「ほら、ほらこれなんてどう?  あ、これも良い!」
  自分が着るわけでもないだろうに、アンジェラははしゃいで色んな服を手に取
ってみる。
「あんたさー、こんなの着てみる気ない?」
  手に取ったスーツをデュランの肩につけてみる。彼、今日は仕事のハズなのだ
が、英雄王の配慮により、もう一日、休みをもらったのだ。
「あのなぁ!  俺が着るんじゃなくて、ケヴィンが着るんだぞ」
「あら、いーじゃない。ほら、こっちも良いかも」
「…アンジェラ…、デュランの言うとおり、デュランじゃなくてケヴィンが着る
んですよ?」
  はしゃぐアンジェラを軽くたしなめるリース。
「おまえ、当初の目的忘れてねーか?」
  ケヴィンの体格サイズのものを探しているホークアイ。
「あー!  これ、ヒースに似合いそーでちー」
「……はぁー……」
  リースはため息をついた。
  とにかく、見つけてきたこのスーツを試着してみる。渋い色の、まぁ、どこに
でも通用しそうな、そんなスーツであった。
「きゅ〜くつ〜!」
「しょうがねーよ。そういう服なんだから」
  ケヴィンに服を着せるのを手伝いながら、ホークアイが言う。
「はちまき〜」
「遊ぶな遊ぶな」
  ホークアイは用意しておいたネクタイで遊んでいるシャルロットから、それを
取り上げる。
「ネクタイの絞め方も教えとかねーとなぁ。当日は俺たちがいるわけじゃねー
し」
「そうですね…」
  ネクタイをケヴィンの首元でギュッと絞める。
「うぅー」
  苦しそうに、ケヴィンは顔をしかめた。
「こんなのイヤだー!」
「しょうがねぇって言ってんだろ?」
「ケヴィンにはワンタッチ式のネクタイの方が良いんじゃない?」
  そこの階段に腰掛けて、アンジェラが言う。
「あそーか」
  確かにその方がケヴィンのためであるだろう。
「じゃー、シャルロット探してくるー!」
  はーいと手をあげて、ネクタイ売り場まで軽く走って行く。
「心配だから俺も行くわ…」
  デュランが立ち上がり、シャルロットの後を追いかける。
「なぁ、本当にこんなの着て、このメモの通りにしなきゃいけないのかぁ?」
  泣きそうな顔で、ケヴィンが言ってくる。
「そうだ。そーいうもんなんだから、我慢しろよ。獣人として、ハジをかいても
らいたくないっつー期待がかかってんだろ?」
「うー…」
  ケヴィンは、口をひん曲げて、本当に困った顔をした。
「ほらー!  ほら見て!  こんなにキレイな蝶ネクタイ!」
  ここまで走ってきたシャルロットが嬉しそうな顔で、水玉の派手な蝶ネクタイ
を掲げた。
「おまえは何しに行ったんだ!?」
  ホークアイが思わず怒鳴った理由はよくわかる。
「ほら、こんなんで良いだろ?」
  後からやって来たデュランが、無難なワンタッチ式ネクタイを持って来た。
「ったく…。それ、返して来いよ」
  デュランからネクタイを受け取って、ホークアイがシャルロットに言い付ける。
「キレイなのに〜」
  口をとがらせて、蝶ネクタイを頭の上になんかつけてみたりしている。
「いいか、ケヴィン。ここのボタンでこれをくっつけんだぞ?」
「お、おう…」
  ネクタイをつけてやりながら、ホークアイがそう言う。
「これでオシマイっと…」
  最後に、キチンと見えるように服装を整える。
「へー。変わるもんだな」
  こう、ちゃんとしたものを着せてみると、いつものケヴィンがわからなくなっ
てくる。これならどんな正式の場所でも(たぶん)大丈夫。
「髪の毛も整えんのよ!」
  アンジェラが櫛を取り出して、ケヴィンの髪の毛を梳りだす。
「どう?」
「うーん………」
  自分の姿を鏡で見て、ケヴィンは実に複雑そうな顔をした。
「ま、こんなもんだろ。あとは、何かあるかな?」
  ケヴィンの姿を見て、ホークアイはちょっと満足した。
「そうね。お祝いとして、お金をつつまなきゃダメねー」
「そだな。あとは、まー、メモに残らず書いといてやるよ」
「お、おう…、ありがとう…」
  一応、礼は言ったが、ケヴィンの内心は複雑なものであった。


「式の前日はいつもより長めに風呂に入ってろよ」
「髪の毛を整える事忘れちゃダメよ」
「メモを頭にたたきこむんでちよ!」
「朝食にニンニクとか、匂いのキッツイもん食うなよ」
「落ち着いていれば大丈夫ですよ」
「…おう!  みんな、ありがとう!  じゃあな!」
  それぞれの忠告を胸にしまい、ケヴィンはビーストキングダムに向かって歩き
だした。
  ケヴィンを見えなくなるまで見送りながらも、みんな一抹の不安を感じずには
いられなかった。
「……大丈夫かなぁ……」
  ホークアイの言葉には、だれも答える事ができなかった。


  それからしばらくしてのこと。シャルロットは偶然、ケヴィンに会う事ができ
た。
「ケヴィンしゃん!」
「あ、シャルロット」
  ビーストキングダムに住む彼がウェンデルに来る事など珍しい。それはともか
く、再会の喜びに、シャルロットは駆け出した。
「どーしたんでちかぁ?」
  ケヴィンにまとわりつくと、彼にこにこと、シャルロットを抱き上げた。
「おう。あのな、オイラ達が移動に使ってる鳥の訓練をしてたんだ」
「トリ…?  あの、でっかいトリしゃんの事でちか?」
「そうだよ」
  獣人達は、遠出の移動方法はあの、巨大なワシの爪につかまるという方法を取
っているのだ。
「……?  でも、そのトリしゃんは…?」
  シャルロットはキョロキョロと辺りを見回してみるが、そんな鳥は見当たらな
い。
「あー、アイツなぁ、まだ人なれしてないヤツでさ。オイラが足につかまるの、
嫌がってオイラを蹴っ飛ばして逃げちまった!」
「……え…?」
「まぁ、そんなに高いトコ飛んでたワケじゃないから、オイラ、平気だった」
「へ、平気だったって……、帰り、どーすんでちか…?」
「知らん。何とかなるだろ」
「………………………………………」
  平然と言ってのけられ、シャルロットは言葉を失った。
「そ、そーだ!  あのねーケヴィンしゃん!  ケヴィンが呼ばれたとゆー結婚式、
どうなりまちた?」
  話題を変えようと、シャルロットは前々から気になっていた件を持ち出した。
「あ、ああ、あれね…」
  とたん、ケヴィンの顔が曇った。
  まさか、やっぱり失敗してしまったのか!?
「あの後、オイラひどい風邪ひいちゃってさ、結婚式、行けなかったんだ……」
「……………………………………」
  シャルロットは思わず言葉を失った。
「みんな、色々してくれたのに……」
「……そ、そーでちか…、そ、そーだったんでちか……」
「ごめんよ、シャルロット」
「そ、そんな、謝る事ないでちよ!」
  内心、それはそれで良かったのではないかと思ってしまう。
「そ、それより、あっちにお散歩に行きましぇんか?  キレイなお花が咲いてま
ちよ!」
「いいぞ」
  話題を強引に変えて、シャルロットはケヴィンの手を引っ張って一緒に歩きだ
した。まぁ、失敗するよりは、マシなのではないかと思いながら……。

                                                                 END