砂の都サルタンについたのは、エルランドを出発して三日そこら。途中、どこかの陸地
に寄って休んだりしたけど、驚異的な早さだ。さすがブースカブー、と言うべきか。
 エルランドで買った防寒着はほとんど売っぱらった。持ってたって荷物になるだけだも
んな。代わりに砂漠用の衣服を買う事となった。
「砂漠は昼と夜の温度差が激しいんだ。夜になったら寒くなるぜ」
 砂漠出身のホークアイはそう、教えてくれる。何でも日射が厳しい上に、夜は寒いから
肌を隠すようなものが良いんだそうだ。こうして、砂漠民族の服なんか着てると、その土
地の人になったような気分にちょっとだけなる。気分だけだけど。
 砂漠に戻ってきたホークアイは、なんだか元気がなかった。あの仲間だったビルやベン
というヤツらとの戦いも引っ掛かっているようだし、ナバールが、無差別に略奪を繰り返
しているという話にも元気がないようだ。
 大体、盗賊と言ったら忌み嫌われるのが普通。人が苦労して稼いだ金を横取りされるん
だ。嫌われて、まぁ当然っちゃあ当然だ。
 でも、ホークアイはその盗賊に、ヤツなりの誇りを持っていた。いつだか言ってた。そ
こいらの盗賊とは違うつもりだって。ナバールの盗賊としての誇りがあるんだって。
 その誇りを傷つけられるような事ばかりの事件だもんなぁ…。こたえるわけだよ。
 …人に悩みを話すような性格じゃないからな、アイツ。どうにかしてやりたいけど…ど
うして良いかわからんのが現状なんだよな…。


 キィン、ガン!
 かったいバレッテをなんとか倒して、俺はシャルロットの加勢に行く。
 シャルロットはダックソルジャーとフレイル合戦している。
「ムキーッ! なんでちかあんたっ。アヒルのクセに生意気でち!」
「ガーガガガッ、ガッガァッ!」
「なーんでちって!?」
 あいつ、モンスターの言葉がわかるのか…?
 モンスターを蹴散らしながら、火炎の谷の前に村があるというので、そこで小休止。そ
の村はディーンといって、砂漠のオアシスだった。
 砂漠はホークアイの言うとおり、昼はクソ暑く、夜は凍えるほど寒くて、フォルセナ生
まれでフォルセナ育ちの俺にとってはある意味新鮮な環境でもあり、あんまり住みたくは
ないなというのが正直な感想だった。
 このクソ暑くクソ寒い砂漠越えはやっぱり不慣れな人間にはキツくて、しかもモンスタ
ーと戦いながらで。水を我慢するのがやっぱり厳しかったから、砂漠にぽっかりと浮かぶ
オアシスを見た時は、何とも言えない気持になった。
 でも、オアシスはオアシスで大変みたいだ。マナの減少によって、水位が低くなってい
るという。確かに、言われてみれば元の水位と思われる場所がカラカラに乾いていて、そ
こはかとなく危機感が漂っている。砂漠を越えてきたからわかるけど、ここで水って死ぬ
ほど貴重だし、ありがたいものなんだよな。フォルセナにいた頃はそんな事考えた事なか
ったけど。
 ディーンに着くとホークアイは慣れた様子で村内を歩く。そして、俺達を村にたった一
件しかないという道具屋に案内した。
「こんちわー」
 乾燥しきった木の扉を開いて、ホークアイは中に入る。それに、なんとなく続く俺達。
「いらっしゃ…あら、ホークアイじゃないの! どうしたの!? 久しぶりじゃない」
 カウンターに座ってなにか書き物をしていた中年のおばさんが顔をあげ、ホークアイを
見た途端、破顔した。
「久しぶり。ハンナさん。相変わらず美人だねー」
「いやだね、この子ったら。後ろの人達はお友達かしら?」
「そうなんだ。で、その、ものは相談なんだけど、ハンナさん…」
「ちょっと待ってね」
 なにかあると悟ってくれたおばさんは、中に声をかけた。
「シャリーズ! シャリーズ! ちょっと、お店番お願いね」
「あ、はーい」
 そばかすだらけの若い女の子が、返事をして、カウンターにやってくる。
「シャリーズ。ホークアイだよ。覚えてるかい?」
「うん。こんにちは」
「や、大きくなったねー。やー、ハンナさんに似て将来美人になるなー」
 ホークアイは如才なくあいさつする。こうもさらっとこういう言葉が出てくるんだから、
俺にはとてもじゃないが真似はできん。
 そして、俺達は道具屋の中へと招き入れられた。
 一人一人にお茶をいれてくれ、俺達は喉も乾いていたので飛びつくように飲み出した。
「あぢゅ!」
「慌てて飲まなくても大丈夫よ」
 お茶の熱さに悲鳴をあげたシャルロットに、ハンナさんは苦笑する。
「…さて…。で…」
 俺達が少し落ち着いたのを見計らって、静かに声をかけてくる。
「…ハンナさんはもう知ってると思うんだけど、その、今のナバールが…」
「うん、聞いてる。あなたがナバールを裏切ったという情報もディーンにきてるの。まあ、
なにかの間違いだと思っていたんだけど…」
「その…、ハンナさん…」
「事情はニキータから聞いたよ。……大変だったね…」
「ニキータが!? あいつ、ここに来てるの!?」
「ええ。ちょっと前にね。あなたの事情や、ナバールの現状なんかを聞いたよ。……大変
な事になってるのね…」
 ため息混じりにそう言うと、ホークアイは唇をかみしめた。
「ディーンとはいえ、ここもナバールの息がかかっている連中が多いから。あなたは宿屋
じゃなくてきっとウチにくるだろうって、ニキータがそう言ってたのよ…」
「そうか…。で、あいつは今どこに?」
「ここにはいないよ。あの子はあの子でいろいろ嗅ぎ回っているみたいよ」
「大丈夫かな…」
「大丈夫でしょう。派手な事もしてないみたいだし。…そのぶん、集められる情報も少な
いみたいだけどね。でも無事よ。そこのところは、大丈夫」
「………………」
 ホークアイはうつむいてしまい、テーブルのお茶を睨みつけている。
 ホークアイにはホークアイの事情がある。あんまり突っ込んだ事は聞けないから、俺達
はただ黙っていた。
「…さて。今日は泊っていくんでしょ? わざわざ私を訪ねておいて、これから宿屋にい
くなんていう無粋な真似はしないでよ」
「ハンナさん…」
「うん?」
「………。その…ありがとう…」
 ほんの少しだけ詰まったように言ったホークアイに、ハンナさんは照れた笑顔を見せて
いた。


 泥のように眠ったあと、俺達は次の目的地、火炎の谷へ行く事となった。
 話に聞くと、火炎の谷というのは底から火炎がいつも吹き上げるという。とんでもなく
暑そうな所だ…。なにも暑いトコで熱いもんがなくても良いもんだろーにと思うんだけど
なぁ…。
 汗をかきかき、砂漠を通り、火炎の谷を目指す。
 ごつごつとした剥き出しの岩山が見えてきた。あそこが火炎の谷だろう。下の方に入り
口があるそうだ。
 景色は砂漠から岩山になり、熱さもだんだんひどくなってくる。
 その、火炎の谷入り口での事。数人の男女が連なって歩いているのが見えた。目をこら
すと、ローラントで見かけた美女が、かよわい感じの可愛い女の子を引っ張って連れて行
くのが見えた。そしてその後ろにはニンジャ装束の男が二人。あいつら、もしかして…。
「ん? おい、ホークアイ! あれ…」
「え? …あ! ジェシカ!」
 え!? あれがホークアイの言うジェシカっつー娘さんか?
 かなり可愛い娘なんだが、どうも衰弱してるようで、不健康そうな顔色をしていた。ジ
ェシカはホークアイの声にハッとなってうなだれていた頭を上げた。
 駆け出すホークアイに、彼女は今にも泣きそうな顔で叫ぶ。
「ホ、ホークアイ!? き、来ちゃダメ!」
「静かにしな!」
 身を乗り出して叫んだ彼女の頬を、美獣は音をたててとひっぱたいた。
「せっかく、呪いを解いてやったんだから、少しは言う事を聞くんだね」
「美獣! きさま…」
 ホークアイが怒りにわなないていると、美獣は鼻で笑って、そばにひかえていた二人の
ニンジャに目をむける。
「ビル、ベン。最後のチャンスだ。あいつらを始末しな!」
「ハッ!」
 二人のニンジャはかしずくと、ゆらりと立ち上がった。そして、じりじりと俺達に近づ
いてきた。
 ローラントでも一度剣を交えたビルとベン。ヤツらの強さは俺達も知っている。しかも、
ホークアイの仲間だったヤツらだ。ど、どうするんだ? 
 ホークアイを見ると、歯を食いしばって、火炎の谷にいる四人を睨みつけている。
 ビルとベンはゆっくりとこちらに近づいてくる。それを満足そうに眺めると、美獣はジ
ェシカを連れて火炎の谷へと歩きだした。
「あ、おい美獣! ジェシカを返せ!」
「貴様たちの相手は俺達だ…」
 ダガーをかまえて、俺達の前に立ちはだかる。抑揚のない声で、感情が感じられない。
「くっ…。ま、待てよ! ビル、ベン! 思い出してくれよ、俺達、仲間だったじゃねえ
かよ!」
 ホークアイが必死になって叫ぶ。しかし、ビル達は鼻で笑っただけだった。
「フン…知らんな…」
「ビル! ベン! 頼む、思い出してくれ! おまえら、操られてるだけなんだよ! 俺
達は…ナバールは……! ビル! ベン!」
 ホークアイの震える声が痛々しい。
「ごたくは良い。…行くぞ!」
 ビルとベンが走りだした。俺も剣を強く握り締め、楯をかまえる。
「やめろよ! やめてくれよ!」
 ホークアイの必死の願い空しく、ビルとベンは襲いかかってくる。危ねえ!
 ガキン!
 避けられず、立ち尽くしていたホークアイに向けられたダガーを、リースが槍で受け止
める。もう一人の方は俺が受け止めた。ホークアイは立ち尽くして、動かない。
「ホークアイ!」
 リースは槍でなぎはらい、ホークアイを見る。俺も目の前のヤツを蹴っ飛ばした。
「……………ちくしょう…、ちくしょぉぉぉぉ……」
 怒りと悲しみで顔をゆがめ、ホークアイは頭を抱える。俺はホークアイを気にしつつも、
身軽に起き上がるニンジャ二人を視界のはしにとらえていた。
「ホークアイ! しっかりして下さい!」
 もう一度リースが怒鳴る。ホークアイは頭を抱えたままだ。
「ここで殺られたら、あなたの目的も何もかも中途半端なままです! それで良いんです
か!?」
「………………」
「ホークアイ。…俺達で何とかする。おまえは下がってろ」
 返事のないホークアイを背後に感じつつ、俺はホークアイとニンジャ達の前に立ちはだ
かる。背後の気配から、仲間たちが次々と臨戦体勢をとっているのがわかる。
 ホークアイの事情を俺はくわしくは知らない。だけど、俺達の前に立ちはだかるなら、
殺そうと近づいてくるなら、それが誰であれ倒さないと進めない。非情な感じがするけど、
それは、きっと俺よりホークアイの方がずっとわかっていると思う。
 ホークアイにとって辛い戦いなら、戦わなくていい。それがヤツのワガママだとしても、
俺はかまわない。ツライもんはツライんだろう。
 襲いかかってくる二人を見据え、俺は楯をかまえ、剣を上段から振り下ろす。
 早い!
 上段攻撃をかわすと、ニンジャは俺の脇腹をねらい、ダガーを突き出してくる。
「くっ!」
 肘でその手を叩きつけ、なんとかしのぐと、今度は左方からもう一人が足元を狙ってダ
ガーをふりかぶるのが見えた。
 楯でしのごうとしたら、そのダガーがヒュッと引っ込んだ。一瞬だけ、槍の穂先が視界
を横切る。
 リースの槍がヤツの攻撃を防いでくれたらしい。
 もう一人の方はリースに任せて、俺は右方にいるニンジャを仕留める事にした。
 俺との距離をとり、身軽に後ずさるニンジャを睨みつける。近づこうと駆け出すと、砂
に足がとられる。砂漠での戦闘は慣れたつもりでいたけど、やはりあちらの方がはるかに
慣れているらしく、足はこびが悔しいほど軽やかだ。
 足場の砂に戸惑っているのを見抜かれたか、信じられない早さでこちらに駆け寄ってく
る。
 素早い突きを楯で受け止め、剣で攻撃するが避けられてしまう。苛々するくらいすばし
っこいヤツだな!
 悔しいけど、砂漠での戦闘はあちらの方に分があった。この暑さの中、砂地での戦闘と
は思えないくらいの動きがすげえムカつく。
 苛立つ俺にスキができたか、ほんの一瞬で背後をとられてしまった。
 やべえ!
 急いで振り返った視界に、ニンジャのダガーが突き出される!
「ぐうう!」
 だが、悲鳴をあげたのは俺の方じゃなかった。
 ニンジャのダガーをもつ腕に小さなナイフが突き刺さり、それでヤツの方が悲鳴をあげ
たのだ。
 あのナイフは…。
 確かめるために、思わずナイフが投げられた先を見ると、ホークアイがダガーを握り締
めてこちらに突進してきた。
「うおおおおおおっっ!」
 吠えるように叫び、ホークアイは俺の目の前にいるニンジャに切りかかった。


 ズザシュッ!
「……っつおおぉぉぅ…」
 ニンジャの最後の一人が、ホークアイのダガーに肩から切りつけられて、血をしぶき上
げながら、がっくり倒れた。
「はぁっ…、はぁっ…」
 肩で大きく息をしながら、自分が切りつけたニンジャを振り返る。もう一人も、少し向
こうに横たわっている。もう、二人ともピクリとも動かない。
 ビルの肩から未だ血が流れ出ているが、砂漠の砂がそれを吸いとり、血は大地に広がり
もしない。
「…………ビル………ベン………」
 顔についた血をぬぐいもしないで、しばらく彼らを見ていたが、小さくつぶやいて、ホ
ークアイはガックリと膝をついた。
「…ビル…、…ベン…。…許さねぇ…。…許さねえからなぁ、美獣…」
 ガッと砂地に拳を叩きつける。ここからではホークアイの表情は見えない…。ただ、そ
のうめくような、震える声を聞くだけ…。………ホークアイ……。
「畜生…畜生……何で…こんな事に…畜生…」
 砂を握り締め、かすれた声を出す。
 俺達は声をかけようがなくて。ただただ見守るしかできなかった…。
「…………行こうぜ…」
 どれくらいの時間が経ったか。赤い目を見せて、ホークアイは俺達をうながした。
「……でも…大丈夫か…?」
「…ああ…。大丈夫だ…、大丈夫だよ」
 ホークアイは、自分にも言い聞かせるようにそう言って、ほんの少し笑ってみせた。…
本当に、大丈夫かな…。でも、何て声をかければ良いのかわからない。良い言葉が見つか
らないまま、ホークアイは火炎の谷に入って行ってしまった。仕方なく、俺もヤツに続い
た。
 火炎の谷はオアシスに住んでいた人の言うとおり、いつも火炎が吹き上げる所で、無茶
苦茶熱いトコだった。
「あっちー…。こんなところに巣くうモンスターの気が知れないでち」
「なんだってこんなに炎が吹き上げんのよ…。ったく…」
 不平をたらたら言ってんのは、アンジェラとシャルロットのワガママコンビ。それとは
対照的に押し黙ったままのホークアイ。いつもの軟派な雰囲気がなく、地面をにらみつけ
て歩いている。
 いつもなら、彼女たちのワガママに俺やホークアイのたしなめの言葉が入るんだけど、
そんなのは無くて。そのうち、二人とも静かになってしまった。
「ん? 吊り橋があるぞ…。…ありゃ? あそこにいんの、美獣ってヤツじゃねえのか?」
 トンネルの先に吊り橋があって、そこに女二人がいるのが見えた。俺の声にいち早く反
応したのはホークアイ。思わず駆け出した。
「あ、おい待てってば!」
 慌ててホークアイの後に続く。吊り橋の真ん中で、とうとう美獣に追いついた。
「美獣!」
「あら、坊や…。…もう追いついちゃったのね…。…でも、それ以上近づいてごらん。こ
の小娘を下に突き落とすよ」
「!?」
 ジェシカという女の子、相当弱っているようで、立っているのもやっとという感じだ。
うつろな目でホークアイを見ている。
 吊り橋の下は沸き立つマグマ……。マグマ!? げげっ! ちょっと、あんなトコに落と
されちまったら…!
「………っけーっ! ちょっとチチがデカイからってエバるんじゃないでち!」
 いきなり、俺の後ろから、やっかみとしか聞こえないシャルロットの毒舌が聞こえた。
「…ん…?」
 怪訝そうに、美獣はシャルロットを見た。まったく予想外な所からの声に多少なりとも
戸惑っているようだった。ていうか俺も戸惑った。
「へん! チチはデカきゃ良いってもんじゃないでちよ! チチがデカい女なんて、アン
ジェラしゃんみたいにみんなスカピー女って相場が決まってんでち!」
 そ、そうなのか…?
「ぁんですってぇ!? だぁれがスカピー女よ!?」
「アンジェラしゃんでちー。シリガルでケーハクでスカピーでち」
「チビでずん胴でペチャパイのガキに言われたくないわよっ!」
「ひっどーいでち! 人が気にしてる事をーっ!」
 突如始まった、くだらないケンカを、美獣はまだ怪訝そうに眺めている。どうしようか
と思わず考えこんでいると、突然美獣がよろめいた。
「うっ!?」
 なんでよろめいたのか確かめるヒマもなく、前にいるホークアイが手裏剣を投げ付ける。
「くっ!」
 なんとあの美獣、よろめいた体勢のままでホークアイの手裏剣を避けやがった。だがし
かし、避けるのに手一杯で、ジェシカまで手がまわらない。
「ジェシカ!」
 ホークアイはもう駆け出していて、ジェシカを奪い返す。つり橋の上だってのに、すご
い早業だ。
 急いでこちらに駆けてきたホークアイとジェシカを後ろにまわし、俺は楯を構えて美獣
を睨みつける。
「おのれ…。まだ仲間がいたのかっ…!」
 美獣は肩に突き刺さったダーツを引き抜くと、下に叩きつけた。そして、俺達をギラギ
ラしたすごい目で睨みつける。そこで、俺はようやく誰かが美獣にダーツを投げ付けてよ
ろめいたという事に気づいた。
「チィッ! おぼえておいで!」
 ジェシカを取られ、この状況、足場、人数を相手に不利と見たか、美獣は鬼のようなす
ごい形相を見せて言い捨てると、ふぃっとかき消えた。
「アニキ!」
 背後からの声に振り向くと、少しなつかしい猫男のニキータがいた。ダーツを投げつけ
たのってこいつだったんだ。
「ニキータ! おまえ、いつのまに…」
「アニキ! ジェシカさんの事は、オイラに任せてこの先にマニャストーンの所に急いで
くニャさい! 美獣のネライはそれです!」
 言われて、ホークアイはその腕の中のジェシカを見る。そして、吊り橋の先を見て、ニ
キータに視線を戻す。
「ニキータ…。………わかった。ジェシカ…、しっかりな…」
「ホークアイ…」
 弱々しそうにホークアイを見つめ、小さくうなずく。ジェシカはニキータに抱えられる
ようにここを後にした。
「あの人が、ジェシカさん…」
 その後ろ姿を見つめ、リースが小さくつぶやいた。小さかったから、近くにいた俺くら
いにしか聞こえなかっただろう。
 シャルロットたちはまだごちゃごちゃ言い合ってたし。でも、これは…彼女達のおかげ
…と言うべき…なのかな……?
 二人が見えなくなるまで、見ていたホークアイだが、フッと息をついて、吊り橋の先を
見据えた。
「行こう。火のマナストーンの所に。さあ、おまえらもいい加減にしろ」
 まだこちょこちょケンカしていたアンジェラとシャルロットにそう言って、ホークアイ
は歩きだした。二人は顔を見合わせて、すぐにケンカをやめた。いつもは不満そうな顔を
するのに、今回は少しだけホッとした表情のようだった。…おかしな気の使い方をするヤ
ツらだなぁ。
 そして、俺達はマナストーンに向かった。
 俺達がマナストーンのある部屋に入ってすぐ目にしたのは、美獣がマナストーンに向か
って、意味不明な呪文をつぶやいている姿だった。両手をマナストーンに突き出し、その
手にはいつの間に連れてきていたのか、ビルとベンの首根をつかんでぶら下げていた。も
ちろん、二人に生気はない。
「っ!」
 最後の呪文を唱え終わったか、大きく叫ぶと二人の死体はもやのような白い気体になっ
てしまい、マナストーンに吸い込まれていく。
 シュゴオオォォッ!
 途端、マナストーンから煙と光が立ち上がり、力の放出がはじまった。それを満足そう
に眺めている美獣。
「美獣!」
 ホークアイの声に、彼女が振り返る。あのギラギラした目つきが不気味だった。そして、
紅い唇をゆがませて、なかなかにすごい笑みを浮かべる。一瞬、口が裂けたかと思うくら
いな笑い方だ。
「アハハハハ! 遅かったじゃないか、坊や! マナストーンの解放はさせてもらったよ。
あの小娘の命を使おうと思ったのに、まったく役に立たない小娘だよ。まぁ、かわりのビ
ルとベンの魂を使ってやったけどね。ちょっと魂としては鮮度が落ちていたけど、二人分
だ。どうにかなったよ。なかなか使い物にならなくて苛々させられたけど…、死体になっ
てようやく使い物になるとは…どうりで生きてるウチは使い物にならなかったわけだよ」
「…きっさまぁぁああ!」
 怒りに震えるホークアイを、さもおかしそうに笑って見下ろす。
「フフフフ…。いーい顔するようになったじゃないか、坊や。前より随分たくましくなっ
たようだしねぇ。でも、もう少し大人になってからだね。その時は、相手してやってもい
いよ。じゃあね。あははははっ!」
「待てっ!」
 ホークアイの叫び空しく、高らかに笑い声を残して、美獣は消えた。
「…………」
 がっくりうなだれて、ホークアイは黙り込んでしまった。
「ホークアイ…」
 小さくリースが声をかけた。誰も何て声をかけて良いかわからなくなってしまった。
「と、とにかく、マナストーンの近くにいる精霊を…」
 俺がとりなすように言うと、右腕あたりが熱いのに気づいた。ふと見ると、全身に炎を
まとったトカゲがすぐ横にいた。
 え?
「な、なんだコイツ?」
「俺はサラマンダー!」
「は!?」
 い、いきなりなんだ!?
「許さねえぞ、あの女! マナストーンをこんなにしやがって! おい、てめえ、フェア
リーに取り付かれたヤツだろ!? そうなんだろ!?」
 俺が答える前に、フェアリーが姿を現した。ああそうか、精霊…だったよな…。探して
いた…。
「そうよ。聖域の扉を開くために、サラマンダー、あなたの力が必要なの。力を貸してく
れる?」
「あったりまえだぜ! うおおおおおっっ! 燃えてきたぜーっ!」
 いや、燃えるのはかまわんが、このクソ暑いトコで燃えるのはちっと勘弁してくれ…。

                                                             to be continued...