街の一角。大きな屋敷と広大な庭のある邸宅がたたずんでいる。成り金趣味と言ってし
まえばそれまでの庭や屋敷。
  ここいら付近で知らぬ者はいないほどの大金持ち、ヘベレッソ・テイタラクの住まう場
所である。
  先代もそこそこの金持ちであったが、ここまで大きくしたのは、確かに彼の才能である
だろう。だが、儲けるためには手段をいとわない方法をよく思わない者はたくさんいた。
「頼みます!  あと1カ月!  あと1カ月待って下せぇ!  病気のかかぁが治れば必ず
お返しいたしますので!」
「うるせぇ!  そんな言い訳が通用すると思ってんのか!?」
  ごつい体格で、品のなさそうな衛兵が、みすぼらしい中年を蹴りつける。中年は力無く
そこに倒れる。そして、そのすぐとなりでは、やはり貧乏そうな中年女が衛兵にすがりつ
いていた。
「お願いです!  それだけはご勘弁ください!  あとで麦でも米でも用意いたしますか
ら!  それだけは!」
「フン!  借金を払えないおまえの旦那が悪いんだぜ?  借金のカタにこの時計を差し
出しますって証文もちゃんとあるんだよっ!」
  何かわからないが、その家の家宝であろうか。衛兵は無慈悲に中年女を蹴りつけ、鼻息
も荒く門の中へと引っ込む。
  このような光景が慣れてしまうほどの有り様であり、当然、付近の評判はかんばしいも
のではなかった。


  外装も成り金趣味なら、内装はさらに成り金趣味である。豪奢であはるが、統一感のな
い家具や調度、装飾品が並べてある。
「ヘベレッソ様。Rの12番、借金が払えないので、この時計を持って来ました」
  先程の衛兵が、先程の時計を持って参上する。
  献上された時計を手に取り、執事が差し出すルーペでこの時計を子細に調べてみる。
「…ふん…。あまり良い品ではないな…。ええと、Rの12番の借金はいくらであったか
…?」
  借金先を番号で整理し、合理化をはかっており、借金者を名前で呼ぶ事は彼にとっては
珍しかった。
  ヘベレッソは30代前半の年頃であるのだが、10は老けて見えた。油の乗った肌で、
恰幅が良いという範囲内ギリギリの体重。むしろ横よりもタテに伸びれば良かったものを
と思う身長。ターバンみたいな帽子で薄くなってしまった頭をかくしていた。
  顔付きと言えば、金歯や宝石の装飾品に、大きなホクロ。有名な女好きでもあり、そろ
そろ性格が顔に滲み出る年頃もあって、見るのに慣れないと、変態だと指さされてもおか
しくはなさそうだ。
  言ってしまうとデブでチビでハゲで、顔付きも醜悪でスケベっぽそうなのである。
  ここまで外面も内面も最悪な男も珍しいのではないか。
  などと思いながら、ホークアイは天井裏から彼の様子を探っていた。
  ここまで悪評高い男を、ナバール盗賊団が放っておくワケがない。数カ月前から、ヘベ
レッソはナバールにマークされていた。
  ただ、このヘベレッソ。自分の財産を守るためには尽力をつくさない男で、屋敷のトラ
ップはそこいらの盗賊では手に負えず、ナバールでもホークアイくらいしか簡単に忍び込
める者がおらず、ほぼヘベレッソ専属のようなカタチになってしまった。
「…Rの12番…、ふむ…、まぁ、これならこやつの借金を見合うな…。よかろう。帳消
しにしてやれ」
「はい…」
  執事は帳簿かなにかに書きつける。
  ホークアイから見て、そのRの12番さんの借金額と、その時計とではどうにも見合わ
ないような気がするのだが…。もちろん、借金額に対して時計の方が上回るという、意味
でだ。
「…ふむ…。それにしてもだ…。…どうも、付近の住民の評判が芳しくないと思うのだが
…、アレック…、どう思う?」
「…はは…。そうでございますね…。旦那様が平民の出で、そこまでお金をお稼ぎになさ
っているのが、面白くないのではないでしょうか…」
  もちろん、ヘベレッソが悪逆非道商人であるからとは言わない。
「むぅ…、アレック、おまえもそう思うか…」
  この執事のアレック。ヘベレッソの気に食わない事は決して言わない。むしろ、彼が思
っていそうなことを機嫌取りに言ってやるのだ。
「やはり、平民出というのが、付近の住民が気に食わないか…。むしろ、王家とでも関係
をもてばわしの環境も変わるかのう…」
「そうでございますな…。王家と親族と言うのは、やはりみなが一目置きますでしょう」
「そうだな…ふっふっふっ…。そうだな…」
  満足そうにつぶやいて、ヘベレッソは高価そうな葉巻を外し、プカリと煙りをはいた。
  天井裏で、一瞬、ひどく不機嫌そうな顔をしたホークアイだが、やがて表情をなくすと
足音もさせずにそこを後にした。


「ホークアイ、ただいま戻りました」
「うむ…」
  姿を現し、かしずくホークアイにフレイムカーンは鷹揚にうなずいた。
「で、どうだ?  ヤツの様子は…」
「は…。あいかわらずためこんでいる様子」
「それで…?  ヤツの財宝の隠し場所はどうか?」
「確実な事は申せませんが、大体の見当がついてまいりました」
「そうか。では、わかるところから見取り図を作ってくれ。で、なにか他には…?」
  言われて、ホークアイは少し考え込む。
「…そうですね、王族と血縁関係になりたいと申していたようですが…」
  それを聞いて、フレイムカーンは呆れた、短いため息を吐き出した。
「まったく…、あれだけやっておいて今度は王族か!  まぁ、いい。ご苦労だったな。と
りあえず今夜はゆっくり休め」
「はい」
  頭を下げると、ホークアイはもう一度、一礼してその場を後にした。


  今夜は休めと言われたものの、忘れないうちにと、ホークアイは早速見取り図を作成し
はじめた。
  ホークアイ以外の者でも簡単に忍び込めるようにするためだ。
  それほど正確なものを書かなければならないわけではないが、どこにどういうトラップ
があるかは記しておいてはならない。
  大まかにヘベレッソの屋敷の図を描きはじめる。
  どれくらい経ったか、ランプの油が消えかかり、暗くなってきたことに気づいて、ホー
クアイは油を取り替える。
  ランプがまた元の明るさを取り戻した時、ホークアイの部屋のドアにノックの音が響い
た。
  コンコン。
「…何だー…?」
  今が何時かわからないが、決して早い時間ではない。
  遠慮がちに扉が開き、少女が顔を出す。
「ジェシカ…!  どうしたんだ、こんな夜更けに?」
  意外な人物に、ホークアイは驚いて椅子から立ち上がった。
「もう寝てるかなって思ったけど…。まだ起きてたのね…。仕事から帰って来たばかりな
のに、自分の部屋にも仕事を持ち込むの…?」
  やや非難の目でホークアイを見る。
「しょうがないだろう。記憶が正確なうちにやっちまいたいからな」
  言って、ホークアイは作成途中の見取り図にチラリと目をやる。
「…仕事…、仕事、仕事!  最近、あなた仕事ばっかりじゃないの!  休むヒマもないじ
ゃない」
「そうでもないぜ?  言った先でリフレッシュしたりしてるよ。その土地でないと食えな
い食い物とか、けっこうあるからな」
「でも!  仕事しに行ってるわけには変わりないわけでしょ!」
「まぁ、そうだけど…」
  別に仕事が苦痛なワケではない。けっこう楽しんでいる部分もある。でなければ、こう
も仕事続きでも平気なわけがない。
「…ホークアイ、最近ちょっと疲れてるんじゃないの?」
「大丈夫だって。行った先で温泉とかにだって行ける事もあるんだぜ?  要は時間の使い
方じゃないか?  ここでだって、仕事先でだって、毎分毎秒仕事して神経切り詰めてるワ
ケじゃないんだ」
  ジェシカはそれを聞いて不機嫌そうな顔付きになる。
「んもう!  少しは自愛なさいよ!  パパもパパだわ。ホークアイに仕事ばっかりさせ
て!」
「おいおい…」
  ここでフレイムカーンの悪口を言う者は、おそらく彼の娘のジェシカくらいだろう。
「…で?  今度、休みはとれるの…?」
「うーん……。ちょっと無理っぽいなー。ホラ、おまえも知ってるだろ?  今、けっこう
大きなヤマだからよ。それが済むまではなー」
「あんなケチでチビでデブでハゲで、悪徳商人の権化みたいなヒヒオヤジ、放っとけば良
いじゃないの!」
「その悪徳商人の権化みたいなヤツだからだろーが…」
  ナバールでは近隣諸国でも有名な義賊団である。悪どく稼いでいる者の懐をねらい、貧
乏人に稼ぎをいくばくか恵んでやる。それが彼らのモットーであり、誇りでもあるのだ。
一時期、混乱によりそれが崩された事もあったが、今ではやっと前の人気を取り戻しつつ
ある。仕事ぶりが以前のようになったのと、緑化作業というのが人気を取り戻した理由で
ある。
「じゃあ、一緒に買い物に行く約束は!?  休みが取れたらって言ったじゃない!」
「あー、すまん。当分無理そうだわ…」
  ホークアイの言葉を聞くと、ジェシカは頬を膨らませギュッとホークアイの足を踏み付
けた。
「イテェ!」
「んもー、知らない!」
  ジェシカはプンプンと怒りながら、戸を閉める音も荒々しく、部屋から出て行った。彼
女の足音の大きさから察するに、かなりご機嫌ななめのようだ。
  ホークアイは苦笑して、小さくため息をついた。


  あれから、見取り図作成にとりくんでいるが、どうにもうまくいかない。ヘベレッソの
屋敷は広大な上、金にものを言わせた警備態勢でどれくらいのトラップがあるか、ホーク
アイでも把握しきっていない。
  そもそも忍び込めるのがホークアイだけでは、このヤマはとてもじゃないが、うまくい
かない。おそらくうなるような財産を持っているのだろうが、彼のような者から財産を奪
うには根こそぎに近い状態でなければならない。それでは、ホークアイ1人で運べるよう
なものではないだろう。
  おそらく、この仕事はナバールでも相当大きな仕事となるだろう。ホークアイはそれの
責任者に近い形で仕事についているのだ。フレイムカーンの信頼に応えるためにも、ジェ
シカには悪いが、是非ともこの仕事を成功させたかったのだ。
  というわけで。見取り図をさらに強化させるために、ホークアイは再度ヘベレッソの屋
敷に忍び込んでいた。
  ホークアイは下働きのあまり身元がハッキリしてなくても良さそうなメイドの1人に
化けると、何食わぬ顔でヘベレッソの屋敷へと潜入する。
  勝手口で、いつも出入りしているようなメイドの制服姿で潜入すれば、怪しまれる確率
は格段に小さくなる。背の高い、骨太なメイドになってしまったが致し方ない。
  みんなが忙しくて、あまり他人にかまっていられないような時間帯を見計らって、屋敷
内へと潜入する。
  屋敷内は広いため、また、ヘベレッソがかなりの潔癖症でもあるため、屋敷内はいつも
掃除のメイドがいる。ホークアイは掃除するフリをしつつ、不確定な見取り図部分を頭に
たたき込む。全部は今日一日だけではとても無理なので、とりあえず、今日でできるだけ
の部分ではあるが
  とりあえず、ヘベレッソの近況も確かめておこうと、ホークアイはヘベレッソの部屋の
近くに静かに忍びこむ。
「………で、………でございますな……」
「うむ……」
  執事とヘベレッソの会話が聞こえる。ホークアイは息を殺して耳をそばだてた。
「…それで、アレック、例の件、どうだ…?」
「うまくいきそうですよ。ローラントの資産状況、簡単に確かめるだけでも程度がわかり
ます。それならそこに付け込むスキはあるかと…」
  ローラント!?
  いきなり出てきた突拍子もない言葉にホークアイは思わず動いてしまうところだった。
「今、調べさせておりますが、まぁ、以前程の資産はまずない、と言ったところでしょう
な。あのナバールの侵攻で相当な被害。少しは持ち直しているようですが、マナがない事
もあってパロの施政も苦労しているようですな」
「うむ、うむ…」
  ヘベレッソは満足そうににこやかにうなずく。
「で、いくらくらい寄付すれば良いと思う?  ここはあまり渋っても仕方あるまいだろう
が…」
「そうですな…。少なくとも50億ルクは寄付してもよろしいかと」
「そうだな。それくらいだな…。まぁ、わしの国にもなるやもしれぬなら、70億ルクで
も損失ではあるまい」
「そうでございますな…」
  執事が静かにあいづちをうつ。
  ………まさか………。
  ホークアイにイヤな考えがよぎる。
「で、例の計画はうまくいっているか…?」
「はい。計画は順調にすすんでおります。あれならまず、気づかれる恐れはないかと」
「よしよし。それで?  どうなのだ、そのリース王女は。あまり狆くしゃのようなら、ち
と困るな…」
「大丈夫でございますよ。とても愛らしく可憐なお方。性格や品性、気立てなどの評判も
上々でございます」
「…………………」
  ホークアイのイヤな考えにどんどん近づいて行くような気がする…。
「フッホッホッ…。わしの嫁に相応しい女でないとなぁ…」
  ガタッ
「!?  誰だ!?」
  突然の物音に気配を察知し、執事は物音のした方に駆け寄る。
  無論、すぐにつかまるようなホークアイではない。いそいでとんずらこいていた。
「衛兵!  くせ者だ!」
  執事がすぐに兵を呼び、衛兵たちがどたどたと走って来た。そして、執事が指さしたホ
ークアイを見つけて、怪しいメイドを追いかけ始めた。
  ホークアイはメイドの格好で、長い廊下を爆走する。廊下の途中にいた事情を知らない
衛兵やメイドとたまにぶつかったりもした。
  しばらく走っていたホークアイだが、走る先に衛兵たちの一団が廊下の先に見えた。ど
うやらはさみうちにするらしい。それならば、とホークアイは立ち止まって振り返る。
「てめぇ!  覚悟しやがれ!」
  衛兵がホークアイを取り囲もうとした瞬間、ホークアイは小さくニッと笑って、懐から
何やら玉を取り出すと、床に思いきり叩きつけた。
  カッ!
「うわぁっ!」
  目も眩むような閃光を発し、思わず誰もが目を背ける。
  長いような、短いような一瞬。ホークアイにとってはその一瞬で着替えるのには事足り
た。着替えてしまうと、そこの窓を思い切り蹴破った。
「ち、っくしょう!」
  まだチカチカする目をこすり、衛兵はホークアイのいた辺りに目をやる。
「あっちだ!  窓を抜けて行きやがった!」
  誰かに発した声に窓に目をやると、窓が開け放たれて、あたかも誰かが飛び出して行っ
たようであった。
「くそう!」
  衛兵達は次々と窓を飛び越え、他の者は先回りすべく走りだす。
  衛兵姿にと変わり身したホークアイはその先回りすべく走りだした衛兵たちの一番後
ろにちゃっかりついて行き、ある程度の場所まで来るとその集団からそっと離れ、ヘベレ
ッソの邸宅を後にしたのであった。
  もちろん、窓を抜けた、といけしゃあしゃあと叫んだのはホークアイである。


「ふう…」
  ホークアイはナバールにまた戻り、大きなため息をついた。そしてしばらく目を閉じて
いたが、やがて歩きだした。
「フレイムカーン様。ご報告したいことがございます」
「うん…?  なんだ…」
  さっきまでそこで報告していた者を遠ざけさせ、フレイムカーンはホークアイを見る。
「ヘベレッソの屋敷に忍び込んでいたのですが、そこでヤツの計画を知ったのでご報告に
来ました」
「どうした?」
「あのヘベレッソが、王族と親類縁者になりたいようと先日報告しましたが、ヤツ、どう
やら本気でそれを実行しようとしているようなんです…」
「なんだと…?」
  フレイムカーンの片方の眉が跳ね上がった。
「その、申し上げにくいのですが、ローラントの財政難につけこんで、そこの王女リース
を娶ろうと企てているようなのです」
「なんだとぉ!?」
  フレイムカーンはひどく驚いて、思わず椅子から立ち上がった。
「それは本当なのか!?」
「確実とは申せませんが、察するに本当でしょう。ローラントの財政状況を調べるために
スパイを放っているのは確かみたいです。ローラントへの寄付という話も聞き、リースが
自分の嫁に相応しいなどと言っておりましたから」
「…………………」
  あまりに驚いているのだろう。フレイムカーンはぽかんと口を開け、ホークアイを見て
いたが、やがてため息を一緒に椅子に腰掛ける。
「チッ…、ヤツめ…。ローラントを狙うとは……」
  苦々しげにつぶやき、口に手を当て考え込む。
  フレイムカーンが美獣に狂わされたのは有名な話であり、狂った彼がローラントを侵攻
したのはさらに有名な話である。
  ナバールが侵攻したために、あの国は財政難に陥っていると言っても過言ではない。ハ
ッキリ言ってナバールとしては非常に申し訳ないというか、後味が悪いのだ。
  自分たちのせいで、ローラントの王女が、あのヘベレッソの嫁にとはあまりにも申し訳
なさすぎる。
「まずいな…。これ以上関係をこじらせたくないし…、恨まれるのももう御免だしな…。
それに、リース王女にはあまりにも悪い……。こちらに落ち度もあるしな…。ふぅむ…」
  フレイムカーンは困ったように腕を組む。ややして、
「…ホークアイ。今回の仕事。ヤツのその計画をツブすのも同時進行にするつもりだ。そ
れで…、すまんがさらに働かせる事になりそうなんだが…」
「いえ、喜んで、引き受けさせていただきます」
  ホークアイはゆっくりとフレイムカーンに向かって頭をたれた。
「うむ、すまんな。助かる。それでだ、おまえ、リース王女と面識があるだろう。なら、
他の者よりはおまえの口からの方が信頼性が高い。これからローラントに向かって忠告と
いうか、とにかく注意するよう促してくれ」
「は」
「頼むぞ」

                                        続く