アンジェラは残された。 「あ、ホークアイしゃん。そろそろごはんでちって。シャルロット、もう下に行ってまち よ」 部屋から出て来たホークアイを見つけて、シャルロットはそう言うと、ぱたぱたと足音 をさせて階段を降りていく。 ホークアイはちょっと部屋のドアを見て。そして彼も階段を降りていった。 宿屋の食堂は彼らの他に客がいて、すでに食事をはじめていた。 配膳は各自勝手にやるようになっているので、トレイを持って並んで、出された食事を とって好きな席について食べる形式のものだ。 ホークアイも自分の分をもらいに、トレ イを持って並ぶ。選ぶ程の種類はないが、量はほしいので、全種類トレイに乗っける。 ホークアイがトレイを持って、席につくころ、アンジェラが姿を現した。少しムスッた れた顔をしていたが、幾分か落ち着きを取り戻したようである。 「あー、なんか久しぶりに真面な食事でちねぇ」 「そうだなぁ…」 目の前に並んだ食事に喜んで、シャルロットは足をぶらぶらばたばたさせている。 「…そんなにひどい食事だったのか…?」 「んー…。まぁ、日雇いだしなぁ…」 デュランに尋ねると、かのようなこたえ。 「味の薄いのとか、かったいパンとかそーゆーのばっかだったでちよ。すーっごく酸っぱ いリンゴもあったでち」 「…オイラ…別にひどい食事だとは思わなかったけどなぁ…」 「そりはケヴィンしゃんだけでち」 「そうかなぁ…」 「そうだよ」 デュランにも言われては仕方がない。ケヴィンは黙る事にした。 「んじゃ。お先にいだたきまーすでち!」 にっこり笑ってそう言うと、嬉々として食べはじめる。旅を始めた頃はこんな食事を嫌 がっていたようだが、今ではそれもなく。 貧乏は人をかくも成長させるのかなぁ、などとシャルロットを見て、ホークアイはそう 思ってみたり。 「先に食ってるぞー」 「ええ」 後から来たリースに、もう食べているデュランが言う。ホークアイも食べ始めている。 そしてアンジェラがやってきた。もともとそれほど食べる彼女ではないが、今日は少し 量が少ないようである。 「あー、あんへら。なんは、おへ、わふいほほひはは?」 「……食べてる時に言うのはやめて…」 デュランは席につくアンジェラに何か話しかけるがちょっと礼儀がなっていない。ごく んと飲み込むと、また話しかける。 「悪い悪い。いや、なんかまた俺、なんかやったかなと思って」 「………………別に…何でもないわ」 「…そうか?」 「……うん…」 「……そっか…」 ちょっとアンジェラの様子を見て、それからまた彼は食事に戻る。ホークアイはちょっ とアンジェラの顔を伺うと、少し晴れやかな表情になっていた。 「…やっぱり、ちょっと少ないわね、これ。取り替えてもらうわ」 そう言って、トレイを持って席をたった。 けっこう簡単な性格だなぁ…。 などと思いながら、ホークアイは水を飲む。 みんなの食事がだいぶ終わりに近付いた頃、ちょっとだけ改まってホークアイが言った。 「ま、今日はアンジェラとリースのおかげで焼けた分もじゅーぶん取り返したし、てゆー か前以上よりも潤ってるし」 「え? ゆーしょーしたんでちか?」 「………聞いてなかったのか、おまえ?」 ホークアイはあきれて、ごはんつぶを口の回りにつけたシャルロットを見る。 「聞いてないでちよ。でも、じゃあ、もうお金がないって事はないんでちね」 「そーだ」 「そーでちか。そりは良かったでちね!」 「どーだった? ミスコン」 「もういいです。ちょっとああいうのは、もうけっこうですね…」 デュランに尋ねられ、リースは苦笑する。なんで私に聞かないのかとかいうアンジェラ は非難の視線をデュランに送るが、もちろん彼は気づかない。 「んで、ブラックマーケットもしばらく休みだって言うし、ここにいても仕方ないからな。 買い揃えのためにもっと物価の安いトコ行こう」 「いーよ」 水を飲みながら、デュランが軽くうなずく。 「まぁ、本当はよくやってくれたアンジェラとリースのためにぱぁっとうちあげ…しても 良いんだけど、それはまた、後で…な」 「いいですよ、そんな事しなくて」 リースは苦笑して手をふる。 本当のところ。もちろん彼女らがよくやってくれた事に変わりないが、日雇いのなかな かひどい環境で働いていたデュラン達を見ているホークアイとしては、手放しに褒める事 はできなかった。 そんなホークアイの考えにちっとも気づかないそれぞれの面々は、それぞれ食事を楽し み、また少し久しぶりに会えた仲間たちに喜んでいるようだった。 これで良いのなら、これで良いのだろう。 パーティの財政難は、なんとかなったし、これからもどうにかなってもなんとかしてい くんじゃないか。 そう思って、ホークアイはコップの水を飲み干した。 END |