ヒース復活のニュースは瞬く間に広がり、神殿中を仰天させた。
 たくさんの人に取り囲まれ、ヒースはもう何もできない状態だった。大騒ぎになってる
人々を、リースは窓から眺め、そして困ったように目の前のおかゆに視線を変える。また、
新しく作り直してもらったのだが…。
「アンジェラ。少しだけでも、ね?」
「……ううん…いらない…」
 リースが何度も何度も食事を勧めるのだが、アンジェラはどうしても食欲というものが
わかなかった。
「…ヒースが復活したって、本当?」
 やがて、アンジェラがぼそりとつぶやくように聞いてきた。
「え? ええ…。光の中から現れて……」
「なんで? どうしてよ? なんだってヒースが復活して、アイツが……。ヒースなんか
より、アイツの方がよっぽど貢献したんじゃないの!?」
 アンジェラの言いたい事はわかる。リースもホークアイも口に出してこそ言わないが、
内心そう思っていた。
「……しかし、なぜヒースは復活できたんだ?」
 リースは首をふる。彼は先程、理由を言いかけたのだがシャルロットを始めとして、人々
が流れ込んできたので理由を聞くどころではなかったのだ。
「よく…わかりませんけど、マナの女神様はお亡くなりになってない…って言ってました
が…」
「なっ、マナの女神様が死んでない!? そりゃどういうこった!? マナの木は、俺たちの
目の前でぶっ壊されちまったじゃねーか」
「……ええ…。私もよくわからないんですよ…。とにかく、今はあの騒ぎが落ち着くまで、
待つしかないんじゃないでしょうか…?」
 それもそうだと言って、ホークアイは枕に頭をうずめた。こうやって一日のほとんどを
ベッドの上で過ごすというのは、とても気が滅入るものだった。
「なんか、騒がしいけど、何があったんだ?」
 ケヴィンもこの部屋にやって来た。大ぐらいの彼も、最近はめっきり食べる量が減って
いた。寝付きも悪いようで、よくため息つきながら寝返りをうつのを、リースは知ってい
る。
「ヒースが生き返ったんだとよ」
「ええっ!? なんで!?」
「さぁな…。後でくわしく説明してくれるだろうから、今は待ってようぜ」
 そう言って、ホークアイは目を閉じた。
 どれくらいの時間が過ぎたか。部屋にいる面々は言葉も少なめに時を過ぎるのを待った。
「みなしゃん。ヒースがみなしゃんに話したい事があるそーでち」
 外の騒ぎが落ちついた頃、部屋のドアを開け、シャルロットが入ってきた。その後ろか
ら、やや疲れた顔のヒースも入って来た。どうやら人々にもみくちゃにされたらしい。
「失礼します。みなさん、お集まりですか?」
「いるでちよ」
 シャルロットが答えると、ヒースは小さくうなずいた。
「ヒース。あんた、どうやって復活できたんだ?」
 ホークアイが上半身を起こし、早速尋ねてきた。ヒースはこの問いが来る事をもうわか
っていたようだ。
「ええ…。みなさんご存じの通り、僕はアンデッドとなって消滅しました。僕の魂も、最
後の力で司祭様の病を治癒し、僕の魂は完全に暗黒の闇の中へと落ちていきました。どれ
くらい闇の中をさ迷ったか、光が僕を導いてくれました。マナの女神様のお力で、僕の魂
は浄化されたんです」
「ちょっと待てよ。マナの女神様は、死んじまったんじゃねーのか? 現に、俺達はマナ
の木がなくなるのをこの目で見てる」
 ホークアイが待ったをかけると、それも知っていると、ヒースはうなずいた。
「ええ。みなさんはフェアリーを覚えていますよね? デュラン殿に取り付いていた」
「ああ」
「フェアリーはマナの木の種なのです。あなたがたのおかげで危機は回避され、フェアリ
ーはマナの女神様へと羽化する事ができたのです。ですから、今の女神様は元々はフェア
リーだったのです」
「な、なんだってぇ!?」
 これにはみんな驚いたらしく、目を見開いた。
「そして、女神様はフェアリーの時の命を僕にお与え下さったのです。そして、復活する
事ができた……」
 女神の恩恵をかみしめるように、ヒースは胸に手を当てた。
「……でも、なんで、女神様は…………あんたを…?」
 口ごもりながら、アンジェラは非難の目をヒースに向ける。そのアンジェラを、シャル
ロットは驚いた顔で見た。
 アンジェラの言葉を受けて、ヒースはしばらく無言で彼女を見た。それから少し目を伏
せ、ぐるりとみんなを見渡した。
「……女神様の本当の目的は、聖剣の勇者殿の復活です…」
 この衝撃的なヒースの言葉に、みんなは驚いて身を乗り出した。
「…彼なしではフェアリーは女神様になりえなかったそうです…。女神様ご自身、元気な
彼の姿を願っていらっしゃる。復活させるための方法の一つとして、僕のケースのように、
フェアリーの時の命を与える…。しかしその方法では、彼の遺体の状況があまりにもヒド
いため無理なんだそうです…」
 みんなは、思わず顔をうつむかせた。取れてしまって、焼けただれた腕を全員が見た。
ケヴィンは、頭蓋骨の中の焼け焦げた黒いものを見た。それぞれが、最近悪夢としてよく
見る光景である。
「彼を復活させるにはまず、遺体を復活できるまで回復させなければなりません。しかし、
それには時間がかかる…。時間がかかれば聖域の扉は閉じてしまう……。いくら復活させ
ても、彼が聖域で暮らすわけにはいかない…。そこで、僕なんです」
「ヒースが?」
「ええ。これからは僕だけでなく、あなたがたにも協力していただきたいのです」
 ヒースは真っすぐとみんなを見ると、みんなは不思議そうに顔を見合わせた。



「お願いします! 握りこぶし程の大きさですよ!」
「ああ! わかってるって!」
 すぐ下で、ヒースが叫んでいる。ちょっと心配そうである。ホークアイはフラミーの上
から手をふってこたえた。
「けど、本当にこんな事で大丈夫なの?」
 アンジェラは、もう見えなくなってしまったヒースがいたあたりを眺める。
「他に方法がねえっつうんだから、しゃあねえだろ。それに、ヒースがウソを言ってると
は思えん」
「そうでちよ! ヒースはウソなんかつかないでち!」
 シャルロットは、口をとがらせて言った。
「とりあえず、光の古代遺跡ですね。水に流されていなければ良いけど……」
 地図を見ながら、リースは古代遺跡の方を見ている。
 ヒースがみんなに頼んだ事は、マナストーンのカケラの収集であった。
「マナストーンの力を借りて、魔方陣と組み合わせ、聖域の扉を具現させるんです」
「聖域の扉を具現?」
「ええ。ほんのわずかな大きさで良いのです。少しでも具現できれば、女神様が彼を送り
込んで下さるそうです。その方法も復活する時に承りました」
「でも……本当にできるの? そんなことが…」
 不安を隠せずに、アンジェラが問う。
「……できなくはない…。確率的にはそんなところです…。けど、やらなきゃいけないん
です。僕はそのために、復活させて頂いたようなものなんですから。女神様の期待に応え
るためにも…神官として…、僕自身の罪を償うためにも…、僕はやらなきゃいけないんで
す! ……それに、彼の復活はみなさんも願っている事でしょう?」
 ヒースはウェンデルに残り、準備をすすめていると言う。みんながカケラを収集したら
すぐにでも儀式に着手できるように。
「何にせよ、ヤツがまた俺たちの前に現れてくれるかもしれねーんだ。あきらめるのはま
だ早いよ」
 前を見て、ホークアイがそう言った。寝込みがちで、ベッドから動けない彼だったが、
あの話の後、気力ではい上がったのである。
 ヒースの話はみんなに活力を与えたようだった。アンジェラの食は戻り、ケヴィンの食
事の量もだいぶ増えてきた。シャルロットは泣くのをやめ、リースもてきぱき動き回った。
「あ、光の古代遺跡でちよ」
「モンスターとか、もういませんよね?」
「いたら面倒くさそうだなー」
 実を言うと。マナがない、魔法が使えない今、アンジェラとシャルロットはほとんど荷
物でしかない。そこいらのゴロツキより腕が立つのは確かだが、ホークアイ、ケヴィン、
リース三人の戦闘力の前には足手まといになりかねないのだ。だが、今まで一緒に頑張っ
てきた仲間である事には変わりない。バカ強いモンスターさえ出てこなければ…。それだ
けである。
 強いモンスターがもういないことを祈りつつ、フラミーに古代遺跡前に降ろしてもらっ
た。
 ホークアイの心配は徒労に終わり、さしたるモンスターはおらず、マナストーンのカケ
ラの収集は難無くすんだ。
「こっちの方が良いんじゃない?」
「こっちでちよー」
「こんなのどーだー?」
 カケラを拾ってはこれが良い、どれが良いなどと言い合っている。
「なんだっていいよ。こぶし大ならよ」
 面倒くさげにそう言って、やれやれと後ろ頭に手を組んだ。
 そんな様子を見ながら、リースはクスッとほほ笑んだ。
「ん? どうした、リース」
「え? いや、良かったなって…」
「良かった?」
「…ええ…。みんな元気がなくて…、あなただって、ベッドから動けない日々だったのに
…。…でも、こうやって、みんな元気になってる」
「……そうだな…。やっぱ、気力ってあるよなぁ…」
 あの話の後というもの、みんなに気力が戻ってきた。このままじゃいられないと誰もが
思った。
「んじゃ、これにしまちょ! こんくらいが、きっとちょうどいい大きさでち!」
 シャルロットがカケラを手にして、叫んだ。とりあえず、こんな調子で次々とカケラを
集めはじめた。



 ワンダーの樹海で、ホークアイたちは野宿をしていた。木のマナストーンがあった場所
は樹海の木々に阻まれており、フラミーを使って空から降りてすぐの場所にはない。その
ため、近くまで降り、そこまで歩いて行かなければならなかった。かなり距離があるため、
必然的に泊まりがけとなる。
 料理しているホークアイの横に座って、シャルロットはぼんやりナベの中身を眺めてい
る。
「どうした? シャルロット」
 それを見て、ホークアイは優しくシャルロットに話しかけた。
「およ? 珍しーでちね。ホークアイしゃんがシャルロットに優しい言葉かけるなんて」
「おいおい。俺、おまえに冷たかったかぁ?」
「別に冷たいとかゆー事じゃないでちけどね。怪談話とかイヤガラセすんのはいーっつも
あんたしゃんでちけど」
「ははははは……」
 苦笑して、ホークアイはナベの中身をかきまぜている。
「……ただ…。シャルロット、もう一度、デュランしゃんが作ったスープ飲みたいなって
……」
「一番に文句言ってたヤツの言葉とは思えねぇなぁ」
 それでも、にこにこほほ笑みながら、ホークアイは料理を続ける。
「そりゃま、そんなほっぺが落ちるほどおいしーというワケじゃないでち。けど…、体の
シンまであったかくなるよーなスープを、もう一度、飲みたいんでち…。デュランしゃん、
何だかんだ言って、シャルロットのワガママ聞いてくれるんでち……。肩車してくれるし
…、寒い時、マントの中入れてくれたり…、怖くて眠れない夜も、そばにいてくれたり…
…すごくあったかなんでち…」
「あいつ、おまえにゃあ甘いトコあったからなぁ…」
 おそらくデュラン自身、自分の妹と重ねあわせて見ていたのだろう。つっけんどんな態
度しながらも、しっかり可愛がっていた。
「さぁ、メシができた。シャルロット、みんなを呼んでこい」
「わかったでち」
 小さな彼女の背中を見送って、ホークアイは火の上のナベを降ろす。野宿で、デュラン
と受け持っていた役割がほとんど彼の方にまわってきた。
「…そういえば、最初からいたんだっけ、アイツ…」
 フェアリーに取り付かれ、おそらくパーティで最初のメンバーだろう。その時は、パー
ティもメンバーもへったくれもなかっただろうが。
 初めて会った日の事なんて、ぼんやり思い出す。やたらな美人と、可愛い女の子を連れ
ていた。男として、けっこう羨ましいシチュエーションではあるが、そのメンバーで冒険
とは無謀なヤツとも思った。単に彼が来るものは拒まずのタイプなだけだったらしいが…。
実際、その性質のおかげで、ホークアイもパーティに入れてもらえたワケだし。
 誰がリーダーと決めたワケじゃない。けれど、なにか決める時の最終的な決断は彼が下
した。彼が決断を下せば、みんなそれに従った(文句は出たが…)。結局、みんな彼を頼っ
てたのだ。ホークアイ自身も、精神的な面では彼に頼っていた。行動に迷ったら、真っ先
にデュランの顔を見ていた自分を思い出す。みんなだって「どうする?」と、彼に尋ねた
のだ。
 最後の最後で死んでどうすんだ…。親子二代にわたってバカな真似しやがって……。
「ホークアイしゃん。どうしたんでちか…?」
 知らず知らず、涙ぐんでいたのか。いつの間にか、シャルロットが心配そうな顔で自分
をのぞきこんでいた」
「あ、いや、何でもねえよ。ほら、皿もってこいよ」
 努めて笑顔をつくって。ホークアイは顔をあげた。



「これが光、これが月。これが、えーと土だっけ?」
「そうよ。こっちが火、水、風、闇、木よ」
 カケラを集め終わり、再びウェンデルにやってきた。
「お疲れ様でした。では、これから儀式の準備を始めたいと思います。まる一日かかりま
すので、みなさん、部屋でゆっくりお休み下さい」
 ヒースはやや厳しい顔付きを見せて、カケラをもって部屋を後にした。これからの儀式
に緊張しているのだろう。
「すぐに儀式じゃないのかしら?」
「あのカケラがないと、できない準備もあるんでちって」
「ふーん…」
 窓の外から、中庭を眺める。今は夜。大きめの魔方陣が描かれ、松明にぼんやりと照ら
し出されていた。
「まぁ、今日は寝るべ、寝るべ」
 早速のびをして、ホークアイはベッドに横になる。完治しきってない身体で動き回って、
疲れたらしい。
「そうですね。じゃあ、私たちはあちらの部屋で…」
「ああ」
 ケヴィンは窓に張り付いて、外の様子をうかがっていた。

                                                             to be continued...