「…うっ……うわあああぁぁぁぁーっ!」
 たまらなくなって、ケヴィンは泣き出した。友達を失ってしまった。自らの手で殺めて
しまった。たとえそれがワナでも、その事実は消えない。
「…おぬし、名前は?」
「うわああぁぁーん、あああぁぁーん!」
 しかし、ケヴィンは泣いてばかりで答えない。これはもう落ち着くまで待つしかないと
思い、光の司祭は困った顔でため息をついた。
「うっく…えぐっ…」
 少し落ち着いてきた頃。ケヴィンの目の前にそっと湯気の立つカップが現れた。
「どうぞ」
 少し年配の神官が、穏やかな表情でお茶を持ってきたのだ。
「暖かいものを飲むと落ち着きますよ」
「……………ずずっ……」
 鼻をすすって、ケヴィンはそれを受け取った。お茶はちょっと甘くて美味しくて。飲ん
で一息つくと、さっきより、確かに落ち着いてきた。
「おぬし…名前は…?」
「……ケヴィン……」
 顔をあげないまま、つぶやくように答えた。
「そうか。ケヴィン、ではわしにおぬしのいきさつを少し、教えてくれぬか?」
「……………」
 言われて、ケヴィンはぽつり、ぽつりとカールを失ったいきさつを話しはじめた。話し
下手なケヴィンの話だから、司祭がどこまでわかったかは不明だったが。
「…そうか…。自分の手でな…」
 罠であっても、それは確かに辛かろう。しかし、司祭は怪しい男の方が気にかかった。
現在のマナの変動は、ただならぬ状況を生み出すであろう事は容易に推察できる。それに
関係してるような気がしてならなかった。
 司祭はもう一度、ケヴィンを見た。どうやら獣人らしいことは、見てなんとなくわかっ
たが。先程の若者達の事が頭にかすめた。
 本来なら、この事は教えるつもりもないのだが。あの若者達だけでは辛かろう。彼らが
本当に合流するかどうかわからないが、そのきっかけはあっても良いだろう。
「ケヴィン。人の手では命は戻す事はできん…。じゃが…、マナの女神様なら…」
「……そりゃ……そりゃあ、女神さまは…女神さまだから…」
「先程、フェアリーに取り付かれし若者がきた。彼らは聖域に向かい、女神様に会いに行
く」
「…え…?」
 ケヴィンは泣くのを止めて、司祭を凝視した。
「今のままのおまえではその怪しい男にも、父親にも勝てぬじゃろう。マナの聖域へはお
そらくすぐには行けぬ。旅をする事になろう。修行にもなる。彼らと合流してみてはどう
かね?」
「…女神様なら、カールの命…戻してくれる?」
「女神様じゃからな」
 マナの女神様は人間でも、獣人でも、分け隔てなく元気をくれる。
 ケヴィンは腕で涙をごしごしとぬぐった。
「…オイラ…。そいつと会う。…どんな、ヤツ…?」
 司祭はほんの少し、ほほ笑んだ。

 司祭は命の戻し方は教えてくれなかったけど、その方法の方法は教えてくれた。
 今はウェンデルか、滝の洞窟か。どちらかにいるだろうとの事。
 ケヴィンは、とにかくその二人連れを探す事にした。本当は、ウェンデルの人々に聞き
込みとかすれば、見つかったのかもしれないが、ケヴィンはそれができなくて、ただひた
すら、ウェンデルの中にいる人々を見ながら、探していた。
 ウェンデルでは見つけられなかったので、今度は滝の洞窟に入ってみる。もう夜になっ
てしまっていたけど、とにかく人の気配を捜し回っていた。
 けど、見つからなかった。
 気が付いたら、滝の洞窟の入り口に戻ってきていた。
「………………」
 ケヴィンはしばらく、ぼんやりと突っ立っていた。
 ふと、アストリアの事を思い出した。あの女の子は、ずっと、あのままで、あの地べた
に横たわっているのだろうか。
「………………」
 無言で滝の洞窟を見つめ、そして、目を閉じる。それから、ケヴィンはアストリアの方
へと歩きだした。
 フェアリーにとりつかれた男を探すのも大事だけれど。あの女の子や、アストリアの村
をあのままにしておく気にはなれなかった。
 嫌だけど、自分が獣人の血が流れているのは事実だ。同じ獣人のやった事の、せめても
の罪滅ぼしがしたかった。

 アストリアの惨状は、変わりなかった。死の腐った匂いがひどくなっていた。
 あの女の子の体も、腐りかけていた。
 死ぬとは、こういう事なんだ。
 わかっていたけど、こうやって目の前に突き付けられると何とも言えなくて。食べるた
めに殺すのとは全然違っていて。
 ケヴィンは落ちてきた涙をぬぐって、墓を掘り始めた。



 穴を掘り、死体を埋め、小枝や家屋の一部を差して墓を作る。
 その作業をどれだけ続けてきただろうか。
 やっと、最後の一人を埋めた。
「ふぅ…」
 ケヴィンは息を吐き出すと、ざっと墓を眺めた。
 これが罪滅ぼしになるのか。それはわからない。陽が傾き、空は黄昏時を迎えていた。
 最近、寝泊まりしている所まで行き、横になる。とにかく、ひとまず分の仕事を終えた
ようで、ホッとしたのも事実だった。
 今は、あまり何も考えたくなくて、ケヴィンは目を閉じた。

 夜中、ふと目が覚めた。なにかの気配がする。モンスターだろうか。ケヴィンはむっく
りと起き上がり、気配のする方向へ歩きだす。
 がさがさっ!
 今度は背後の方で音がした。こちらは間違いない、モンスターの気配だ。死体を食べよ
うと、モンスターがここに来るのは珍しい事ではなくて、それもケヴィンは蹴散らしてい
た。
 あっと言う間にモンスターを片付けて、一息つく。
 相変わらず、すぐにはヒトの姿には戻れない。
 自分の手のひらをながめ、顔をゆっくりと振ると、寝泊まりしていた場所まで帰ろうと
歩きだす。
「……?」
 気配がする。モンスターの気配ではないようだが…。
 かさかさかさかさ…。
 軽い足音がする。ケヴィンはその足音の方へと歩いて行く。
 廃屋の陰をまわったところで、ぶつかった。
 どん!
「ひょえっ!」
「わっ!」
 相手は女の子で、ぶつかってこてんと転がった。
「あ! だ、大丈夫…?」
「もー、だいじょぶじゃ…………」
 言いかけて、女の子は息を飲んだ。
「シャ…シャシャシャ…、シャルロトは…、シャルロトは、た、たたた、食べても、食べ
ても美味しくな、ないでち、よ、よよよ…」
 その場で腰をぬかし、女の子は激しくどもりながら後ずさった。
「…た、食べる? た、食べないよ!」
「じゃ、じゃじゃじゃじゃ、あ、あああ、あんたしゃん、あんたしゃんは、だ、だれ、誰
でちか! お、おおおお、お化けだったら、デュ、デュランしゃんを…よ、呼びまちよ!」
「お、お化けじゃないよ!」
「で、ででもでもでも、そ、そのカッコウは…」
「あ…!」
 そうだった。今は獣人の姿をしているのだ。戦闘を終えてもすぐには戻れないのだ。
 それを思い出して、ケヴィンはまともに落ち込んだ。
「…………?」
 その様子に、女の子もなにか事情があるらしいとわかってきたようだ。
「あ、あんたしゃんは、何者でちか?」
「………オイラ……その、獣人なんだ……」
「獣人! ああ! それで! そっか。じゃ、お化けじゃないんでちね」
「お化けじゃないよ」
 確かに獣人だが、お化けではない。
「じゃ、お名前もあるでちね? お名前は?」
「…オイラ…ケヴィン…」
「そーでちか。と、ともかく、シャルロットを助けおこちてくれないでちか?」
 彼女は未だ腰をぬかしたままなのだ。ケヴィンはすぐに手を差し伸べた。
「ありがとうでち。…でも、随分汚れたお手てでちねぇ。れでえーに手を差し伸べるなら
ば、きれぇな手で差し伸べるもんでちよ」
「そ、そうなのか?」
「そうでちよ。湖でお手て洗うと良いでち」
 こうして、ケヴィンはこのシャルロットという女の子と、湖のほとりまで来た。
 月明かりの下、湖で手を洗っているケヴィンを、シャルロットは近くの草むらで座って
見ていた。
「あんたしゃん、思い出したでちよ。アストリアで会った親切な人でちね」
「…え?」
 一瞬、シャルロットの言ってる事がわからなくて、ケヴィンは首をかしげた。
「ほら、シャルロットが空から落ちてきた時、ここの宿屋に寝かしてくれたでち」
「………ああ!」
 そういえば。この子に見覚えがある。あの後、獣人達に襲われ、命もなかろうと思った
のだが。死体は焼け焦げて判別のつかないものも多かったし。
 それが生きているとは。ケヴィンは急に嬉しくなった。しかも、今は獣人の姿をしてい
るのにわかってくれたとは。
「シャルロットはあれから、大冒険したんでちよ。今でも、大冒険の続きしてんでちけど
ね。そういえば、あんたしゃんは何をしてるんでちか?」
 嬉しそうな顔が一変、暗い表情になる。
「…オイラ…、オイラ…獣人…。ここ、メチャクチャにしたのも獣人…。オイラ…それが、
許せなくて…。死んだ人、あっちこっちにいた。その人たち、埋めてた…」
「! ……じゃあ、あのお墓はあんたしゃんが……」
 静かにうなずくケヴィン。
「…オイラ…獣人だけど…半分は人間なんだ…。でも、やっぱり半分は獣人で……。オイ
ラ、獣人なのがイヤになる…。さっきだって、人間なら、おまえ、驚かなかった…」
「…………あ……うー…。ご、ごめんでち…」
 あんなに驚いた事が、そんなに傷つけていたとは気づかずに、シャルロットは急に自分
が恥ずかしくなった。
「……いいよ…。しょうがないから…。一度や二度じゃないし…」
「…………………」
「…オイラ…。カールってトモダチがいたんだ…。大事で…大切なトモダチが……。でも
……オイラ…この…獣人の血のせいで………カールを……」
「ケヴィンしゃん…」
 ぽたっ、ぽたっと涙が落ちる。
「大事で、大切で…、守ってやるって…言ったのに…オイラ………」
「………………」
 鼻をすすり、涙をぬぐった。
「…カールの命戻るには、光の司祭に聞けって言われて、オイラ、会いに行った」
「!」
「…光の司祭は、人間だから、無理だって言われた…でも、マナの女神様ならできるって
…言われた。光の司祭に、フェアリーに取り付かれた男を探せって言われて…」
「ちょっ、それって!」
 シャルロットが一際大きな声を出した時だった。
「シャルロット!?」
 出し抜けに、声が聞こえた。
 振り向くと、ケヴィンより少し年上の、がっちりした若者が歩いてくる。
「あい!? あ、ああ…。デュランしゃんでちか…。ちょーどいいでち。デュランしゃん、
このケヴィンしゃんも仲間にいれてあげてくだしゃい!」
「ん?」
 いきなりのシャルロットの言葉に、若者はいぶかしそうに眉をしかめた。
「オ、オイラ、ケヴィン…。そ、その…」
「狼男…。って事は、おまえ獣人なのか!?」
 デュランが獣人に良いイメージをもってない事を知っているシャルロットは、慌てて口
をはさんだ。
「獣人でも、悪い獣人しゃんじゃないでちよ!」
「………どうしたんだよ?」
 デュランはシャルロットを見てから、ケヴィンに視線を移した。どうやら、話を聞いて
くれそうである。
「なんか、理由でもあんのか?」
「…オイラのカール。大切な、トモダチ、カール…」
「あのさー、言ってる事、よくわかんねーんだけど…」
 デュランは泣き出したケヴィンに困った声を出した。
 そこで、シャルロットとケヴィンは二人でケヴィンがフェアリーに取り付かれた男を探
している事を説明した。
「……マナの女神様なら生き返らせてくれるかもって言うから、フェアリーに取り付かれ
たヤツ、探してた…」
「それって…」
「デュランしゃんの事でちよね! フェアリーしゃん! 出て来てくだしゃい!」
 シャルロットがそう呼びかけると、デュランの頭のあたりから、ふわりと光り輝く女の
子が現れた。
 さすがのケヴィンも目を丸くして驚いた。
「こ、これが、フェアリー…?」
「…そうよ」
 フェアリーは小さく頷いた。
「お、お願い! オイラの大事なトモダチのカール! 生き返らせて! お願い!」
 泣きそうな顔で、ケヴィンはフェアリーに懇願した。
「…マナの女神様なら、きっと生き返らせて下さると思うわ…」
 話を聞いていたらしく、フェアリーはゆっくり頷いた。
「ほんと!? オイラ、何でもやるから、お願い! 仲間にいれて!」
「……デュランしゃん! シャルロットからもお願いするでち」
 ケヴィンが懇願すると、シャルロットまでもが一緒に懇願してくれた。
 そんな二人を見て、デュランは小さくため息をついた。
「……まぁ、俺はいいぜ。ただ、ホークアイ…いやアンジェラがなんつうか…」
「オイラ絶対役に立つから!」
 ここでチャンスを逃したらもう二度とないだろう。そう思って、ケヴィンは手を合わせ
てデュランを見つめた。
「わかった、わかった! いいよ。一緒に行こう」
 苦笑して、デュランがそう答えてくれた。ケヴィンはこれ程嬉しかった事はないくらい
に嬉しかった。何度も何度もお礼を言った。
 シャルロットからも、デュランからも嫌な雰囲気や感じがしなくて。それが、ケヴィン
はますます気に入った。

 少し壊れた廃墟に、彼らは勝手に寝ているようだった。
 そこには、男と女がいて、ぐっすり眠っている。彼らの他の仲間だろう。
 デュランにそのへんで寝ろと言われて、横になる。シャルロットも寝たようだ。
 なんだかドキドキした。
 ここで寝ている男と女がどんな人間なのかはわからない。けれど、少なくともデュラン
とシャルロットは、自分を仲間に入れてくれただけでも、嫌な人じゃない。
 そんな彼らと冒険する事になるのだ。
 人間と一緒に、冒険するなんて初めてだ。
 マナの女神様に会えば、カールの命だって戻るんだ。
 胸のドキドキがおさまらない。
 心地よい興奮に目を閉じて、ケヴィンはゆっくり深呼吸した。
 夢の中では、しっぽを振ったカールに会えそうな気がした。

 ケヴィンが忘れられない仲間と忘れられない冒険をするのは、この次の日からの事。

                                                                 END