「はああ!?」
「なんだって!?」
 俺もホークアイも、仰天して思わず美獣を凝視した。
「フン!」
「…だから、意地でも生きようとしてるのね…」
「………………」
 美獣は答えない。答えないという事は、リースの言うことを肯定しているのだろう。
「おかしいと思ったわ…。あなたみたいな人が裏切りをやるなんて…」
「…黒の貴公子様の閉じこもった心を開いて差し上げたい気持ちは今も変わらぬ…。だが
…、黒の貴公子様の遺体は消去され、私の目的もなくなってしまった。……おまえの言う
通りだよ。私は何がなんでも生き延びてやるつもりだった! そのためには裏切りでもな
んでもやってやる! …だが…。それもここまでさ…。…さあ、一思いにやっちまいな!」
 もうどうにでもなれ! と言ったように美獣は俺達をにらむのもやめて目をつぶった。
「…エリオットは、無事なのですね?」
「当たり前だろう? あの王子を私が捕らえておく理由などもうない」
「………………」
 リースは厳しい顔付きをさせて、黙り込んでしまった。
「……フェアリーは? フェアリーはどこにいるんだ?」
「…アルテナに……。マナの剣を持って行け……」
 俺の問いに、それだけ言って、また黙り込む。
「美獣…。イーグルの…みんなの仇だ…」
「………………」
 美獣はもう何も抵抗しようとはしなかった。ただ、目をつぶってホークアイの刃を迎え
ようとしていた。死に際だけは心得ているようだった。
「覚悟しろっ!」
「やめてっ!」
 突如、リースが美獣の前に大きく手を広げて立ちはだかった。驚いたのは俺だけじゃな
い。みんな、みんな驚いた。当の美獣だって目を丸くさせてひどく驚いているようだ。
「リース!? どけよ!」
「ダメ!」
「リース!」
「お願いやめて!」
「リース! なんで!? どうしてだよ!? おまえの親父を殺したヤツなんだぞ!?」
「わかってる! わかってるわよ!」
「じゃあなんでなんだよ!?」
 ホークアイが最高調のイラついた声で怒鳴った。
「……だって…。彼女のおなかに子供がいるのよ…」
「…な、そんな……」
 ホークアイは愕然とした顔をして、口が閉められないようだった。みんな、何も言えず
にただ黙りこくった。
「そんな事…、そんな事で俺は許さねえ! 許さねえぞ! 俺が何のためにここまでやっ
て来たと思ってんだ!」
 黙っていたホークアイが、いつもの彼からは信じられないような形相で怒鳴った。
「だって…」
「だってもクソもねえ! イーグルを殺されて、ビルとベンをこの手で殺して、俺達のナ
バールをメチャクチャにしやがって! 俺は絶対に許さねえ!」
 ホークアイの絶叫に、俺達は言葉を失った。こんなにも怒り狂ったホークアイを見たの
は初めてだったからだ。今までおさえていたものが爆発したような憤怒に、全員動けなか
った。
「いくらおまえの頼みでも、これだけはダメだ!」
「違うの、聞いてホークアイ!」
「何が違うんだ!」
「私だって、私だって、許してなんかいない!」
「だったら、殺させろB」
 ホークアイの凄まじい形相に、ひるんでいたリースだが、すぐに意を決して右手を動か
した。
 パァン!
 そんなに強くではないけれど、リースはホークアイの頬をひっぱたいた。
「ちょ、おい、リース」
「憎しみにとらわれないで…」
 声をかけた俺を無視して、リースが少し悲しそうにそう言った。
 そのやり取りを眺めていた美獣が、突然笑い出した。
「ふ、ふ、フハハハハハ!」
「なにがおかしい!?」
 ぶたれた頬を気にもせずに、ホークアイが怒鳴る。
「ハハハハハ! 何がおかしいって、こんなにおかしい事はないじゃないか。この私が最
後の最後に情をかけられたって言うのかい!? 馬鹿にするんじゃないよ! さっさとやっ
ておしまいよ!」
「……いいえ……」
 毅然としたリースの口調に、今度は美獣が戸惑った。
「私だってあなたが憎い。今すぐ殺してやりたい」
 チャッと槍の穂先の美獣の鼻先につきつける。
「でも…。あなたを殺したら、あなたのおなかにいる子供までも殺める事になる…。その
子に罪はない…。罪のない無抵抗な子を殺すなんて、あなた達とやってる事が同じだわ。
私は、あなた達のようにはならない!」
 毅然と、そしてハッキリと。朗々と響くリースの言葉はみんなをその場に張り付かせた。
「これは、情けなんかじゃない。情けなわけあるものですか! 生きる事の方が苦しいに
決まってる! 生きて、生きて苦しみ続けなさい!」
「………………」
 美獣は、その言葉を聞くと、がっくりうなだれた。
「去りなさい。それが私からの命令です。あなたが負けを認めているのなら。その子を大
事に思うのなら。去りなさい! そして、もう二度と戻ってこないで!」
 厳しい言葉だった。美獣はうつろな目でリースを見て、そして、悲しそうに目を閉じた。
「…アルテナで、紅蓮の魔導師が待っている…。ヤツが、フェアリーをさらった……」
 それだけ言うと、小さく嗚咽をくりかえし、よろよろと立ち上がった。な、なんか俺、
脇腹殴っちゃって…。大丈夫かな…。
「……美獣」
 リースに呼び止められ、美獣は足を止めた。
「はちみつドリンクです。これで体力が回復するでしょう。胎児のダメージも治るはずで
す」
「………なぜ……?」
「……あなたが、母になるから…」
「………………っくっ…」
 美獣はひざをついて、それでもリースからもらったはちみつドリンクを飲み干した。
「おい、美獣…」
 ホークアイの呼びかけに、美獣は無言でホークアイを見上げた。
「おまえのそのハラの子供。その黒の貴公子って野郎の子供か?」
「……さあな…」
「はぐらかすつもりか?」
「フン。私にもわからんのだ…貴公子様か、盗賊王の子なのか…。…目的のためとはいえ
…皮肉な結果になったものだな…」
 そう言って、複雑な目をして自分のおなかをさすった。
 え!? それって…。
「お、おい、嘘つけよ、おまえがナバールを操ってからどれくらい…」
「貴様ら人間と一緒にするな。私とて、貴公子様の御子ならどんなに…! しかし、可能
性はゼロではないのだ…。もし、その可能性がありえたら、死んでも死に切れぬ…」
 腹を手に、歯を食いしばってうめくようにつぶやいている。
 俺はもう何も言えなくて、ただただ黙りこくった。
「…リース…。私は、おまえを忘れない…」
 そう、一言言うと、美獣はシュンッと姿を消した。その最後の瞬間、何とも言えない瞳
でリースを見ていたのが印象的だった。
「…………………」
 リースは顔をうつむかせ、無言で床をにらみつけていた。
「……行こうか…。フェアリーが心配だ…」
 俺がそう言った時だった。こらえきれなくなったように、急にリースがへたりこんだ。
「リース?」
「うっく…うっ…、うわあああああああんんんっっ!」
 みんなビックリした。気丈なリースがああもわんわん泣くなんて初めて見たからだ。
「リース…」
 はじめびっくりしていたホークアイは、静かに彼女の前に跪く。
「わ、私…私…。ひっく…、お父様の仇だったのに…ひっく…うっ…うわあああっっ!」
「リース…」
 リースはもちろん美獣を許してなかった。でも、どうしても妊娠している彼女を殺す事
はできなかったようだ。
「お父様…。お父様! みんな! ごめんなさい…ごめんなさい!」
 何度も父親に謝りながら大泣きするリースの背中を優しくさすり、ホークアイは彼女を
見やる。リースはそんなホークアイを涙でぐちゃぐちゃになった顔で見て、彼に取りすが
って泣き出してしまった。
 …………………。なんだ、この気持…。


「ヒック…エック…」
 真っ赤に泣き腫らした目を何度も何度もハンカチでぬぐっている。今にも倒れそうなリ
ースを、アンジェラが隣で支えながら歩いている。
 あんなに怒り狂ったホークアイ。こんなに大泣きするリース。普段、感情を爆発させる
事が少ない二人だけに、正直、俺は驚いていた。…二人とも、心に色々積もってたんだろ
うな…。
 牢に捕われているという首領を助け出すため、ホークアイ先頭に、俺たちは牢屋に向か
った。
「フレイムカーン様! フレイムカーン様!」
 牢屋の奥にいる男に、ホークアイが呼びかける。
「う…」
 弱々しい声をあげ、中にいる男がうごめいた。
「ご無事ですか? 今、ここを開けます!」
「その声…。ホークアイか?」
「はい! しばらくのお待ちを!」
 んー…。こいつのこういう敬語初めて聞いたなー。やがて、ガチャガチャ言わせていた
カギも開いたらしく、ギィーッとさびついた音をさせ、牢屋の扉が開いた。
「フレイムカーン様!」
 ホークアイは牢屋の中に飛び込む。
「うう…。みなは、みなはどうした?」
「それは…」
 ナバールのニンジャたちは呪いが解けてはいたが、まだ操られていた時の魔法が解けき
っていないらしくて、ボーッとしている。でも、そのうち元に戻るのだろう。シャルロッ
トはそれらを複雑そうに眺めていた。

 ずっと牢屋に捕われていたフレイムカーンはかなり弱っていた。顔色は暗く、疲労が色
濃い。彼の自室に運び、ともかくベッドに座らせ、水を一杯飲むと、ようやく少し落ち着
いたようだ。
 それから、ベッドのへりに腰掛けるフレイムカーンに、ホークアイは手短に事情を話し
て聞かせた。彼が跪いているのは、自分の首領を見下ろさないためだろう。
 ちょっと横を見ると、リースはまだしゃくりあげている。…大丈夫かな…。
「…そうか…。そうだったのか…。そうか…」
 最初フレイムカーンは話が信じられなかったみたいなのだが、ホークアイがそんなウソ
をつくような男じゃないというのもわかっているのだろう。ひどくショックを受けたよう
で、暗い表情で何度もうなずいていた。彼の息子だというイーグルという人の事に相当シ
ョックだったようである。
「それで、ジェシカはディーンにいるのだな…?」
「はい。今はニキータとハンナさんがジェシカの看病をしています」
「そうか…。おまえには、苦労かけたな…」
「フレイムカーン様…」
 ホークアイは今まで見た事もないような表情で、フレイムカーンを見上げる。
「ところで、おまえの後ろにいる若者達は…?」
 フレイムカーンは、ホークアイの後ろにいる俺達を視線で指した。
「え? ああ、はい。今、パーティを組んでるヤツらです。紹介します。左から、剣士デ
ュラン、武闘家ケヴィン、僧侶シャルロット、魔法使いアンジェラ、そして女戦士のリー
スです」
 紹介されて、俺達は軽く頭を下げる。
「そうか…。ウチのホークアイが世話になってるようだな…」
「あ、いえいえ…」
「……ホークアイ、おまえはこれからどうするつもりなんだ…?」
「私ですか…? 私は…」
 言いながら、俺達を振り返る。俺達一人一人に視線を巡らせ、しばらく考えこんで、そ
してまたフレイムカーンに戻した。……そういや、こいつの目的って、ジェシカを救って
友達の仇を取る事だったよな…。一応、目的は達したワケだ……。
「…私は、もう少し彼らと一緒にいます。彼らの目的に最後まで付き合いたいですから…」
「そうか…。わかった…。では、みなさん、ホークアイを頼みます」
 そうも頭を下げられては、ちょっと照れてしまう。
「…わしは、ナバールの復興に力をいれていこう…。目的を遂げたら戻って来い。その時
にはおまえたち全員を歓迎できるようにまでしておこう」
 静かに、だがしっかりとフレイムカーンが言った。さすがは盗賊王として名を馳せただ
けはある。いいように操られ、ナバールを目茶苦茶にされ、息子も失い、体力もひどく落
ちているというのに、彼から醸し出される威厳は一級品だった。
 ホークアイが、心から尊敬するのもわかったような気がした。
「では、行って参ります」
「ああ、しっかりやって来い!」
「はい!」
 良い返事をして、ホークアイは俺達に振り返った。
「さ、行こうぜ」
「ああ…」
 俺はまだしゃくりあげているリースを見た。涙をごしごしふいて、顔をあげた。
「…私は…、私は大丈夫です…」
「でも…」
「大丈夫です…。もう…、大丈夫です」
 キッパリと、そしてハッキリとそう言い切った。まだ全然目が赤いけど、決意は固いよ
うだ。
「…そっか…。じゃあ、行こう」
「ええ…!」
 フレイムカーンに軽く会釈すると、俺達は部屋を後にした。ナバールのニンジャ達も正
気に戻りかけているらしく、現在の状況に激しく戸惑っているようだった。
 これを元に戻すのは、大変そうだけど…。フレイムカーンならうまくやるんだろうな…。


「…今度はアルテナかぁ…」
 ホークアイが大空を見上げながらつぶやいた。その言葉にアンジェラが顔をうつむかせ
た。どこか晴れ晴れとしたホークアイとは対照的な表情だった。
「きっと、今度こそフェアリーがいる…」
 フェアリー…。無事でいてくれるだろうか…。俺は腰のマナの剣に目をやった。
「とにかく、アルテナに行こう…。今度の案内は、私がするわ…」
 アンジェラ…。
 なんとなく、気まずい沈黙が漂った。俺はそれを振り払うようにフラミーを呼び出すた
めの太鼓を取り出した。

                                                     HeroicVerse -second-   END