「それじゃ、二階のこの部屋を使ってくれ」
 宿屋の主人にやや無造作に部屋の鍵を二つ、手渡される。鍵にはキーホルダーがついて
いて、それに番号が記されてある。
 この宿屋は一階が酒場になっており、バーのカウンターがフロントを兼ねている。都市
の中心部から外れた、ひなびた安っぽい宿屋である。酒場には多少荒っぽい連中も集まっ
てくるようだ。
「もう少しマシな場所はないの? …せっかくバイゼルなのに…」
 アンジェラが階段を上りながらホークアイに愚痴る。
「バイゼルだからだろ…。ここは物価がけっこう高いの。マシな宿屋でもじゅーぶん良い
値段すんだよ。これでも、随分マシな宿屋に入るんだぞ」
 せまい階段を上りながら、ホークアイが返す。
「んもう…。なんだってこうビンボーなのかしらね…」
 ぶちぶち愚痴ったところでお金がふってわいてでるわけでもないのだが、アンジェラは
愚痴らずにはいられない。
「んじゃ、おまえらこっちの部屋使いな」
 近くにいたリースに鍵を手渡すと、ホークアイはもう一つの鍵で、番号のついたドアを
開ける。
 中は古そうな二段ベッドが二つ、両側の壁に押し付けるように配置され、その間の狭い
空間には申し訳程度に机と椅子が一つずつあるだけだった。窓も一つだけ、扉に真向かい
の壁に小さく張り付いているようだった。
「ふぅー」
 床の上にどかどかと荷物を降ろすと、たてつけの悪い窓を開ける。後ろから、デュラン
とケヴィンが部屋に入ってくる。
「こっちのベッド荷物置きにするぞー」
「ん? ああ」
 片方の二段ベッドの下の方に荷物を置きはじめるデュラン。
「なんか、ホコリくせぇ部屋だな」
「仕方ねぇよ。そーゆー宿屋なんだし」
「まあな」
 宿屋にさして期待はしていない。デュランもそっけなく頷いた。
「ブースカブー見える?」
 窓から景色を眺めているホークアイにケヴィンが話しかける。
「うんにゃ。もう行っちまったんだろ?」
 実は、彼らはブースカブーでこっそりバイゼルの港に入港したのである。さすがに大き
くて珍妙な亀が港に入ってくるのは目立つので、夜にこっそり入ったのである。
 嫌がる女の子達をなだめすかして、この宿屋まで歩いてきたら、夜があけてしまった。
「…それにしても、バイゼルでここって初めてだろ。いつも使ってる宿屋じゃ、なんでダ
メなんだ? あそこだって安い方じゃないのか?」
「ここはもっと安いの。あそこの三分の二ですむんだよ、宿賃」
 そういう情報をどこから仕入れてくるのかしらないが、ホークアイはそういうのを調べ
て宿屋を見つけてきたりする。
「…………そんなに無いのか、金?」
「…いや、まったく無いわけじゃねぇんだけどよ。買い物に来たんだろ? 俺たち、バイ
ゼルまでにさ。それを考えるとな…。節約できるとこはとことん節約しねぇと…。まーた
あのお嬢さんがたが何をお買いあげになるか、わかったもんじゃないし…」
 困ったようにそう言うと、ホークアイは小さくため息をつく。
「…まぁ…な…」
 デュランも困ったようにうなずくと、彼も小さくため息をついた。それから、身につけ
た鎧をはずしはしめた。
 それを見たホークアイも、自分の装備品を外しはじめた。

 身軽になると、デュランは腰に剣だけさして、部屋を出る。廊下ではもうみんなが待っ
ていた。
「おっそーい、デュラン」
「しゃあねぇだろ? 重装備なんだから…」
 アンジェラが文句を言うと、デュランも言い返す。彼らを無視して、ホークアイは扉に
鍵をかける。
「んじゃ、アンジェラよろしく」
「はいはい…」
 合図すると、アンジェラは呪文を唱えはじめた。デュランの鎧をはじめ、彼らの装備品
は実はかなり高価というか、《良いもの》が多い。盗まれたら大変である。なので、扉には
魔法で鍵をかけておくのだ。用心を重ねるホークアイの提案である。
「じゃ、行こか」
「うん…」
 こんな朝早い時間では、この宿屋の酒場ではまだ食事ができるような状況ではない。朝
でもやってるところへ食事に行くのだ。
「ふあ…。シャルロット眠いでち…」
 大きなあくびをして、涙をふくシャルロット。
「オイラははらへった」
「俺もー」
「ねぇ、まだ歩くのー? そこのレストランで良いじゃない」
 不満げにアンジェラが先頭を歩くホークアイに言う。
「あそこは高いからダメ。節約できるとこは節約するの」
「んもう、ケチケチしちゃってさー」
「…おまえ…、また飯屋に借金して働きたくはねぇだろ? だったら文句言うなよ」
「………………………」
 過去に一度、お金が足りなくて無銭飲食になってしまい、代わりに働いたとかいう経験
が彼らにあるのだが、再度経験したいとは思わない出来事である。
「…ん…?」
 ふと、ホークアイは足を止める。街の掲示板に張り紙が張られている。
「どーしたー?」
 デュランも少し気になって、ホークアイの視線の先の張り紙を見た。
「…み……みす、みすこん……? こんてす……てすと…?」
 背伸びして、シャルロットもその張り紙を読み上げた。
「? みすこんってなんだ? ミミズの親戚か?」
「違うよ。ほー…、こんなイベントがあるんだ…。へぇ、賞金がでるんだ…、さらにバイ
ゼル共通商品券かぁ…。ん? げげ、ブラックマーケットが休み?」
「ちょっとぉ、ご飯食べに行くんじゃないの? なにやってるのよ」
 掲示板の前から動かない連中にいらだって、先を歩いていたアンジェラが戻ってくる。
「おい、ブラックマーケット今は休みなんだってよ」
「えー? なんで?」
「このミスコンのためにしばらく休むってよ。どうやらあそこ全部会場にするらしいな…」
 ブラックマーケット目当てにわざわざバイゼルに来たのに、これでは意味がない。
「困ったな…。ブラックマーケット開催まで、ここに滞在ってのもなぁ…」
「……まぁ、それは後で考えようぜ? 俺は腹減ったよ」
「オイラもー」
 それもそうだと、ホークアイは掲示板から目を離す。そしてふと、アンジェラに目が止
まった。
「あ、そうだ。なぁ、おまえ、これに出てみる気ないか?」
「えぇ?」
 うさんくさげに、アンジェラはホークアイが指さす張り紙を読む。
「冗談! なんで私がそんなのに出なくちゃいけないのよ! やぁよ、私」
「でもよ、ほら、賞金にバイゼル共通商品券だぜ?」
「オ・コ・ト・ワ・リ!」
 にべもなく言い放つとすたすたと歩きだす。もとよりさして期待はしていない。ホーク
アイも肩をすくめると歩きだした。


「あー、食った食った…」
「本当にあんた達はよく食べるわねー」
 アンジェラにとっては、こんなにもばかすか食う連中は彼らが初めてである。
「これくらいフツーだよなぁ」
「まぁ、今までの俺たちの周りはな」
 傭兵集団に盗賊集団に獣人達である。むしろ小食の方が珍しいくらいだ。
「それにしても、宿屋まで遠いでちねー。美味しいのはわかりまちけど、めんどくさいで
ちよー」
「文句言うな、文句」
 他愛もない会話をしながら、パーティは朝市のにぎわいがおさまりかけた街路を歩く。
「…なんか、さわがしいな…」
 宿屋に近付くにつれ、なにやら街の雰囲気が慌ただしいようである。
「煙が出てるなぁ…」
 ケヴィンがつぶやくので空を見ると、なにやら灰色の煙がもくもくと空にあがっている。
「火事か?」
「えー、やだなぁ…」
「……あの方角…宿屋の方からだぞ?」
「……………………」
 一瞬、全員が顔を見合わせる。
「ま、まさか…なぁ…」
 ひきつり気味にホークアイが笑い飛ばすと、歩調を強めて歩きだす。
「げげげっ!」
 先頭のホークアイが走りだした。ほかの連中も走りだす。嫌な予感が的中しそうである。
「うげーっ!」
 火事の現場にたどりつくと、ホークアイは頭を抱えてうめいた。
「あああーっ! 宿屋が燃えてるーっ!」
「うそーっ!」
 宿屋のまわりにはわいのわいの人だかりができている。
「冗談じゃねぇぞ、おい、俺の鎧!」
「いやーん、私の荷物〜っ!」
「シャルロットの法衣がぁーっ!」
 人だかりをかきわけてすすむと、紛れも無く、彼らがとった宿屋が、煙をあげて炎上し
ていた。
「どうしたんだよ、一体!?」
「さあ…。なにか、朝食の用意してて、不注意を起こしたらしいんだけど…」
 やじ馬の一人に聞くと、こんな答えが。宿屋の周りは火の燃え広がりを止めようと、人々
が周りの建物を壊したり、水をかけたりしていた。
「と、ともかく消さないと! ……………水遁の術っ!」
 慌ててホークアイが術を放つと、水がどざーっと宿屋の上に落ちる。
「お、おい、アンジェラ、なんか魔法ないのか!?」
「な、ないわよっ! 氷の魔法はあるけど、水の魔法は持ってないわ!」
「役に立たねーな、魔法ってのは!」
「あんですって!」
「水遁の術っ!」
 後ろでケンカしている二人をほっといて、ホークアイは術を放った。

 ホークアイの水遁の術や、人々の消火活動のおかげで火は早くに消えた。どうやらケガ
人が多少でたくらいで、死人は出なかったらしい。それはそれで良かったのだが…。
「いや、助かったよ」
「そ、それより部屋に置いておいた俺たちの荷物は?」
 疲れた様子の宿屋の主人が、ホークアイにお礼を言いにきた。
「……さあ…。あの様子じゃなぁ…」
 すすけた手ぬぐいで汗をぬぐいながら、残骸と化した元宿屋を眺める。やはりショック
が大きいらしく、どこかほうけているようだ。
 だがショックなのはホークアイ達もそうなのである。
「探させてもらうぜ」
 そう言うと、ホークアイは元宿屋に向かう。骨組みは残っているようだが、あとは焼け
崩れ、天井がぬけたりしていた。
「俺の鎧、俺の鎧はどこだーっ」
「私の荷物ぅーっ!」
「シャルロットの法衣ぃぃっ!」
 ススで黒くなった水の上を歩きながら残骸をもちあげたりして必死で探し始めた。

 結局見つかって使えそうなのはリースの槍とシャルロットのフレイルだけであった。あ
とは焼けて使い物にならなかったり、天井が落ちたショックかなにかで変形したり、もう
どこへ行ったのやら見つからない物ばかりであった。
「………………………」
 呆然とたたずむ五人。ケヴィンは火事のショックはないようだが、元気のない五人にな
にやらオロオロしている。
 ケヴィンにしてみれば、全員無事で良かったじゃないかと思うのだが…。
「……あの…いつまで落ち込んでても仕方がないし…、次にどうするかを考えましょう?」
 たまりかねたフェアリーが出てきて、みんなをうながすように言うが、アンジェラがジ
ロッとにらみつけた。
「フン! あんたはいいわよね。デュランに寄生してればそれで良いんだから。でもね、
私達はそれだけでは生きてけないのよ、わかる!?」
 フェアリーに指をつきつけて、はげしくなじりはじめた。
「おい、フェアリーに八つ当たりしても仕方がないだろう」
「なによ! こんな時にこいつに何か言われたって腹立つしかないじゃないのよ!」
「だからやめろって…。おまえの気持ちもわかんなくないけどよー。フェアリーなじった
って何もはじまらないだろう…?」
 今度はデュランに文句を言いはじめたアンジェラをそう諭して、ホークアイはため息を
ついて、青空を仰ぎ見た。
「…とにかく…何とかしなきゃならん…。…………まずは………金だよなぁ…」
「…どれくらいあるんだ?」
「…一応、俺たちの全財産はあるけど、ようは持ち歩けるほどの額って事だ」
 つまりそんなに多くはないのである。やはり出てくるのはため息ばかり。
 もし定住していれば被害額ももっとあるだろう。その分、旅の身分である彼らはそれほ
どではない。ここに住んでいたのなら、多少周囲の人の援助もあるだろうけど、旅の身分
ではそれもあるはずもなく。
「あの…必要なものを買い揃えられるだけのものはあるんですか?」
 リースがたずねてくる。
「人数分なんて無理だよ。本当に最低限そろえたら、もうそれで金はないな」
「……そうですか……」
「………また働くかぁ…?」
 仕方が無さそうにデュランが言う。どうにもそれしか手立てはないようである。
「ええぇー!? またぁ!?」
 真っ先に不平をあげるアンジェラ。リースは何も言わないがあまり働きたくはなさそう
である。
「んなこと言ったって…。金を稼ぐって、フツーは働く事を言うんだぜ?」
「それは……そうかも…しれないけど……」
「…はぁ…。仕方が…ないんですよね……」
 仕方がない。それしかないのだから。とはいえ、やはり憂鬱な気分にさせられる。
「……………そうだ……。他に手もないわけじゃなかったな…」
「え?」
「ん?」
 ホークアイの声に、うつむいていた顔をあげる面々。
「他の手って…そんなのあるのか?」
「ホレ、今朝の掲示板の。ミスコンだよ、ミスコン」
「あ」


「えー、やぁよ、私!」
 やっぱり真っ先に嫌がるアンジェラ。
「じゃ、働くか? また」
「ぐ…」
「いーじゃねーか。人前に出てちょっとにこにこしてりゃいーんだよ」
「ねぇ、ミスコンってなんでちか?」
 シャルロットは隣にいるデュランに話しかける。
「あー…。なんだ…つまり、まぁ、美女コンテストみたいなもんだよ。美人をみんなで決
めようとかってー、そんな感じかな…」
「ま、そんなもんだよな…」
 デュランのしごく簡単な説明に、ホークアイもうなずく。
「なんだ。そうだったんでちか。なら、だいじょぶでち、シャルロットが出てあげまちよ!」
 胸をどんとたたいて、シャルロットがたちあがった。
「………………………」
 しばらく、デュランとホークアイはあきれた表情で彼女を見て、
「……気持ちだけもらっとくよ」
「なっ、なんでちか! シャルロットがでれば、そんなみすこんなんてちょちょいのちょ
いで優勝でちよ!」
「あと三〇年後に頼むよ」
「なんでちって!?」
「子供の部とかあれば可能性はありそうだよな…」
「そんなんなかったぜ」
「シャルロットは子供じゃありまちぇん!」
 ぷんすかしてデュランにつかみかかるシャルロット。
「…じゃあ、あんたが女装したら? 一応あんた顔良いんだし」
 今度はアンジェラがホークアイに向かってそう言いだした。
「やめてくれよ! なんだってこいつの女装なんか見なくちゃいけねーんだよ。水着なん
か着せたらどうなるんだよ!」
「気色の悪い事言うなよ! 俺だってそんなの嫌に決まってんだろうっ!」
 真っ先にデュランが嫌がり、ホークアイも怒り出した。なにやら鳥肌までもたっている
ようだ。
「いくら顔が良いったって、体型っちゅーもんがあるだろ。こんな長身で骨太な女が優勝
できるかよ。優勝しなきゃ意味ねーんだから、無理に決まってんだろ」
「似合いそうな気がするけどなー」
 にまにましながらアンジェラが言うと、ホークアイはひきつった顔で彼女をにらみつけ
た。
「……でも…そうだよな…」
「? なにがよ」
「ホークアイの案だけど、優勝しなきゃ意味ないんだろ? アンジェラが優勝するなんて
事あるのか?」
「んなっ!」
 聞き捨てならないデュランの言葉に思わず立ち上がるアンジェラ。
「なによ、それ! 私が不美人だっていうの!?」
「別にそこまで言わないけどよ。ミスコンってくらいだ。もっと良い女も…」
 ぶしっ!
 最後まで言わせず、アンジェラがデュランの顔面を踏み付ける。
「しっつれいね、本当に! 私がミスコン嫌だっていうのはね! あんたら男の価値観に
左右されるのが嫌だっつってんのよ! そもそもミスコンだなんて女を馬鹿にしてるわ
っ!」
 そういう事を言うわりには、挑発的な衣服を好むのはどういうわけなんだと突っ込みた
かったが、とりあえずホークアイは黙っていた。
「だからって人の顔を踏み付けるヤツがあるかっ!」
「あんたがあんまり失礼な事を言うからよっ!」
「あーもう、ともかくケンカはやめてくれ。こっちまで疲れる…」
 つかみかかろうとするアンジェラをひきはがし、元の場所に座らせる。
「まぁアンジェラの言う事もわからんでもないけどよ。そもそも俺らにはまず金がないん
だ」
「…………………」
 どうしようもない事実をずばりと言われて押し黙る面々。
「いつもなら別におまえさんに、んな事もちかけねぇよ。でもな。今はいつもの状態じゃ
ないんだ…」
「…………………」
「お金がないって、切ないでちねぇ…」
 ぽそりとつぶやくシャルロットの言葉が、なにやら追い打ちをかける。
「しかしま、デュランの言うとおり、アンジェラが出ても優勝するとは限らんし…」
 ぴくりとアンジェラの耳が動く。どうやら神経にさわっているようである。
「だからシャルロットが出てあげまちよって言っ…」
「無理強いしても仕方がないからな。他の手立てを考えよう…」
 シャルロットを無視してホークアイが言葉を重ねると、シャルロットはまたほっぺをぱ
んぱんにふくらました。
「…わかったわよ! 出てやろーじゃないのよっ! 優勝してやるから、みてなさいっ!」
 悠然と立ち上がると、アンジェラは宣戦布告のごとく、びしっとデュラン達に指をつき
つける。
「………でも、リースも一緒に出ましょ」
「えー!? 私もですか!?」
「だって一人で出るなんて嫌なんだもん…」
 まさかこっちに話がくるとは思っておらず、驚くリース。
「うんもう何でもいいや。金を稼いでくれりゃあもう何でもけっこう! んじゃ、早速準
備しよか」
 そう言って、ホークアイは立ちあがった。



                                                             to be continued...