「デュラン!」
 誰かの声に、俺はいきなり意識を取り戻した。……え……? あれ…? 体が…動かな
い…。
「デュラン! デュランってば!」
「デュラン頼む! 目を開けてくれ!」
「デュラン! 死んじゃダメだ!」
 ……そうか、俺、あの爆撃を受けて……。みんなの泣きそうな声が聞こえる……。……
起きないと…。
 何とか動こうと思うんだけど、なにしろ背中が痛すぎて痛すぎて…。ちっとも体が言う
事をきかない……。俺の体だろ…? ……動いてくれ!
 俺がちょっと動くと、俺の手を握っていた誰かはビクッとなって、俺の手を離した。俺
の手は砂地に落ちる。
 …だんだん背中の痛みが和らいでいるようだ。やっと、目を開ける事ができたが、全部
ボンヤリする。だんだん焦点があってきた。…よし…、何とか、起き上がれそうだ……。
 俺はゆっくり起き上がった。イタタタ…。
「…いっつつつ……」
「デュラン!」
 見ると。仲間のみんなが涙ぐんでいる。アンジェラはぼろぼろに泣いていた。
「だ、大丈夫!?」
「…あ…ああ…。な、なんとか…」
 砂をはらいながら俺がそう言うと、みんな顔を見合わせて、
「よ、良かったぁー…」
「一時はどうなる事かと…」
 もう、緊張の糸が切れたという感じ。ヘナヘナと座り込み、みんな安堵の息をついた。
アンジェラはワッと泣き出して俺の胸にすがりついた。
「…えっと、俺…」
「どっか痛みまちか?」
 話しかけられてふり向くと、汗をぬぐうシャルロットがいた。どうやらずっと回復魔法
をかけ続けてくれていたようだ。疲れているけど、どこかホッとしているようだった。
「うん…」
 背中がヒリヒリする…。
「背中が…」
「やっぱりそうでちか…。デュランしゃんもムボーでちよ。あんなの直撃するなんて! よ
く生きてまちたね!」
「……直撃って、やっぱ直撃したのか? 俺…」
 シャルロットは深くうなずいた。
「ごめん…。私のせいで…」
 いまだ泣き続けているのはアンジェラ。
「もいちど背中を向けてくだしゃい。回復魔法かけまちから」
「あ、ああ…」
 言われるままに背中を向ける。そう言えば、俺の髪の毛の先っぽが焦げてる…。あとで
切らないとな…。なんか、カッコ悪いよな…。
 ふと見ると、真っ黒になり、もうボロッボロの鎧がそこにあった。げー…。ありゃ買っ
たばっかの鎧じゃねーか…。回復魔法をかけるために脱がされたんだろうけど…。
 …でも、あの鎧のおかげで助かったんだよな……。
 シャルロットの回復魔法が気持ち良い。ヒリヒリしてるのが和らいでいく。
 …痛みが和らいでいく背中を感じながら、俺は、相変わらず俺の胸で泣きすがっている
アンジェラをボーッと眺めていた。…なんで、こいつ、こんなに泣いてるんだろう…。
「どーでちか?」
「あ? あ、ああ…。さんきゅ。だいぶ楽になった」
「そーでちか…。ホントに良かったでち。なにせじぇんじぇん動かないんでちから。死ん
じゃったかと思いまちたでちよ!」
「みんな心配したんだぜ」
 ホークアイが言うと、ケヴィンもうんうんうなずく。確かに、みんなどこかやつれた感
じがするし、まだ目が赤かった。…心配してくれたんだ…。
「悪い…」
「……でも、大事にならなくて、本当に良かったです」
「そうよ。もう平気?」
 フェアリーがふわふわりと俺の周囲を飛び交っている。後ろでシャルロットの魔法の光
が消える。どうやら終わったらしい。背中は、もう痛くない。
「ああ、もう大丈夫だ。なんか、心配かけちまったみたいで悪いな…。で、何がどうなっ
たんだ?」
 俺が一体どのくらい気絶してたのか、なんて全然わかんねえし。
「……あれは、あれはウチの、アルテナの空中魔導要塞ギガンテス…。あれが私たちを攻
撃したのよ…。みんな、動き出したんだわ…」
 まだ泣いてるアンジェラがしゃくりあげながら説明する。
「みんなが聖域を扉に向かったみたい…。私たちも向かわなければ」
 フェアリーははるか上空に浮かぶ聖域の扉を見上げる。
「でも、どうやって? あんなに上空にあっちゃあ、空でも飛べなきゃムリだぜ」
 ホークアイの言うとおり、あの聖域の扉は遥か上空に浮かびあがっていて、とってもじ
ゃないが、入れる所じゃない。
「……空を飛ぶのですか…。ローラントのバストゥーク山の頂上、天の頂には、翼あるも
のの父という空と山の守護神がいるの。その背に乗せてもらう事ができれば、後を追いか
ける事ができるかも…」
「……それしかないわね…。天の頂へ行きましょう! 彼らにマナの剣を取られるワケに
はいかないわ!」
 フェアリーの言葉に、みんながうなずいた。
「じゃあ、急いでバストゥーク山に向かいましょう!」
「よっしゃ」
 みんな立ち上がって行こうとする。
「お、おい、アンジェラ…。もう泣きやめってば…。行こうぜ」
「うん…」
 ヒックヒック言いながら、うなずいた。俺が立ち上がり、それから彼女の手を軽く引い
て立ち上がらせると、彼女も素直にそれに従う。
「ごめんね…」
「もう良いってば。ホラ、みんなもう行っちまうぜ。俺達も急ごう」
「うん…」
 アンジェラがニコッとほほ笑んだ。
 え?
 ………………。こいつ…、こんなに可愛かったっけ?
「なに…?」
「あ、いや、何でもねえよ。早く行こうぜ」
 俺は、なるべくアンジェラの顔を見ないようにして、ホークアイたちが待っている所ま
で急いだ。


 壊れた俺の鎧はパロで売っていたもの間に合わせた。クッソー、あれ高かったのによー
…。まだ、ほとんど使ってないのにさー…。もったいない…。
 しかしいつまでもブチブチ言ってるワケにはいかないので、バストゥーク山のてっぺん
を目指す事にした。
 この山も何回か上り下りしたが、どうしてこんなに高いんだろーなー…。まあ、だから
こそ、リースの言う『翼あるものの父』なんつうヤツがいるんだろうけど。
 途中経過に、ちょっとなつかしいローラント城についた。急いでいるので、城でゆっく
りすることはかなわなかったが、リースのおかげですぐに秘密の通路をあけてもらい、ま
たまた山登りとなった。
 アンジェラもシャルロットも以前のように不平たらたら言わなくなったけど、表情だけ
はゲンナリしていた。
「みなさーん、そろそろ頂上ですぅ!」
 みんなを元気づけるように、リースが怒鳴る。
 最初のうちはただの坂だった山道も、上ぼるにつれて道もなくなり、ひたすら急な勾配
が続くようになる。はいつくばらないと登れない所もけっこうある。
 シャルロットが何度もずり落ちてしまうので、しまいには俺が背中に背負って歩いた。
邪魔だっていうので、髪の毛をくくって、両手を使えるように彼女を紐で背中にくくりつ
けるから、はた目に情けない格好甚だしい。けど、もうしょうがない。荷物の方はケヴィ
ンにもってもらった。
「なんか、おまえ、そうしてると子守のおばちゃんみたいだな」
「うるせえ!」
 先に登って小休止をとっていたホークアイが、気にしていた事を言ってきた。
「で、頂上はまだなのかよ?」
 俺は後ろのシャルロットに気をつけながら腰を降ろすと、水を口に含んでいたリースに
話しかける。
「あと少しですよ。ほら、あそこに変わった形の岩がありますよね。あそこを越えたらす
ぐです」
「どうする? シャルロット。もう自分で登るか?」
「いやでち」
「……………」
 しょーがねーなぁもう!
「大丈夫。本当にあと少しですから」
「さっきからずっとそう言ってるクセに〜」
 へたりこんだアンジェラが、恨みがましそうな顔でリースにそう言う。
「その…、ここに慣れた私の感覚で言ってる所もありますので…」
 苦笑しながら、リースがそう言った。確かに体力のある連中だけなら、もっと早くに頂
上についたろうな、とか思う。アンジェラのペースに合わせて登ってるから、ちょっとキ
ツイ。自分のペースで登れれば、もうちょっと楽なんだけど、仕方がないか…。
 そして、今度こそ、リースの言うとおり、頂上はわりとすぐ登ったところにあった。
「はあー! 気持ち良いもんだなー」
 高山の風を浴びて、ホークアイは下界を見下ろす。俺もシャルロットを降ろして、見渡
す限りの下界を眺める。確かにこれは気持ち良い。眺めもいいし、今までの疲れを、風が
吹き飛ばしてくれる気分だ。
「ローラントが小さく見えるね」
「ん? どのへんだ?」
「ホラ、あそこの、雲の切れ間」
 俺とケヴィンがローラントの位置で話している隣で、アンジェラはグロッキーな様子で
岩にへたばっていた。
「でも、翼あるものの父って、どこにいるんだ?」
 確かに景色はすごく良いのだが、それらしき生き物は見当たらない。
「いつもここにいるわけではないですから。飛び回っているんですよ。でも、大丈夫。す
ぐに私たちを見つけてやって来ますよ」
「わかるのか?」
「翼あるものの父は千里眼を持っていると言われています。鳥もそうですけど、空を飛ぶ
んですから、目はすごく良いんですよ」
 それもそうか。
 というわけで、その翼あるものの父が来るまで、俺達は頂上で休んでいた。
 やっと元気を取り戻したアンジェラが、今更のように景色を眺めている。
「あら? あれ何かしら?」
「ん?」
 アンジェラの指さす方を見ると、確かに何かが飛んでくる。
「あ、あれが翼あるものの父です。私たちを見つけたみたいですね」
 その翼あるものの父とやらはあっと言う間にこちらに近づいてきて、すぐ上を旋回して
いる。
 翼あるものの父って、けっこうヘンなんだな。ブースカブーよりはずっとヘンじゃない
んだけどさ。なんていうのかな、ふさふさ白毛のドラゴンみたいな感じ。ドラゴンなんか
より全然愛嬌あるんだけどさ。
 やがて、旋回するのをやめて、こちらにゆっくりと近づいてきた。四枚もある羽をばっ
さばっささせて、俺達を興味深そうに見ている。
「……これが、翼あるものの父…?」
 フェアリーがいつの間にか俺から出て来て、ちょっと怪訝な顔していう。そうだよな。
確かに図体はデカいんだけど、なんか、どっか子供っぽい印象が強い。
「父と呼ぶにはなんか、顔付きあどけないけど…。まあ、いいか。ねえー、ボクー。わた
したちを聖域の扉まで連れてってくれない?」
 しかし、そう言ったとたん、こいつはキバをむけ、キシャーっと威嚇しはじめた。
「お、おい、大丈夫なのか!? なんか怒ってるみたいだぞ!」
 大きいもんだから、けっこうな迫力がある。
「あなたは女の子なんだよね?」
 リースがとっさに叫ぶ。
「お、女の子って…、コイツ、女の子なの?」
「ええ、そうなんですよ」
「女の子だったのか…」
 うーん…。性別なんぞ、見ただけでわかんねーぞ、これ…。
「そうだったの、ごめんね」
 フェアリーが謝ったおかげで、すぐに機嫌はとりなおしたようだが、乗せてくれそうに
はない…。うーん…。
「なあなあ、おまえ、なんてーんだ?」
 ケヴィンは恐れもせずに話しかける。すると、コイツはくりっと首をかしげた。…結構
可愛いかもしれない…。
「あっ、そうだ。じゃあさ、さっきのお詫びにカワイイ名前をつけてあげるから許して。
うーんと、そうね。…そうだ! フラミーっていうのはどうかしら?」
 フェアリーがそう言うと、コイツはパッと顔を輝かせた。どうやら気に入ったらしい。
「気に入ってくれたみたいですね」
「なんか元ネタあるのか?」
 ホークアイがフェアリーにそう話しかけると、彼女はちょっと笑って見せた。
「わからない。でも、なにか、遠い記憶が呼び覚まされたような感じがするの。どうして
なのかな…」
 しばし、フェアリーとフラミーは見つめ合っていた。
「で、その背中に乗せてくれそうなのか?」
 なにか感傷に浸っていたようなフェアリーを、ホークアイが現実に引き戻す。
「そうね。ねえ、フラミー。わたしたちを聖域の扉まで乗せてってくれるかな?」
「クルクルゥーッ!」
 フラミーは、すぐに背中を向けた。乗れって事か。なんか、よくわかんないけど、フラ
ミーって名前をよっぽど気に入ってくれた事はわかった。


 いっやはや。なあ! 空を飛ぶってこんっなに爽快だとは思わなかったぜ。思わずフラ
ミーの背中にのってはしゃいでしまったくらいに。それぞれの故郷の上を行ってもらった
りして。
 故郷巡りなんかした後、あっと言う間に聖域の扉についた。
 聖域の扉に入ったとたん、ぐんぐんフラミーが上昇していく、そして、パァーッと辺り
一面真っ白になって…。
 気がついたら、雲にぽっかり浮かぶ島みたいなのが見えた。あれが聖域なのか!? おお、
おお。なんかやたらでけー木もあるみてーだし。あれがマナの木かぁ? あの空で光るカ
ーテンは何だろう?
「あれが聖域か!?」
「そうじゃないか!?」
 俺が怒鳴ると、ホークアイもどなり返した。こんな空の上だし、フラミー速いからさ、
こうでもしないとうまく聞こえねーんだよな。
 聖域は不思議な空間だった。豊かな緑があり、見た事もないような鳥が飛んでいく。
 普段の聖域ならきっと神秘的で、清閑で、不思議に落ち着くような場所だったんだろう。
でも、俺達が聖域でまず見たものは、血なまぐさい、戦争の跡の、累々たる死体だった。
 アルテナの魔法兵。ナバールのニンジャ。ビーストキングダムの獣人。アルテナのもの
と思われる戦車や、なぜかドラゴンやらデーモンとかの死体までも転がっていた。
「先に聖域に入った連中が派手にやったみたいだな。見ろよ、ひどいもんだぜ…」
「……そうね…」
 みんな、苦々しい顔をする。
「さ、早く行こう…。なんとしても、奴らより先に聖剣を抜かないとな…」
 ホークアイが俺の背中をポンとたたく。
 そうだな…。そうだよな…。よっし、もうひと踏ん張りだ!

 襲いくるラビたちを蹴散らして、俺達はマナの樹を目指した。
 ラビとかいなくて、一刻も争うような時でなければ、もっとゆっくり聖域を見たかった。
この不思議な雰囲気にのまれてみたかった。…けど、そうもいかない。
 そして、ついに着いた。マナの樹まで…。
 見上げて、思わず息を呑んだ。
 てっぺんがどこにあるかわからない程の高さ。どれほどの人が手をつなげればこの木を
一周できるのか。それほど、マナの木は高くて、大きかった。
 根元は清らかな泉につかり、まさに女神の化身にふさわしい樹。
 ……これが…マナの樹……。遠く見るのも迫力があったけど、こうして近くで見ると、
この存在感は桁外れだ。
「…うっひゃー………。こーれがマナの樹かぁ! でっっけぇーなぁ…」
「見上げても、見上げたりないみたいですね…。どこまで高いんでしょう…」
「本当だなぁ…」
「ホラホラ! 根元に剣が刺さってる! あれがマナの剣なのね!」
 アンジェラが指さす先に、一本の剣がささっている。
「あ、あれが…?」
「そうよ。デュラン、あなたが抜くのよ」
 いつの間にか出てきていたフェアリーが俺の目の前を飛び漂う。
「お、俺が…?」
「そうでち。うり! 行くでち!」
 ぺーんと俺のももをたたいてシャルロットが俺をせかす。ほ、本当に抜けんのかなぁ…。
 俺は、樹の根元に飛び移り、その剣に触ってみる。
 ビィンッ!
「どわっ!」
 な、なんだなんだ!? 跳ね返されたぞ!
「あせっちゃダメ! 心を落ち着かせて!」
 フェアリーが俺の周りを飛び回る。
「落ち着かせるって、言われても…」
 これでは、剣が俺を拒絶してるとしか思えない。
「落ち着くのよ! 深呼吸でもして…、剣と対話するの。あなたが心をひらけば、剣の方
から話しかけてくるはずよ」
「話す? 剣と?」
「そう! さぁ、目を閉じて。デュラン」
 よくわからなかったけど、フェアリーに言われるままに、俺は目を閉じた。深呼吸を二、
三度やってみる。
 ……え? ………あれ? …なんだろう、この感じは……。これは…、初めてマナスト
ーンを見た時に感じたものと似てる…。
 なに…? なんだ……。何か、耳なり……? いや、声だ。聞き覚えがある声が……。
『あんたって、本当にバカね! なんだってそうもバカなの!?』
『デュランしゃーん、肩車してぇ〜。シャルロット、あれが見た〜い』
『なぁなぁ、ちょっと付き合えよ! あっちの方でおもしれぇもんやってるぜ!』
『おう! オイラに任せとけ!』
『大丈夫ですか!? …あ、ああ…、良かった…。もう、無理しないで下さいよ…』
『へ、平気よデュラン。確かに私は小さいけど、あなたが心配する程じゃないんだから。
本当よ』
 いきなり、みんなの顔がめぐり、言葉がめぐる。
 バカにされたり、頼りにされたり。なにかを共感したり、任せたり、心配かけたり、気
遣ったり……。たくさん、たくさん………。
 ……ああ、そうか…。みんないたから、やってこれたんだ……。みんな、俺についてき
てくれたから……。
 ……俺は、マナの剣をぬく…。そのために、ここまで来た。あきらめない、あきらめら
れない。自分自身のためにも、みんなのためにも…。
 …そうだ。俺はあきらめない。何があったって、くじけるもんか!
 強くそう思った時、俺の中に何かの力が入り込んできた。とても俺を勇気づけてくれる
力が。これは…マナ…? たくさんのマナストーンの気配を感じる。マナストーンが俺に
力を…?
 ふっと目を明けると、目の前に剣の柄が入ってきた。
 そして、今が抜ける時なんだと感じた。剣の柄をしっかりと握り締める。目映いばかり
の光が剣から漏れ出て、俺を包む。グッと力をいれると、ウソみたいに軽く抜けてしまっ
た。
「……これが、マナの剣…」
 俺も、いくつかの剣を見てきたが、これ程素晴らしい剣は見た事がなかった。どんな材
質で作られているか、まったくわからないけれど、不思議な輝きを放っていた。
「や、やった…。やったぜ、剣が抜けたぜ! フェアリー!」
「おめでとう! やっぱり、デュランなら抜けると思ってたよ!」
 フェアリーは今にも俺に抱き着きそうな勢いで飛んできた、その時だった。
 ばしっ
「キャーッ!?」
 え? え? え!?
 突然、黒い鳥が急降下してきて、あっと言う間にフェアリーを爪でつかんだのだ!
「な、てめ、そこのトリ! フェアリーを離せ!」
「ギャァーッ!」
 黒い鳥はばさばさと羽ばたいて、俺を見ていたが、いきなりフイッと消えたのだ。
「消えただと!?」
 あまりの事に、俺は呆然としっぱなしだった。マナの剣をつかんだまま、あの黒い鳥が
消えたあたりを眺めていた。
(…デュラン…。デュラン…)
 不意に全体に響き渡るような、優しい声がした。ハッとなって振り返ると、そこには神々
しいばかりの女性がうすらぼんやりと、ふわふわ浮いていた。
「あ、あんたは…?」
(…私はマナの女神の幻影…)
 げ! マ、マナの女神さま!?
(聖剣の勇者デュランよ、よくぞここまで来ましたね。あなたがたの事は、フェアリーを
通して見守っていました…)
「え、あ、は、はい、よ、あ、あの、はあ…」
 思わずしどろもどろになって、わけのわからない事を口走る。
(ここまでたどり着いたあなたがたに、本来ならば願いをかなえるところなのですが…も
う私にはほとんどの力が残っていません…)
「え? それって…」
 女神様の幻影が悲しそうな顔になる。
(マナが減り過ぎて、もう私にはどうする事もできない…。もう、あなたがたに手を委ね
るしかないのです…。お願いです、マナの希望であるフェアリーを助け出して下さい…)
「え!? なんだって!? ちょ、ちょっと待ってくれよ、あんた女神様なんだろ? マナが
減り過ぎてって、マナがないと、駄目なのか!?」
 静かに頷く女神様。女神様って…全知全能じゃ…なかったのか…。
(私はこの世界を見守る者。そして、この世界を創造っていくのは、あなたがた世界に住
まう者。世界の主はあなたがたなのです)
「え? あ…、ええ?」
(そして、今。私にできる事は、これをあなたがたに授ける事)
 そう言うと、両手を胸の前に広げた。すると、そこが光り輝いて、でんでん太鼓がゆっ
くりと現れた。
(これを…)
「…こ…これは?」
 手を延ばして、それをつかむと、やっぱりそれはでんでん太鼓で、いやに古ぼけていた。
造形とかは、俺たちが知っているものとそう変わらないのだが、太鼓の皮に描かれている
模様は、見たこともないものだった。
 け、けど、どうして、いきなり女神サマからでんでん太鼓をもらわなきゃならんのだ…?
(あなたがたが、ここに来る時に騎乗した聖獣を呼ぶ道具です。これを使えばその背に乗
り、自由に操る事ができるでしょう……。これで、邪悪なる者に捕らわれたフェアリーを
助け出して下さい。マナの希望を…どうか絶やさないで…)
 女神様は悲しげな表情のまま、そう言った。
「いや…、よくわかんねぇけど、でも、フェアリーは絶対助け出すよ。大事な仲間なんだ
し」
 俺がそう言うと、女神様はわずかにほほ笑んだようだ。
(古き時代の終焉が近づいているようです。でも、このままでは滅びるだけ…。新しき時
代のためにも、希望だけは絶やさないで…。さあ、急いで…。事は一刻を争います…。早
く!)
「わ、わかった! 急ぐよ」
 そう返事すると、女神様はスィーッと消えてしまった…。
 しばらくポーッとなってしまったがそんなヒマなどないと気が付いて。俺は慌ててみん
なと一緒に元来た道を戻り始めた。 

                                                             to be continued...