獣人王とカールに別れを告げて、俺達はナバールへ。途中、ジェシカの様態をちょっと
見舞ったりして、フラミーを使いつつも、少しゆっくりめに過ごす。急ぎたいけど、シャ
ルロットの事があったから。
 まるで元気がないシャルロットだが、覚悟を決めたように、最後まで付き合うと言って
くれた。この戦いで、悲しさを何とかしようとしているようだった。確かに、何もしない
でいるよりは、こうやって何かしてる方が悲しみは紛れる。余計な事を考えないで済むし。
 とはいえ、まだツラいみたいで、リースにやたら甘えまくっていたり、ケヴィンに八つ
当たりしたりしていた。俺にいたっては会話はおろか、顔さえも合わせようとはしてくれ
ない。たまに、視線が合うとすれば、俺を睨みつけている時だけだ。それも、すぐに視線
をそらしてしまう。
 …我慢するって決めたから、我慢するけど。今までなついていてくれた分、正直、寂し
かったのも事実。
 仕方がないよな…。
 リースにぎゅうっと抱き着いて、甘えまくっているシャルロットを傍目に、俺は彼女た
ちの部屋を通り過ぎる。宿屋のロビーにあるソファに腰掛けて、思わずため息をつく。
「デュランちゃん、寂しい? なついてくれなくなって」
 いつの間にか現れたホークアイが茶化してきて、ちょっとびっくりする。
「かーなりなつかれてたもんな、おまえさん」
「…う、うるせーな…」
 笑顔のホークアイだったが、すぐにフッと真顔に戻る。
「まあ、仕方がないよ。あの場合、お前がやらなきゃ俺がやってたさ。そのへん、あいつ
だってわかってるよ。受け入れたくないだけでさ」
「そうかな…」
「そうだよ。……まあ、可愛そうっちゃ、可愛そうだけどな。あんなちっこいガキにああ
いう現実はよ」
「まあな…」
 それに関しては俺もまったく同感だった。俺だって、あの小さな体で必死に悲しみをど
うにかしようとしている姿がわかるから、八つ当たりされても、何も言えなくなってしま
うのだ。
「…あいつもそのうち気づくだろうさ。自分を責めるより、人を責める方がまだ気が楽だ
ってのによ…」
「ホークアイ…」
「あ、いや、何でもねえ」
 苦笑して、ホークアイはすぐに前言撤回するように、手を振った。
「そのうち、シャルロットの方も落ち着いてくるさ。それに、あいつの事だ。否が応でも
お前を頼らざるを得ない状況にもなってくるだろう。そしたら、ワガママも言ってられな
くなるさ」
「そうかな…」
「それに、おまえに頼らなくても、自分でできるようになるんなら、それだけ自立もして
くるだろうさ」
 なるほど。そう言う考え方もあるか。
「それにしても、リースちゃんがシャルロットにべったりで、僕ちゃん寂しいよ」
 ホークアイがいつものようにおどけて見せる。俺も、ヤツの調子に合わせて笑う事にし
た。
 …これから、ナバールに行かなくちゃいけなくて、こいつもけっこうキツいだろうにな
あ…。でも、だからこそ、ああやって甘えられるシャルロットが羨ましいのかもしれない。
 さすがに明日には、ナバールに向かわなくちゃいけない。というか、明日、出立して、
ナバールに着けるんだよな、フラミーだと。便利だけど、ちょっと旅情がないかもな…。
まぁ、こんな時にこそ、必要なのはわかってはいるんだけど…。
 フェアリーは無事だろうか…。ホークアイじゃなくても、気は重い…。


 フラミーにナバールの前で降ろしてもらう。ホークアイは何も言わない。ただ、ジッと
ナバールの要塞を見つめているだけだった。
 砂の要塞ナバールは、地図上のどこにも載っていない。規模からにして、それはおかし
いんだけども、盗賊集団の本拠地と考えれば不思議はない。
 ホークアイがいるから、フラミーで移動できるから、こうやって迷わずここに来れたけ
ど、実際に砂漠を渡ってここまで来るのはそう簡単な事ではないそうだ。
 見上げる砂の要塞は、天然の岩山とも、人工のものとも言い難い形をしていた。
 この先に美獣がいる…。ヤツがフェアリーをさらったヤツなのか…? しかし、そした
らあの邪眼の伯爵の死がわからない。美獣は裏切ったとヤツは言っていたが…。…まぁ、
とにかく。今の俺達はフェアリーをさらったヤツに躍らされるしかない…。
「…俺が先頭に立つ…。途中ニンジャたちが襲って来ると思うが…」
「殺すなってんだろ? どれだけ手加減できるか、ハッキリ言ってわからんが…。やれる
だけやってみよう」
 アンデッドとなったヒースと違い、ニンジャ達の方は、まだ元に戻る希望がある。とい
うか、元凶がわかっているので、そこを叩けばどうにかなりそうなのだ。
 ちらりとシャルロットを見ると、唇をかみしめたまま、俺を睨みつけていた。すぐに視
線をそらしてしまったが。
「…すまないな…。本当に……。こんなこと…頼める身分じゃないのに…」
「よせよ。ヤツらだって好きでやってるわけじゃないんだろ」
 俺がそう言うと、ホークアイはなんとも言えない顔で、俺を見て、顔をうつむかせた。
「さあ、行こうぜ」
「あ、ああ」
 なにかを振り払うかのように首をふると、ホークアイはキッと顔付きを変えて、要塞の
扉に手をかけた。
 ナバールの要塞の中へ一歩入ると、ニンジャたちの総攻撃を受けた。下手に強いものだ
から、うまく手加減できない。だが、それでもやるしかない!
 彼らの素早さにやや翻弄されながらも、ホークアイの案内の元、突き進む。
 途中、大きな扉の前でホークアイはドアノブをガチャガチャ言わせている。
「どうした? カギがかかってんのか?」
「いや…。向こうになにか、どでかいもんでおさえているみたいだ…。カギだったら、俺
が開けてみせるんだが…」
 そっか、そうだよな。
「じゃあ、こっからは入れないんだな?」
「ああ…。仕方が無い。迂回しよう。こっちだ!」
 いつもおちゃらけた感じのホークアイだけど。今回ばっかりは顔つきが厳しい。そりゃ
そうだよな…。
「しかし…。おかしいと思わないか?」
「なにが?」
「美獣のヤツさ…。あいつ、プライドだけはバカ高いヤツで、自分だけ、裏切るなんて事、
するんだろうか?」
「…俺は、その美獣の性格をよく知らないから、なんとも言えんが…」
「そっか…」
 ホークアイはまた厳しい顔付きに戻って、襲い来るニンジャにスリープフラワーをかけ
た。


 ナバールの中心部…。フレイムカーンが座っていたとされる椅子に、美獣は腰掛けて、
やってきた俺達を静かに見下ろした。
「坊や…。よくここまで来たね…」
「…美獣…。フェアリーを返せ!」
 ダガーを突き付けるホークアイ。気のせいか、美獣に驕り高ぶったような笑みが見られ
ない。確かに笑ってはいるのだが、それが、なんというか、装ってるっていうのかね、前
に会った時の笑みとは違う感じがする…。
「フン。ここにフェアリーはいないよ。居場所を知りたきゃ、私を倒すんだね」
 そう言って、すっくと立ち上がる。
「……ちょうど良い。イーグルの仇を取ってやる!」
 火花が散りそうなほど睨み合い、ホークアイはダガーを構えた。
「待ってください。私も、お父様やみんなの仇を取ってません」
 リースが俺の横を通り、前に出た。
「いいよ、かかっておいで」
 ケヴィンが一歩踏み出したので、俺はそれを片手で制した。
「ケヴィン。ここは、ホークアイ達に任せよう」
「あ、うん。わかった」
 俺が言いたい事をすぐに理解して、ケヴィンは握り締めた拳を下ろす。
「じゃあ…。回復魔法をかけまちよ。ホークアイしゃん、先頭で一番に戦っていまちたか
らね。万全の体調ではないでち。現にその右腕、もうしびれているでち」
「…すまねぇ…」
 シャルロットの言葉に、ホークアイは静かに苦笑する。そして、リースともども回復魔
法をかけてもらうと、改めて武器を構えた。
「じゃあ、こっちも本気でやらせてもらうよっ!」
 カッと美獣の目が赤く光った。その途端全身に真っ白い毛が生え始め、耳がビインとと
がる。まるで、そう、ケヴィンの獣人化に似ている。
 そして、美獣はその名のごとく、美しい獣、そのまま言えば化け猫に変化すると、牙を
むいて襲いかかった!
 美獣の強さはかなりのもので、それは見てるだけでもわかる。振り下ろされるツメの動
きは素早く、けっこう重たい。さすがに前に見た獣人王ほどのキレや重たさはないものの、
途中、魔法を使ったりして、かなり厄介な相手だ。
 だが…相手として不足はない感じが、俺の気持ちをじらしてくる。不謹慎だとはわかっ
ていたけど、戦ってみたい相手だ。
 ホークアイの動きは素早く、相手を翻弄してはいるのだが、その一撃一撃が強力ではな
く、決定打にはなっていない。
 リースの場合、たいした欠点は見当たらないのだが、これぞ、というものがなくてやは
りこちらも決定打に欠けている。
 でも、二人の仇討ちの邪魔しちゃいけないから、俺はもうじれったいのを必死で我慢し
た。それは、俺だけじゃなかったようで、ケヴィンなんか、ざわざわ毛が総立ちしていた。
きっと戦いの血を必死でおさえているのだろう。
 けど、二人だって十分強い。少しずつ、少しずつ美獣を追い詰めている。…しかし、そ
れにしても…、美獣の動きが妙に不自然な気がするんだが…、気のせいか…?
 そして、二人はとうとう美獣を壁際まで追い詰めた。
「……俺達の仇…、覚悟しろっ!」
 そう、ホークアイがダガーをふりあげた時だった。
「私はまだ死ぬわけにはいかんっ!」
 そう叫んで、あの傷ついた体にどこがと思われるスピードでこちらに突進してきた。
「え!? えええっ!?」
 ドガッッ!
 突然の事に対応できなかった俺は、真面に衝突して吹っ飛ばされた。
「あちちち…。うぐっ…」
 気が付くと、俺の喉元に美獣の鋭い爪があてられている。げ。
「コイツの命が惜しければ…」
 そうはさせるかっ!
「うるせぇっ!」
 ガッ!
 俺は思いきり、美獣の脇腹にひじ鉄をくらわした。
「ギャア!」
 俺はあわてて美獣の爪から逃れる。
「ハっ! 人質にとった相手が悪かったようだな」
 だが、美獣は俺の想像以上に腹を抱えて痛がっている。
「うっ、うぐぁっ、ハアハアッハアッ!」
 なんとも憎々しげな目で俺をにらみつけ、腹をおさえている。な、なんか様子がおかし
いぞ?
「美獣! 往生際が悪いぞ!」
「ハーッ、ハーッ、ハーッ…」
「……ねえ、ホークアイ。なんか様子がおかしくない?」
「なにがだよ!?」
 イライラした口調でホークアイはアンジェラに怒鳴った。
「前見た時よりも、コイツ、なんかおなかふくれてない?」
「え?」
 俺も改めて美獣の腹を見た。しかし、美獣はとっさに腹をかくしてしまい、見せてくれ
ようとはしない。
「さっきのデュランの攻撃での痛がりよう…。それに、さっきの戦いよう……あなたまさ
か…」
「…………………」
 ギッと悔しそうに顔をゆがめ、ついに美獣はふてくされたように、だらんと壁に背もた
れた。
「美獣、あなた妊娠してるのね!?」


                                                             to be continued...