丗の終はる時、マナ失はれ、大ひなる命の樹、仮面の魔物によつて枯れ果つる。マナ
の劍、魔に墮つて、絶望の先に廣がる死者の王國…三人の勇者…。



「じゃあな」
「はいでち。またでちよ、また、会いまちょうね!」
「ああ、約束だ」
「おう!」
  涙ぐむシャルロットと、さかんに手をふるケヴィンに別れを告げ、デュランは彼らを
のせたフラミーが見えなくなるまで、眺めていた。
  やがて、フッと息をつくとしばし目を閉じて、そして歩きだした。小高い丘からは、
フォルセナの町並みが一望できた。

「ただいまー」
「おかえり」
「おかえりなさーい」
  今日の仕事を終えて、デュランは家に帰って来た。世界を救ったという所業を認めら
れて、彼はトントン拍子に出世していた。もちろん、それだけ忙しくもなってきたが。
「あー、疲れた…」
  荷物をそのへんに置いて、ソファにどかっと寝っ転がる。肉体的というより、精神的
な疲れの方が多い最近である。名が売れたおかげでけっこう色んなところへ引っ張り出
され、緊張の絶えない毎日である。
「またどこぞのなにかに引っ張り出されたのかい?」
  伯母のステラが夕食を机に並べながら、ソファに寝っ転がる甥を見る。
「ああ…。今日は…何だったかな…。うーん…なんか、思いだせねーけど、ウチとこの
大臣のなんだったかなぁ…。まぁ、ようは偉人警護だよ…」
  仕事は仕事だが、仕事の内容はともかく、お偉方のその趣旨や何たるかまで覚えてい
ない。
「まぁ、いいわ。夕飯ができてるから、暖かいうちにお食べ」
「うん…」
  ゆっくりと起き上がり、一息つくと、デュランはソファから立ち上がった。
「おっと、その前に手を洗っといで。まだだろ?」
「あ…そっか…」
  それすらも忘れていた。デュランは手洗いをすませると、荷物を自分の部屋に運んで、
やっと今日の夕飯にありついた。
「ところで、デュラン」
「あん?」
  食後のお茶をすすりながらステラは話しかける。デュランは皿に残ったサラダをかき
あつめながら生返事をする。相変わらずの食事の量である。
「おまえもそろそろ身をかためたらどうだい?」
「身をかためたらって…」
  動かす手を止め、伯母を見る。
「わかるだろ?  そのトシでおまえ、そのテの話のひとつやふたつ、あったっていいも
んじゃないか」
「……うるさいなぁ…。いいじゃねぇかよぉ…」
  どこかふてくされたように、デュランはサラダかき集めを再開する。
「おまえまさか、所帯を持つ気がないなんてこたないだろうね」
「…そこまで言わねーけどよ。いいよ、今はまだ」
「今はまだってあんた、そのうちそのうちとか言ってるうちに、時間はどんどんすぎて
いくんだよ?  後から焦ったって遅いでしょうが」
  伯母の言う事がわからなくもないが、今はそういう事を考えるひまもないし、考えて
もいない。
「でも…、でもさ、それってお嫁さんをもらうって事だよね…。ここに…住むの…?」
  話を聞いていたウェンディが両手でコップを持ちながら話に入ってくる。
「さあね。ここに住んでもかまわないし、新居かまえてどこかに行ってもいいさ」
「伯母さんは…どっちが良いの?」
「そりゃここに住んでもらった方が、老後の事を考えると楽だろうけどね」
「…うーん…」
  兄嫁というのがどんなものか、どうにも想像つかなくて、ウェンディは宙を眺める。
「けど、そんなハナシは後でも良いんだけどねぇ…」
  ステラの視線に、居心地悪そうにサラダを食べるデュラン。
  ステラは何もいますぐデュランを結婚させようとは思っていない。彼の周りに浮つい
た話1つないというのを心配しているのだ。
  このトシならそういう話の1つや2つさせてくれないと、免疫がなくて、タチの悪い
女に引っ掛かったら可哀想だし、その硬派を通して下手して一生独身とかゆー事になっ
てほしくないのである。
  小さな頃から剣術一本で、人付き合いもそれほど上手ではない。男友達はそれなりに
いるらしいが、女友達の話はついぞ聞かない。
  世界を救ったという事で、遠巻きにモテてはいるのだが、遠巻きで終わっている。言
い寄らせる雰囲気が彼にないのである。だから、浮いた話1つない。
  それだからステラは心配しているのである。
  彼自身に嫁を選んでもらうのが一番だろうが、それが無理なら自分がなんとかしてや
らなければとステラは思っている。
「ごちそうさまー」
  食器を片付けながら、デュランは席を立った。早く伯母の視線から逃れたかったので
ある。
「ウェンディ、ウチのデュランはけっこう男前になったと思うんだけどねぇ…。やっぱ
りあの無愛想がダメなのかねぇ…」
「うん…」
  皿洗いを手伝いながら、ウェンディは曖昧な返事をする。ブラコン気味のウェンディ
の事。兄に良い人、というのはどうにも抵抗があるようである。

「ふあーっ…」
  ベッドに寝っ転がって、デュランは重いため息をつく。伯母の言う事もわからなくは
ないのだが、デュラン自身、早いというか、気乗りがしないというか、全然考えてない
のである。物事を深く考えない性格も手伝って、本気で全然考えてない。
  ステラに言われると、どうにもうるさい。彼女を母親のように慕ってはいるが、慕っ
ている分、こうるさい母親とまったく変わらない感覚だ。
  あの伯母の事。このような態度を続ければ、強引に見合いでもやらされかねない。だ
てにお互い長い付き合いをしているわけではない。
  だから困っているのであるが…。


  そして、デュランの予感は当たった。


「デュラン。この見合い、受けなさい」
  休日。デュランが居間でくつろいでいると、ステラが用事から帰ってきて、開口一番、
こう言った。
「……は?」
  事情がのみこめず、デュランはステラを凝視した。
「だから、見合いだよ。どうせ恋人いないんだろ?  いいから受けといで」
「う…受けといでって…なんで…」
「なんでもなにもないだろう。いいからうけなさい」
「だから、なんで俺が見合いなんかしなきゃいけないんだよ。いいよ、そんなの後でで」
「これは、あんたにとっても良いハナシなんだから」
「良いハナシって…」
  露骨に迷惑そうな顔して、デュランは身を起こす。
「それに。実際大きなハナシだよ。国際問題だし」
「国際問題?」
  デュランは顔をしかめる。自分の見合いが国際問題とは何事か。
「それは本当だよ。なにせ、今日あたしがだれに呼ばれたと思ってるんだい?」
「知らねぇよ、そんなの」
  ふてくされて、デュランはまたソファに身をしずめる。
「英雄王様さ」
「…国王陛下ぁ?  んなバカな…」
「ウソついたってしょうがないだろ。おまえが受けるようにって、あたしを通してのハ
ナシだったんだから」
「な、なんで、直接俺じゃなくて、おばさんなんだよ…」
「まだ大っぴらに言えるハナシじゃないらしいよ。それに、あんたに直接言ったところ
ですぐに色よい返事をするかどうかわかんないからだろ。無理強いはさせたくないみた
いだったけど、やっぱり受けさせたいようだし」
「…………………」
  なんだか自分に信用がないような気がして、デュランは複雑な心持ちにさせられる。
  ようは、英雄王は、嫌がるデュランを無理強いさせたくないし、そんなデュランを見
たくない。しかし、この話は受けてほしい。という事で、ちょっとずるい手を使ったの
である。ステラなら嫌がるデュランでも、なんとかハナシをつけさせられると思ったか
らである。そして、その考えは当たっていた。
「まぁ、ともかく。しのごの言わずに見合いしなさい」
「……ヤだよ…」
  英雄王直々というのがまだ信じられないし、そう言われてハイハイとうなずけるもの
ではない。
「イヤだってんなら、いますぐここに恋人の1人や2人、つれておいでよ」
「な…、んなの無理に決まってんじゃねぇかよ」
「それなら。見合いを受けなさい」
「イヤダ!」
  珍しく、デュランはステラに反抗する。こうなるともはやただの親子ゲンカである。
「結婚の相手くらい、自分で決めるよ!」
「それなら、今すぐ連れてきなさいって言ってるのよ。大体そのトシで見つけらんなく
て、この先も見つけられると思ってんのかい?」
「…そ、それは…その…」
「……実際問題…、断れるハナシじゃないんだよ…」
  一転して、ステラの口調が疲れたようになる。デュランは思わず伯母も見る。さっき
までの雰囲気はもうない。
「…陛下の私室に招かれたと思ったら、その話でね…。あんまり、おおっぴらにしたく
ないみたいなんだけど」
「………ほ、本当に…?」
「だから。ウソついたってしょうがないって、言ってるじゃないか。見合いの相手の事
を聞けば、どれだけ大事かわかるよ」
「……相手って…誰なんだよ…?」
  貴族の娘であろうか?  しかし、それで国際問題とは…?
「ローラントのリース王女だって」

「えーっ!?」
  一緒に聞いていたウェンディも口をあんぐりと開けた。確かにそれはとことん大事の
話である。
「王女が見合いの相手だなんてハナシ、そんじょそこらに転がってるわきゃないし。ど
れだけ大事かわかるだろう?  断ったら国際問題。陛下のお顔に泥を塗る。フォルセナ
国民の名折れ、云々…。……これで、断れるかい、あんた?」
「………………………」
  デュランは動きを止めたまま、しばらく伯母を凝視して、もう一度絞り出すように言
った。
「…ほ、本当に…王女…なの…?」
「今日肖像画をいただいたよ。見るかい?」
  云って、ステラはバッグから二つ折りの厚紙を手渡す。
  震える手で、デュランはそれを開いた。ウェンディもやってきて、背後からのぞき込
む。
  そこには、金髪の可憐な少女が描かれていた。デュランも彼女と面識がある。間違い
ない。ローラントのリース王女である。
「…話はローラント側からもってきたらしいんだけどね…。フォルセナでも骨のある男
を是非我が王女の婿にって…。そこで、陛下がおまえを推薦したというワケさ…。あそ
こも大変だから、陛下も同情なさったらしくてね。まぁ、婿と言っても、あちらの姫君
の弟君が即位したら、フォルセナに戻ってくる、という約束をなさったそうだけど…。
  ただ、いくら陛下の推薦とはいえ、あちらもどんな男か見極めたいそうだから、あん
たと見合いをしてから、決めるそうだよ…。まぁ、あちらから持って来た話だからね。
余程の事がない限り、おまえを断るっていう事はないだろうけどね。でも、その余程の
事ってのがおこってごらんよ。おまえを推挙なさった陛下のお顔に泥を塗る事になるわ
けさ。だから…」
「……受けるしかないし、断られてもいけない………」
  ウェンディも少し青ざめた顔で、ステラを見る。
「やれやれ…。早く身をかためてもらいたいとは思ったけど…。相手が王女様だとは思
いもしなかったねぇ…」
  少し疲れた口調で、ステラは肩に手をやって、すこしもんだ。


「じゃあ、フォルセナで…?」
「ああ。顔合わせの後は、あんたがこの町を案内しておやり。ウマが合うようなら、夕
食も一緒にどうぞとの事だって。さすがに遅くならないうちに王女様をお送りしなきゃ
いけないけどね」
  見合いに着ていくための服にブラシをかけながら、ステラはそう言った。デュランも
その話は一応聞いてはいる…。
「……ど、どこ連れてきゃ良いのかな…?」
「どこって…。そうねぇ…、まぁ、王立公園あたりが無難なんじゃないかねぇ。あそこ
は景色も良いし、広いし…」
「う…うん…」
  見合いはもちろん初めてだが、異性とのデートさえも、彼はやった事がないのである。
不安になるなという方に無理があった。
「あ、それと。おまえ見合いの日は散髪に行っておいでよ。その頭じゃみっともないだ
ろう」
「そ、そうかな…?」
  思わず、頭に手をやる。ブラシをいれてはいるが、ただそれだけで、細かい手入れな
ど一度もした事がない髪の毛である。
「…ど、どういう事、話せば良いのかな…?」
「そこまで面倒みきれないよ。自分で考えなさい」
「そんなぁ…」
  世界最強の剣士はそう、情けない声をあげた。
「っとにもう。だから、いい子の一人や二人作っておけっていったじゃないの」
「んなこと言ってもさー!」
  伯母に文句を言っても始まらないのは百も承知だが。
「ふぅ…。こんなんで、見合いなんかして大丈夫かねぇ…」
「………………」
  引きつった顔で、デュランは伯母を見た。
  言われなくても、十二分に不安要素はありすぎた。


                                           to be continued...