下に広がるのは、大地も見えないくらいにうっそうとした森。そう、ビーストキングダ
ムのある月夜の森だ。
 ビーストキングダム城は、頑健で無骨な感じの城だった。まあ、獣人っぽいと言えば、
そうかもしれない。
「しかし、古くて、頑健な城だな。本当におまえら獣人が建立したのか、これ?」
 城から少し離れた花畑に降りて、俺たちは城を目指していた。大きな城だから、ここか
らでも木々の透き間から見える。
「ううん。元々は、なんか、化け物がいたらしいよ。すごく強かったらしいけど、…その、
獣人王がそいつを倒して、自分たちの城にしちゃったんだ。獣人達は、掃除とか、中身を
ちょっと変えたくらいなんだ」
 ケヴィンは、獣人王の事をあまり口にしたくないようだった。
「あそう。ビーキンって、けっこう歴史浅いから、不思議だったんだが、そうだったのか」
 ホークアイは国名を略して言うと、またあの城に目をやった。
「なんか、月読みの塔と、ちょっとデザイン似てるわよね。建立した人々は、きっと一緒
ね」
 アンジェラも城を眺めながら、そんな事を言う。言われてみれば、確かに月読みの塔と、
ちょっと似ているかもしれない。あの塔を横に延ばして巨大にした感じかな。
「じゃあ、ずっと昔に建てられたものだと?」
「って思ったけど。マナストーンを塔に入れる事を考える連中だもの。古代魔法とか、知
ってたんじゃないかな」
 俺にはよくわからんけど、でも、確かに獣人達があの城を建てたという事は、ちょっと
無理があるような気がした。
 城には迷う事なく到着して。近くまでくると、城は本当に大きくそびえ立っていて。暗
い月夜の森の中、それはことさら不気味な情景に見えた。
「ビーストキングダムの案内、任せろ!」
 ケヴィンは先頭になって、ビーストキングダム城へ乗り込んだ。城内はそりゃもう獣人
達の巣窟だった。とにっかくまあ、よくもこんだけいるもんだ!
 しかし、こちらにだってケヴィンがいる。変身したケヴィンはまあ、強い強い。なによ
り、あの戦闘力を持続できるタフさがすげぇ。変身されたら、自信のついてきた今の俺で
もわからねぇ。勝ちたいとは思わないけど、負けられないよな。
 ケヴィン先頭に次々と獣人たちを蹴散らして、俺達はあくまでお手伝い的存在だった。
 途中、ハタとケヴィンが立ち止まった。
「どうした!? なんかあったのか!?」
 ケヴィンは、恐る恐るこちらに振り返る。
「ど、どうしたんだよ?」
「ゴメン…。道まちがえた…」
 …………………。
「コラーッ! ここはあんたの居城じゃないでちかーっ!?」
「ゴメンゴメン! しばらく来てなかったら忘れた!」
 だぁっ、もうっ! なにやってんだ!
 ケヴィンはまた走りだしたので、慌てて俺達もそれに続いた。今度は迷うなよとか念じ
ながら…。
 襲いくる獣人たちをあらかた蹴散らし、みんな息をきらしながら階段を上った。
 んでもって、やぁっと玉座の間についた。ケヴィンが先頭に立って、重厚そうな扉を開
け放つと、そこには、暗い色のマントを羽織った神官服の男と、玉座に座っているばかで
けえオヤジがいた。
 玉座のオヤジは立派なヒゲをたくわえ、魔獣の毛皮で造られたマントを羽織っていた。
まったく無駄のない筋肉。醸し出されるオーラ。鋭い眼光。このオヤジ…。…強い!
 正直、俺は神官の男よりも、やたら強そうなオヤジに目を奪われていた。知らず、握り
締めた手がじっとりと汗で濡れる。
 …玉座にいるって事は、もしかしなくても、噂の獣人王で、ケヴィンの……。
「ヒース! ヒースじゃないでちか!」
 俺の思考はシャルロットの高い声によって中断された。
 え!? あ、あれがシャルロットが騒いでいる神官だったのか? あのオヤジに圧倒され
てしまっていたが…。
「来たようだね…」
「ヒース! 大丈夫でちか!?」
 シャルロットが慌てて彼に駆け寄る。……ん…? やべぇ!
「危ない、シャルロット!」
 俺は急いで、シャルロットの後ろ襟首を引っ張った。
 ドンッ!
 ちょうど、シャルロットが駆け寄ろうとしていた場所に、小爆発が起きる。
「な、な、な………」
 ビックリして、シャルロットはぺたんと尻餅をついた。アイツ、シャルロットをねらっ
て魔法を撃ってきた…。シャルロットの憧れの神官じゃないのか!?
「ど、どうちて、どうちて…シャルロットを……」
 とても信じられなくて、シャルロットは呆然と神官を見上げる。あの神官、よく見ると
目の色がかなりアヤしい。ありゃどう見ても正気の目じゃない。
「どうちたんでちかヒース! シャルロットがわかんないんでちか!?」
「マナの剣は持ってきたか…?」
 しかし、一人騒いでるシャルロットを無視して、神官は俺に話しかける。
「……持ってきた。フェアリーを返してもらおう!」
 俺は、マナの剣を少しだけ鞘からぬいて、白刃をちらりとだけ見せた。
「……マナの剣をこちらに……」
「フェアリーが先だ!」
 俺がそう言うと、神官は黙りこくった。何を考えているのか……。
「ヒース! ヒースってば!」
 シャルロットがもう一度あの男に駆け寄ろうとする。
「……僕に近づくな!」
 あ、バカ! シャルロット!
 ドゥンッ!
 ケヴィンが俺より早くに動き、シャルロットを抱えて跳び退ったから良いようなものの、
あのまま近寄っていたら、シャルロットはヤツの攻撃をくらっていた。
「な…、どうちて…。どうちて!? ヒース!」
「ちょっと、シャルロット。この人。あんたのいう人じゃないんじゃない?」
「ま、間違いないでち! ヒースでち。ヒースなんでち!」
 ケヴィンの腕から降りて、シャルロットはきっぱり言い切った。
「じゃあ、操られてるとか……」
 アンジェラの言葉に、シャルロットはハッとなって、もう一度あの神官を見た。おそら
く、シャルロットもそれがわかったのだろう。「…違う…」と小さくつぶやいたのが聞こえ
た。
「ヒース! 目を覚ましなしゃい! ヒースは悪いヤツらに操られているだけなんでち
よ!」
「…………わかっている…」
「はいぃ?」
 あまりにあっさりした答えに、シャルロットは素っ頓狂な声をあげた。俺達も思わず目
をむいた。
「僕は…、分かったうえで彼らに力を貸しているんだ…」
「なんでちって!? それはどういう事でちか!?」
 …うーん…。なんか、何がどうなっているのか、よくわからんな…。
「…くだらん…」
 不意に、低い声が響いた。玉座に座っていたオヤジが発した声だ。
「なにをやりだすのかと思えば、くだらん猿芝居か…。つきあってはおれん。勝手にやっ
ていろ」
 オヤジはそう言うと、ゆっくりと玉座から立ち上がる。なんつう圧迫感だ…。
 のしのしと去って行く後ろ姿を、思わず全員が見ていた。誰も動こうとしないところ、
みんなあまりやりあいたい相手だとは思わなかったらしい。…俺もちょっとあれは遠慮し
たいと思う…。目の前に立ちはだかるなら、やるしかないが、勝っても負けてもあんまり
良い事になりそうにない。
 でも、ケヴィンはちょっと違って、拳を握り締め、一歩踏み出した。
「獣人王!」
「ケヴィン…」
 …大事な友達を殺すようなハメになったとかって、言ってたよな。…父親のせいで…。
「………………」
 ケヴィンは何も言わない。ただ、悔しそうに拳をブルブル震わせただけだった。何か込
み入った事情がケヴィンにもあるらしい。なんかこんがらがってくるなぁ…。
「ヒース! わかってるとはどういう事なんでちか!?」
 シャルロットにとっては獣人王もどうでも良いみたいで、ヒースにくってかかる。
「人は生きては苦しみを味わう…。光の力ではどうすることもできない、闇の深い苦しみ、
悲しみ、憎しみがあるのだ…。『生』があるからこそ味わうその闇の世界…。それならば、
その『生』の苦しみから解放してあげるべきなんだ…。僕は仮面の導師、元闇の司祭ベル
ガーの息子…。父が果たせぬ夢を少しでも僕が実現させる…。『死』は平等だ…。なんの差
別もなくみなに訪れる…。ならば、みなにその平等を分け与えるのが僕の仕事…。『生』の
苦しみから解き放ち、『死』の平等と安らぎを…。彼らは人類を滅ぼして新しい王国を建国
するつもりらしいけど、僕の望みはすべての人々の平等の『死』。僕の望みと彼らの望みが
合致している…。だから、僕は…」
「なにワケわかんない事言ってんでちか! 元に戻るでちヒース!」
「わからないのかい…?」
「…………………」
 思わず押し黙るシャルロット。どうやらわからなかったらしい。
 …俺もよくわかんなかったけど…。でも、なんか引っ掛かるんだよな。何でもかんでも
平等だから良いってワケでもねえだろ。
「なにが平等よ! あんたの都合勝手良いこと並べ立てさ! まだ生きたいって人間まで
巻き込むのはやめてよ!」
 押し黙ってしまったシャルロットに代わり、アンジェラが叫ぶ。
「君は、生きているが故の苦しみを味わった事がないのかい? 絶望の先まで追い込まれ
るような苦しみを…悲しみを…」
「………ええ! 絶望の先の先まできたわよ! 未来なんか何にも見えなかったわよ! 
…けどねえ、そこで死んだらオシマイじゃないのさ! 生きていたら、良いこともあるか
もしれないでしょ!?」
「だけど、苦しい事の方が多い…」
「そりゃ…、そりゃそうかもしれないけど…、でも! それだけじゃないでしょう!? 苦
しいだけじゃないでしょう!? 大体そんなことばっかり考えるからそう思うんじゃない
の! じゃあ聞くけどねえ、なんで私ら生きてんのよ!? 死がよっぽど良いって言うんな
らねえ、どうして私らハナから死んでないのよ!? ええ!?」
 彼らの言葉のやりとりを、俺達は交互に見ていた。
「……生きる苦しみは神が与えた試練…。だけど、それはあまりに一方的…」
「どっちがよ!? あんたらの死の平等とやらの方がよっぽど一方的よ! なによ! 必死
で頑張って生きてる人間を馬鹿にして! あんたの理想がすべての人間の理想になるもん
ですか!」
 アンジェラの剣幕がそうさせたか、ヒースは押し黙った。
 みんな、どう口出しして良いかわからず、沈黙の世界が訪れた。
「とっ、とにかく! ヒース! 元に戻るでちよっ!」
 沈黙をやぶったのはシャルロット。しかし、それだけはヒースは首をふって受け付けな
い。
「…僕の魂はすでに闇に堕ちている…。後戻りは今更不可能…。それに、この体さえすで
にアンデッドの身…」
「なんでちって!?」
「僕には…、もう…、戦うしか残っていないんだ!」
 そう、呪文を唱えはじめた!
 やべえっ!
 俺はとっさにシャルロットの前に立つと、盾をかざした。
 ブッゴオォォォォッッ!
 衝撃と共にかなりの熱が盾を通して俺の腕に伝わる。
「あ、あちぃっ!」
 あいつ、炎系の魔法を使いやがったな!
「ヒース…、ヒースどうちて、どうちてなの、ヒぃースっ!」
 信じられないらしくて、シャルロットがワナワナとふるえた。
「殺すか、殺されるか。もうどちらかしか残されていないっ!」
 そう言うが早いが、次々と呪文を唱え始める。その呪文を相殺しようと、アンジェラ達
の呪文詠唱の声が聞こえてくる。
「お願いやめてヒース! どうちて戦うの!? やめてヒース!」
 次々と放たれる魔法と、こちらが放つ魔法が空中でぶつかりあい、派手に飛び散ったり、
蒸発するように消えてしまったり。あの神官、アンジェラとホークアイの二人がかりの魔
法に一人で対抗してるのか…。あの魔法に当たったら痛いで済みそうにないな…。だけど、
仲間がおさえてくれてるのなら…。
「あきらめろシャルロット! コイツはおまえの知ってるヒースじゃない!」
 俺は剣を抜き、盾をかまえシャルロットの前に立つ。シャルロットは、あの神官とは戦
えないだろうし、戦わせたくない。他の連中も後味悪い思いをするだろう。
 彼の魔法はアンジェラ達が引き受けている状態だ。…そこに俺が肉弾戦を仕掛ければ、
数分でカタがつくだろう…。
 俺はちらりと、泣きながら叫び続けているシャルロットを見た。
 憎まれても仕方がないが…、誰かがやらなきゃならんしな…。
 盾を構え、剣を強く握り締め、俺は駆けだした。
「だ、だめでち、やめてデュランしゃん! ヒースは違うんでち!」
 シャルロットの言葉を無視して、剣をかざして神官に切りかかる。
「お願いやめて! ヒースだけはやめて! だめえぇぇっっ!!」
 俺の背中から、シャルロットの絶叫が響き渡った。

                                                             to be continued...