見合いの朝である。
「デュラン!  デュラン!  起きなさい!」
「……………うーん…」
「起きなさいってば!  今日が見合いの日だろう 」
「……………そ、そうだった!」
  怒鳴られて、デュランはがばっと起き上がる。心配で心配で、昨夜よく眠れなかった
のがたたったか。
「い、今、何時 」
「7時ちょっと過ぎだよ。朝食を用意したから。食べてから散髪屋に行きなさいよ」
「う、うん」
  いつものような朝食メニュー。それを一気に片付ける。
「…時間はまだあるから、そんなに焦らなくてもいいんだよ、おまえ…」
  すごい勢いでたいらげる甥に向かって、ステラはあきれたように言う。
「う、うん…」
  サラダのレタスを口からはみ出させたままで、デュランは小さくうなずいた。
「それに、ここで緊張したってどうにもならないじゃないか」
「……う、うん…」
  少し顔を赤らめて、またうなずく。確かに、家で緊張してもはじまらないのだが。
  瓶の中のミルクを一気飲みに飲み干して、一息つく。
  とりあえず適当に身だしなみを整えて、近所の散髪屋に赴く。それほど頻繁に通って
はいないが、幼なじみが跡をついだので、馴染みと言えば馴染みだ。
「うげっ…」
  少し朝早かったせいなのか。散髪屋のドアは閉じられたままだった。そういえば、あ
の幼なじみは朝が弱かった。
「おい!  起きろよ!  起きろってば!  頼むぜ、おい!」
  いつもならあきらめるところだが、今朝ばっかりはそうもいかない。デュランはドア
をどんどん叩いて、文字通り、散髪屋の主人をたたき起こした。
「…なんだよぉ、朝早く…。まだ8時じゃないか…」
「もう8時って言うんだ。頼む、今日見合いなんだよ」
「…へぇ、とうとうお前も身を固めるのか…」
「………………」
  見合いがうまく行けばそうなるのかもしれないが…。
「で?  どういう風に切るんだ…?」
「……………その………、よくわかんねぇから……適当に頼む……」
「ふーん…。わかった…」
  寝ぼけ眼で、あくびまじり。一抹の不安がよぎったが、腕は確かなハズである。
  チョキチョキチョキ…。
  軽快なハサミの音が響く。時間帯のせいで、デュランの他に客はいない。
「………ふえ……ふ……ふえっくしゅん!」
  いきなり、主人がくしゃみをかます。
「おい、なんだよ、風邪か?」
「………………………………あ……ああ……」
  主人のややきまずげな声に、デュランはやや眉を跳ね上げる。が、特に何も言わなか
った。
「終わったよ」
「サンキュ」
  主人は切った髪の毛を払い、デュランの首にまいていたカバーを取る。
  鏡に映った自分を見ると、随分さっぱりした。確かに、前の髪形はちょっと野暮った
い感じがしそうである。
「いくらだー?」
  ほうきで髪の毛をはいている幼なじみに話しかける。
「…あ、ああ…。そ、そうだな。10ルクでいいよ」
「え?  なんだよ、やけに安いんじゃねぇか?」
  ついでに言うなら、顔もきれいに剃ってもらったのである。
「良いんだよ。今日見合いするおまえにせめてものはなむけだ」
「………そ、そうか…?」
  怪訝そうな顔しながらも、とりあえず、デュランは10ルク、カウンターの前に置く。
「んじゃな」
「ああ」
  デュランは後ろ手に手を振ると、振り返らないで、急いで家に帰る。これから着替え
なくてはいけないのである。
「ただいまー」
「ああ、おかえり。あーらまぁ、随分サッパリしたじゃないか。うんうん」
  さっぱりした様子になった甥に、ステラはうんうんと頷いて眺めた。親(伯母)の欲目
ではないが、かなりの男前だと思う。
  デュランはその視線に照れながら、ステラの前を通り過ぎる。その彼の後ろ姿を見た
ステラが驚いた。
「あら、デュラン!  どうしたの?」
「え?」
「あそこの散髪屋でやってもらったんだろう?」
「え?  そ、そうだけど…、それが、どうかしたの?」
「ここんところ、明らかに切り過ぎてるよ!」
「えーっ 」
  デュランは思わず後ろ髪に手をやる。自分ではちょっとわからない。
「ほ、本当…?」
「ここだけ、いやに切り過ぎてるじゃないか。どうしたって言うんだい」
  ステラが切られ過ぎたところの髪の毛を引っ張っている。
「あ…あいっつぅ〜…」
  あの時のくしゃみ。彼の態度。安すぎる代金。ここで初めて、デュランは彼の態度に
思い当たりすぎるフシを思い出した。
  つまり、くしゃみした拍子に手元が狂って切り過ぎたのである。
  デュランを怒らせたら怖いというのは、幼なじみでなくても知っている。
「あのくしゃみした時に切り過ぎやがったんだな、チクショウッ!」
  しかし、今更怒ったところで、髪の毛はまた伸びてくるのを待つしかない。
「こ、こうしたら…、な、なんとかごまかせるかねぇ…」
  ステラがブラシを持ってきて、デュランの後ろ髪をとかす。
「ど、どう…?  おばさん…」
「た…たぶん…大丈夫…。ちょっと…わからなくなったから…」
「本当に…?」
「うん…。まぁ、これなら、気にしない人は気にならないよ…」
「………………」
  どうも説得力がないが、どんな風になっているか、ちょっと怖くて見れない。
「だ、大丈夫、大丈夫だよ!  これくらい」
  髪の毛をなでつけて、ステラはデュランの背中をばしばし叩く。
「さあさ、着替えといで。私も着替えるから」
「……う、うん…」
  あまり幸先良いとは言えない出来事であった。


  心配そうな顔のウェンディを家に残して、二人は城下すぐのレストランへと向かう。
「だ、大丈夫だよな…。変じゃないよな、髪の毛…」
  いつもは髪形なんて気にしやしないのだが、さすがにそういう場所へ行くのならば、
気にならないわけがない。
「平気、平気!」
  ステラは強い口調でデュランの不安を吹き飛ばそうとするが。
「……ふぅー…」
  珍しく、デュランは憂鬱そうに深いため息を吐き出した。
「どうしたんだい。随分弱気になってるじゃないか」
「………そういうわけじゃ…ないんだけど…」
  これが剣の試合とかだったら、武者震いぐらいするものなのだが…。どうにも慣れな
いもので、免疫がなさすぎる。
  豪華なレストランが見えてきた。普段ならまず絶対に行かないというか、行けない場
所だ。
  門の前に立っていた迎えの者が、デュランとステラの二人を見てギョッとした顔をし
た。
「デュっ、デュラン様!  ステラ様!  ば、馬車でいらっしゃるのではなかったのです
か 」
「え?」
「あ!」
  迎えの者は、彼らは馬車で来るという話になっていたはずなのだが、二人は歩いて来
たではないか。
「あらやだ、忘れてた!」
「しまったそうだった!」
  二人が同時に声をあげる。確か、昨夜いきなりそういう手筈になったのだが、そのせ
いで、二人は思わずすっかり忘れてしまっていた。
「で、でも時間は大丈夫なんでしょう?」
「そ…それは、大丈夫ですけど…」
  時間に変更はない。二人は間に合うように歩いて来たのだから、そのへんに問題はな
かったのだが…。
「…と、とりあえず、こちらへ…」
「ど、どうも…」
  気まずいながらも、二人は迎えの者の案内に応じる。
「ん?  デュランにステラ。馬車の音が聞こえなかったが…。いつ来たのだ?」
  そこでは英雄王がすでに待っていたのだが。
  二人は曖昧に笑ってごまかすしかなかった。


「デュランは、リース王女と会った事があるのだな?」
「ええ、はい…、一度…ローラントで…」
「そうか…。では、あちらもこちらの事を知っているのだな?」
「ええ…」
  英雄王は気さくに、目を細めてデュランを見る。――髪形が若干ヘンな事には未だ気
づいてないようだが――立派になったデュランが、今、目の前にいる事が嬉しいのだろ
う。
「リース様のお着きです」
  侍女の声がする。思わずそちらの方を見る。ドアが開いて、薄緑の、少し質素だが、
とても上品なドレスを着たリースが姿を現した。
「まぁ…」
  肖像画で見るよりも、可憐で美しい娘である。ステラは思わず感嘆の声をあげた。
  リースがゆっくり頭を下げたので、こちらも頭を下げた。ただ、英雄王だけは、鷹揚
に会釈をしただけだったが。
  デュランは目のやり場に困っていた。前に会った時はお互い武装していたし、そうい
う意味での色気なんかあるわけがなかったのだが…。
  まず自己紹介。そして、お互いの経歴なんかをざっと並べ、それから周りの者の紹介。
  それが終わる頃、食事が運ばれてきた。
「フォルセナ名物のグラム小麦で作ったパスタだ。口に合うと良いがね」
  英雄王は愛想よく、料理を紹介する。フォルセナ名物といっても、中には高級品もあ
って、フォルセナの出身のデュランでさえ、初めて食べるものもあった。
  元々デュランは饒舌ではない。おまけにこういう場所になると、その無愛想さ加減に
拍車がかかって、なかなかしゃべる事ができない。
  リースやお付きのアマゾネスの質問なんかにそれなりに答えるのが関の山だった。
  ステラはそんなデュランにやきもきしているようで、なんとか甥にしゃべらせようと
しているのだが…。
  食事もすんで、一段落ついてから、セオリー通り
「じゃ、ここは若い者同士、ね」
  というステラの言葉によって、デュランとリースはレストランから出る事になった。
もっとも、元々そういう手筈にはなっているのだけれど…。


                                                     to be continued...