リースとケヴィンのクラスチェンジも終わり、火炎の谷を後にして、ジェシカを見舞い
たいというホークアイの願いのもと、オアシスにいったん戻った。時間も時間だし、一泊
しようという事にもなった。
 ホークアイのお馴染み、道具屋ハンナさんの所にジェシカたちはいた。
「ニキータ! どうだ? ジェシカの具合は…」
「あ、アニキ! ……それが、全然…。長い間、呪いにかかっていたから、心身共に弱り
切ってるニャ…」
「そうか…」
「ひどくうなされているのよ…。大丈夫かしら…」
 ハンナさんも、俺達にお茶をだしてくれたりしながら、困ったように言った。
「シャルロット。あんたの魔法でどうにかなんない?」
 アンジェラが机にひじをつきながら、お茶をすすっているシャルロットに話しかける。
「……うーん…呪いで心身ともに弱ってるんでちよね? そりならシャルロットじゃ無理
でちよ…。疲れをとったり、ケガを治したりはできまちけど、体力そのものを上げる魔法
なんて使えないでち…」
「それじゃ、そういう魔法はあるって事なの?」
 リースの問いに、シャルロットはこくんと頷く。
「でも、それって一時的なヤツでしょ。月のエネルギーを使うってヤツ。そりゃ、一時は
効くかもしんないけどさ。根本的な解決にはならないわ。やっぱり安静にして、自然に体
力が回復するのを待つしかないよ…」
 アンジェラが口を開いてそう言うと、シャルロットはこくんこくんと頷いている。
「どれくらいかかりそうなんだ?」
 さすがに暗い顔を隠せずに、ホークアイが聞いてくる。
「わかんないでち。そのジェシカしゃんの基礎体力によりまちからね。ケヴィンしゃんみ
たいに基礎体力のしっかりした人なら、たぶん一週間くらいで動けるようにはなりまちけ
ど…」
 ケヴィンは別格だろ…。それに気づいたか、ホークアイもちょっと嫌な顔をした。
「待つしかない、と…」
 重苦しい空気がなぎはらえない……。
「ハンナさん、悪いけど、ジェシカをしばらく頼む…。これ、少ないけど…」
 ホークアイがお金を渡そうとすると、おばさんは手を振ってそれを断った。
「あんなに世話になったフレイムカーン様の娘さんだもの。かまわなくていいよ」
「でも、ハンナさん…」
「それより、あなたたち、疲れているんでしょう? あたしの自慢の照り焼きチキンを御
馳走してあげるよ!」
 そう言って、ハンナさんは少しでもこの暗い雰囲気を吹き飛ばそうとしてくれた。
 ハンナさんの照り焼きチキンは美味しかった。お代わりしたかったけど、かなり無理し
てくれたみたいだから、グッと我慢した。お代わりしようとするケヴィンの足も蹴っ飛ば
した。
「あ、ねぇ、君。こっちは良いから、それ、ジェシカさんとこに持っていってくれる?」
 食器の片付けを俺が手伝っていると、ハンナさんは水をはったタライと、まだ湯気の立
つおかゆを目で指した。タライのはしにはタオルがかかっている。
「ええ、良いですよ。部屋はどこですか?」
「階段を下りて、左の部屋。ホークアイもニキータもたぶん、そこよ」
 なるほど。二人がジェシカにかかりきりだから、俺が運ぶわけだな。
 俺は言われた通り、おかゆとタライを持って言われた部屋へ向かう。
「入るぞ」
 軽くノックしてから、俺は部屋の中に入る。
「デュラン…」
 じっとジェシカを見つめていたホークアイが振り返る。…疲れた顔しやがって…。
「ハンナさんからおかゆと、新しい水だ。こっちの方が冷たいだろうって」
 俺はおかゆをホークアイに手渡し、タライをベッドの隣に置く。タオルを絞り、ジェシ
カの額に乗っているものと交換する。
「悪いな…」
「気にすんな。俺も、手が空いてたし」
「あ、ジェシカさん、気がついたにゃ?」
 冷たいおしぼりが効いたのか、ジェシカがうっすらと目を開けた。
「ジェシカ! …大丈夫か?」
「ホークアイ…」
 か細い声をあげ、ジェシカは静かに首を動かしてホークアイを見る。
「…ねぇ…あなたが…兄さんを殺したなんて…ウソよね…?」
「ウソだ! 俺はイーグルを殺してなんかいない。絶対に!」
 ホークアイが、キッパリと言い切った。今までずっとずっと言いたくて、言えなかった
事を、ホークアイは力強く言い切った。
「もう、わかってるだろうけど、ジェシカ。おまえは呪いがかけられていた。俺が真実を
話したら死んじまうような呪いが。だから…ごめんな。本当のことが言えなくて」
「…そうなの…。良かった…。本当に…」
 うっすらと微笑む。そして、疲れてしまったのかまた目を閉じた。また意識を失ってし
まったんだろうか。
「………はあ…」
 前髪をかきあげて、ホークアイはため息をついた。ニキータもヒゲをたるませて、元気
がない。
 俺はかけるべき言葉も見つからなくて。古い方のタライを持って部屋を後にした。
 扉をパタンと閉めて。…俺もため息を吐き出した。
「あれ? リース?」
 ちょうど、リースが階段を下りて来た所だった。何しに来たんだろう。
「あ! あ…その、どうですか? ジェシカさんの様子は…」
「ホークアイとニキータが看てるけど…。あんまし良くないみたいだな…。何かしてやり
てぇけど、何をして良いのかわからねえ…」
「そうですか…」
「なに? 彼女の様子をみにきたの?」
「え、その、あの…。ええ、少し、気になって…」
「そっか。本当、早く良くなるといいよな」
「ええ…」
 俺はタライを持って階段を上る。彼女も、リース並の体力があれば、回復ももっと早い
のかな、とか無理なことを考えながら。


 いつまでもここにいるわけにはいかないから。ジェシカをニキータとハンナさんに任せ
て、俺達は出発する事にした。
 ホークアイはさすがにいつもの調子は無かったけど。それでも、何とか大丈夫そうにし
ていた。空元気なのかもしれない。昨日今日でそう立ち直れる事でもないだろうから。
 でも、空元気も元気のウチって言葉があるし。ともかく、ヤツを信頼するしかないよな。
俺にできるのはたぶん、そんくらいだ…。
 ニキータたちに別れを告げて、今度はサルタンから月夜の森へ行く事に。ルナという月
の精霊を仲間にするためだ。
 ケヴィンの故郷だという月夜の森。月夜の森っていうのは一日中夜だっていう。一体ど
ういう所なんだろう。

 ともかく、俺達はブースカブーに乗って月夜の森に通じているという月明りの都ミント
スへ。確かに、そこはおかしな所だった。
 遠くから見ても、あのうっそうとした深い森の上は、黒いモヤか何かかかっているよう
だった。あそこの地域だけあきらかにおかしい。何でああなってるんだ?
「なあケヴィン。何であの地域ってあんなモヤかかってんだ?」
「月夜の森だからだよ」
「いやだから、何で、その月夜の森だけいつも夜なんだよ」
「いつも夜だからだよ」
「……………」
 俺は理由を聞くのをあきらめて、月夜の森の入り口だというミントスのあたりを見る。
 黒いモヤの中、黄色やら橙色やらの光が薄くポツポツと光っている。
「もう少しだな」
 地図をしまい、ホークアイも髪の毛をおさえながら、ミントスを眺める。ブースカブー
の上はかなり揺れるし、結構なスピードで泳いでいるから、風が強い。
 ミントスは、薄暗くて妙に幻想的な都だった。いや、都というには俺達の感覚からにし
ちゃ規模は小さいんだけど、獣人達にとってはビーストキングダムに次ぐ規模だとか。こ
の二つ以外は小さな集落がいくつかあるだけなんだそうだ。
 当然のごとく、住人は全員獣人ばかり。ケヴィンみたいな狼男(狼女もいるのか?)や
狼そのものやら、俺達とそう変わらない姿の人々が平然と歩いていた。
 俺達の感覚だと、獣人がああも堂々と歩いてる町って珍しいものだから、ついついキョ
ロキョロしてしまう。
「なあ、ジャドにいた時、気になったんだけど、あの狼そのものみたいなヤツ、あれも獣
人なわけ?」
 向こうを歩いている狼を指さして、ホークアイがケヴィンに聞く。
「あれは本当にウルフだよ。そっか、知らないのか。獣人にもタイプあってね。オイラみ
たいなのに変身するのと、あの人みたいにウルフそのものに変身するのと、あるんだ」
「え? え? あ、あれは獣人なのか?」
 ホークアイが戸惑って、さっき指さした狼と、ケヴィンが指さした狼を見比べる。
「そうだよ。あれウルフ。あれ獣人。大きさ違うでしょ」
 そ、そう言われても俺には区別がつかない。それはみんなそうらしくて、困ったように
そこかしこに歩いてる狼達を見る。
「その…それって、何で違いがあるんだ?」
「知らない。でも、親がそうだと、子供もそうなりやすいよ」
「でも、あの、なんつーか、混血児とかいるんだろ? その獣人と狼とで」
「うん。それだとどっちかになる。でも、何でそうなるのか誰も知らない」
「そっか……」
 そう言われたら、どうしようもない。ホークアイも仕方なく口を閉じた。
 とりあえず、ブースカブーでの旅の疲れをとるため、宿屋に入る。
 都だと言うわりに、宿屋は一つしかなかった。飯屋と兼業しているそうで、地下が飯屋
だそうだ。まあこの規模からいってそんなものだろうと思ったけど。
「いらっしゃい! へえ、人間たあ珍しい!」
「ああ。六人いるんだ。三部屋頼む」
「あいよ。うん? 獣人もいるのか」
 同じ獣人同士すぐにわかるらしく、宿屋のオヤジはすぐにケヴィンに気づいた。
「そうだよ」
 ケヴィンがにっこり笑うと、オヤジもにっこり笑った。
「そうだよな。獣人と人間、仲良くできないわけあないよな」
「そうだよ」
 そしてまた、笑い合う二人。このオヤジも獣人なんだろうが、そうは見えなくて、つい
ついオヤジを見てしまう。ジャドで見たのはごついヤツらばかりだったし…。
 オヤジは人間の俺達が珍しいらしくて、色々と世話をやいてくれ、ケヴィンからは聞け
なかったここらの情報も教えてくれた。
 ここミントスは戦えない獣人や、戦闘意欲のない獣人達の集まりである事。血気盛んな
ヤツらはみんなビーストキングダムに行ってしまった事など。
 俺達の食卓に一緒に着いて、色々と教えてくれる。
「獣人王様は、そりゃ、お強い人だからねえ。ちょっとどころか、だいぶ何考えてるかわ
かんねえお人だが、悪い人じゃないんだよ」
 その獣人王の息子が隣にいるとはつゆ知らずに、オヤジは酒にほろ酔いながら、そんな
事を言う。
「でも今回の人間界侵攻は、一体どういうお考えがあったんだろうなあ……」
 ケヴィンがうつむいてしまったので、俺は気にすんなと言いたくて、ヤツの肩をぽんぽ
んと叩いた。
「そういや、アルテナだっけか? あの北の魔法の国」
「それがどうかしたの?」
 いち早く反応して、アンジェラはオヤジさんを見る。
「そいつら、ここに攻めて来たんだ」
「ええ!?」
 それには俺も驚いた。思わず全員オヤジに注目した。
「この都自体が戦闘意欲まるで無しだとわかったら、素通りしてどっかに行っちまったけ
どな」
「どっかって…、どこなの?」
「ん? 北西の方だったか? ただ、あの方角には月読みの塔くらいしか無いんだが…。
何しに来たんだろうな…。あそこにゃヘンなでかい石しかねえのに…」
(ヘンなでかい石って…)
 フェアリーの声が頭の中で聞こえる。まあ、気持ちがわからんでもないけど…。
 でも、間違いない。アルテナは月のマナストーンを狙ってきたんだ。俺達は顔を見合わ
せてうなずいた。こりゃ、のんびりしてらんねぇな。
 今夜…今夜? ともかく、一泊したらすぐに月読みの塔に向かわないと。


 月夜の森は本当に不思議な所。いっつも夜だから、ケヴィンは狼男に変身したままで戦
っている。いやはや…。冗談ヌキで強いよ、変身したケヴィンは…。
 襲いかかってくるウェアウルフたちも、ケヴィンに蹴散らされていく。
「ケヴィン! 月読みの塔まであとどれくらいだ?」
「アオーッッ!」
 どうやら、ついて来いと言っているらしい。一声咆哮すると、スタコラ行ってしまった。
だあぁ、もう! あいつは夜目が効くから良いけど、こっちはそうじゃねぇってのに。し
かもアイツ、強いのは良いけど、変身すると理性(知性?)が落ちるみてぇなんだよなー。
 慌ててケヴィンを追いかけようと俺も走ったが、あたりは一面薮なので、歩きにくいっ
たらありゃしねえ。ケヴィンは薮なんてものともしないで、あっと言う間に抜けてしまう。
かーっくそ! うぜえ薮だなあ!
 月読みの塔に向かう途中は、アルテナと獣人達の戦闘の跡がそこかしこに残っていた。
その跡を見ると、どうもアルテナ軍の敗走の匂いがする。
 アンジェラを見てりゃわかるが、魔法兵ってのは、魔法が当たれば強いが、一人一人の
接近戦の戦闘力はたいした事がない。呪文を唱える間、時間稼ぎをしてくれるヤツがいな
ければ、あっと言う間にやられてしまう。
 しかも魔法は、ひらけた場所で威力を発揮するもので、こんなせまい森では魔法の方が
不利だ。さらにずっと暗いという悪条件の上、獣人達は夜の方が強いわ、地元だわ。一体
どういう勝算があって侵攻したんだろう?
 でかい魔法を使った跡を一カ所発見したが…。どうも、森の木々が楯になって、直接獣
人達に当たらなかったようだ。…魔法の欠点をまざまざと見た気がした…。
 まだ息のあるアルテナ兵を見つけて、事情を聞くべくアンジェラは立ち止まった。でも、
ケヴィンの方は気がはやっているのか、駆け出してしまった。仕方なく、俺はケヴィンを
追い、他の連中が後で来る事となったのだ。
 ようやく薮を抜けて急いで追いかけると、変身を解いたケヴィンが見えてきた。なにや
ら針金のように細い体の、怪しいピエロの格好をしてる男となにか言い合っている。しか
し、目の前にはまた薮が広がっていた。ちっくしょー…!
「死を喰らう男! おまえ、カールの命戻る! ウソついた!」
 あのヘンな野郎、ケヴィンの知り合いかぁ? 俺は薮をかきわけながら、ケヴィン達を
見ていた。
「おや、獣人王のボンクラ息子じゃないか。何だ、帰ってきたのか」
 男のわりには高い声。一体どういう種族なんだぁ? アイツ…。
「おまえ、カールの命戻る、ウソついた!」
「ホホホホホ。命なんて簡単に戻るわけないじゃないですか。しかし、てっきりどこかで
野垂れ死にしてるだろうと思ってたけど。しつこく生きてたんですか」
「生きてたぞ! どうしてあんなウソついた!」
「なに、邪魔だったんでね。ウェンデルに向かわせればルガーと鉢合わせして面白い事に
なると思ったんですが…まあ…戻ってきたのなら仕方がアリマセン。このワタクシが直々
におまえの魂を食べてあげましょう。ワタクシの腹の中でお望みのカールと再会できます
よ!」
 怪しい男の瞳が金色に光り、どす黒いオーラを発する。
「………おまえぇ〜!」
 頭に血を上らせたケヴィンが、毛を逆立てて殴りかかるが、男は霞のように消えてしま
った。
「えっ!?」
「ハーハハハハ! ホンットにバカですね! 愉快なくらいですヨ! フフフ…バカって
のは見てて多少愉快なところもありますが…魂も結構オツでしてね。ま、知らないでしょ
うけどネ…。さあ! おとなしく死になさい!」
 いつの間にかケヴィンの背後に浮かび上がっていて、もっていた鎌を振りかぶる。途端、
大地から闇の触手が延びてケヴィンにまとわりついた。たまらなくなって、ひざまずくケ
ヴィン。あ、く、クソ! 
「く、クッソーッ…。か、体、動かない!」
 ま、待ってろケヴィン! 今行くからな! 俺は大股で薮を駆け抜ける。クソ! なん
て歩きにくいんだ!
「待てよ!」
 俺がやっと薮から飛び出すと、続々仲間たちが右方の獣道から駆けつけるのが見えた。
…回り道した方が早かったのか…。
「ああ、やっと追いついた…。…あれ? だれだ!?」
「あーっ! お、おまえは、ヒースをさらったヘンテコオヤジ!」
 シャルロットが驚いて、針金のような男を指さした。
「なによ、あんたたち…。人の食事の邪魔をするなんて」
 ギョロっとした不気味な瞳で、俺達五人を不審そうに見る。
「ばかぁ! ヒースを返せよう!」
「あ、こら待てシャルロット!」
 シャルロットが無謀にも、あの男に飛びかかっていく。
「このやろー!」
「なんですか、このガキは?」
「うきゃーっ!」
 パンッと軽く、シャルロットは張り飛ばされてしまった。
「シャルロット!」
「…ははぁん。思い出しましたよ。あの男と一緒にいたガキですね」
「ヒースは!? ヒースはどこにやったんでちかぁ!?」
 泣きながら、シャルロットはまた立ち上がる。リースはそれを横で心配そうにシャルロ
ットの背中を支えている。
「あの男はね、闇の神官、堕ちた聖者として、共に仮面の導師様にお仕えする身。さすが
に、ワタクシが見込んだだけあって、今ではミラージュパレスナンバー二の実力の持ち主。
もちろん、ナンバー一はワタシですケドね」
「ヒースが、堕ちた聖者…? ウソでち、そんなのうそでちーっ!」
「あーもう、うるさいガキだね! みんなまとめて片付けちゃいましょう!」
 バッと鎌を構えた時だった。
「待て!」
 低い男の声。図体のデカい、やたらゴツい男がこちらにずかずかとやって来た。
「おや、ルガー様…」
「ケヴィンがこちらにやって来るのが見えた…。ケヴィンの相手は俺がする! 邪魔立て
するな!」
 ゴツい男はそう、拳をギュッと握って突き出して見せる。怪しい男はしばしそいつを見
やって、手に持っていた鎌を消した。
「そうですか。それじゃワタシは…」
 男は、ぴょいと飛び上がって、月読みの塔のベランダに腰掛ける。高みの見物をするら
しい。表情がわかりにくいけど、ニヤニヤしてるような、すごく嫌な感じがする…。
「ケヴィン! 勝負だ!」
「う、ウウ…。わ、わかった…」
 よろよろと立ち上がるケヴィン。いつの間にか、ケヴィンを捕らえていた闇の触手が消
えていた。
「おい、ケヴィン…」
「デュラン、大丈夫…。オイラ一人でやる…」
 そっか…。俺は頷くと一歩引き下がる。
「ちょっと待ちんしゃい!」
 勝負しようと対峙する二人をシャルロットが叫んで止める。
「ガキ! 邪魔すると貴様も殺すぞ!」
「うるしゃいでち! ケヴィンしゃんに、回復魔法かけるだけでち。さっきのヘンテコオ
ヤジに魔法かけられて万全じゃないんでち!」
 そう一喝して、ぶつぶつ呪文を唱えはじめ、ケヴィンに回復魔法をかけた。シャルロッ
トも怒ると迫力があるもんで、俺達はついボーッとシャルロットを見てしまった。
「なに、みなしゃんボサッとしてるんでちか。ケヴィンしゃんの応援するでち」
「あ、ああ…」
 しかし…。ケヴィンもそっちの獣人も、狼男に変身すると、どっちがケヴィンなのかわ
からなくなってしまった。なんせケヴィンたちの使う技は似通っているうえに、月夜の森
は薄暗い。時折、月明かりに照らされた服で見分けたり、戦い方のクセでわかるけど、動
きが早い事も手伝って、すぐに見分けがつかなくなってしまう。これじゃ、どっちがどっ
ちなのかわからない。どう応援してよいものやらわからなくなってしまった。
 とりあえず、狼男二人がボコボコ殴り合っている姿を見るしかなかった…。
 やがて、双方ボロボロになりながら、そして、やっとやっと決着がついた。二人のクロ
スカウンターが見事に決まり、一瞬、両者とも動きが止まる。
 片方はよろけて、もう片方は辛くも立っている。よろけた方は少しフラついて、そして、
ばったりと豪快に倒れた。
 勝ったのはケヴィンか、それとも…。
 力が、緊張が抜けたのか、双方の狼男は元の姿に戻り始めた…。勝ったのは…。
 最後まで立っていたのは、ケヴィンの方だった。だが、すぐにがくっとひざまずいた。
「ケヴィンしゃん!」
「ケヴィン!」
「ハァッハァッハァッ…。ル、ルガー…」
 息も荒く、ツラそうにケヴィンはルガーという男を見る。
「……ケ、ケヴィン…。ま、負けたよ…。俺の負けだ…カハッ!」
 血を吐き出し、息も絶え絶えに、ルガーはつぶやいた。胸が大きく上下して、激しく呼
吸しているが、震えている…。暗くてわかりにくいけど、ひどいケガなようだし…。…あ
いつ、ヤバいな…。
「どうする? 回復魔法…かけるか…?」
 俺がそう話しかけると、ルガーはちらりとこちらに目だけを向けた。
「…いらん…。人間の世話には…ならん…」
「……ルガー…獣人、人間、関係ないぞ…!」
「……うるさい…。どうして…どうしておまえはそう…、俺の頭にくる事ばかり…しやが
るんだ…。生まれながらにして、後継者として、獣人王様から格闘の奥義を教えられなが
ら育てられたクセに……俺が…俺があんなにも…あんなにも教えてもらいたかった奥義を
……。教えてもらっていたクセに……全部…全部無駄にしやがって……!」
 口から流れ出る血にかまいもせずに、ルガーはケヴィンを睨みつけ、しゃべり続ける。
「……でも、オイラは好きで獣人王の子供として、生まれたワケじゃない」
「……この…野郎…! まだ…言いやがるか…! 一体…一体どれだけの獣人が…獣人王
様に…憧れているのか…!」
 血走った目でケヴィンを睨みつける。その凄まじい形相に、シャルロットが俺の横に来
て、ズボンのすそをつかんだ。
「…でも、オイラもそれで困ったんだ。母さんはいなくなるし、カールは…オイラは、カ
ールを…」
「ハァッハァッ…、何で…何でおまえが…獣人王様の……。くそう……。それでも、それ
でも…血は…血なのか……。…おまえなんかに…格闘技だけは負けたくなくて……修行し
たのに……このザマとは……。ちくしょう……ゲホッゲッ」
 さらに血を吐き出すルガー。俺もシャルロットも困って顔を見合わせる。
 ルガーを見ていたケヴィンは静かに首をふった。
「…ルガー…。おまえ、じゅうぶんに強い。獣人王の後継者、おまえにこそふさわしい…。
オイラよりずっと…。後継者は血じゃない。やる気だ」
「ハァ…ハァ…、ハッ! 勝ったおまえが…俺にそんな事を…言うのか…」
「オイラだって負けられない。オイラには大事なトモダチがいる。トモダチのために、旅
してるんだ。負けたら旅も終わる。だから、負けるわけにはいかない。…でも、オイラの
目的は獣人王じゃない。なりたいやつがなればいい。オイラは…なりたくない。だから、
獣人王に必要なのは、やる気だ」
 胸を大きく上下させながら、ルガーはケヴィンの言葉を聞いていたが、やがて天に視線
を移し、自嘲の笑いを吐き出した。
「フッ…。グフッ…。やる気かよ…。フ、フフッ…、ずいぶんと…おまえらしい意見だな
…。なんかもう…どうでも…よくなってきやがった…。…今度…ハアッ、生まれ変わった
ら…、もう一度…、おまえと…勝負し……ガホッ!」
「ルガー!」
 大量の血を吐き出したルガーに、ケヴィンが泣きそうな顔で叫ぶ。その時だった。一瞬、
辺りに柔らかい光がさす。
 フワリと光り輝く羽のついた、布にくるまれたような女の子がでてきたのだ。あれは…?
「ルナ!」
 ケヴィンの声と共に、フェアリーが俺から飛び出す。
「…ルナ…?」
「月の精霊よ」
 彼女を知らない俺に、フェアリーがこそっと耳打ちする。
「ねえルナ! お願い! ルガーを助けて!」
 ケヴィンはワラにもすがる思いなのか、ルナに向かって叫ぶ。もとよりそのつもりらし
く、ルナは静かに頷いた。
 ルナはルガーにそっと近寄り、宝珠から光の粉をしずかに振らせていたが、やがて悲し
そうな顔で首を振った。
「……ごめんなさい…。あまりにも命を擦り減らしすぎてて…私の力じゃ…どうしようも
できない…」
「そんな!」
「でも、でもね、彼の望みどおりに生まれ変わらせる事くらいならなんとか…。それで良
かったら…」
「それでもいいから!」
 ルナは小さくうなずくと、手にした宝珠になにやら力を込める。すると、宝珠が光り出
して、その光りがルガーを包む。
 あんまり眩しくて、俺は顔を背けた。
 そして、次に見えたのは、なんと赤ん坊だった! あ、あれ、あの大男は?
「あ、赤ん坊!?」
「ばぶぅ! だあぁー…」
「こ、これがルガー?」
 ケヴィンも驚いたようで、目を真ん丸にさせて赤ん坊を見た。
「私にはこれが精一杯なの…」
 驚いた目のまま、ケヴィンはルナを見た。そして、ゆっくり首をふる。
「ううん…。ありがとう。…ねえルガー、大きくなったらまたおいで。そして、またオイ
ラと勝負しよう!」
 ケヴィンは、跪いてルガーに優しく話しかける。
「あうー…」
 わかっているのかいないのか。赤ん坊はケヴィンをしばらく見つめていたが、はいはい
しながら月夜の森へと消えて行った。
 俺達はしばらくその様子をボーッと見ていた。
「ね、ねえ…。あの子、あのままで大丈夫なの?」
 そ、そうそう。
「大丈夫! 獣人の子供は森の中で自然に育つ。森の動物も拾ってそれを育てる。これ、
獣人のジョーシキ!」
「…す、すげーな…」
 常識とか言われちゃったよ…。
「え? でも、そしたら、どうやって親子とか見分けるわけ?」
「ニオイでわかる」
 困惑した顔でアンジェラが尋ねると、事もなげに答えるケヴィン。
「じゃあ、何でミントスみたいな都や集落があるんだ? あれって、ようは獣人達も家族
で住んでるって事なんだろ?」
「育てたいヤツは育てる。育てたくないヤツは森の動物に任せる。好きにしていい」
「すげえよ、おまえらは……」
 ホークアイはなんかもう、あきれを通り越して泣きたそうな顔で言った。俺もどうコメ
ントして良いかわかんなくなってきた……。
「と、ところでルナ…」
「わかっています。私も、あなたがたに協力します。これ以上マナが減ってしまったら、
大変ですからね」
 そう言って、ルナはにっこりほほ笑んだ。

                                                             to be continued...