暗闇の洞窟はその名の通り、黒より深い闇があるのかというくらいに暗くて、アンジェ
ラが打ち上げた光の魔法は、俺もまぶしいと思ってしまう。
 もっとも、洞窟内のモンスター達は光がキライみたいで、アンジェラやシャルロットの
光の魔法がやたらよく効いたし、打ち上げられた光に戸惑ってスキが大きくできたモンス
ター達も多くいた。
 こんな暗闇で戦ってると、どうしても目に頼って戦ってるなと思わせられる。いくら暗
視の魔法をかけていると言っても、昼間のような視界の良さはないし、慣れなくてけっこ
う戸惑う。結局、今回の主戦力は夜目が効くケヴィンと、暗闇での戦いが得意なホークア
イだった。
「深い洞窟ですね…。どこまで続くのかしら…」
 汗をぬぐい、リースは槍を握り締める。
(奥の方から…感じるわ…。こっちよ…、こっちの奥…)
 フェアリーの案内があったから、迷わずいけたけど、迷ったら厄介そうなところだった。
 どれだけすすんだか。つきあたりの壁に、ぽっかりと穴が開いていた。そこから、なん
だか禍々しい空気がどんよりと流れてこんできているのが、俺でもわかった。
 試しにうってみた、アンジェラの光るだけの魔法が、その穴に入ると一瞬で消えてしま
った。
「怪しいわね…」
「とことん怪しいでち」
 まったくだ。
(感じる…。感じるよ…。この中に、闇のマナストーンがあるよ!)
 そして、駄目押しのフェアリーの言葉。間違いなさそうだな。マナストーン博士とやら
の推論は間違ってなかったわけだ…。
「…わかった。みんな、この中に、闇のマナストーンがあるそうだ。たぶん、中には闇の
神獣がいると思う。…準備は良いか?」
「じゃ、回復魔法かけるでちよ」
 シャルロットが決戦前に回復魔法をかけてくれる。疲れやケガが癒えていく。毎度の事
ながら、シャルロットの回復魔法は気持ちが良い。
「よし、じゃ、行くぜ!」
 俺は先頭にたって、穴に入っていく。一歩。また一歩ゆっくり歩み進めていく。不思議
な事に、暗視の魔法をかけているはずなのによく見えないほどの暗闇だった。
 全員が穴の中に入り込んだ時、突然、空気の流れが変わった。
「見て下さい!」
 リースの声に顔を上げると、そこには巨大なマナストーンが闇の中、青白く浮き上がっ
ていた。
 そして突然ピシッと派手な音がして、亀裂がマナストーンに走った。亀裂はマナストー
ンをさらにむしばみ、そして…。
 パッキィーン!
 粉々に砕け散った。その瞬間、さらなる闇が飛び出て俺たちを包み込んだ。
 闇が見渡すかぎりに広がると、三つの巨大な顔がやはり青白く浮かびあがり、俺たちを
見下ろしている。
(ゼーブルファー!)
「フェアリー、知ってるのか!?」
 俺はただならぬ気配に剣をかまえながらフェアリーに問う。
(闇の神獣よ! マナストーンが砕けて、封印が解けたのよ! こいつらを倒さないと、
この異空間から永久に出られなくなるわ!)
「わかった! みんな、こいつが闇の神獣だ。倒さねぇと、この真っ暗なトコから永久に
出れねぇってよ!」
「あちらも、こちらを倒したいみたいじゃない? 殺気がムンムンしてるわ」
「殺らなきゃ殺られる。これ、戦いにおいてのジョーシキ!」
 ケヴィンはこぶしをかまえてゼーブルファーをにらみつけた。あちらも口を大きくひら
いた。
 戦闘開始だ!
 だてに闇の神獣じゃあない。口ン中にシャルロットは飲み込まれるわ、俺はビーム食ら
うわ、ホークアイはグレートデーモンに蹴飛ばされるわ、アンジェラはグレムリンにささ
れるわ、リースは蛇にまかれるわ。ケヴィンなんかイビルゲートを何回も食らってヘロヘ
ロになってた。
 それでも、やぁっと倒した。
 さっきまでの禍々しいほどの暗闇は消えうせ、普通の洞窟になっていた。さっきよりも
暗くないような気がするのは気のせいだろうか…。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…。おーい、みんな無事かぁ?」
「な、なんとか…」
「シャルロットー! 回復魔法お願ぁーい」
「今、唱えてるところだから、平気ですよ」
「うーっ……」
 シャルロットの回復魔法は全員に効果があるほど、範囲が広い。しかも、だいぶ効き目
があるから、ホンっっトーに助かる。
「でも、これで全部の神獣を倒した…んですよね…」
 槍につかまって立っていたリースが額の汗をぬぐった。
「本当にご苦労様。これで八体の神獣をすべて倒したわけよね。これで、神獣が暴れだす
事はなくなったわ」
 フェアリーが俺から出てきて、みんなをねぎらう。
「でも、これからどうすれば良いんだ?」
「そりゃ、紅蓮の魔導師と黒耀の騎士を倒すんだろ」
 ちょっと困ったようなホークアイに俺がそう言った。
「…でも、おかしいな…。何で、邪悪な気配が静まらないんだろう…。神獣は、もういな
いのはずなのに…」
 フェアリーは不安そうに、辺りを眺め回す。
「…何でだろう…胸騒ぎが止まらない…。……もしかして、私…大変な間違いを…してた
んじゃ…ないよね…」
 両手で胸をおさえ、フェアリーの表情はますます不安そうになってくる。
「おい、どうしたんだ? 落ち着けよ」
 俺が飛んでるフェアリーの下に手を伸ばすと、彼女はそこにちょこんと腰かけて、思案
にくれる。
 みんな、フェアリーに注目していた。そして、何かに思い当たったか、目を大きく見開
いた。
「…しまった…! そうだったんだわ…」
 悔しそうにフェアリーの顔がゆがむ。
「ど、どうしたって言うんだよ?」
 俺の手の甲の上で、フェアリーが泣きそうな顔で俺を見た。みんな、俺の周りに集まっ
ていた。
「ごめん…。ごめんね…。これは…ワナだったのよ…。敵は私たちに神獣を倒させて、そ
こで神獣のエネルギーを奪っていたんだわ…」
「なんだよ、それ。そんな芸当できんのかよ?」
 ホークアイが少しいぶかしげな声を出す。
「たぶん…。だって、闇の神獣を倒したっていうのに、この邪悪な気配はいっこうに静ま
らないなんて、それしか考えられない。神獣は死ぬと残りの神獣と合体しようとエネルギ
ーを発するの。そして、最後の神獣はやがて最終形態となってしまうの。でも、目覚めた
ばかりで神獣の自覚がないだろうし、急いで倒したから、そんな事はできないと思ってた
けど…。甘かったわ…。考えてみれば、あっちにはマナの剣がある…。無理やりにでもあ
のエネルギーを奪う事が可能だったんだわ…。どうしよう…神獣の最終形態の力を手に入
れられてしまったなんて…」
 フェアリーの言葉に全員がギョッとなった。
「ぁんだって!? じゃ、じゃあ、俺らはみすみす敵をパワーアップさせてたって言うのか
よ!?」
「それって、ねえよ…」
「………そんなぁ…」
 脱力感におそわれて、俺は呆然になる。今までやってきたことは全部無駄だと思うと、
本当に全身の力が抜けるようだ。
 それは俺だけじゃなく、みんながっくりきていた。
「ゴメン…。私がもっと早くに気づけば…。ごめんね…」
「フェアリー…」
「みんな、みんなこんなに頑張ってくれたのに…」
 フェアリーは、ごめんねを繰り返しながら、涙ぐみはじめた。
「フェ、フェアリー…」
 なんとなく重い沈黙が訪れる。
「…な、泣くなよ、フェアリー…」
「デュラン…」
「……結局、俺たちは神獣の復活を止められなかったんだし…。ヤツらをパワーアップさ
せないようにったって、神獣をそのままにするわけにもいかなかったんだし…。結局、俺
たちには神獣を倒す以外の選択肢は無かったんだ」
「そうだよ…。そうだよな。フェアリー、君のせいじゃないよ」
「ホークアイ…」
「…そうですよ。あなたが悪いわけじゃないわ。だから、気にする必要はないわ」
「リース…」
 やっと、フェアリーが泣き止みはじめた。
「…ご、ごめん…。ありがとう…。でも…ヤツらがパワーアップしたのは確かだわ…」
「…でも、だからって、ここであきらめるワケにはいかないでちよ」
 そうなのだ。もう、後戻りなんかできやしないんだ。
「…そうだよ…。後戻りなんかはもう無理だ。そうしたら、もう前に進むだけだ。要する
に、紅蓮の魔導師とか、全員ぶっ飛ばせば良いんじゃねえか。そうすりゃ問題もねえ。そ
れに、俺たちだって伊達に神獣と戦って勝ってきたわけじゃねえよ」
「……オッケー! いいじゃない。やってやろうじゃないのよ。ここまできたのよ。最後
までいかなくてどうするのよ」
「……そりゃそうだ」
「最後までやり抜きましょう!」
「オイラ、やるぞ!」
 お互いの顔を見合った。みんな、疲れてたけど、良い顔してた。
「んじゃ、ここはひとつ、気合いれていこう!」
 ホークアイの言葉に、俺達は円陣を組んだ。みんなの顔が見渡せる。…アンジェラ、シ
ャルロット、ホークアイ、ケヴィン、そしてリース…。…みんながいるからここまで来れ
た…。こいつらとなら、俺は最後までやり抜ける。……よーしっ!
「…俺たちの健闘を祈って…。やったろうぜ!」
「オーッッ!」
 みんな大きな声を出して、拳を天に向けた。

 気合を入れたは良かったが、これからどこに行けば良いか皆目わからない。
 とりあえず、紅蓮の魔導師の背後にいるのがあの黒耀の騎士と、竜帝だという事はわか
っている。黒耀の騎士の事はともかくとして、竜帝について聞くなら、うちとこの陛下に
尋ねるしかないだろう。
 …あんまり気が進まなかったものの、そうも言ってられなくて、俺たちはフォルセナに
やってきた。
 顔見知りの兵士に言付けを託し、陛下にお目どおりを願う。
 俺たちはすぐに通された。
「おお…。随分たくましくなったではないか、お前たち…」
 陛下は俺たちをご覧になって、少し満足そうにそう仰った。
「陛下。ご機嫌麗しゅうございます」
「よい。なにか用があって来たのであろう」
 跪く俺に、陛下は軽く手で制された。
「それじゃ、単刀直入に聞くわ。竜帝は、どこにいるのかしら?」
「竜帝だと?」
 アンジェラの言葉に、陛下は玉座から御身を乗り出さんばかりに驚かれた。
「紅蓮の魔導師の背後にいるのが竜帝だとわかっているの。でも、アルテナに紅蓮の魔導
師はもういない。となると、竜帝を捜すしかないわ。そいつはどこにいるのか。どこに行
けば良いのかわからないのよ。英雄王さんなら、どこにいるかご存知だと思って」
「何だと…! では…では、ロキは…無駄死にだったと言うのか…」
 ………………。
 俺は、思わずぎゅっと拳を握り締めた。
「どういういきさつで竜帝が復活したのかわからない。でも、あいつなら、とんでもない
力を持っているのもわかるわ…。私たちはそいつを倒しに行くの。どこに行けば、あいつ
らはいるの?」
「………ドラゴンズホールだ……」
「ドラゴンズホール…」
 俺も、聞いた事はある。だが、それがどこにあるかまでは知らない。
「ガラスの砂漠を知っているか? フォルセナから北西、アルテナの西に位置する大きな
島だ。あそこの北に険しい山脈がある。竜の形をした禍々しい山だ。そこに、ドラゴンズ
ホールがある。入り口が、竜の口の形をしているから、すぐにわかるはずだ…」
「フラミーで行けばすぐですね」
 リースの言葉に、アンジェラが頷いた。
「行くのだな…」
「あったりまえじゃない!」
 陛下のお言葉に、アンジェラは軽い口調ながらも、力強くそう言った。
「では、ちょっと待っておれ。おい」
「は」
 陛下は側近に声をかけ、耳打ちする。側近は頷くと、奥の方に引っ込んで行った。
「側近が来るまで、今までのいきさつを、少し聞かせてくれまいか?」
 俺たちは顔をちょっと見合わせて、そして、少しずつ陛下にこれまでの話をした。
「で、神獣を倒して…」
「持ってまいりました」
 ホークアイが神獣を倒した所まで話していると、側近の声が。見ると、側近は一振の剣
を持って来ていた。…あれは…?
「おお、ご苦労。デュラン。こちらに来なさい」
「あ、は、はい」
 俺は陛下の前まで行き、跪く。
「これを持って行け」
 陛下はスラリと鞘から剣を抜き放ち、俺にその剣を見せて下さった。
「これは…!」
 剣を色々見てきた俺だが、まったく見事な剣だった。あのマナの剣とタメはれるんじゃ
ないかってくらいの逸品だ。
「ブレイブブレードと言う。フォルセナに伝わる名剣だ。持っていけ」
「え!? へ、陛下、それは…!」
 フォルセナに伝わる名剣って、それって、フォルセナの秘宝って事なのに!
「持って行け。わしより、ロキが持っていた方が相応しかった剣だ。それに、剣は飾るも
のではない。竜帝には、こいつでとどめをさしてこい」
「陛下…」
「さあ」
「こ、光栄の至りでございます。身に余るご配慮、誠に…有難き幸せ…!」
 陛下は剣を鞘におさめ、跪いたままの俺にゆっくりと授けて下さった。
 これが…ブレイブブレード…。
「さあ、急げ。時は一刻を争うのであろう?」
「は、はい」
 俺は立ち上がり、もう一度頭を垂れた。
「陛下。では、行って参ります」
「うむ」
 鷹揚に頷かれた陛下に振り向きざまに会釈をして、俺たちはフォルセナ城を後にした。

                                                             to be continued...