「あ、たた…」 まともにぶつけた頭をさすりながら、ケヴィンは体を起こした。 「う、うう〜…。………! お、おい、だ、だいじょぶ…?」 ケヴィンはすぐに女の子に気づいて彼女をそっと揺らす。 「きゅう…」 死んではいないが、頭のたんこぶが痛々しい。気絶してるらしく、起きる気配はない。 「………こ……困った……」 いきなりの事に、ケヴィンはただひたすら困惑した。 とにかく、このままではまずい。空から降ってきたとはいえ、どうやらこの子は人間の 女の子らしい。ともかく、人間のいる所で休ませた方が良いに決まっている。 近くに、村があるそうだから、そこに運ぶしかないか。 考えがまとまると、ケヴィンは女の子を抱き起こし、背中に背負うと、村のある方向へ と歩きだした。 宵の口だというのに、村は静かだった。ケヴィンはきょろきょろと村を見回して、宿屋 を探した。 ケヴィンは宿屋に泊まった事がほとんどない。野宿でも気にしないし、食い物なら森を 探せば見つかるし。けれど、この女の子はそうもいかないだろう。 宿の看板を見つけ、ケヴィンは中に入る。 飯屋と宿屋を兼ねた所で、飯屋には、男が二人、食事をしてるだけだった。 「いらっしゃい」 愛想があるとはいえないが、無愛想というわけでもなく。宿屋のおやじはあくびをしな がら声をかけた。 「あ、あ、あ、あの…、そ、そ、その…、こ、この子が寝れる部屋…一つ…」 「ん? 泊まるのかい? 50ルクほどいただくよ…」 ケヴィンは首から下げた革袋を取り出した。 小遣いなどもらった事はないが、モンスターが落とす小銭を、気が向いた時に集めては いた。滅多に金など使わないのだが。 「え、えっと、は、はい…」 なんとか50ルクかき出すと、ケヴィンはおずおずとカウンターの上におく。宿屋のお やじは眠そうな目で、小銭を一つ一つ数えた。 「……はい、50ルクね。この部屋を使いな。階段のぼって右に曲がって突き当たりだ」 カギを渡されて、ケヴィンは背中の女の子を背負いなおすと、おやじに云われた部屋を 目指す。 部屋は簡素で、ベッドとテーブルセットがあるだけだった。 ケヴィンは注意深く女の子をベッドに寝かせた。 「ふう」 そこまですると、ケヴィンは息をついた。そしてそこにある椅子に腰掛けた。 窓の向こうの空をぼんやりと眺める。 「……う……うう…」 「!」 どれくらいの時間が経ったか、女の子がわずかにうめき、身じろぎした。 ケヴィンは立ち上がり、女の子をのぞき込んだ。無事だろうか? まぶたがしょぼしょぼと動き、女の子はぼんやりと目を開けた。 「…あ、う……だ、だいじょぶか?」 「……あんましだいじょぶじゃないでち…」 痛そうにに顔をゆがめている。 「あ、あたまうって…いたむ……?」 「…………いたいでち……」 女の子は正直にそう言った。 「そ、そうか…。い、いきなり落ちてきた…ビックリした……」 ケヴィンがそう言うと、彼女はケヴィンを見て、そしてなにやらぼんやりと考えこむ。 なにか思い当たる事があるらしい。 「ここ、アストリアの宿。ゆっくり、休め」 ともかく、ゆっくり休んでいれば、ケガも治るだろう。 「…そうでちか…。運んでくれたでちか…ありがとうでち…」 女の子はほんの少しだけほほ笑んで、お礼を言った。少し嬉しくなった。 「…オイラ、もう行く。ゆっくり、休め」 そう言って、ケヴィンはくるりと回って歩きだした。人間の集落にはあまり長居したく なかったし。 人間にお礼を言われたのは初めてだったから、すこし気持ちが軽くなった。 階段を降りながら、ふと、ケヴィンは立ち止まる。あの女の子は、自分が獣人に変身し たりしたら、あんな脅えた目で自分を見るのだろうか。 そう思うと、また悲しくなってくる。 首をゆっくり振って、ケヴィンはまた階段を降りていく。どうにかして、早くウェンデ ルに行かなければ。 下に降りると、宿屋のおやじがヒマそうにグラスを拭いていた。 「あ、あの……」 「ん?」 勇気をもって話しかけると、おやじは眠そうにこちらを見た。 「オ、オイラ、ウェンデル……行きたい…でも、滝の洞窟…は、入れない…」 「ああ、あれね。最近物騒だからね。ウェンデルから来た神官が結界を張ったんだよ」 「結界?」 「ああ。しばらくウェンデルへは行けないだろう」 「滝の洞窟じゃないと、ウェンデル、行けない?」 「そうだなー…。ここからだと、ないなぁー」 「…………そうか………」 「ああ…。ま、この物騒な騒ぎも一段落すりゃ、結界も解けるんじゃないか?」 おやじはまたあくびをして、グラスを棚にしまった。 「…うん…。ありがと……」 やっとここまで来たのに、ウェンデルへ行く方法がないとは。 ケヴィンは何度ついたかわからないため息をついて、外に出た。夜空の空気が心地よか った。太陽の光も悪くないけど、やはり夜は落ち着く。 「…どうしようかな…」 あの結界はケヴィンではどうにもできそうにない。 おやじの言うとおり、騒ぎがおさまるのを待つしかないのか。しかし、その騒ぎの原因 がルガー達獣人軍団だとしたら、彼らをウェンデルにいれないようにするべきなのか。 色々ぐるぐる考えて眠くなってきた。 ケヴィンは口を大きく開けてあくびをした。 とりあえず、今夜ルガー達がここに来る事はなさそうだし。なんだか、急に緊張の糸が 切れて、ケヴィンはアストリアの隣の森に入り、一眠りする事にした。 朝起きて、湖の水で顔を洗う。 昨日の女の子は無事だろうか? 宿屋の方をちらりと見て、アストリアを出た。 どうにかして、滝の洞窟を通らないで、ウェンデルに行けないものか。それを探すべく、 アストリア周辺を調べてみる事にしたのだ。 朝から晩まで、文字通り。ケヴィンはアストリア周辺を散策したり、付近の人々に多少 尋ねたりしたのだが。 ルガー達より早くウェンデルへ行くには、滝の洞窟を通る以外ない、というのがわかっ ただけだった。 ケヴィンは途方にくれた。 空に輝く月を眺めながら、ケヴィンは丘の高台で寝っ転がっていた。ここからだと、ア ストリアの村が一望できた。 しかし、今日、村のおばあさんと話してわかったのだが、その人が言うとおり、あの結 界がある限り、ウェンデルはルガー達に襲われる心配はないだろうという事だった。 「ま、獣人達も滝の洞窟がウェンデルへ行く最短方法だと知ってるんだろ? 獣人達が、 力で寄ってたかったって壊れる結界じゃないから。ウェンデルが襲われるって事はないと 思うけどねぇ」 それもそうだと思った。 「…あ! で、でも、ト、トリ、いる。獣人達、空、飛べる…」 急にその事を思い出してケヴィンは慌てた。しかし、おばあさんはゆるやかに微笑んだ。 「結界にも色々あるんだよ。この騒ぎが大きくなるなら、司祭はウェンデル全体を包む結 界を張るだろうよ。そしたら、空からも無理さ」 「…そ、そうか…。そうなのか…」 それなら、ウェンデルは大丈夫だろう。 「けど、あんたも獣人だろ? 色々複雑なんだねぇ」 「!」 いきなり見抜かれて、ケヴィンは激しく息を飲み込んだ。 「ほっほ…。安心おしよ。みなにバラしたりしないから。訳有りなんだろ? 人間であれ、 獣人であれ、それぞれに事情はあるもんだからねぇ…」 ケヴィンはこのおばあさんを眺めて、彼女はウソをついてないと思った。 「ま、結界が解かれるまで、気長にお待ちよ」 ケヴィンはおばあさんの言うとおりにする事にした。カールには早く会いたいけど、こ こは気長に待つしか方法はないみたいだ。 ぼんやりと月を眺めながら、ケヴィンはいつしか眠りの世界に落ちていった。 ズドゴォンッ! 激しい音に、ケヴィンは跳び起きた。 「な、なん…!?」 ケヴィンは跳び起きてすぐ、目の前で起こる出来事に我が目を疑った。 獣人達がアストリアの村を襲っているのだった。 「…な………な……」 獣人達は怒りに任せ、家屋を壊し、火を放ち、人々を襲っていた。 ケヴィンの脳裏に、眠そうな宿屋の親父、アストリアに寝かせてきた女の子、民家のお ばあさんの顔が巡った。 確かに、カールみたいなトモダチじゃないけど。けれど、ジッとしてられなかった。 「やめろぉーっ!」 思わず叫んで、ケヴィンは一目さんに村まで駆け降りた。けれど、ここから見下ろせる 場所にいながらも、距離的にはかなり離れている。どんなに懸命に走っても、村はなかな か近づかなかった。 村についた時には、獣人達の襲撃は終わった後だった。この勢いでウェンデルに侵攻し たのか。 村の状態はともかくひどかった。あちこちに死体が転がって、大人も子供も情け容赦な く殺されていた。家屋は破壊され、食料などが略奪された跡も見られた。 ケヴィンは改めて、自分の中に流れる野生の血を呪った。 獣人達は迫害されて、月夜の森に住んだという。 当然の報いだと思った。 「………、………」 「!」 か細い声に、ケヴィンは気が付いた。耳をぴくっと動かして、その声のした方に走りだ す。 焼け崩れた柱の下で、小さな女の子がうめいていた。 ケヴィンは急いで柱を起こす。 「だ、大丈夫?」 「……み……みず……みずを……」 「水だな!」 ケヴィンは女の子を優しく地面に寝かせ、近くの川まで走る。水を手のひらですくい、 女の子の元へ走り寄った。 「水だよ!」 小さな女の子の口に、水を流し込んでやる。女の子はのどをわずかに動かした。飲んだ ようだ。 「………り……がと……」 ホッとした表情を見せて。それから、女の子は目を閉じて、そして、動かなくなった。 命の灯火が消えたのだ。 「……………」 また、熱いものが体の中を巡ってきた。 いけない! 熱くなれば、また見境なく攻撃する獣人となる。けれど、この身体を駆け巡るこの熱い 血はどうにも抑えられそうにもなくて。 ケヴィンは立ち上がると、滝の洞窟目指して走りだした。かなうとか、かなわないとか、 あっちの方が数が多いとか、関係なかった。ただ、獣人達をぶちのめしたかった。 しかし、どういうわけか、獣人達を見つけられなかった。先回りしようと近道したのが いけなかったのだろうか。 「どこだ!?」 きょろきょろと見ました。匂いでさぐろうと鼻を動かしてみる。 「…………? ん? この匂い…」 獣人達とは違う匂いがする。人間の匂いらしいのだが…。どこかでかいだ覚えのある匂 いだ…。それが誰なのか思い出せなくて、ケヴィンは匂いのする方向へ行ってみた。 「…ん?」 滝の洞窟が向こうに見えるのだが、その入り口に、誰か入って行くのが見えた。滝の洞 窟の入り口は結界で封鎖されているのではないのか? 「滝の洞窟に…入れる…?」 ケヴィンは眉をしかめた。そして、それを確かめるために、滝の洞窟へと向かった。 確かに、誰かがこの滝の洞窟に入って行くのが見えた。おそるおそる、手をのばしてみ る。 はじかれない。 今度はそろっと中に入ってみた。 はじかれない。入れるではないか。 匂いから、獣人達が通った様子はない。ケヴィンはともかくウェンデルに向かう事にし た。真っ先にカールを復活させて、それから、獣人達をぶちのめすなりしようと思った。 ケヴィンは一路、ウェンデルを目指した。 元々夜目が効くから、滝の洞窟の暗さも気にならないし、内部のモンスターも大した事 はない。 同じ洞窟内に、誰か先に通った気配を感じながらも、彼らに会うこともなく、滝の洞窟 を抜けた。 「あれが…ウェンデル……」 太陽の光の下、大きな都市が眼下に広がっていた。なんだか、ルガー達が頑張っても侵 略するのが難しそうなほど、大きな都市だと思った。 「とにかく、行かなきゃ…」 ウェンデルは滝の洞窟の出口で見た通り、大きな都市である。人通りも多ければ、建物 も多い。 いきなり、ケヴィンは迷子になっていた。 なかなか人に尋ねる事ができなくて、都市の中をうろうろしていた。 「どうかしたんですか?」 今にも泣きそうで、困った顔をしていたものだから、人の良さそうなおじさんにそう話 しかけられた。 一瞬、ビクッとしたけれど、思い切って聞く事にした。 「あ、あ、あの…。ウェンデルの…光の司祭……ど、どこ…?」 「ああ、光の司祭様ね。光の神殿にいらっしゃるよ。ほら、あそこに大きな神殿が見える だろう?」 おじさんが指さす先に、都市の中で一番大きな建物があった。 「あそこにいらっしゃるんだ。そうだな、この道を真っすぐ行って、噴水のある所を左に 曲がって、また真っすぐ行けば良いんだよ。大きな道だから、その通りに行けば良い」 「あ、あ、あ…ありがとう…」 「良いんだよ。じゃあね」 おじさんは待たせていた妻子のとこまで行くと、そこで一緒に歩きだした。 ケヴィンはちょっと彼らを見送ってから、おじさんの言うとおりに進んだ。 そして、やっと光の神殿へとつく事ができたのだ。 あとは、入り口にいる神官に言われるままに進むだけだった。赤いじゅうたんの上を通 り、椅子が置いてある所で、他にいる数人の人々と光の司祭との謁見を待った。 「次のかた、どうぞ…」 低い、ゆっくりとした声に、ケヴィンは立ち上がり、光の司祭のいる部屋へと入った。 「あなたにマナの祝福がありますように…」 「カールの命の戻し方、教えて!」 少し進んで、ケヴィンは、そう怒鳴った。 「カール…! カール、トモダチだった…。大事だった…! 命の戻し方、教えて!」 名前を声に出して呼ぶと、涙が出て来た。あのショッキングな映像が脳裏によみがえる。 「…おぬしは、カールという友達を、失ったんじゃな?」 「守ってやるって…、誓ったのに! オイラ…」 涙が次から次ととめどなく流れ落ちた。 司祭は小さくため息をついた。そして、低い声でゆっくりと言った。 「……失った命は…戻らぬ…」 「…そんな!?」 希望だった司祭が、それを打ち砕く言葉を発した。 「命はいずれ消え行くもの。その定めは人の手では変えられん」 「あんた、光の司祭だろ!」 「確かに。しかし、わしも人間だ…」 「ウソだぁっ! だって…、だって!」 しかしそこで、ケヴィンはこの情報を教えたのが死を喰らう男だという事を思い出した。 死を喰らう男と光の司祭。外見や雰囲気だけでも、光の司祭の方がウソを言ってないのは 明らかだった。 to be continued... |