「なによバカ!」
「なんだと!」
  いつものように、いつものケンカ。毎度毎度の事なので、パーティの面々はたいして表情も変え
ず歩いていた。
「…それにしてもまぁ、よくも飽きもせずにやってられるもんだ…」
  呆れた表情で、ホークアイはチラリと後ろを振り返る。
「もう日課になってまちね!」
  シャルロットはそう言って、肩をすくめた。
「ブスとはなによ!」
  パアンッ!
  とうとう手が出たようだ。アンジェラがデュランをひっぱたいたらしく、派手な音がする。
「…あの、そろそろ止めなくて大丈夫でしょうか…?」
  エスカレートしているケンカに、リースが戸惑って彼らを振り返る。
「もう終わってるよ」
  ホークアイの言うとおりで、アンジェラがムスッたれた顔をして、大股でこっちにやって来た。
「信っじらんない!  この私に向かってブスだなんて!」
「美貌には自信があるようで」
「当たり前でしょうがっ!」
  ホークアイの言葉に、怒り顔でアンジェラが怒鳴る。はたして、その怒り狂った顔で“美貌”が
当然とはよく言うものだと思って、ホークアイは空を見上げた。
  デュランは一応あんなんでもフェミニストの部類に入る。であるからにして、女はまず殴らない。
口ゲンカで、アンジェラに勝てるワケがなく、彼女を殴れない彼は連戦連敗である。
  彼もまたムスったれた顔でこっちに歩いて来ている。
  彼らの良い所と言ったら、ケンカを長く引きずらない所であろうか。


「ボロっちぃ橋でちねー」
  ケヴィンにおぶってもらいながら、シャルロットは今、渡っている吊り橋を見下ろす。
  川からそんなたいした高さのある吊り橋ではないのだが、やはり橋はあるだけ便利である。
「でも、けっこう楽しかったでちね」
「気楽なもんね!  こっちは怖々渡ったってのに…」
  この吊り橋、相当ガタがきているし、おまけに腐りかけてもいるようだった。今にも落ちそうで、
とても怖い。シャルロットはケヴィンにかついでもらって何の苦労もしていないのだが、アンジェ
ラはというと、相当時間くって、やっと渡ったのだ。
  今、リースが渡り終わった後だ。最後にデュランが注意して橋を渡っている。
「アンジェラしゃん渡るのトロすぎでち。めっちゃちんたらしてたでち」
「うるさいわね!  あんたに言われたくないわよ!」
「おいおい、いいかげんにしろよ」
  ケンカが始まりそうになったので、ホークアイがうんざりして止めにはいった。アンジェラはま
だ言い足りないようで、ムスッとした顔で押し黙った。
「んもうっ!  なによ、こんな橋!」
  パンッ!
  かんしゃくを起こし、アンジェラは目の前の吊り橋の柱の部分を蹴った。思ったよりずいぶん軽
い感触がした。
  ミシッミシミシミシッ
「え?」
  柱に亀裂が走り、橋ごとがらぁっと崩れ落ちた。
  ちょうど、橋の中央を渡っていたデュランが「わーっ!?」と、悲鳴をあげて、川にボチャンと落
っこちた。
「あ」
「落ちた」
「落ちたでち」
「この高さで死ぬとは思えんが…」
「ちょっと!?  デュランって甲冑着けてるんですよ!?」
  リースの言葉に、思わず全員が言葉を失った。
「大変だぁ!」
  みんなは慌てて下の方に降りて行った。


「どうでちか!?」
「わからん!  こうも流れが速くちゃ…わぷ!」
  川の中央、デュランが落ちた辺りで、ホークアイとケヴィンがデュランを探していた。
「どうしたんですか!?」
「こ、ここ深いぞ!」
「ダメだ!  デュラン!  見つからない!」
  潜っていたケヴィンがやや流された場所で、顔を出した。
「ど、どうしよう…」
  真っ青な顔で、アンジェラはガタガタ震えだした。
「あきらめるのはまだ早いです!  川下の方に行ってみましょう!」
  震えるアンジェラの肩に手をおいて、リースはホークアイ達にそう言った。
「そうだな!  ケヴィン、少し流されて行こう!」
「おう!」
  二人は、川下を目指して、ゆっくり流されて歩く事にした。
「デュラン…大丈夫かな!?」
「…わからん…。だが、この川の冷たさはヤバイな…」
  すでに、ホークアイの唇も青紫に変わっている。このまま川につかり続けているのは、自分たち
もヤバかった。
「ホークアイ!  ケヴィン!  あがってください!  私が入ります!」
  リースの方も、川の冷たさに危機を感じ、自分も川にはいる用意をして、ジャバジャバと入って
来た。
「オイラはまだ大丈夫だ!」
  叫んで、ケヴィンはまたちょっと川を潜る。
「オ、オレも…」
「無茶言わないで!  唇が真っ青じゃないですか!」
  しかられて、仕方なくホークアイは陸にあがった。
「大丈夫でちか!?」
  シャルロットがタオルを持って出迎えた。そのタオルを頭からかぶってそこの岩に腰掛けたホー
クアイ。だが、すぐに立ち上がった。
「ジッとしてられない。俺、もうちょっと下ってみる!」
  そう言ってホークアイは川下に向かって駆け出した。
「ホークアイしゃん!」
  シャルロットの声を背中で聞きながら、ホークアイはごつごつした大岩を越えた。その大岩を越
えると、川が急にカーブしており、そこの川べりでデュランがうつ伏せになって、ぐったりしてい
るのを見つけた。どうやら、自力で泳いであそこまで行ったらしい。
「デュラン!  おい!  デュランがいたぞ!」
  振り返って、大声で怒鳴ると、ホークアイは急いで彼の元へと駆けつける。
「おい、デュラン、デュラン!  しっかりしろ」
  大急ぎで、彼が身につけている鎧兜をはがす。
  デュランの頬をペチペチ叩いているが、意識は戻らない。今度は、彼の口元に頬を近づけてみる。
息が感じられない。
「呼吸していない!?  水を飲んでるのか!?」
  ホークアイは慌ててデュランの腹を思い切り押した。
「ぐっ、げぼほっ!」
  すぐに、水を吐き出して、デュランは激しくむせた。
  どうやら、息を吹き返してようで、ホークアイはホッと胸をなでおろした。
「デュラン!  デュラーン!」
  アンジェラとシャルロットがこちらに駆けてくる。そのうち、ケヴィンとリースも来るだろう。
「どうなの!?」
「何とか、大丈夫みたいだぜ…」
  未だむせているデュランを目でさして、ホークアイはそこに腰を下ろした。
「よ、よかったでち〜」
  シャルロットも胸をなでおろし、アンジェラはその場にヘナヘナと崩れ落ちた。
「デュランが見つかったんですか!?」
「デュラン、どうしたーっ!?」
  濡れたままで、リースとケヴィンも駆けつけた。
「容体はどうです!?」
「大丈夫、大丈夫だよ…。な?  デュラン」
「…も、もう二度と…ヨロイつけて泳がねぇぞ……」
  息も荒く、真っ青な顔でデュランが起き上がれずにそう言った。
「……良かった…。無事みたいですね…」
「良かったぁ!」
「アンジェラ、火をつけてくれ。とにかく、体をかわかさないと風邪ひいちまうよ」
「え?  あ、うん…」
  と言うわけで、ここでしばらくたき火をする事になった。
「くっそー!  俺の着替え全部濡れちまってるじゃねーか!」
  自分の荷物ごと川に落ちたのである。当然だ。仕方がないので、ケヴィンの上着を借りて、羽織
っていた。
「髪ふけよ。冗談ぬきで風邪ひくぞ」
「ああ…」
  言われて、デュランはタオルでごしごしと頭を拭いていた。
「でも、何事もなくて良かったですよ」
  髪の毛を拭きながら、リースが言う。彼女もすでに着替えをすませていた。
「それにしても…なんだっていきなり橋が落ちたんだよ?」
  自分の足元ばかり見ていたデュランは、アンジェラがかんしゃくを起こして橋を蹴った事を知ら
ないのだ。
「アンジェラしゃんが橋を蹴ったらああなったんでち」
「なによ!  シャルロットが頭にくる事言うから!」
「……なんだよ、おめぇが原因かよ…」
  言葉にトゲがあるデュランの言葉に、アンジェラがカチンときた。
「なっ、なによ、その言い草!」
「そのかんしゃく起こすクセひっこめろよな。こっちゃ死にかけたんだぞ」
  デュランがイヤミの一つや二つ言いたくなるのもわかるのだが、アンジェラにはどうしても聞き
捨てならなかった。
「うっ、うるさいわねっ!」
  ボウンッ!
  軽く、本当に軽くアンジェラが魔法をぶっ放した。火の玉を出す魔法だ。
「うわちゃっ!」
  それを真面にくらい、デュランは跳ね上がった。
「な、なにすんだよ!?」
「キャーデュラン!  上着に火がついてます!」
「へ?  どぅわあっっっ!」
  慌てて上着をばさばさとはたくが、消える気配がない。
「あちあちちっ!」
「川だ!  川に入れ!」
  このままでは火傷は必須。ホークアイの言うとおりに、急いで川へと飛び込む。
  ジャボン!
  そして、川から顔を出したデュランはものすごく不機嫌そうな顔をしていた。


「ハックション!  ……あーっ、さみぃ!」
  ぶるるっと肩を震わせて、腕をさする。デュランはさっきからクシャミばかりで、顔もなんだか
赤い。
「近くの村まで我慢してください。そんなに距離ありませんから」
  今は黄昏時。もうすぐで夜になってしまう。どうやらデュランは風邪を引いたようなので、あの
ままあの場所にいるのはよろしくないと考え、近くの村まで大急ぎで向かっているのである。
「ホラ!  ホラデュラン!  村だぞー!」
  先頭のケヴィンが嬉しそうに遠くに見える村の入り口を指さした。
「…た、助かった…ックション!  はー…、あっついスープでも飲みてぇな…」
「急ぎましょう。私、先に行って宿を取ってきますね」
  リースは小走りに村の中に入って行く。
「急ごう、デュラン」
「お、おい」
  ケヴィンはデュランの手を取ると、引っ張って走りだした。
「待ってぇー」
  それにシャルロットがちょこまかと続く。みんなが駆けていく光景を見ながら、ホークアイは終
始無言で歩き続けるアンジェラを見た。
「…なぁ、アンジェラよぉ」
「…………………」
  名前を呼ばれても、アンジェラは何も答えない。ずっと足元を見ていた。
「おまえ、本当にアイツの事が好きなワケ?」
「なっ!  だれがデュランの事なんか…!」
  いきなりヘンな事を言われて、アンジェラは真っ赤になって、食ってかかった。
「……俺は別に、誰って特定して言ったワケじゃないんだけどな…」
「…………!」
  頭をかきながら言われ、アンジェラは耳まで赤くして、ホークアイをにらみつけた。
「まぁ、なんだ。それはそれで別にかまわんがよ。アイツの事を本当に想ってるのか?  あんな状
態になってるデュランに魔法使うなんて何考えてるんだ?」
「…そ、それは、その…」
  何も言い返す事ができず、アンジェラは口ごもってしまう。
「口ゲンカ、痴話ゲンカもけっこうけっこう。だがな、時と場合を考えてくれ」
「………………………」
「…行くぞ…」
  少し振り返ってそう言うと、ホークアイは村に向かって歩きだした。
  アンジェラは、うつむいて、しばらくその場に立ち尽くしていた。今にも泣きそうな顔で。

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