ジャバッ。 金魚鉢に、シャルロットは残念賞金魚を入れる。しばらく、泳いでいる金魚を 眺めている。 ちなみに、ホークアイがとった金魚たちはすべて神殿にある池の中に逃がした。 「ところで、みなしゃんはいつまでここにいるんでちか?」 振り返って、シャルロットはソファでそれぞれに座っている面々に聞いてみる。 「特に決めてないけどー?」 「オイラもー」 これはアンジェラとケヴィン。 「俺は明後日かなー。帰りにかかる時間を考えるとなー」 「私も、明後日にはローラントに帰らないと…。仕事が、ありますし…」 「俺はけっこういるけど、明日から仕事入るからな…」 デュランは、ここに来ている英雄王警護の仕事がこの後待っているのである。 「そーでちか…。じゃあ、あんまりのんびりってワケにもいかないんでちか…」 シャルロットはとても残念そうな顔をした。 「………………あーっっ!」 機嫌良さそうにジュースを飲んでいたケヴィンが、いきなり大声をあげて立ち 上がった。みんなビックリして何事かと思った。 「ど、どうしたんですか…?」 「け、ケッコンケッコン!」 「結婚がどうしたんだ? まさかおまえが結婚すんのか!?」 自分でも言ってて信じられないホークアイ。 「違う違う! ヤギ! 結婚!」 「ヤギ…? ヤギが結婚するのか?」 デュランの言葉にケヴィンはぶんぶん首をふる。 「違う! あのね、ヤギ飼ってるゲイルが結婚するんだ!」 「あ、あ、そう…」 普通、そいつ本人よりヤギの方が先に出てくるものであろうか? 「オイラ、そいつの結婚式に呼ばれたんだ」 「それで?」 「それでね、そのヤギ、じゃない。ゲイルは人間と結婚するんだ」 「へー、そりゃまた」 人間に虐げられていた獣人と人間の結婚とは、両族間の距離も縮まってきたの であろうか。 「そいでね、ゲイルは獣人だけど、人間と結婚するから、結婚式は人間流のやり 方でするんだって! 獣人流とは色々違うみたいで、オイラどうして良いかわか んなくって、光の司祭に聞こうと思ってウェンデルにやって来たんだよ!」 困った時は光の司祭という図式が彼の頭にあるらしい。 「へぇー、おまえがそんなこと気にしだすとはね。おまえも成長したじゃん」 褒めているのかいないのか。ホークアイは足を組み替えてそう言った。 「だって、オイラ、獣人の中で一番人間と付き合ってるっていう理由で、獣人で オイラ一人だけ招かれちゃったんだもの! 獣人を代表するようなものだから、 失敗しないでくれって、ゲイルに頼まれちゃったんだ!」 なるほど、それは大役ではないか。 「オイラ、そんなトコに着てく服とかわかんないし…、どんなことすれば良いか とか、わかんないし……」 「そっかそっかぁ。そんじゃー、俺たちが協力してやるよ」 まるで、新しい遊びを見つけたかのように言うホークアイ。 「そうですね…。明日は空いてますし…」 「おもしろそーでち。シャルロットもやりまちー」 みんなもけっこう乗り気なようだ。ケヴィンは助かったようにほほ笑んだ。 「まー、結婚式に呼ばれたってんだから、そんなにやるこたねぇよ。別に、スピ ーチとか頼まれてるワケじゃねーんだろ?」 「すぴーち? なにそれ?」 「…あー…、えー、結婚式のスピーチってのはぁ…、みんなの前で新郎新婦の事 についてしゃべくる事だよ」 いきなり聞かれて、ホークアイはちょっと戸惑った。 「ふーん」 本当にわかっているのか。ホークアイは心配になった。 「呼ばれた結婚式は、いわゆる私たちで言う普通の結婚式なんですね?」 「たぶん…」 頼りない返事だが、もうしょうがない。 「それじゃ、とにかくどうすれば良いかとか、何をしたらいけないかとか、教え るから、ちゃんと覚えてね?」 「うん!」 ケヴィンは深く頷いたが、リースの内心は不安であった。 「結婚式に出席するにはまず贈り物をださなきゃならん!」 ホークアイが知った顔でそんな事を言う。ケヴィンは神妙な顔して頷いた。 「それで、何を贈れば…?」 「うむ! まずラビの姿焼き3皿に、マイコニドの煮付け2皿、サハギンのたた き1皿! これらを贈るのが人間流の結婚式なんだ!」 「なに言ってるんですか!」 バンッ! 間髪いれず、リースがホークアイを張り倒す。 「デタラメ言わないで下さい!」 張り倒されたホークアイに向かって、リースが怒鳴る。 「……オイラ、ラビ取ってくる!」 「ああっ! ちょ、ちょっと待って下さい!」 ホークアイの言った事を真に受けて、本当にラビを捕りに行こうとするケヴィ ンを、リースが呼び止める。 「んもー、ホークアイ! ケヴィンの性格考えて下さい!」 もちろん、ケヴィンが真に受ける事を考えて言ったのだが、そんな事言ったら もう一度あの力で張り倒されるので言わなかった。 「良いですか? 結婚式って言うのは大きく二つに別れます。最初に行うのが本 当の結婚式で、二人が結婚を誓い合う大切な儀式です。とっても大事な儀式なん ですよ。感動的でもありますしね。その次ぎは披露宴を行うんです。これはその 名の通り、結婚する二人をみんなに披露するんです。まぁ、宴会みたいなもので すね。宴会ほど無礼講が許されているわけではありませんけど…。披露は、めで たい、好ましい事をみんなに知らせるという事なんですよ 「………………………」 リースの説明が、説明と私情が入り混じり長かったため、ケヴィンは無表情な 顔して黙り込んでしまった。 「おまえ、メモ取れメモ!」 見かねて、デュランがメモ用紙と鉛筆をケヴィンに持たせた。 「よっし! 俺がおまえにわかりやすく説明してやろう!」 ホークアイが立ち直って言い出した。 「また、さっきみたいなデタラメ言わないで下さいよ!?」 「だ、大丈夫だよ。さっきみたいな事は言わないから」 リースに睨まれて、ホークアイは慌てて彼女にそう言った。 「最初の結婚式は、とりあえず、神妙な顔して黙ってろ」 「それで良いのか?」 「ああ。あくびもくしゃみもしゃっくりもするんじゃないぞ! 眠るなんてもっ てのほか!」 「……難しいな……」 一体どこらへんが難しいのかさっぱりわからないが、ケヴィンにとっては難し いのだろう。 「神聖な儀式ですからね。厳粛な空気でないと…」 真面目な事を言うのはもちろんリース。 「気をつけろよ。ヒマだから」 「お、おう」 「…………………」 デュランの忠告(?)に、リースはため息をついた。 「みんなが拍手したら、拍手しろ。拍手が終わったらおまえもやめろ。いつまで 拍手し続けると恥をかく事になるぞ」 「みんながおめでとー、とか言ったら、おまえもおめでとーとか言ってろ。あん まりでっかい声出すんじゃないぞ。目立つような事はしない方が良い」 「おう」 ケヴィンは真面目な顔して、なにやらメモに書き込んでいる。 「その儀式が終わったら、今度は外に連れ出されて、新郎新婦にナマゴメをかけ るんだが…。いいか、とりあえず他の連中がする事を真似するんだぞ」 「ナマゴメは配られるが絶対食うなよ!」 「……なんで?」 「新郎新婦に浴びせるための米だからだよ。ライスシャワーって言うんだが、ま あ、これは良い。おめでとー、とか言って新郎新婦にナマゴメを投げるんだ。こ のとき投げ付けるんじゃないぞ。…そうだな、スズメにエサをやるみてぇに軽く 投げりゃ良いんだ」 「……………………」 あまりの説明の仕方に、リースは呆れ果ててしまった。 「あと、最後に花嫁が持っていた花束を投げるが、絶対取っちゃダメだ!」 「なんで? 花束ってそんなに危険なのか…?」 「別に、危険ってワケじゃねぇけど男は受け取っちゃいけない事になってるん だ」 「ふーん……」 デュランとホークアイの二人は、とにかくやるべき事、やっちゃいけない事の みをケヴィンに教えている。確かに実践的なのかもしれないが……。 「なんかさー、あんたらの話聞いてると、結婚式がずいぶんなものに聞こえてく るじゃない?」 アンジェラが不満そうに男たちに言う。 「そうでちよー。結婚式ってそんなものじゃないでちよう」 リースもうんうん頷いている。 「単にケヴィンにわかりやすいように言ってやってるだけじゃねーか」 「そうそう」 ホークアイの言葉にデュランが頷いている。 「そうかもしれないけどさー……」 言ってる事はわからなくはないが、あんな説明の仕方もないのではないかと思 うのだ。 「あと、披露宴だが、これは新郎新婦中心の宴会みたいなもんだ。けど、宴会な んかよりずっと窮屈だからな」 「そうそう。特にあんたが気をつけなきゃいけないのは、目の前の食べ物に夢中 になっちゃダメよ!」 アンジェラの言うことに、全員が深く頷いた。 「食べ物が出るが、いつもの食い方をしちゃ絶対にダメだ。食べ方のマナーは…」 「そこまで教える?」 「……うーん……」 とことん面倒くさそうなので、ホークアイは眉をしかめた。 「よし! んじゃあこのさい、我慢大会だ!」 「ガマン大会?」 「そう。目の前の食べ物を食っちゃダメだ!」 「えっ!? そんなぁ!」 これにはケヴィンは大きなショックを受けた。 「ちょっと…、いくらなんでも、そんな…。それに、食べないなんて、主催者側 にも失礼ですよ」 リースが口をはさむ。 「とは言え、コイツにテーブルマナーをたたきこめる自信あるか?」 「それは、その…」 リースが口ごもると、今度はアンジェラが口をだしてきた。 「こうすれば良いんじゃない? 落ち着いてひたすらゆっくり、素手で食べない ようにすれば良いんじゃないの? なにもテーブルマナーを教えなくてもさ。会 食ってワケじゃないんだし。そんな個人個人見られてる事ってないもの。」 アンジェラの言うとおりだった。それもそうだと言う事になって、新しくメモ に書き加えられた。 「その食べ方さえ守れば、あとは儀式の時と同じだ。みんなのやってる事をマネ すりゃいい」 一応、一通りの講義(?)を終えた。 「自分のやる事、やっちゃいけねー事、わかったかぁ?」 「う、うん…」 ケヴィンはメモ用紙に、つたない字で一生懸命なにやら書き込んでいる。 「あと、結婚式ってーのはおめーにとって窮屈の服を着なきゃならん」 「え!? そうなの?」 「そういうもんなんだよ。おい、シャルロット、ウェンデルでフォーマルスーツ のあるトコ、わかるか?」 「ケヴィンにスーツ着せんのぉ?」 あまりにも似合いそうもないので、アンジェラがちょっと吹き出した。それを 想像したか、デュランも吹き出してしまった。 「?」 彼らが吹き出してる意味がわからず、ケヴィンは首をかしげた。 to be continued.. |