ヒュウウウィゥウウウ…。
  ローラント王国にはいつも風が吹いている。
  窓から外の様子を眺め、リースはため息をついた。なかなか軌道に乗らない施政に加え、
最近弟のエリオットの具合が良くない。心労がたまっているのだ。
「はぁ…」
  またため息をついて、リースはそろそろ寝間着を着ようと窓から離れた時だった。
  コンコン。
「…?」
  風が窓を叩く音にしては変である。不思議に思って窓を覗くと、見知った顔が手を振っ
てそこに立っていた。
「ホークアイ!?」
  リースは驚いて窓を開ける。
「よ。久しぶり」
「どうしたんですか!?」
  久しぶりの再会の喜びに、リースは笑顔で彼を出迎えた。
「いやー、夜になるとここらは寒いんだなー」
  小さくブルッと肩を震わせて、のっそりとリースの部屋に入って来る。この寒い中どう
して窓からやって来たりするのか。ともかく、とても寒そうなので、リースは何か暖かい
ものをと考えた。
「今、お茶を入れますね」
  暖炉に駆け寄り、リースはやかんを取る。そして茶こしを通してポットの中にお湯を入
れ、蓋をする。
「ちょっと待って下さいね。すぐに用意しますから」
  パタパタと走り、砂糖とティーカップを用意する。さすがに時間が時間なので、茶菓子
を出すまでにはしなかった。
  ポットを軽くゆすり、そして蓋をおさえてカップに紅茶を注ぐ。
「はい、どうぞ」
  湯気が立ち上がるカップと、スプーンをソーサーに乗せ、ホークアイに差し出す。
「お、すまねぇな…」
  ホークアイは早速そこのテーブルセットに腰掛けて熱いお茶をすすった。
「ふはー…。あったまるなぁ…」
  無邪気な彼の笑顔に釣られて、リースの方も笑顔になった。久々に、ほんの少しだけゆ
ったりした空気が流れる。
  つらかったけど、それでも楽しかった過去の日々を思い出す。
「ふぅ…。サンキュ」
  お茶を飲み干し、ホークアイは一息ついた。
「…驚きましたよ。どうしたんですか?  いきなり」
「ああ…」
  穏やかな表情が一変して、ホークアイの顔付きがやや深刻なものと変わる。
「……?」
  リースはわずかに首をかしげて彼を見た。彼の性格はよく知っているが、こんなにも深
刻そうな顔をするのは珍しい事なのだ。
「いやな…。リース、おまえさん、ヘベレッソ・テイタラクって商人を知ってるか?」
「ヘベレッソさんですか?  ええ。知ってますけど…。彼がどうか…?」
「…気をつけろ。なに目論んでるかわかんない男だぞ」
「ちょ、ちょっと、どういう事ですか、ホークアイ。彼はそんな悪い方じゃありませんよ。
今だって、苦しいローラントのために寄付だってして下さるんですよ」
  ヘベレッソを親切な人だと認識しているリースは、彼を悪い感じに言われて、幾分か気
を悪くする。
「だぁから、その寄付っちゅーのに気をつけろってんだ。アイツが、見返りなしで寄付な
んかするもんか。おまえ、アイツの噂知ってるのか?」
「そりゃあ、お金をあれだけ稼いだ人ですから。まるでキレイな事ばかりしてるワケじゃ
ないって言う事でしょう?  あの方は、確かあの方のお母様がローラント出身の方なんで
す。そういう縁もあって、そして、今のローラントの状況を見かねて寄付して下さってい
るのに…」
「あのなぁ…。アイツがそんな善人なもんか。特に、商人であれだけ稼ぐんならなおさら
だぜ。あそこまで稼ぐような男が、善人なら、拝んでやるくらいさ」
「ホークアイ!  ヘベレッソさんを悪く言うのはやめて下さい。あの人は病気のエリオッ
トに良い医者だって紹介して下さってるのよ!」
「…!  エリオット、病気なのか?」
  ホークアイは驚いてリースを見た。
「…ええ…。あんまり具合が良くないの…。でも、あの人が紹介してもらったお医者さま
に診てもらってから、気分が良くなったって、言ってるのよ!」
「………おい、そのエリオットの病気もヘベレッソのヤツが後ろで糸を引いてるのかもし
んないんだぜ!?」
「ホークアイ!  いい加減にして!」
  キッとホークアイをにらみつけ、リースはバンっと机を両手で叩いて椅子から立ち上が
る。
「なっ、いい加減にって…、俺はだなぁ、アイツがおまえを…」
「もういい!  聞きたくないわ!  帰って!」
「聞きたくないわじゃなくって!  聞いてもらわないと困るんだってば!」
  ホークアイは慌てて、リースをなだめようと彼女の肩に手を置くが、パンッとはねのけ
られてしまった。
「…もういい…!  何も聞きたくないわ!  何にも聞きたくない!」
  リースは興奮して手でギュッと耳を覆う。
「ど、どうしたってんだよ、リース!?」
  リースの様子に驚いてホークアイは何とかなだめようとするが、どうにも逆効果だ。
「リース様!  どうされました!?」
  しまいにはアマゾネス達にも気づかれてしまい、ホークアイは舌打ちするとやって来た
窓へと駆け出した。
「いいか、リース!  とにかく、あの男に気をつけろ!  あいつはおまえを…」
「キサマ!  リース様の寝所に忍び込むとは不届き者め!」
  アマゾネスが手に手に槍を持ち、中には弓矢までも構えてる者がいた。
「だから、おまえをって、うわああ!?」
  アマゾネスが放った弓矢がホークアイの横をかすり、彼は落ちるように窓から姿を消し
た。
「リース様、大丈夫ですか?」
  アマゾネスがリースを取り囲み、彼女の様子をみる。リースは座り込み、ギュッと目を
つぶって耳をふさいでいた。
「リース様、リース様!  ご加減がすぐれないのですか?」
  アマゾネス達は心配してリースをかがみこんで見る。
「…………………………ごめんなさい……、もう大丈夫よ…」
  ほんのしばらくしてから、リースは深く息を吐き出してそう言った。
「そうですか…?  リース様は最近とくにお疲れの様子。今日はもうお休みになって下さ
い。城の警備は我らにお任せして。さあ…」
「……ええ…」
  アマゾネスにささえられるようにゆっくり立ち上がり、寝る準備を始める。
「…それにしても、さっきのくせ者は一体…?」
「………………」
  何か知っているであろうリースは複雑な顔をするだけで、何も言おうとはしなかった。
  アマゾネスはそんなリースを見て、気づかれないように小さくため息をつくと、警備の
強化を言い渡し、自分も任務につく事にした。
「それでは、リース様。どうぞ、ごゆるりとお休みなさいませ」
「ええ…」
  疲れたように返事して、リースはまた深いため息をついた。
  軌道に乗らない政治。良くならない弟の病気。その他諸々うまくいかない事に対しての
周囲へと、自分自身への苛立ち。責任感が強いだけに、背負わなくても良い分までしょい
込んでしまう。リースは、今、精神的にも身体的にもひどく疲れていた。
  さっき、取り乱してしまった自分に自己嫌悪。せっかく会いに来てくれたホークアイに
対して邪険に対応してしまった自分にもイヤになった。そして、最近どうにか光明を見い
だしているヘベレッソへのホークアイの悪口にも嫌気がさした。
  リースはまた深いため息をついて寝返りをうった。
  今夜もよく眠れそうになかった。


「テイタラク氏、ローラント国に寄付金、10億ルク、か…」
  ひどく面白くなさそうな顔で、ホークアイは新聞を読む。三面記事の下の方、かなり小
さな記事である。これではあまりみんな気を止めないだろう。どこかの善人の微笑ましい
記事くらいにしか受け取れない。
  あれからリースに会えずじまいで、やきもきしつつの日々が続いている。
「派手にやってるよな…。それでもう総額50か、60億ルクにはなってるし…」
  水気のないサラダをパクつきながら、彼の仲間も面白くなさそうに言う。
「アニキ、ローラントのリースさんへ、忠告してきたんでしょ?」
  猫人間(?)で、ホークアイの弟分でもあるニキータが、彼の隣でスパゲティを吸い込
んで、言う。
「………………」
  言われて、ホークアイは不機嫌そうな顔になった。
「…まぁ、忠告したよーな、忠告になってないよーな…」
  眉間にシワ寄せて、食べ途中のピラフをすくって口に入れる。
「……?」
「あれで、気をつけてくれたら良いんだけど…。まだ寄付金受け取ってるトコ見るとなぁ
…」
「うまくいかにゃかったんにゃ…?」
  心配そうな顔でホークアイの顔を見上げるニキータ。
「一応、気をつけろとは言った。だが、聞き届けてくれてるかどうかはなー…。なんか、
リースの様子もちょっとおかしかったし…」
  あの時のリースは、明らかに普段のリースではなかったように思える。なにか、ひどく
疲れているようなのは見受けられたが…。
「けどよ、この寄付金額、そろそろ、行動に乗り出すかもしんないぜ?」
  仲間は心配そうに新聞を横目で見ながら言った。
「ああ…」
「元はと言えば、俺たちにも責任あるからなぁ…。あの可愛いお姫さんがあんなヒヒオヤ
ジの嫁っていうのは、ちょっと…あまりにも…」
  仲間も弱ったように腕を組んでため息をついた。
「絶対阻止しなきゃな…」
  ホークアイは新聞を折り畳み、机の上にぽんとほうり出す。
「ところで、ホークアイ。おまえ、見取り図の方はどうだ?」
「…ああ。大かたできた。ただ、どっから忍び込むとかってーのがまだどーにもなぁ」
「おいおい、それが一番重要なんじゃないかよ」
「わーかってるってば。とにかく、あともうちょっとなんだ。気長に、とまでは言わない
が、そうせかさないでくれよ」
  言って、ホークアイは食事を片付けることに専念しはじめた。
  ホークアイが皿のピラフをきれいにたいらげて、水を飲み干した時、食堂の扉が勢いよ
く開いた。
「おい!  とうとうあのヒヒオヤジ、リース王女に求婚しやがったぜ!」
「なっ…」
「なんだってぇ!?」


「はい?」
  リースは一瞬、ボウッとしていて、ヘベレッソの言葉を聞き逃した。
「あ、ごめんなさい。最近、ちょっと疲れ気味で…。すみませんが、もう一度」
  寄付総額約65億ルクに達したその日。寄付金を渡したその場。正確に言うと、正式な
会談が終わり、雑談モードに移行してしばらくのことだった。みんなはそれぞれ自分の仕
事に忙しく、テーブルをはさんでリースとヘベレッソが談笑している。
「ええ。その、私のワガママを聞いて下さらないでしょうか…」
「あ、ええ、はいはい、何でしょうか。私にできることならば、何なりと…」
  リースは好意的に微笑んで、ヘベレッソを見た。彼の笑みの奥底に潜む欲望に気づかず
に。
「あのですね、私、母が語るローラントにまたもう一度ぜひ、この目で見たいのですよ。
母が語る、ローラント城からの下界の眺めはまた格別だとか」
「ええ。喜んでお招きいたしますよ」
「ええ、それでですね、…とんでもないワガママとお思いになるでしょうが…」
「いいえ、とんでもないです。ヘベレッソさんには、とてもよくして下さいましたし、あ
なたのワガママを聞くのは私の役目です」
「…本当にあなたはお優しい。私はあなたのそんな部分が好きなのです」
「…はい……?」
  相槌をうってから、リースはふっと、ヘベレッソの言葉に違和感を覚える。
「今日、言わせていただきます。ぜひ、この私と結婚して下さいませんでしょうか?」
「……………………は?」
  リースは我が耳を疑った。
「戸惑うのも、無理を承知でのお願いです。このヘベレッソ、心底あなたに惚れました。
どうかこの私めのわがままを、聞いてやって下さい」
「え?  えと、あの…、ヘベレッソ…さん?」
「はい」
「あ、あの、その、えー、えと、ヘベレッソさん、あの、所帯をお持ちでは、なかったん
ですか…?」
  見かけの年齢から、てっきり妻子持ちだと思い込んでいたリース。
「いいえ。金を稼ぐことでやっきになり、大事な青春時代を味わわずに過ごしてしまいま
した…。あくせく働いて、気が付いてみるとこの年齢。恥ずかしながら、このトシでまだ
独身なんですよ…」
  はははと力無く笑って見せるヘベレッソ。
  リースはあまりの展開にどう対応して良いかわからない。周りを見渡すも自分たち以外
は誰もが忙しく動き回っている。
「あ、うー…、えと、その、ヘベレッソさんには、私なんかよりもっと相応しい女性がい
るじゃないですか。私なんか、まだ若輩ものですし…」
「いいえ。あなたは素晴らしい女性です。だてに歳さえ重ねていれば良いというものでは
ありませんよ」
「あの、そのー、でも、私、まだ、結婚は…考えておりませんし…、弟のエリオットもま
だ幼いですし、その…」
  言い訳になっているようななっていないような言い訳を、しどろもどろに言う。リース
はかなり気が動転していた。
「そうそう。そのエリオット君の病気に良いって言う薬を見つけたんですよ。まだ手に入
れてませんが、手に入れたらぜひ献上にあがりますね」
「…………………」
  エリオットの薬の事を言われ、リースは黙り込んでしまう。ここまで世話になっている
人物相手に断る事ができるのか。もし、断ったら薬を持ってきてもらえないのではないか。
リースは激しく動揺した。
「私が紹介した医者ではまだ力不足でしょうか?  また探しますね。とにかく、名医を全
力をあげて探させてもらいますよ!  何と言っても、大事なリース様の弟君ですからな」
「…………………」
「………リース様。このヘベレッソ、あなたさまのためなら何でもいたします。あなたさ
まをお悩ませになる財政難もお救いいたします!  いや、人は金のためと言うやもしれま
せん。言わせたい奴に言わせておけば良いのです。確かに、私は金を集めるしか脳のない
人間かもしれません。けれど、それが特技なら、その特技をいかして是非ともあなたさま
をお救いしたいのです。いえ、救うなんてそんな言葉は使えませんな。ほんの微力ながら
のご助力になれば。そう思っているのです。あなたさまを陰ながらささえていきたいので
す。ぜひ、この私の伴侶となってくださいまし!  このとおりでございます!」
  いきなり、ヘベレッソは椅子から降りて、リースに向かって土下座した。
  この突然のヘベレッソの土下座に周囲は度肝を抜いてやっていた仕事の手を止め、何事
かと目を見張った。
「あ、あ、あの、ヘ、ヘベレッソさん、あの、お願いですから、顔を上げて下さい!」
  リースは慌ててヘベレッソの駆け寄り、顔をあげさせようとするが、ヘベレッソは頑と
して、上げてくれそうにない。確かに力づくであげさせることはリースにとって可能だが、
そういう事はしたくなかった。
「お願いでございます!  どうか!  どうか!」
  床に頭をこすりつけ、ヘベレッソは土下座を繰り返す。
「あ、あの、みんなが見ていますよ!」
「お願いしますっ!」
  リースはほとほと困り果てた。ここまで恩のある人物だから彼の願いにはできるだけ応
えたいと思うが、いくらなんでも、結婚は考えられない。ハッキリ言うと結婚対象しては
まるっきり眼中にないような人物なのだ。リースにとっては、人の良いおじさんくらいの
認識の人である。
  容姿にうるさく注文つける気はないが、ここまで容姿が良くないのは本能的に御免こう
むりたいのも事実。
  しかし、大恩あるには変わりない……。
  エリオットの薬がもらえなかったら……。
  寄付金を返せと言われたら……。
  私が我慢すれば、みんな救われるのか……。
  ローラントの財政難がそれで立ち直るのか……。
  ワタシがガマンすれば、みんなが……………。
「……わかり……ました………」
「……え…?」
「ヘベレッソさん、喜んでその話、お受けいたします……」
  そういうリースの顔は、幾分か青ざめて、引きつっていた。


「なんだとぉう!?」
「リース王女、ヤツの求婚を受諾しちまったって……、本当なのかよ!?」
  情報を持って来た仲間に対し、食堂にいたほぼ全員が興奮して詰め寄った。
「ほ、本当なんだってば!  間違いねぇよ、きっと明日の新聞に出るってば!」
「………………………」
  みんな口をあんぐりして、その男を見た。
「フ、フレイムカーン様はそれをご存じなのか?」
「ああ。それで、ホークアイ、おまえに話があるって…」
「……俺…?」
  ホークアイはほうけたように自分を指さした。


「……忠告がうまくいかなかったようだな……」
  重いため息と一緒に、フレイムカーンが言う。
「…申し訳ありません…」
  ホークアイとしては、謝ること以外できない。
「…ホークアイ、おまえ、忠告しに行った時、リース王女の様子はどうだった?」
「…はい、あの、なんだかひどく疲れていたようです。落ち着いてもいませんでした。以
前の彼女とは、ちょっと…様子が違っていて……」
「ふむ…。で?  彼女の周りで彼女を疲れさせるものは?」
「…ええ、色々あるのですが、まず、ローラントの財政難が一番と思われます」
「…そうか……」
  さすがにフレイムカーンもため息をつく。
「あと…」
「あと?」
「あと、彼女の弟、エリオット王子が病気にかかっているのもあるようです」
「弟王子が、病気に…?」
「ええ。もしかすると、それもヘベレッソが糸を引いているかもしれません。医者は彼の
紹介だそうです…」
「バカモン!  なんでそんな大事な事をさっさと言わんのだ!?  おい、イワノフを呼べ!
  エリオット王子の容体を調べるんだ!」
  実のところ、リースとの事はあまり言いたくなくて、ごまかしていたのだが、さすがに
ここまで来るとごまかすわけにもいかなくなった。
「…ふぅ…。おまえがそんな………」
  フレイムカーンはここで言いよどみ、そしてため息を小さくついて首を振った。
「…まぁ、いい。とにかく、おまえは見取り図を完成させろ。計画を幾分か見直す事にな
るな…」
「………申し訳ありません…」
「もういい。おまえは自分の仕事をしろ。決行日当日は、やっぱりおまえが主力になるか
らな。心してくれよ」
「……はい…」
  ホークアイは一礼すると、この部屋を後にした。そんな彼の表情は、ひどく暗いものだ
った。


  リースはきれいな、淡いブルーのワンピースに身をつつんでいた。それを着せる侍女や、
近くにいるアマゾネスの顔付きは悲壮なものであった。
「リース様…。今ならまだ考え直せますよ…?」
  髪の毛をくしけずりながら、アマゾネスが悲しそうに話しかける。
「……ライザ…。私がお嫁に行けば、ローラントの財政難は何とかなるわ。エリオットも
よくなるでしょう」
「そうかもしれませんが…。リース様の一生の事なんですよ?  国民も悲しみます…」
「でも、財政難で税金をあげるよりも悲しまないと思うの。今は大変な時期。国民も頑張
っている。王女である私が何もしないわけにはいかないわ」
「リース様は十分頑張っていらっしゃいます!  それは私たちは重々承知しております
よ!  …その、言ってはナンですが、あんな歳の離れた男と結婚する事はなくても!  い
くらリース様のお子様をみなで楽しみにしてるにしても、いくらなんでも、あの男は…!」
「…人間、外見ばかりでないものよ」
「それはわかってはおりますが!  あれは、いくらなんでも、ひどすぎますぞ!」
  ライザもかなりヒドイ事を言っている。もっとも、これは何もライザだけの意見ではな
いが。
「……………………」
  リースはそれ以上応えようとせず、寂しそうな笑顔でライザに諭すように微笑みかける
のである。それが、ライザにとっては余計に悲しかった。
  着飾ったリースは馬車へと乗り込む。お付きのアマゾネスも一緒に乗り込むと、御者は
馬にムチくれて、走りだした。
  流れ行く景色を眺めながら、リースはぼんやりホークアイの事を考える。
  もしかすると、あの男はこのことをリースに注意したかったのかもしれない。あのとき
は、精神的にイライラして、ろくろく話も聞かずに追い出してしまった事を悔やむばかり
だ。ヘベレッソよりも、信頼できる男だというのはわかっていたはずなのに…。
「リース様……」
「…?  なぁに、ライザ」
「リース様には、いざという時にはお得意の槍術がございますからね。もし、もし嫌にな
ったのならいつでもローラントに是非お戻りください。人が何と言おうと、気に病む事は
ありませんからね。中傷や追っ手からも、このライザ、いえ、アマゾネス全員がリース様
をお守りいたします。一生、お守りいたしますゆえ!」
「…………ありがとう……ライザ…」
  暗かったリースの表情が、少し穏やかになって微笑んだ。

                                      続く