シャルロットの回復魔法がだいぶ効いて、俺も普通に立ってられるようになった。
 そして、改めて紅蓮の魔導師を見る。ヤツ、気絶してるみたいだが…。あ、今動いた。
「紅蓮の魔導師…」
「…ク、クソ、ま、まだだ…これか、らだ…、もう一度…ぐふっ!」
「よせ! そんな体じゃもう戦えねぇよ!」
 血も吐き、立ち上がれないようでは、戦う事なんてとても…。
 もがいても無駄だと悟ったか、紅蓮の魔導師はがっくりうなだれた。
「おまえ…どうして、竜帝なんかとつるんでたんだよ…」
 俺は、かねてよりの疑問を口にした。年端のいかないガキじゃないなら、世界を震撼さ
せた竜帝を知らないわけはないはずだ。
 紅蓮の魔導師はうつろな眼で俺を見て、やがてポツリ、ポツリとしゃべりはじめた。
「…かつて俺は…どうしても魔法を使う事ができずに苦しんで…、いたたまれなくなって、
アルテナを逃げるように飛び出した…」
 息が荒いまま、紅蓮の魔導師は話を続ける。俺は剣を鞘におさめた。戦えない彼を、こ
れ以上傷つける気はない。
「旅の途中、竜帝様の噂を聞いた。谷の奥底で、未だ死にきれずに、力をやるから命をよ
こせという声が聞こえるとかいう噂だったな…。半信半疑だったが、俺に帰る所はもうな
い…。行ってみたさ…。そして、噂は本当だった…。…竜帝様の死体が、俺に語りかけて
きたんだ…。取引しよう、と…。俺の命を半分差し出せば、強大な闇の魔力を授けて下さ
ると…、魔法を…、この俺に魔法を使えるようにしてやると…」
 ぐったりとしたまま、自分の手のひらを見る。
「俺はその誘いに応じた…。だが、所詮は俺の半分の命。竜帝様は完全な力の復活はのぞ
めなかった…。そこで、神獣のパワーをってワケさ……。………魔法がすべてだと思って
いたんだ…。…魔法さえ使えれば、強大な魔力さえあれば…、何でもできると思った……。
……何もかも…、俺のものになると思ってた…。……思ってたんだがな…、このザマとは
…。……魔法が使えるようになっても、結局…、俺はなに一つ得られやしなかったんだ…」
 ヤツは、ひどく虚ろな目で、なぜか俺の隣のアンジェラを見る。
「紅蓮の魔導師…」
「ふ、ふはははっ…。一体なにをやっていたんだろうな、俺は…、は、ははははっ…」
 ヤツの笑いが、そこいらに響いた。腹の底から、自嘲してるみたいだった……。
「……デュラン…。けっこう楽しかったぜ……。…俺をまともに見たのは、お前くらいだ
ったよ…」
 いきなり、紅蓮の魔導師は突拍子もない事を言い出した。
「え?」
 それはどういう…。
 俺が何か言う前に、紅蓮の魔導師は呪文の詠唱を始めたのだ。なに!? まだそんな力が
…、
「な、なにをやってるの? あんたその体で呪文詠唱なんて…、まさか死ぬつもり!?」
 いちはやく気づいたアンジェラが叫ぶ。
「なんだって!? おい、どういう事なんだよ!」
 しかし、紅蓮の魔導師は詠唱をやめない。
「や、やめろってば! やめろよ。生きてりゃ、なんか良い事あるだろう!? やめろよ!」
「フッ…。ありがとよ、デュラン…」
 紅蓮の魔導師の顔がにわかほほ笑んだ。
「あばよ…」
 最後に、ヤツはチラッとアンジェラの方を見たような気がする。それを確かめる間もな
く、紅蓮の魔導師の呪文は完成した。
「やめ…」
 目を覆うばかりの激しい感光に、俺は目を覆った。次に目を開けると、すでに紅蓮の魔
導師は胸に大穴を開けて息絶えていた…。
「…………なんで…。自殺なんか…」
 …俺は、呆然としながら、つぶやいた…。
 ひどい空虚間が俺の心を占めた。ぽっかりと穴があいたみたいで…。しばらく呆然とし
っぱなしだった。
 ホークアイに肩をたたかれなかったら、俺はずっとそこにいたんじゃないだろうか。



 俺たちはこれから竜帝を倒さなければならない。たぶん、たぶんあいつで最後だと思う。
あいつさえ倒せば、この苦しい戦いは終わるんだと思う…。
 もう、こんな思いはごめんだ…。俺だけじゃない。みんな、みんなつらかったんだ…。
こんな戦い、さっさと終わらせなきゃあ…。
「あれ? だれかいるぞー?」
 ホークアイの声に俺の考えが中断され、みんながなんだなんだとドアを出た。なにやら
ボーッと立ち尽くしている女性。なんとなく、彼女に見覚えがある。えーと、あれは…。
「お、お母様!」
 あ、そうだ。アンジェラのお袋さんの理の女王だ!
「…あら、アンジェラ…。ここは一体どこなの?」
「お母様…」
 呆然としているアンジェラに、彼女はフッと息をつき、それから、なにか心に決めたよ
うに話し出した。
「…アンジェラ。ダメですよ、またホセの授業を抜け出して、こんなイタズラばかりしち
ゃ。…あなたはこの私のあとを継ぐんでしょう? あなたは魔法をなかなか覚えられなく
てツライから、こんなことするんでしょうけど、あせっちゃダメよ。……私、いつもマナ
の女神様にお祈りしてるのよ。あなたが早く魔法を使えますようにって…」
「……おか、お母様…」
 アンジェラの目に涙があふれ、そして、ぽろぽろ流れ落ちた。
「お母様ぁ!」
 我慢できなくなったように泣きだして、アンジェラは女王に抱き着いた。
「ど、どうしたの? いきなり泣き出したりして…。おかしな子ねえ…。後ろの方たちは
お友達なの?」
 俺たちも、思わず顔を見合わせた。



「…そうだったんですか…。例え操られていたとはいえ、私はなんて恐ろしい事を…」
 元に戻った理の女王は、アルテナの玉座に戻り、深々とため息をついた。すべてを知っ
た女王のショックは相当なものみたいで、青ざめたままだった。
「…ごめんなさいね、アンジェラ…。私は女王としても、母としても失格ね…」
 そう、彼女は深くため息をついた。
「あなたに罪はないのに…。わかっているのに…。わだかまりがあって…、あなたにはつ
らい思いをさせていたのね…」
 なにかアンジェラに冷たかった理由があるらしく、女王は謎めいた言葉を小さくつぶや
いている。彼女は頭をかかえ、うつむいてしまった。
「お母様…。もう、いいのよ…。いいから、お母様はこの国の女王でいて。毅然としてい
て、あの立派なお母様のままでいて…。私は、そんなお母様が大好きなんだから…」
「アンジェラ…。ごめん、ごめんなさいね…」
「もういいのよ、お母様…。おか…」
 アンジェラは声につまって、泣き出してしまった。
 母娘は、ひしと抱き合っている。
 母親…、かあ…。
「…いいなぁ…。アンジェラしゃんにはままがいて…」
 シャルロットが指をくわえて小さくつぶやく。
「おめぇには、じーちゃんがいるからいいじゃねえか」
 その隣でホークアイが軽くシャルロットをこついた。天涯孤独のホークアイだからこそ
言えた言葉だろうなぁ、この言葉は。
 俺にはおばさんとウェンディがいるからなー…。二人とも元気してるかなぁ…。
「さぁて、そろそろ行くかぁ?」
 アンジェラがなんとか泣き止んだのを見て、ホークアイが軽く肩を鳴らした。
「んだな…」
「行くでち」
「行こう行こう! 竜帝、ぶっ飛ばして来よう!」
「そうですね。急ぎましょう」
「待ちなさい、あなた達」
「え?」
 女王の声に、俺たちはちょっと勢いを削がれる。
「アルテナの宝物庫にちょうど良い武具があるはずです。それを持ってお行きなさい」
「お母様…!」
「私も…何か力になりたいのです…。マナが減りすぎて、この私にできるのはそれくらい
しかない…」
「女王様! し、しかし…」
 女王の側近が驚いて、声をあげた。
「よいのです。竜帝を倒さなければ、この世界はどうなるでしょうか? もはやアルテナ
のみの問題ではありません。…それに…侵攻した際に、略奪したものもあるはずです。こ
んな事をしてもアルテナの罪は償われますまい。でも、何もしないよりかは良い。ホセ、
この方たちを宝物庫へ」
「…わかりました…」
 ホセと呼ばれたじいさんは恭しく頭を下げる。
「聖域へは、フェアリーと一緒にいるあなた達でないともう入れないでしょう。私には、
これくらいしかできませんが…。どうか、無事に…戻ってくるのですよ…」
「お母様…」
 理の女王は少し微笑んで…。アンジェラのお袋さんだから、そんなに若くないんだろう
けど、でも、すごい美人だと思った。
「じゃあ、お母様…。行って参ります」
 涙をふいて、アンジェラは母親をまっすぐ見る。
「しっかり。頑張ってね」
「はい!」
 とびきり素直な返事をして、にっこり微笑んだ。女王の笑みもそれに応えて優しげなも
のになる。…母親か…。
「では、みなさんこちらに…」
 ホセは俺たちを促して、歩き始める。
「でも、アルテナに私のはともかく、他の連中に合いそうな武具ってあるの?」
 馴染みであるアンジェラは、そうホセに話しかける。
「合うのもあれば、合わないものもありますじゃろ。ともかく、行ってみんことにはのう。
ともかく、そちらの騎士さんに合いそうなものはありますぞ」
「え? 俺?」
「ふむ。その、フォルセナに侵攻した際にな、どいつかが略奪したらしくてな…。立派な
白い鎧があるんじゃよ…」
「げ! おい、それって…」
 そんな事をしてやがったのか、アルテナは!
「ですから、女王様はああ仰られたんじゃよ。他のみなさんに合いそうなものも、いくつ
かありますじゃろ」
「ホセ! 私のものは?」
「もちろん! 良いものを、このじいが見繕って差し上げますぞ。ほんに…あの姫様が、
こんなに立派になるとは……まったく嬉しい事ですわい」
「ちょ、なによ…」
 ホセがちょっと声をふるわせながら、アンジェラを感慨深く見たものだから、アンジェ
ラのヤツ、まともに照れはじめた。
 アルテナの宝物庫に案内され、ホセが武具をいくつか持ってきてくれる。彼の言う通り、
合うもの、合わないものとあったが、とりあえずフォルセナから略奪したっちゅう白い鎧
を俺は装備した。
「おい、他にフォルセナから奪ったモンはないよな?」
「そう言われても、わしも管理してたわけではないからのう。しかし、目を引きますから
な、その鎧は。フォルセナ侵攻だって結局は失敗したんじゃ。おそらく、それだけじゃろ
うよ…。フォルセナからのいわゆる戦利品は…。おお、姫様。これなんかどうですかな?」
 ……いや…それなら良いんだけどさ…。ホセはやはりアンジェラの方が大事で、あれや
これやと世話をやいている。
 国の宝物庫ってだけでもすごいのに、アルテナはさらにすごかったようで。ホークアイ
は物欲しそうな顔で居並ぶ金品を眺めていた。さすがにあの手癖をここでやるわけにはい
かんのは、ヤツもわかってるだろうけどな…。
 装備を整え、俺たちはアルテナ城の外に出る。そして、そこで空を見上げた。
 最終…決戦…だよな!
 俺は息を吸って、それから、努めて明るく言う。
「さて。じゃ。さっさと終わらせちまおーぜ。こんな戦い、俺ぁもうゴメンだ」
「私だってそうですよ」
「シャルロットもイヤでち」
「オイラも!」
「そりゃ誰だってそうさな」
「本当よ」
 一様にみんなが言ったものだから、顔を見合わせて苦笑する。…よし!
「さあ、行こうか!」
 俺は風の太鼓を手にした。



 聖域はなにやら暗雲がたれこめていた。聖域のシンボル、マナの樹がなんだか様子がお
かしい。
(急いで! マナの樹が、マナの樹が…!)
 フェアリーもせかしている。こりゃ本当にヤベエぞ!
 急いでフラミーから降りて、マナの樹を目指す。黒くて小さい、なんか気持ち悪いヤツ
が途中に襲いかかってきたが、蹴散らしてすすんだ。なにしろ時間がなさすぎるのだ。
 あともう少しでマナの樹だというに、ドウンッという音が響き、誰かの悲鳴も聞こえた。
「おい、マナの樹が!」
 ホークアイの声が上ずる。俺も目を疑った。ちょっと待て! さっきまで、さっきまで、
あんなに大きな樹が…あったはずなのに、見えなくなってるぞ!?
(みんな急いで!)
 悲鳴のようなフェアリーの声。みんなにも聞こえたようで、走るピッチがあがる。
 そして、マナの樹のあったところに駆けつけると、根元のみになってしまったマナの樹
の前で、竜帝がたたずんでいた。
 …マ…マナの樹が……。あんなに大きかったマナの樹が…。
「遅かったな! 女神は死に、マナの樹はたったいま無くなったよ…」
「っはあはあはぁっ、な、なんてことを…」
 フェアリーが俺から飛び出した。
「フハハハハ。苦しいか? 苦しいだろう。急速にマナがなくなっていくのだからな!」
「あ、あなたの思いどおりにはさせない!」
「あ! フェアリー!」
 フェアリーはいきなり竜帝に向かって飛び出した。ムチャだ!
「フン!」
「キャアアッッ!」
 フェアリーは竜帝の手で軽く弾き飛ばされて、マナの樹の根元が浸る泉の中に落ちて行
く。
「フェアリー!」
「ふははは。自ら死に急ぐとはな…。……ん? 前にも確かこういう事が…。あの時は黄
金の騎士の捨て身の攻撃で…。いや、違う…。あの時とは違う! わしは今、強大なる力
を手にいれたのだ!」
「きっさっまぁ…」
「ハッ! 見るがいい! 神を超えた神、超神となったわしを!」
 ギリッとにらみつけた俺を鼻で笑い飛ばし、竜帝は大きく両手を広げた。と、同時に黒
い稲妻が竜帝に落ちた。
 思わず目をとじる。そして、次に目を開けた時には絶望的な程に大きなドラゴンが、俺
らの目の前に立ちはだかっていた。
「フハハハハハッッ! どうだ!? これが超神だ! フハハハハハハッッ! ……どれ、
おまえらにその力の片鱗を見せてやろう…」
 目を細めたかと思うと、竜帝は凄まじいばかりのブレスを俺らに浴びせた。
「グハアァァッ!」
「キャアアアァッッ!」
「うわぁぁぁッッ!」
 ぐ、ぐぐ…。
 みんな、さっきのブレスにやられ、身動きができない…。く、くっそ…。か、体が…。
 その時だった。どこからか声が聞こえてきたのだ。これは…。フェアリー!?
『みんな! 大丈夫@』
「フェ…フェアリー…?」
「な、なんだと? フェアリーだと!? そんなバカな! マナの女神はおらず、マナの剣
もない。マナがないはずなのに、なぜだ!?」
『ここは聖域よ。女神さまのお力がすみずみにまで行き渡っていたところ。そして、私の
生まれ故郷。ここでなら、地上よりもずっとマナの力を扱える。気が付いているかしら。
あなたの力の一部にマナがある事を。あなたのマナ、少しもらうわ!』
「ぐおおおううっ!?」
 突然、竜帝がもがき苦しみだし、体から何かが抜けていったようだ。そして、それと同
時に俺達には光が降り注ぎ、立ち上がる事ができた。
「おのれ小癪な真似をしおって!」
『これであのブレスはもう撃てないわよ。女神さまはただでやられたわけじゃない!』
「なんだと!?」
『みんな! 私ができるのはここまでだけど…。あとは……お願い!』
 フェアリーの必死な声。俺達はそれに答えるべく、それぞれの武器を握り直し、竜帝を
睨みつけた。
「フン…! あれがなくとも超神となったワシに敵うものなどおらぬ! さあこい! 貴
様らすべての息の根をとめてやる!」
 竜帝は二本足で立ち上がり、大きく頭をもたげた。
「…うるせぇ! くたばるのはてめぇだっ! 行くぜ、みんなぁ!」
「オウッ!」

                                                             to be continued...