フラミーでガラスの砂漠を越え、北の山脈を目指す。ドラゴンズホールは陛下の仰った
通り、わかりやすい形をしていたので、すぐにわかった。大きな竜の口が、まるで、俺ら
を出迎えているかのようだった。
「ここが、ドラゴンズホール…」
 だれともなしにつぶやいて…。もう、後戻りはできない…。
「行きましょう…」
 俺もうなずいて、歩きだした。
 中に入ると岩をくりぬいたような広い空間だけがあった。見ると、その真ん中にあの黒
耀の騎士が一人、たたずんでいる。
「あっ、てめーは…」
 俺たちの邪魔ばかりしやがって! 俺は先頭に立って剣を握り直した。
「よく、ここまで来たな…。褒めてやろう…。だが、ここから先へは進ませはせん」
 黒耀の騎士はそう言って、黒光りする巨大な剣を俺たちに向けた。
「ふん。おまえがどうしようが、俺達はこっから先へ進む!」
 俺もヤツに向かって剣を構える。黒耀の騎士は何か考えているのか、しばらく沈黙して
俺を見た。
「…デュランよ。もうあきらめろ。竜帝様は今や絶大なる力を手に入れた。もはやお前達
のかなうお方ではないのだ」
「冗談じゃねぇや! 竜帝がどんなに強かろうが俺にとっちゃ親父の仇だ! 倒さなきゃ
なんねぇんだよ! 大体、なんだっておまえは俺の名前を知ってやがるんだ!? 気安く呼
びやがって!」
 俺は内心イライラして、剣をかまえながら怒鳴った。
「…わからんか…?」
「えっ…?」
 急に、黒耀の騎士の口調が変わった。どこか、聞き覚えのある声だった事に今気づいた。
それが誰なのか、俺の脳裏にうっすら顔が浮かびかかった。だけど、どうしてだか必死に
なってそれを思い出さないようにしていた。
「わ、わかんねーよっ!」
「……そうか…。ならば…これでわかるだろう」
 黒耀の騎士はその顔をも隠すヘルメットをゆっくりと取った。
「っっ!?」
 一瞬、俺は頭の中が真っ白になった。
 ヘルメットのその中の顔には…、……父さんの顔が…。一三年前と変わりない、ペダン
で会ったあの父さんの顔だった。
「へ、へへっ…、な、なんだよ、俺の父さんは死んだんだ…。竜帝と刺し違えて…、死ん
だんだ!」
 別に、なにかがおかしかったワケじゃない。とても信じられなくて…、でも、目の前の
黒耀の騎士の顔は正真正銘の、父さんの顔だった…。
「…そう。刺し違え、底知れぬ穴に落ちて死んだ。…だが、竜帝様のお力によりこうして
よみがえった。デュラン、闇の力を認めろ。こうして、人まで蘇らせられる闇の力を!」
 父さんの目が赤く光ったのは気のせいか? いや、気のせいじゃない。父さんの赤く光
る目が、俺を見据えている。父さんの赤い瞳から目が離せない。赤い…瞳が……。
 父さんの…赤い……瞳……。
 ………瞳が………。
「…デュラン。こっちへおいで。会いたかったよ…」
 俺は子供の頃の感覚で、父さんの方へ歩きだした。…そうだ、父さんはこうやって俺に
呼びかけていた……。
「…と、父さん…」
 そうだ…。父さんだ…。父さんがそこにいる…。俺の憧れで…、俺の誇りで…、俺の大
好きな父さんが…。生き返ってそこにいるんだ……。
「デュラン!?」
「デュラン! 行くんじゃない!」
 俺を誰か止めようとしている。何だろう。遠くのざわめきが何故俺を止めようとしてる
んだろう…。頭の中からも、何か聞こえる…。うるさいなぁ…。
 父さん…。生き返ったんだね……。
 父さんが…。大きかった父さんが目の前にいる…。見上げて…、逆光で父さんの顔がよ
く見えない。けれど、赤い瞳が光って見えた。俺はいつものように肩車をしてもらおうと
手をのばした。
「デュラン! 行っちゃダメ!」
 ドンッ! いきなり、誰かが回り込んで俺にぶつかった。…………え? ……俺…?
「貴様ら! 邪魔をするな!」
 ぼんやりする頭で、俺に抱き着いているのがアンジェラだというのに気づいた。もう一
人、足元にいるみたいだし、背中にも一人いるみたいだった。
「なによ! あんたがいくらデュランの父親でもね、あんたなんかにデュランは渡さな
い!」
「そうでち! デュランしゃんはダメでち!」
「ええい、貴様らは関係ない! どけ!」
「イヤッ!」
「どかぬかっ!」
 父さんが、あの父さんがすごい怖い顔をして、アンジェラ狙って剣をふりあげた。彼女
は抵抗もしないで俺にしがみつく。
 ……違う…!
 そう思った途端、急に俺の意識がハッキリしだした。そして、とっさに腕をふりかざし
た。
 ガッキィン!
 剣と篭手のかち合う音。アンジェラは俺にしがみついたまま、強く目をつぶっている。
篭手がパキン、と割れて、ツツーッと血が流れ出た。
「…違う…。…おまえは父さんなんかじゃない。父さんは決して無抵抗な者に刃を向ける
ような人じゃなかった…。おまえは、もう…。もう、あの優しい父さんじゃねエェェッ!」
 俺は叫んだ。喉の奥から、腹の底から叫んだ。
「…決裂、か…。まあよい…。ではおまえから片付けようか…」
 そう言って、父さん…いや、黒耀の騎士はまたヘルメットをかぶって、剣を持ち直した。
 クッ!
「…みんな…。下がってろ…」
「………わかった…」
 俺が剣をかまえながら言うと、アンジェラ達は心配そうながらも、俺から離れる。足元
にいたのはシャルロットで、背中をつかまえていたのはケヴィンだった。ホークアイとリ
ースも警戒して近くで武器を構えていた。
 …ごめん、みんな…。ありがとう…。
 みんなをざっと一瞥して、目の前にいる黒耀の騎士を見据える。
「勝負!」
「来い!」
 俺はもう、迷ってるヒマなんてなかった。剣を振りかざし、黒耀の騎士に向かって行っ
た。
 キン、ガキィン!
 強い!
 何度も剣を合わせながら、俺はそう強く感じる。こちらが、なかなか思うように攻撃で
きない。
 相手の攻撃も激しかった。重たそうな、大きな剣を軽々を持ち上げ、振り回す。
「くっ!」
 キガコォン!
 盾がなかったら危なかった。振動がビリビリこちらにも伝わる。
 お互い、追い詰めたり、追い詰められたり。激しい攻防戦が続く。
「大地噴出剣!」
 スキのできた俺に、相手は剣を俺に向けずいきなり大地に突き刺した。
 しまった、これはっ!
 途端、俺の足元からマグマよりも熱いかという熱風が吹き上げた。
「ウガァッッ!」
 ジュブゥゥッとブーツが焦げた。あち、あちちちちいっ!
 そして、尻餅をついてしまった無抵抗な俺を、騎士の刃が襲う!
「キャアッ!」
 ッカァンン!
 だれかの悲鳴。でも、とっさに盾を振りかざしておいたので、何とか防ぐ事ができた。
盾で防ぎながら、立ち上がり、ヤツとの距離を素早く取る。
「ほう…。さすがだな…」
 俺はそれには答えず、口の中で小さく回復呪文をつぶやく。
「さあ、来い!」
 あちらで挑発している。俺は態勢を整え直すと、剣を構えて突っ込んだ。
「だあぁあぁぁぁあぁっっ!」
「フンムッ!」
 カィーンッ!
 俺の突進を、相手は剣で受け止める。お互い睨み合いながら、ぎりぎりと刃を交わす。
押し合う力はあちらの方が上…。俺は片手持ちで、あっちは両手持ちだ。その差はここで
は大きい…。
「クッ!」
 スッと力を抜いて、相手に油断を与える。そこを上から!
 カンッ!
 チィ! 受け止められた! だがそれだけでは…、ないっ!
 俺は、無防備な前面を、盾で思いきり突き飛ばした。
 ヅガンッ!
 ドォンと大きく倒れる騎士。まさにチャンスだった。一瞬、本当に一瞬、俺はためらっ
た。でも、すぐさま盾を投げ出し、呪文を唱えながら大地を切りつける。切りつけた大地
に光る魔方陣が現れた。相手はまだもがいている。
「魔法陣斬!」
 魔法陣からのパワーが光になって立ちのぼり、そして剣にまとわりつく。剣が、にわか
強い光を発した。
「ぅうおおおおおおっっっ!」
 ザシュウンッ!
 黒耀の騎士の首がもげた。が、血しぶきは飛ばず、ただ、ガクッと崩れて、それっきり
動かなくなった。
「ハアーッハアーッハアーッ…」
 肩で息をして、汗が次から次からへと流れ落ちていく。髪の毛が少し邪魔…。でも、そ
んなことより…そんなことより……。
 俺は剣でささえながら、騎士の死体を見た。汗が目をつたい、少し目をつぶる。黒耀の
騎士の亡骸は、死体というよりもただの黒い鎧に見えた。ヘルメットの下の父さんの顔は
何だったんだろうか?
 やがて黒耀の騎士の死体が鎧ごと徐々に砂になっていく。ゆっくり、溶けるように。そ
れが、全部黒い砂になって、元の形も維持できなくなって、ざぁっと崩れた。
 …そこには、黒い砂があるばかり………。
 ……俺はそれを呆然と眺めていた…。
 ………と…父さん…。……父さん…。父さん父さん父さんっ!
 腹の底から、おさえようもない憤りが吹き出してくる!
「…く…、…ククッ…。クッソォ……。クッソォ! ちくしょおおおおおおっっっ!」
 ダムンッ!
 俺は、大地を憤りのままに両手で叩きつけた。大地がへこみ、血が飛び散る程に強く叩
きつけた。…でも…拳の痛さとは比較のしようがないほど、心が痛かった…。
「…なんで…。どうして…。父さん…」
 涙が…目から…こぼれ落ちる。もう泣かないと、男だから泣かないと。いつだったか決
心したのに……。涙が…、止まらない……。
 父さんの背中を見ながら、ずっとずっと思ってた。強くなりたい…。父さんのように…、
父さんよりも…、強くなりたい…。
 でも…。こんな事のために、俺は強くなりたいと望んだんじゃない…。こんな…事のた
めに…。……父さんを殺すために強くなりたかったんじゃないっ!!
「クッ、っククッ…。クッ…」
 …どうして…。どうして俺は父さんを殺さなきゃなんなかったんだ!?
 ガッ!
 俺は拳をまた大地に叩きつける。
 強くなりたいと願った結果がこれか! 父さんより強くなりたいって…、父さんを殺せ
るほど強くなりたい事だったのか!? 俺は父さんを殺す程の強さが欲しかったのか!? そ
のために…強くなってきたというのかっ!?
 俺は、俺は一体…!
 握り締めた拳を何度も大地に叩きつけても、この心の憤りと空しさはどうしようもない
ほど大きかった。どうにもならないほど拳を痛めて、それで紛らわしたい程に悲しかった。
「デュラン…」
 だれかが俺を呼んでいる…。でも、俺は返事をしなかった。だれかを見たら最後、この
憤りをぶつけてしまいそうだったから。
『……ラン……』
 ……………?
『…デュラン……。デュラン……』
 こ、この声は……!
 俺は思わず顔をあげた。そこには、あのペダンで見た、なつかしい父さんが薄らぼんや
りと立っていた。
「と、父さん!?」
 あまりの事にビックリして俺の涙が止まった。
『…よく、我が魂を解放してくれた…。礼を言うぞ…』
 うっすらとしながらも、父さんは不思議な笑みを浮かべていた。
「と、父さん…? ど、どうして…?」
『…私は竜帝と刺し違え、深い谷に落ち息絶えた。さまよっていた私の魂を竜帝は暗黒に
落とし、黒耀の騎士として復活させた…。……闇に落ちた私の魂を、よく解放してくれた
…。ありがとう…』
「……………」
 耳じゃない、心に直に響くこの声…。父さん…。
『……デュラン、強くなったな…。父さん、鼻が高いぞ…。それこでこそ、私の息子だ…』
 父さんは、薄らぼんやりしたその姿で、俺をじっと見つめていた。薄くても、その瞳は
俺の大好きな父さんのものだった。あんな赤い瞳なんかじゃなかった。
『……さあ、行けデュラン。竜帝は超神へと変化するための準備にとりかかっている。急
ぐんだ』
「………父さん……」
『デュラン…。剣は己の心を映す鏡…。迷いや曇りのある心では剣も迷い、曇る。おまえ
はおまえの信じた道を行け。その心は剣となって現れるだろう。いつもそのことを忘れる
んじゃないぞ…。…デュラン…しっかりな!』
「あ、父さん!」
 父さんは、小さく微笑むと、スゥーッと消えて…。それっきり…。
「……………………」
 どれくらいそこにへたりこんでいたかわからない。
 ふっと我にかえって、俺は自分の手を見た。血で赤い。買ったばかりの鎧も、ところど
ころ傷やへっこみがついている。篭手なんか、割れてしまった…。
 俺は自分の目をこすった。もう……、……泣かない。
「デュラン…」
 いつのまにか、すぐ側にアンジェラがいて、かがんで俺を見ていた。
「大丈夫…?」
「………なんとか…。なんとか、ね…」
 急に今までの自分が恥ずかしくなって、俺はちょっと苦笑した。
「血で真っ赤じゃない、あんたの手…。シャルロットに治してもらいなさいよ…」
「うん…」
 俺は立ち上がって、もう一度自分の手を見た。そして、仲間たちに振り返る。彼らも、
いつの間にか俺の周りに集まっていた。
「……ゴメン…。ちょっと時間くった……。…行こう…」
「デュラン…。無理しなくっても、いいんですよ…」
 リースが優しい声で俺にそう言った。
「無理なんか、してないよ…。そりゃまあ…ショックだったけど…。でも、悪いのは父さ
んじゃない。竜帝だ。父さんをあんなふうにしちまいやがったんだ。あいつをぶっ倒すま
では、父さんだって死ぬに死ねないよ。……だから、行かなきゃ」
「……デュラン……。わかりました……」
 リースは静かにうなずいた。
「じゃあ、シャルロット。デュランに回復魔法かけてやれよ。行くんだろ?」
「はいでち。しゃあしゃあデュランしゃん。シャルロットにお手て見せるでち」
「へいへい…」
 俺は、少しだけ苦笑してシャルロットに手を見せた。
                                                             to be continued...