「…デュラン殿には前にも一度お会いになったのだけれど…。あれほど無口な方だった
かしら…?」
  お付きのアマゾネスは心配そうに、もう一人のアマゾネスとしゃべる。
「ねえ。それに…なんだか怖そうな方ですね…。大丈夫かしら、リース様…」
「それはリース様だから大丈夫だろう」
「でも、デュラン殿って相当お強いのでしょう?  リース様でもかなうかしら…」
「そ、それは…。…し、しかし、彼も騎士。女性に手をあげるなど…」
「…そ、そうよね…」
  どうやら、デュランの評判はアマゾネス達にとって芳しくなかったようである。
  一方、ステラはというと、重いため息をつくばかりであった。この大事な時に、デュ
ランときたら、まるで無口になってしまったのである。
  もちろん、自分の甥っこがそんなに饒舌ではないのは知ってはいたが、あれではマイ
ナスイメージをもたれてもしょうがないというものだ。
「…ま、まぁステラ。もしダメでも、それは男女の仲。仕方ない事もある…」
  英雄王は、ため息をつくステラに向かってとりなすように言う。自分からしむけた話
であるがゆえに、気まずいものがあるのだろう。


「はあ…」
  レストランから出た時、デュランは思わずため息を吐き出した。
「あの…どうしたんですか?」
  ため息に心配して、リースはデュランをのぞき込む。
「あ、いやいや、なんでもない。ずっと緊張しっぱなしだったもんだから…」
「…そうですね…。確かに、ああいう場は緊張しますね」
「うん…」
  デュランは空を仰ぎ見る。抜けるような青空が一面に広がっていた。
「フォルセナって気持ちの良い国ですね。いつも、こんな気候なんですか?」
「え?  いや、違うよ。ただ、今の季節が一番気持ち良いのは確かなんだけど。冬にな
れば寒いし、夏はやっぱり暑いよ。まぁ、それでも随分過ごしやすいけど」
  旅をしてきた彼にとって、他国の気候に比べ、自国の気候がいかに過ごしやすいか知
っている。
  見合いの席でよりも、いくらか口が回るようになったデュランにホッとして、リース
は小さく微笑んだ。彼女も、デュランの無口ぶりに困っていたのだ。
「王立公園に行く?  今は良い季節だから、きれいだよ。けっこう近所だし」
「ええ」
  にっこり微笑んで、リースはデュランについて歩きだした。
「それにしても…ああいう場所ってのは慣れなくて…。長い間いられないな…」
  ぎゅっと伸びをするデュラン。リースも緊張する場所が好きではないが、慣れもあっ
たので、デュランほど窮屈な思いはしないのだが。
「そうですね」
  それでも、デュランはまだ緊張していた。やっぱり女の子と二人で歩くという事を意
識すればする程、汗が出てくるようだった。
  いや、実際に汗が出てきた。
  それをふこうと、デュランはポケットをまさぐる。確か、ハンカチをいれておいたは
ず…。
「ま!」
  ポケットから出して、汗をふいたのは良いがどうもおかしい。というか、リースがそ
のおかしさに気づいて、思わず小さく声を上げた。そこでそのハンカチをよく見ると…
…。
「うっ…!」
  なんと。それはハンカチではなくて、彼の靴下だったのである。リースは思わず吹き
出しそうになり、慌てて口を手でおさえた。
「っ、っそ、…その、こ、これ…」
  さすがのデュランも真っ赤になって、焦って靴下をポケットの中に突っ込む。そして、
ハンカチを見つけ出そうとするが、ハンカチのつもりで靴下を詰め込んでしまったらし
く、それらしきものはもうない。まさかもう靴下でふくわけにもいかず、袖で汗をぬぐ
う。
「ど、どうぞ、私のでよければ…」
  笑いをこらえながら、リースがバッグからきれいなハンカチを差し出す。
  デュランはさらに赤くなって、汗が吹き出すが、仕方ない。素直にそれを受け取った。
「そ……その……これ、あ、洗って…返す…よ…」
「あら、良いんですよ。それくらい」
「でも…悪いし…」
  まだ顔の赤いのがとれなくて、ややどもりがちに言う。
「そうですか?」
  赤面しているデュランを、リースは小さく微笑みながら眺める。もう一枚くらい、ハ
ンカチはバッグの中に入っているので気にならない。
「う、うん。その、ごめん…」
「謝る事なんてありませんよ」
  リースはそう言うのだが、デュランはもう謝るしかないような気がして。
  どこをどうして、この公園まで来たかまるで覚えていなかったり。
「まぁー…。きれいですねー…」
  一番眺めが良い場所を教えられ、デュランはその通りにその場所へと連れてくる。
  小高くて、公園が一望できる場所だ。平日だからか、人はまばらなようだ。
  吹き抜ける風が、熱い体に心地よかった。デュランは思わず目を閉じる。むろん、気
候が暑いわけではない。緊張しっぱなしで体温が上昇しっぱなしなのである。
  デュランは目を開ける。
  確かに、広い場所を見渡せて、見てるだけでも気持ちが良かった。
  首のネクタイが堅苦しくて、外したい気分だったが、リースの手前、我慢した。
「そういえば、あのときの人達は元気ですか?」
「え?」
「ほら、シャルロットさんと、ケヴィンさんですよ」
「ああ、あいつらね。さぁ、今は会ってないけど、元気にしてると思うよ」
  彼らの事が話題にのぼると、デュランの、張り詰めた表情が急にほころんだ。
「あのときの事は本当に感謝してるんですよ。あなたがたが手伝ってくれたから、ロー
ラントは取り戻せたんですもの…」
「そうか?  でも、リースとアマゾネス達の頑張りもあったからだろう?  …自分の国
だもんな…。何としてでも取り戻したい気持ちはわかるよ…」
「ええ…。結局…ナバールも美獣というものに操られていただけで、その美獣もその上
の人物に躍らされていただけだった…。……一体…何が原因だったんでしょう……」
「………俺も…くわしくはわからない…ただ、マナの減少ってのが一番の理由らしいけ
ど、それだってな…。……なんとなく、昔のツケを払わされただけかもしれないし…」
「……え…?  それは…どういう…?」
  デュランは、旅の途中で見知った事などと、リースに話して聞かせた。
「…そうだったんですか…」
「…ああ…。なにか、起こるべくして起こるというか…。そういうもんらしい…」
「……………」
  リースは複雑そうな顔をして、景色に目をやったその時。
「うわあぁぁぁぁーんっっ!」
  けたたましい泣き声に振り向くと、3、4歳くらいの女の子が一人で突っ立ってわん
わん泣いてるではないか。思わず、デュランとリースは顔を見合わせた。
「ど、どうしたの?」
  リースはすぐに女の子の方に行き、目線をあわせて話しかける。
「あう、えぐえぐっ…ママが……ママがいないのぉーっ!  うわぁーん…」
  ぼろぼろと涙をこぼしながら、それだけ言って、またわんわん泣き出す。
「…迷子か…」
  デュランは困ったようにつぶやく。確かに、ここの公園は広い。迷子になる子供が出
てもおかしくないだろう。
「…どうしましょう…?」
「とりあえず、管理人室まで連れて行こう。親も、そっちの方に連絡するんじゃないか
な」
「…そうですね…」
「ほら、ついて来いよ。とりあえず、おまえのお袋さんを探しに行こう」
  女の子の肩に手を置いて、そううながすと、泣きながらデュランを見上げた。未だ泣
いてはいるが、こくんと頷いた所を見ると、ついて来るようだ。
「今日は、ママとここに来たの?」
  リースは優しく女の子に話しかける。それに心を許したか、泣き止みはじめた。
「……うん」
「あなたのママって、どんな人?」
「…黒い頭…白い服…」
  とりあえず泣き止んだものの、目には涙がまだたくさん残っている。リースに優しく
問いかけられながら、女の子はこくん、こくんと頷いている。
「おまえー、名前は…?」
「ラファ…」
「そう。ラファちゃんって言うのね」
「…うん…」
「どのへんに住んでるトコとか…わかるか?」
「ううん…」
「そう…」
  なぜかデュランのズボンのすそをギュッとつかんで、ラファという女の子はうつむき
加減に歩いている。
「…………なぁ…」
「………?」
  デュランが話しかけて来たので、ラファは彼を見上げる。
「いちおー、いっちょーらなんだ、これ。スソつかむの、やめてくんねーかなぁ」
「………………や!」
  困った顔で言ってくるのが面白いらしく、ラファは急に笑顔になって、ツンと顔を背
けた。
「ほらぁ、シワになっちまうだろ?」
「やー!」
  言って、さらにズボンのすそをぎゅっと強く握り締める。泣いたカラスがもう笑った
とはこの事か。
「もー…」
  デュランは困った顔でラファを見る。泣き止んだのは良いが、この一張羅をシワにさ
れたくなかった。
「頼むよー、スソ、離してくれよー」
「ヤー」
「あのなぁ…。よーし、なら、これでどうだ?」
「わっ?」
  デュランはラファの胴をつかむと、ふわりと抱き上げた。そして、自分の肩の上に乗
せる。これなら、スソをつかまれないだろう。
「わー!  わーいわーい!」
  高く抱き上げてもらった事に喜んで、ラファは今度は足をバタバタさせる。
「だぁ、ちょ、ちょっと、靴脱げよ」
  靴で一張羅を踏まれたら大変だ。デュランは慌てて靴を脱がす。
「あ、じゃあ、靴は私が持ってますよ」
「あ?  ああ、頼む」
  脱がせた靴をリースに手渡す。
「ははははー。たかいーたかいー!」
  ラファは大喜びでデュランの肩の上ではしゃいでいた。
  ラファというワンクッションの存在ができたおかげで、デュランはリースとの緊張を
まぎらわすために、ラファとよく会話していた。というか、綺麗なリースとしゃべるよ
り、幼いラファとしゃべる方が、デュランにとってよっぽど気が楽だったのだ。
  その様子を、リースは目を細めて眺めていた。



                                                     to be continued...