女神様は、全知全能だとフェアリーが言っていたような気がする。でも、そうじゃなか
った。マナがないと…、いや、今までマナがあるのが当然な世界だったわけで、ウソとま
では言い切れないか…。
 確かに、フォルセナなんて、アルテナやウェンデルみたいに密接にマナと関係した暮ら
しをしているわけではない。漠然と、マナの女神様に感謝しているくらいなんだけど…。
 …マナって何なんだろう…。
「しっかし、なんだあの鳥は!?」
 俺のうだうだした考えはホークアイの言葉によって中断された。
「まったく見た事もないような鳥でしたね…」
 カラスとは違う。ここにいる不思議な鳥ともまた違う。やっぱり、邪悪なる者の使いっ
てヤツなんだろうか……。
 元来た道にラビは一匹もおらず、みんななんとなく違和感を覚えながら走っていた。
 どれくらい走っただろうか。リースがハッとなって走るスピードを速めた。リースの視
線の先になにやら怪しげな男が一人。
「邪眼の伯爵! エリオットをどこへやったの!?」
 リースは槍をかまえ怒鳴った。あ、そうだそうだ。あのヘンな髪形の赤い目はヤツだ。
 しかし、よく見ると、邪眼の伯爵は大量の血が流れ出る腹をおさえ、今にも死にそうな
くらいにボロボロだった。
「く、クソッ…。きさま…、ローラントの王女か…?」
「そうよ! エリオットを返して!」
「……ローラントの王子は…美獣がローラントに返したようだ…。アイツめ、裏切りやが
って…グフッ…!」
 ガボっと、大量の血を吐いた。ヤツの様子に当のリースもたじろいで、困惑顔をした。
「ヤツら…。いともたやすく、我らが主、黒の貴公子様の遺体を消去して…。ゲホッゲッ! 
それでも、マナの剣を手に入れようとした私を…。美獣のヤツめ! チクショウ!」
「じゃ、じゃあ、美獣がおまえをそこまで痛め付けたって言うのか?」
「ほ、他にだれがいると、言うんだっ!? ちくしょう、ちく…しょう! 裏切りやがって! 
美獣を倒せ! 我が恨み…。…………、………!」
 最後は言葉にならず、カッと目を見開いて、リースに手を伸ばすようにして、その手が
クタッと下に落ちた。
 リースは不安そうに俺達を見た。
 ホークアイは無言で彼の脈を取って、そして首を振った。
「ダメだ…」
「し、死んだ、の…?」
 恐る恐るリースが尋ねると、ホークアイは静かにうなずく。ハッと顔をこわばらせ、両
手を口にあてる。
「……………エリオット…。本当にローラントに戻ったのかしら…?」
「…さあ…。でも、今際の際にウソなんかつくだろうか?」
「……と、言うと…」
 やっぱりリースの弟はちゃんとローラントに戻ってるって言う事になるだろう。
 なんと。リース最大の目的である弟探しが終わってしまった事になるんじゃないか。ま
さか…。目的終わったんで、私帰りますなんて言うんじゃあ…。でも、それは彼女の性格
からにして考えにくいけど…。……とはいえ、この先はもっと危険な事になるだろう…。
その危険な事に、彼女を巻き込んでしまっていいのか…? 彼女にはローラントのアマゾ
ネス達が待っている……。
「………どうする? リース。この先、おそらくもっと危険な旅になると思う…。おまえ
にはローラントのみんなが待ってる…。これ以上危険な旅に出なくても…、俺は止めない
けど…」
「デュラン!」
 ホークアイが驚いた声をあげる。
「だって…」
「そっか…。そうだよな…。リースの目的は弟を探す事だったんだよな…」
 ホークアイはうつむいてしまい、なんとなくみんなもうつむいてしまった時だった。
「いいえ…。私も一緒に行きます。美獣が生きているという事は、まだお父様の仇を取っ
てません。ここで抜けたら中途半端です…」
 そう、リースは決心に固めた顔を見せた。
「それに…」
「え?」
「それにまだ、私…、みなさんと一緒に冒険したいんです」
 そう言って、リースはほほ笑んだ。
「リース…」
「さあ、行きましょう! フェアリーさらった奴らはきっとこの先にいます!」
 俺もうなずいて、また走りだした。
 ……フェアリー、どこ行ったんだよ? 誰に、一体誰にさらわれたって言うんだ!?
 そろそろ聖域の入り口が見えてくるころだ。あそこに誰かいる……。あいつが、あいつ
がフェアリーをさらったのか!?
 だんだん、そいつが誰だが判別できるようになった。あいつは…。
「コラァーッ! ヘンテコオヤジ! ヒース! ヒースをどこにやったでちか!?」
 ヘンテコオヤジ!? ああ、死を喰らう男の事か。シャルロットはプンスカ起こって、待
ち構えていたと思われる死を食らう男に向かって怒鳴った。
「死を喰らう男! おまえがフェアリーをさらったのか!?」
「ちち、違いますヨ! もしそうだとしたら、こんな所であなたたちを待ってなんかいな
いで、後ろからバッサリやって、マナの剣奪ってますヨ!」
「ぁんだとぉ!?」
「だから! もし! もしもの話ですよ! マッタク。せっかくマナの剣が目の前にある
のに、ワタシはあなた達に手だしできないんですヨ! フェアリーをさらったヤツら、ワ
タクシ共の主、仮面の導師様をあっさり殺しちゃって、おかげで主の力を失ってミラージ
ュパレスは滅んでしまったんデス! ワタシも逆らうと殺されちゃいますから。しかたな
くメッセンジャーボーイとしてこき使われてるだけなんデス」
「メッセンジャーボーイぃ?」
「そーデス。メッセージを伝えるだけのしがない仕事ですヨ! もー、なんだってこのワ
タシがこんな事を…」
 ホークアイが顔をしかめておうむ返しに言うと、死を喰らう男は、大袈裟なまでにため
息をついて見せた。
「んなことより! ヒースはどこ行ったでちか!?」
「あ? ああ、堕ちた聖者は、ヤツらに力を見込まれて連れてかれましたヨ」
「なんでちって!?」
「ワタシも、仲間になってるふりしてますがね。用済みになったら殺されちゃうでしょー
ネ! だから、仲間になったふりだけして、このまま逃げちゃおうと思ってますよ。ワタ
シが言うのもナンですが、ヤツら、それだけあくどいヤツらですヨ。ま、とにかく。メッ
セージを伝えます。『フェアリーを助けたければ、マナの剣を持ってビーストキングダムに
来い』だそーデス。メッセージオシマイ。じゃー、ワタシもこれでシツレイしますよ。誰
だって命は惜しいですからネ!」
「ちょっと待てよ! お前は誰にそんなことやらされてるんだ?」
「あ? 残念ながらそれは私の口から言えませんねぇ。そのうちわかりますよ!」
 死を喰らう男はそれじゃと言って、ヒョイと姿を消してしまった。
「ヒース…。ヒース…」
「シャルロット…」
 ケヴィンが心配そうにシャルロットをのぞき込んだ。
「ううん…。シャルロット、頑張るでち。ヒースをきっと助けてみせるでち!」
 そう言って、シャルロットは顔をあげてほほ笑んだ。ちょっと泣きそうな顔だったけど。
 …大丈夫そうだな。……しかし……。
「ビーストキングダム? どういう事だ? フェアリーをさらったヤツらは獣人たちなの
か…?」
「さぁ…。だが、死を喰らう男って、ビーストキングダムに入り浸っていたんだろ? 俺
達をだましていたのか…?」
 腕を組み、ホークアイが困惑した様子で息を吐き出す。
「じゃ、ワナか?」
「どうでしょう。美獣の事も気になります。しかし、彼らの主がフェアリーをさらったよ
うにも思えませんし…。かと言って、死を喰らう男がだましているとしても、あんな事言
うでしょうか…?」
 これには、ワケがわからなかった。誰かにさらわれたフェアリー。だが、一体どんなヤ
ツらにさらわれたと言うのか……。
「…それに、紅蓮の魔導師の姿が見当たらないのも気になる……」
「わかんないことだらけだな!」
 ケヴィンは帽子をとり、頭をかきむしった。俺も、あんまり頭を使うのは得意じゃない。
「ビーストキングダムに来いって言ってたけど、どうする? ワナじゃないの?」
 アンジェラが俺を見た。みんな、俺を見た。………俺の考えは、決まっていた。
「…ワナだろうが、何だろうが、フェアリーを放っとくワケにはいかないよ…」
「じゃ、行くのか?」
 ケヴィンの言葉に、俺は大きくうなずいた。
「行こうぜ。こういうのは、最後までやんなきゃあな!」
「それに、ヒースの事も気になるでち。シャルロットが、助けてあげないと!」
「よし。じゃあ、早速この太鼓が役に立つワケだな…。なんか、ちっとマヌケた太鼓だけ
ど、あのフラミーは有り難いもんな!」
 俺は道具袋から風の太鼓を取り出した。


                                                             to be continued...