「……なんでちか…こりは…?」
 寝癖のついた髪をなおした後、シャルロットはみんなが朝食をとっている所に行って、
食べてるものをのぞき込んで一言そう言った。
「スイトンの一種だよ。スープに、小麦粉と水で練ったものを入れたヤツだ」
「けっこーうまいぞ」
 ケヴィンの味覚ほどアテにならないものはないので、シャルロットはデュランを見た。
いつもと変わらない表情をしている。彼はよっぽど不味いものでない限り、顔色を変える
事はない。つまり、よっぽど不味いものではないらしい。
 シャルロットも配給所に並んで、お椀にスイトンを注いでもらった。
 そして、デュランの隣の席に座ると、スプーンでスープをすくって飲む。
「………………」
 塩味としては、ちょっと薄いくらいである。あとは具のダシが混ざって、まぁそこそこ
食べられなくはない味。ようは、暖かいから食べられる、と言ってしまえばそれまでの味
だ。
 今度は白くて丸い物体をすくいあげて、口にいれる。
 これがデュランの言っていた小麦粉を水で練ったものだろう。
「うっ!」
「どしたー?」
「小麦粉がきちんと混ざってないでち…。粉がでてきたでち…」
 悲しそうに、しかしもぐもぐと顎を動かして飲み込む。
「あー、俺のもあったぞ。それ。練りそこないだろ」
「ねりそこない…」
 ケヴィンはそれがどういうものをさすのかわからなくて、ちょっと首をかしげる。
「同じスイトンでも、ウチの伯母さんが作ったヤツはもっと美味いんだけどな」
 デュランがあまり話さない、彼の家族の事をつぶやく。
「ま、仕方ないよな。配給食なんてこんなもんだよ」
「こんなもんなんでちか…」
 空になった椀にスプーンを入れて、デュランは大きく伸びをする。
「…お代わりしちゃダメかな…?」
「良いんじゃねーの? 俺も行ってこよう」
 そう椀を持って立ち上がったので、ケヴィンも椀を持って立ち上がる。シャルロットは
お代わりする気も腹もないので、ずるずるとスープを飲んでいた。

 そして、仕事がはじまる。デュランとケヴィンは色々と指示されて動きはじめる。シャ
ルロットはと言うと、簡易宿舎の掃除が仕事だ。
 力仕事なら得意分野の二人だから、彼らはすぐに名前を覚えられた。
「デュラン! これを持っていってくれ」
「はい」
「ケヴィン! これ頼む。持ち上げて…そうそう、それであっちに渡すんだ」
「わかった」
 ひょいひょいと力仕事をこなす二人は、気持ち良いくらいに力持ちだ。
「それにしても、にーちゃん達、何やってたんだ? 随分良い仕事ぶりじゃねぇか」
 昼休み、そのへんの木材に座り込んで、昼食をとっているとそう話しかけられた。
「ああ、ちょっと、色々旅してるんすよ」
 デュランが敬語を使うのは珍しいので、シャルロットは思わず彼を見た。彼は英雄王に
しか敬語を使わないと思っていたので意外だったのだ。もっとも、あの時ほどのばか丁寧
さはさすがになかったが。
「へぇ、旅って、町から町へ歩きまわる旅かい?」
「ええ」
「そりゃすごいな。この御時世、モンスターが暴れまわって、ロクに旅もままならねぇっ
てのになぁ」
「…でも、ここも、この御時世で、こんなイベントできるんだから、じゅーぶんすごいっ
すよ」
 デュランがそう言う。世界がどんどん危ない方へ行ってしまう危険性を知っているから、
本当にそう思う。
「でも、前回よりは規模は小さくしてるんでしょ?」
 別の一人が口をはさんでくる。
「ああ。他の町の客が減るからな。でも、一応まだ定期船も出てるし、これくらいなら大
丈夫だろうっていうのが主催者の考えらしい」
「ふーん…」
 弁当として配給されたサンドイッチをかじりながら、気のなさそうに言う。今回配給さ
れたものは大きめのサンドイッチ二つに、小さなリンゴ一つ。そして薄いお茶が飲み放題
になっている。
「……もういらないでち…。ケヴィンしゃんあげるでち…」
 二個目のサンドイッチを三分の一だけ食べてから、シャルロットはそう言って、その食
べかけをケヴィンに押し付ける。
「うん。ありがと」
「…食わなくて平気なのか?」
「もうおなかいっぱいでちよ。これ以上食べたらリンゴが食べられないでち」
 言って、シャルロットは袖でリンゴをごしごし拭く。そして、かぷりと噛み付いた。
「……………す………、…酸っぱいでち、このリンゴ」
 予想外の酸っぱさに、思わずギューッと目をつぶった。

 午後も設置の仕事が続く。まだ足場しかできてないような状態だ。
 デュランが足場を作るために、釘を打っていた時だった。
 ガッシャアァン! ドガラガドガカラァン!
 随分派手な音が表から聞こえた。
 みんな何事かと思って、今の仕事をほうり出して表へ飛び出した。
 そこでは、立て掛けてあった材木が全部倒されていた。
「うひゃー、どうしたんだ?」
「た、大変だよ、あの材木の下に人がいるんだ!」
「ええ!?」
「なんだって!?」
 それは大変とばかりに、慌ててみんなは材木をどかしはじめる。デュランもケヴィンも
みんなと一緒になって倒れた材木をまた元に立て掛ける。
「う…、うう…」
「いたぞー! おい、しっかりしろ!」
 材木群の下から埋もれた人を見つけだし、またさらに材木をどかす。
「大丈夫か?」
 やっと材木を全部どかしたが、その人は立ち上がれないくらいに重症のようだった。と
りあえず、動かそうとしたのだが、それだけで激痛が走るらしく、悲鳴をあげる。
「…おい、シャルロット呼んでこい!」
 それを見たデュランがケヴィンにそう言うと、慌てたように頷いて、そして走りだした。
 人込みをかきわけて、デュランがケガ人の前までくる。
「俺、ちょっとだけ回復魔法使える…。後でもっと使えるヤツを連れてくるから。とりあ
えず……」
 それだけ言うと、デュランは呪文を唱えはじめる。
 彼の手のひらから白い光が灯り、周りは低い歓声をあげた。回復魔法は、神官とか僧侶
くらいしか使えないと思っていたのだ。
「どこが痛いんだ?」
「ううー…、ううっ…」
 全身が痛いらしく、彼はうめくばかりである。仕方なく、一つずつ患部にかけていくし
かない。そう思ってまた呪文を唱えはじめる。
「シャルロット連れてきたぞ!」
「どこでちかー? ケガした人はどこでちかー?」
 ケヴィンが人込みをかきわけながらやってきて、その後ろにシャルロットがついて来る。
「来たか。頼む。なんか、全身全部痛いらしい」
 シャルロットがやって来ると、デュランは立ち上がり、その場所を彼女に譲る。
 そして、早速シャルロットは呪文を唱えはじめる。先程のデュランより早口で、多少呪
文の言葉も違うようである。
「ヒールライト…」
 ふわりと、さっきよりも大きな光が彼を包む。優しい光に、周りの人間も少しずつ疲れ
がとれていくようであった。
「……どうでちか…?」
 しかし、彼は動き出さない。その様子にシャルロットは眉をしかめた。
「…? おかしいでちね。呪文は成功したのに……。…あ、マヒしてるんでちね。じゃあ、
これもしないとダメでちね」
 そう言うと、またさっきとは違う呪文をつぶやく。
「ティンクルレイン…」
 今度は光のシャワーが暖かく降り注ぐ。
「…………う………うう…? う…」
 痛みや麻痺で閉じていた瞳が開く。男は不思議そうな顔で、むっくりと起きあがった。
「お、おい、大丈夫か?」
「あ? ああ…」
「痛くないのか? どこか痛かったりするか?」
「い、いや…。全然、どこも痛くないぞ…」
 そう言って、男は立ち上がる。その瞬間。
 うおおおおおおおおおおおおおんっっ!
 低くて大きな歓声があがった。いきなりの事に激しくビビりまくるシャルロット。
「やるな、じょーちゃん!」
「まさかおまえが魔法を使えるなんてなぁ!」
「すごいぞ、おまえさん!」
 口々にシャルロットを褒めたたえ、称賛する。
「え…へへ…そんなことも…あるんでちけどねー…」
 歓声に驚いたものの、シャルロットは嬉しくてなんとも照れ笑い。最後はケヴィンに肩
車されて、高く掲げられて、みんなから拍手をもらっていた。
 それからというもの、シャルロットは雑用プラス、看護係みたいな仕事がくわわった。
今度はきちんと一人分の給料も出るとの事。いや、むしろ普通の日雇いより若干高いくら
いの給料であった。
 日払いだからすぐに給料がもらえる。お金の入った封筒を手渡されて、シャルロットは
その封筒をまじまじと見つめた。
「……これ…、これ、シャルロットのお給料なんでちよね?」
「そうだよ」
「…す、すごいでち。こんだけのお金がもらえるなんて…。これ、これ、シャルロットの
お金でちか?」
「…まぁ、そうはそうだけど、半分くらいはパーティの金にまわしてくれな」
 給料袋を無造作に自分のカバンに押し込んで、デュランはそう言った。
「じゃあ、じゃあ、半分はシャルロットのお小遣いなんでちね?」
「ああ」
「こ、これがろうどうのあじというものなんでちね…。働くってスバラシイでちね!」
 なにかちょっと誤解があるような気がするが、水をさすのもナンなので、デュランは黙
って頷いていた。おそらく、それほどのお金稼いだ事がなかったのだろう。…まぁ、外見
的年齢から見れば、当然と言えば当然かもしれないが…。
 デュランはブーツを脱いで、ベッドの上で足を動かしている。軽い柔軟運動だ。
「おーい、デュラン。あんたに客だぜ?」
 入り口の方から声がかかる。顔を上げて入り口の方を見ると、ホークアイがこちらに歩
いてくる。
「よう」
「あ、ホークアイしゃんだぁ!」
「よー!」
「元気だなお前ら…」
 なんだか少し羨ましい気になって、ホークアイはケヴィンとシャルロットを見る。
「ほらー、見て見てー! シャルロットが稼いだんでちよ、こり、シャルロットが稼いだ
んでちよ!」
 早速、シャルロットは給料袋を両手で持ってホークアイに見せびらかす。
「…………どうしたんだ…? なんか、けっこう稼いだみたいだけど、何があったんだ?」
 とてもオマケ給料とは思えない給料袋の様子に、ホークアイも驚く。
「今日ケガ人が出てな。それをシャルロットが治したら、今度は看護係に抜擢された、そ
ーゆー事だ」
「なるほど。おめぇの回復魔法はよく効くからなぁ」
 デュランの説明に納得して、大きく頷く。
「うふふー、でち!」
 嬉しさが止まらないらしく、ニッと歯を見せて笑っている。
「で? どうした?」
「いや、別に。おまえらの様子はどうだと思って。その分だと、何とかやってるみたいだ
な」
「何とかやってまちよ」
 未だにこにこ顔で、シャルロットはデュランと同じベッドに上がる。
「そうだ。これ、お前に渡しておく」
「ん?」
 デュランは自分のカバンから給料袋を取り出すと、それを全部手渡した。
「今日の分だ。昨日の分は俺が持ってるけど。一応、半分っつーことで」
「…大丈夫なのか?」
「ここにいりゃあ、まぁ生活はできるからな。それくらい持ってたって支障はねぇよ」
「そっか…」
 給料袋を受け取って、なにやら複雑そうな顔をするホークアイ。
「じゃ、オイラもこれー」
 言って、ケヴィンはしまわずにいた給料袋をそのままホークアイに手渡した。それを見
たシャルロットは給料袋の中を見て、どうやら半分数えているようである。
「えーと、はい。半分でち」
 少し汚いお金を取り出して、ホークアイに手渡す。
「………サンキュ…。なんか、別に集金にきたわけじゃねぇんだけど…」
「ああ。ま、ちょーど良かったからな」
「……それにしても、ここで寝てるのか? 随分雑魚寝だな」
「まあ、臨時の日雇いなんてこんなもんだろ」
「…まぁ、そんなもんだろーけど…」
 ホークアイの方は従業員用の二段ベッドである。部屋は狭いがきちんと与えられており、
それなりにプライバシーも守られている。ほぼ雑魚寝に近いここよりはかなりマシな環境
だ。
「ごはんもあんまり美味しくないんでちけどね」
「そーかな。けっこう美味いと思うけどな…」
 味覚のないケヴィンに、シャルロットはちょっと頬を膨らませた。
「んもー、ケヴィンしゃんいっつもそれでち。じゃ、ケヴィンしゃんの不味いものって何
でちか!?」
「海の水」
「………それ……食べ物じゃないでち……」
「…………………」
 さすがにこれにはデュランもホークアイもあきれて声が出なかった。
「…でも、何とかやってるみたいだな」
 あまり良い環境とは言えないが、三人ともけっこう元気そうなので安心した。
「まぁな。一人じゃねーし」
「そーでちね。デュランしゃんもケヴィンしゃんもいるから、シャルロット我慢できまち
よ」
「オイラもー」
 返ってきた言葉にほほ笑んで、ホークアイは少しだけ彼らと談笑した。
「おっと、もう帰らねーと。んじゃなー」
「じゃあな」
「おう!」
「ばいびー!」
 元気よく手をふるケヴィンとシャルロットをちらっと横目で見て、ホークアイは走りだ
す。少し長居しすぎたか。
 月の光の下、ホークアイは町をひた走る。盗賊のクセで足音のたてない走り方だ。
 ホテルに戻ってきて、すぐに制服に着替える。同室の同僚は風呂に行ってるらしく、部
屋はもぬけの空だった。
 ホークアイは王女二人の様子を見ようと、ホテルの客室へと足を運ぶ。このホテルの制
服を着ているのなら、さらに怪しまれる事もない。
 コンコン。
 ドアのノッカーを叩く。なにか、慌ただしい空気が中であって、しばらくしてやっと扉
が開いて、リースが顔をだした。
「ああ、ホークアイ」
「シッ!」
 廊下に誰もいない事を確かめると、ホークアイはさっと中に入る。
「どうしたんですか?」
「おまえさん方の様子を見ようと思ってな…」
 少し無防備なリースの寝間着姿を視線を悟られないように、見る。
「なにー? ホークアイ?」
 奥の方から声が聞こえたので行ってみると、大きなベッドにアンジェラが寝転がって新
聞を読んでいた。
「どうしたの?」
「…………………」
 さっきのデュラン達との格差の激しさに、なんだかめまいがしてくるようだった。
 けだるそうに身を起こして、アンジェラは不思議そうにホークアイを見た。
「どうしたのよ?」
「…いや、別に…」
 少し頭をふって冷静になるように言い聞かせる。
「ちょっと、おまえさん方の様子を見にきたんだ」
「んー。けっこう快適よ。なにより料理が美味しいのが良いわね」
「……食い過ぎに注意しろよ」
「だいじょーぶよ。そのへんの調整はきちんとしてるし」
 どうやら二人とも太る体質ではないようだし、美容に気をつけてるアンジェラなら大丈
夫なのだろう。
「でも、ちょっとヒマなのよね。出歩くくらいは良いんでしょ?」
「…金は使うなよ。それだけだ。あとは、いつも二人で行動しろよ。治安が低いわけじゃ
ないが、安全には気を配れ」
「わかったわ」
「ミスコンがらみで、有力候補を傷つけよう、なんて事件が過去にあったらしいからな。
そういうのにも気をつけろよ」
「大丈夫じゃないかな? たぶん、私たちノーマークよ」
「念には念をいれろってこった」
 言って、ホークアイはそこのベッドに腰掛ける。
「……随分良いベッドだな、これ」
 スプリングのふかふかさ加減に驚いて、ちょっと立ち上がる。
「そうね。久しぶりよね、こんなの。まぁ、私専用のベッドにはさすがに劣るけど」
「あーそーかい」
 ちょっとだけこめかみをひくつかせて言うが、二人とも気づかなかったようだ。
「それにしても、どうしたんですか? ここの従業員の制服なんか着て」
 リースはもう一つのベッドに腰掛ける。
「うん。臨時でここのバイトに入ったんだ。おまえさん方と連絡とりやすいしな」
「そうですか…」
「ねぇ、デュラン達はどうしてんの?」
 一瞬、ホークアイは言うか言うまいか迷った。
「……バイトしてるよ。住み込みのヤツを見つけたらしい」
「ふーん…。ねぇ、元気だった?」
 ひざをかかえて、小首をかしげて尋ねるアンジェラを複雑そうに見て、ホークアイは頷
く。
「ああ」
「そっかぁ。そうよねー、デュランだもんねぇ」
 彼の事を話すアンジェラは、いつもより随分可愛く見える。
「ねぇ、ミスコン見にくるかなぁ?」
「え?」
「ミスコン。デュランとか、見にくるかなぁ?」
「…………たぶん……見るんじゃねーの?」
 少し考えて、ホークアイはそう言った。
「そっかぁー。ふーん…」
 そう言って、アンジェラはちょっと考え込む。ホークアイはそれをやっぱり複雑そうに
見ていた。


                                                          to be continued...