「あ〜、あれ〜、あれ買ってぇデュランしゃーん!」
  デュランの肩を足でぱたぱた打って、キャラクターがプリントされた綿菓子を
指さす。
「さっき綿菓子食っただろーが」
「だってまた食べたいんでちもん!  シャルロットのお金で買うんならいーで
しょー?」
  金銭感覚のないシャルロットに代わり、デュランが彼女の分の財布を預かって
いるのだ。
「無駄遣いすんなって、司祭さんから言われてんじゃなかったのか?」
「ぷぅ!  デュランしゃんの意地悪!」
  またも頬をふくらませ、デュランの髪の毛を引っ張る。
「イテテッ!  おめぇなぁ!  いい加減に俺の髪引っ張るのやめねぇと降ろす
ぞ!」
「ぶーっ!」
  どうやら、さっきから似たような会話を繰り返しているらしい。一緒に同行し
ているケヴィンも、このような会話をさっき聞いた。
「あ〜!  金魚すくいでち〜!  シャルロットあれやりまち〜!  降ろしてく
だしゃぁい!」
  金魚すくいのノボリを見つけると、目を輝かせてそれを指さした。
「へいへい…」
  デュランが膝をおり、おりやすいように低くしてやると、ポンとジャンプして、
シャルロットはデュランの肩から降りる。
「やれやれ…」
  肩をかるく鳴らして、デュランはシャルロットの後についていく。ケヴィンも
それに続いた。
「おじちゃん。一回やらして!」
「あいよ。一回10ルクね」
  シャルロットがデュランを見上げると、ポケットから、ラビの形をしたシャル
ロットの財布を取り出して、店のオヤジに10ルク渡す。
  薄い紙のついたすくいを渡され、お椀を手に、シャルロットは水槽の中の金魚
たちをにらみつける。
  やがて、水面を泳いでいる黒い金魚にねらいをつけたらしく、シャルロットは
カッと目を見開いた。
「うりゃっ!」
  バシャッ!
  シャルロットはすくいを水の中に勢いよく突っ込ませた。
  もちろん、そんな腕前で金魚が取れるハズもなく。薄い紙はアッと言う間に破
れて、もうダメになってしまった。
「はい、残念でした」
  無情なオヤジはそう言って壊れたすくいを取り上げる。
「も、もう1回やるでち!」
  かなり悔しかったらしく、指を一本立ててムキになって言う。
「やめとけよ。どーせ1匹もとれねーぜ」
「やるんでち〜!」
  デュランの言う事に耳を貸さず、顔を真っ赤にして、手をばたばたふる。
  呆れのため息を吐き出して、デュランはもう一度、10ルクオヤジに手渡す。
  新しいすくいを手渡され、さっきよりもさらに真剣な目付きで、金魚をねらう
シャルロット。
「デュラン!  どこ行ってたんだよ。探したんだぜ」
「ああ、ホークアイか」
  はぐれていたホークアイがデュランたちを見つけここにやって来た。
「よう!  ホークアイ」
「おお、ケヴィン!  やっぱおまえも来てたんだ。もっと早くに来いよな。来な
いかと思ったじゃねーか」
「おう、スマン」
  本当の事は説明するのも面倒臭いので、デュランは黙っていた。
「で…?  今度はなにやってるんだ?」
  デュランの肩越しにシャルロットの様子をのぞき込むホークアイ。今、シャル
ロットは全身全霊を集中させて、金魚たちをにらみつけていた。
「……トリャアッ!」
  バシャッ!
  さっきと同じ過ちを繰り返し、紙はすぐに破れてしまった。
「はい、残念だったね〜」
  またも、店のオヤジの無情な声がする。あまりの下手さに、ホークアイは呆れ
果てた。
「ヘッタクソだな〜」
「うるしゃいでち!  もー1回やりまち!」
「もうやめとけって。おまえのウデじゃ一生取れねーよ」
「デュランしゃんのいじわる〜!」
「はい、残念賞ね」
  店のオヤジは適当な金魚一匹を入れた袋をシャルロットに手渡す。
「このすくいが不良品なんでち!」
  半泣きしながら、こわれたすくいにケチをつけるシャルロット。
「単におまえが下手なだけじゃねーか」
「ぶぅぅ!  そんな事言うなら、ホークアイしゃんがやってみると良いでち!」
  半泣きしたまま、馬鹿にするホークアイを指さす。
「良いよ」
  ホークアイがデュランを押しのけてやって来た。
  オヤジにお金をはらうと、すくいを受け取る。
「これでもガキの頃は金魚すくいのホークアイと呼ばれてたんだ」
「ウソつけよ」
  デュランの言葉を無視して、ホークアイは水面に浮かぶお椀を手に取る」
「いいかぁ?  シャルロット。こーいうのはだな。無理そーなのはあきらめろ。
水面に浮かんできたヤツをねらうんだ」
  なんて講義しながら、早速金魚すくいにとりかかる。
  金魚すくいのホークアイというのも、あながちウソでないのかもしれない。素
早い手つきでホークアイはひょいひょいと金魚をすくっていく。
  店のオヤジは口をあんぐりとさせ、周囲に人が集まってきた。
「ほへ〜」
「ちょろいちょろい」
  余裕の顔で、次々と金魚をすくいあげ、お椀の容積では金魚が入れられなくな
ってしまった。
「持ってろ」
  金魚のはいったお椀をシャルロットに持たせ、新しいお椀にまた、金魚をすく
いあげる。
「……………ありゃ、壊れちまった。まあ、こんなものかな」
  ホークアイがすくいを壊してしまったのは、お椀3つ分くらい金魚を取ってか
らだった。
  おぉー。
  周囲の人々から拍手されて、ホークアイは軽く応える。
「ま、ざっとこんなもんだな」
  たくさんの金魚をぶら下げてシャルロットに見せる。彼女は口をひん曲げてホ
ークアイをにらみつけた。
「…でも、おまえ、そんなにたくさんの金魚をどうするつもりだ?」
「…………………」
  冷めたデュランの言葉に、ホークアイの動きが止まる。後先の事は、全然考え
てなかったらしい。
「シャ、シャルロット、おめぇ金魚いらねーか?」
「そんなにたくさんいりましぇーん。それにもう、シャルロットにはこの金魚さ
んがいるでちもんねぇーだ」
  残念賞の金魚を見せて舌を出すシャルロット。
「おい、デュラン…」
「金魚なんていらねーよ」
  最後まで言わせずに、デュランはさっさと断る。
「ケヴィン…」
「あ!  あっちで焼きトウモロコシ売ってる!」
  ホークアイの話などまるで聞かずに、ケヴィンはあちらの出店に行ってしまう。
「じゃ、行くか」
「はいでち」
「…………………」
  たくさんの金魚をぶら下げたまま、ホークアイはその場に取り残される。
「お、おい、ちょっと待ってくれよ」
  慌ててホークアイは彼らを追いかけた。


「んもう!  あんたたち、どこに行ってたのよ!」
  はぐれた時の待ち合わせ場所には、憤慨したアンジェラが待っていた。
「あら、ケヴィン。いつの間に?」
  一緒に待っていたリースがケヴィンの存在に気づく。
「さっき」
  焼きトウモロコシを食べながら、ケヴィンが答える。彼の隣で、シャルロット
も焼きトウモロコシを食べている。
「これでみなしゃんそろいまちたねぇ」
  トウモロコシのタレで口の周りをベタベタにして、全員をぐるりと見回す。
「でも、ホークアイは?」
  リースの言葉にデュランが顎で後ろを指す。その先にホークアイが情けなさそ
ーな顔して、たくさんの金魚をぶら下げてやってくる。
「まぁ、ホークアイ!  どうしたんですか、その金魚!」
  リースはビックリして金魚を指さす。
「全部コイツが取ったんだよ」
「本当ですか!?」
  デュランから聞いて、リースはかなりビックリした。
「スゴイですね〜、よくそれだけ取れましたね…」
  素直に驚いてくれるリースに、ホークアイは少し得意そうな顔になった。
「でも、そんなにたくさんどうするのよ?」
「…………………」
  アンジェラにデュランと同じツッコミをされて、ホークアイはまた言葉を失う。
「お、おまえらどっちか金魚いらねぇか?」
「え?  んー…でも、私、ローラントに住んでるから、生き物はちょっと…持ち
帰れませんよ」
「金魚なんていらなーい」
「…………………」
  二人にも断られて、ホークアイはがっくりうなだれた。
「けぷー。ごちそうさまでち」
  トウモロコシを食べ終わったのは良いが、口の周りはとても汚い。
「シャルロット。もうちょっときれいに食べられない?  ホラ、口の周りベタベ
タじゃないの……」
  面倒見の良いリースが、ポケットからハンカチを取り出して、シャルロットの
口をぬぐってあげる。
「しゃーて、次ぎは何を食べようでちかねー」
「まだ食うのかおまえは…」
  呆れ果てたデュランの声を無視して、シャルロットはさっそうと歩きだす。
  ほんの少しだけ、顔を赤らめたアンジェラがデュランを誘おうとデュランの肩
を叩いた。
「あ、あのね、デュラン。一緒にあっちの方………」
「デュランしゃーん!  水あめ水あめ!  買って買ってーっ!」
「ったくぅ、今度は何だぁ?」
  アンジェラの言葉がシャルロットにさえぎられ、デュランは彼女の方に行って
しまう。
「………………」
  行き場のない手をそのままに、アンジェラは立ち尽くした。
「今日はあきらめたら?  アイツ、司祭さんから面倒みるように頼まれてるし」
  呆然としているアンジェラに、ホークアイが話しかける。
「う、うるさいわねっ!  一体、なんだってデュランが面倒みてんのよ!?  ヒー
スはどうしたってのよ、ヒースは!?」
「ヒースは仕事だって言ってたじゃねーか」
「だからって、なぁんでデュランなの!?」
「けっこう適役だと思うけど?  あいつ、なんだかんだ言ってガキの面倒見良い
し。金銭感覚もまぁ、あるし」
  確かにそうなのだ。ホークアイは金銭感覚はあるが、小さい子の面倒見はデュ
ラン程ではないし、リースは面倒見は良いが金銭感覚がない。光の司祭の人選は
的確だと言えよう。
「こんなにたくさん人がいるんだ。司祭さんの心配も見越してやりなよ。ま、今
日はあきらめるしかねぇって」
  金魚の袋をぶらさげたまま、ホークアイは肩をすくめて見せる。アンジェラは
そんな彼を見て、頬をふくらませた。
「フンだ!」


「すー…、すー…」
  はしゃぎ疲れたのだろう。デュランの背中で、シャルロットは健やかな寝息を
たてていた。
「そろそろ帰らねぇか?」
  未だたくさんの金魚をぶら下げたまま、ホークアイがケヴィンに言う。
「そうだなー」
  シャルロットがずり落ちないように、デュランはちょっと背負い直す。彼は、
今日丸まる一日、シャルロットのお守りをしていた。
  ケヴィンも、焼きイカを食べながら、うんうん頷いた。さっきからこの男はず
っと何かを食べ続けているのである。
  もう黄昏時は終わりに近づき、確実に夜が始まっていた。ここかしこにある祭
り用のランプにも明かりが灯された。
「あ、そうだ」
  デュランがアクセサリーなどを売ってる出店の前で立ち止まった。
「あのさー、女の子ってどーいうの買うと喜ぶんだ?」
  近くにいる、不機嫌そうなアンジェラに話しかける。
「え?  買ってくれんの?」
  一瞬で、アンジェラの顔が喜びでいっぱいになる。が、
「なに言ってんだよ?  妹におみやげだよ」
  アンジェラは一発でまたもとの不機嫌そうな顔に戻った。
「知らないわよっ!」
  顔を真っ赤にして怒鳴りつけると、プンすかしてずかずかと歩きだしてしまっ
た。
「何なんだよ、アイツは……。ま、いいや。リース、どんなんが良いと思う?」
「そ、そうですね…、これなんてどうでしょうか?」
  苦笑しながら、リースは適当なものを選んでくれた。
  デュランは、それを買うために、背中のシャルロットを落とさないようにして、
ポケットの財布を探る。なにしろ片方の手はシャルロットの残念賞金魚と水玉風
船を持っているのである。
「おい、ケヴィン。こいつおぶって…」
  いい加減、ケヴィンにシャルロットを託そうと思ったのだが、彼はまたそこの
店で焼きそばを買っていた。
「……………………」
  ケヴィンに託すのをあきらめて、デュランは、背中のシャルロットを軽く上げ
直した。
                                  続く