この神殿宿、階下に降りてみると、困った顔でこの神殿の神官に見られてしまった。
「あなたたち、宿帳に登録してましたっけ?」
「え? いや、あの、昨夜、ここに来たら誰もいなかったもんで、つい部屋を借りてしま
いまして…」
 とっさにホークアイが適当な事を言ってくれる。神官はそれを聞いてため息を吐き出し
た。
「まあ、寝所を提供するのも、ここの務めですから、良いんですけど…。最近、多いんで
すよね。あなたたちみたいに、突然ここに泊まっている事になっている人々が…。人手不
足だから、こんな事になるのか…」
 神官はぶちぶち文句言いながら、宿帳を出してきた。…全員、タイムスリップしてきた
人間だなんて…言うのかな…。
「もしかして、その人たちって、また知らないうちに出て行ってしまうとか?」
 俺と同じ事を考えたか、ホークアイが神官にそんな事を聞く。
「そうなんですよ。もう、ここを切り盛りするのは、私ら夫婦だけでは無理だと言ってい
るんですけどね…」
 ふうっとため息をついて、神官は宿帳を開いた。俺たちも、きっとその知らないうちに
出て行ってしまう人々のうちに入るんだろうな…。思わず顔を見合わせた。
 この神殿は、あくまで寝所しか提供していないので、当然飯は出ない。
 朝の町は市場でにぎわっていて、人、人、人でごっちゃになっていた。
「どこで食べる?」
「軽いトコにしない? ヌードルとか、スコーンとかさあ…」
「そうだなー。朝っぱらから、油でギトギトしたヤツなんて食いたくないし…」
 なんとか見つけた店。どこにでもあるようなファミリーレストラン。朝なせいか、あん
まり人がいない。
「いらっしゃいませ」
 白いエプロンかけたウェイトレスがメニューを俺らにもって来てくれた。
「んー…。やっぱ軽くパンかな…」
「シャルロット、イチゴショート!」
「おまえ、朝っぱらからんな甘ったるいモン食うのかよ」
 信じらんねえ…。
「ご注文決まりましたかぁ?」
 ウェイトレスが俺たちに注文をとりにきた。
「えっと、俺はモーニングセットAっての頼む。あ、飲み物はコーヒーで」
「俺もAセットを。同じくコーヒーね」
「オイラはAセットとBセット。んーとぉ…、ミルクが良いかな…」
「私Bセットおねがーい。あ、ミルクティーお願いね」
「私もBセットで。レモンティーをお願いします」
「シャルロットCセットで、オレンジジュース。あとイチゴショート!」
「はい、かしこまりました。少々のお待ちをー」
 さらさらと注文書にかきつけ、ウェイトレスは去って行った。後は待つだけだ。
 しばらく無駄話なんかしてると、ウェイトレスはセットメニューをもってやってきた。
「はい、Aセット三つね」
 テーブルの上に並べている最中ホークアイが思い出したように口をひらいた。
「さぁて、これ食ったらなにする?」
「まず、武器屋だろー? んで防具屋だろー」
「あら、お客さん旅の人?」
 ウェイトレスは気さくに声をかけてくる。
「そうなんだ。なんか名物なものってない?」
「名物、ねー…。あ、そうそう。ペダンには、マナストーン博士ってのがいてね。けっこ
う有名なのよ」
 マナストーン博士!? 思わず顔を見合わせる俺ら。
「ま、マナストーン博士って? どこに住んでるの?」
「え? あ。ここを出て真っすぐに薬屋があるから、そこを右に曲がってしばらくいくと
あるわよ。家が変わってるから一発でわかるわ」
「へー…。じゃあじゃあ、他には?」
「他? うーん…。あ、そういえば、フォルセナのリチャード王子様と、黄金の騎士殿が
竜帝退治のため、ここに武具の調達に来てるってウワサよ。アタシの友達、王子様にサイ
ンもらったんだって。羨ましかったなー」
「な、な、なんだって!?」
 思わず俺は立ち上がった。
「お、落ち着いてデュラン!」
 立ち上がった俺を、リースは力づくで座らせる。
「な、なに?」
 俺がいきなり立ち上がったもんで、ウェイトレスは顔をビックリさせた。
「あ、いいえ…。なんでもないんです……。あの、この人、フォルセナ出身なんですよ…」
「へー、あ、そうなんだ。そっかそっか。そーよねー。リチャード王子とか、黄金の騎士
とか、カッコいいもんね。やっぱ憧れ?」
「え? あ、うん…」
 言葉をにごして、俺は目の前に置かれたコーヒーをにらみつける。黄金の騎士…。父さ
ん…。
「デュラン…。おまえ、さっきなんでいきなり立ち上がったりしたんだ?」
 ウェイトレスが見えなくなってから、ホークアイが話しかけた。
「………………」
 俺は顔を上げて、無言でホークアイを見た。
「あ、あの。デュラン、黄金の騎士の息子なんですよね」
「えぇっ!?」
「誰だ、それ」
 驚いた声のホークアイに、ケヴィンがパンを食べる手を止めて彼を見た。
「お、黄金の騎士って、あの黄金の騎士か!?」
 思わず声が大きくなってしまった事に気づき、ホークアイはすぐに声のトーンをおさえ
た。幸い、レストラン内はざわついていて、俺らは注目される事もなく。
「……そうだけど…。言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇって! なに、おまえの親父って、そんなたいそうなヤツだったワケ?」
「……でもさ、いつだったかデュランのお父様って、竜帝と相討ちになった、とか言って
たじゃない。それって、どう考えても黄金の騎士でしょ」
 アンジェラも食べる手を止めて言う。
「…そういや、そんな事言ってたけど、でも、竜帝に殺された騎士って他にもいたんだろ?」
「ああ…。親父以外の騎士もけっこう亡くなってる…」
 あの戦争で主力級の騎士が幾人か死んでしまい、今の白銀の騎士団の戦力は、実は当時
に比べだいぶ劣っている…。
「けど、相討ちしたのは黄金の騎士一人よ」
「……そっか…。それもそうだよな…。そっか…おまえって、わりと良い生まれだったん
だな…」
 なんで俺をそんな目で見るんだホークアイ…。
「良い生まれって…。あのなあ、いくら有名でも、死んじまったら稼いできてくれるわけ
じゃねーんだ。国からの補助とおばさんの稼ぎとで何とかしてた状況なんだからな」
 後から、親父の殉死によるかなりの保証金が出ていた事を知ったけど、伯母さんはそん
なものがあるなんてそれまで一言も口にしなかったし、絶対手をつけようとはしなかった
みたいだ。どうしておばさんはそれに手をつけようとしなかったのか、俺にはよくわから
なかったけれど。
「それだ。デュランってわりと貧乏くさいから、良い生まれだなんて気づかなかったんだ」
「何が言いたいんだよ、おまえ」
「いいよ、なんでもねえよ」
 なに急にふてくされてるんだコイツは…。
「へぇー、デュランしゃんのぱぱって、けっこー、ゆーめーじんだったんでちね。シャル
ロット知らなかったでちよ」
 口の周りのクリームを拭おうともせずに、シャルロットが言う。
「なんだよおまえ、良い生まれってのにこだわってんのかよ」
 まだ機嫌が良くないホークアイにそう言うと、彼は心底驚いたように目を見開いて俺を
見た。…いや、そんなに驚かなくても…。
「い、いや、別に、そういう…わけでは…」
「ど、どうしたんだよ…?」
 彼があんまりにも驚いていたので、逆にこっちが戸惑ってしまった。
「いや、だから…。その…からんで悪かった…」
「いや別に謝られるほどのもんでもないんだが…」
 それから、ホークアイはなにか考え込むように黙り込んでしまった。
 その様子がなんだか不思議で、俺はホークアイの生まれについて思い起こしていた。ヤ
ツは自分の小さい頃の話なんて滅多にしないのだが、天涯孤独だと一度だけ聞いた事があ
る。不意にぽろっとこぼした感じなので、それ以上は言わなかったし、俺もあえて追求し
なかったのだが…。
 …まあ、ヤツにも色々あるんだろう…。
「なあ、それよりおうごんのきしって誰なんだぁ?」
 ケヴィンも面白くなさそうな顔をして聞いてきた。
「…俺の、親父だよ…」
「そうか」
 ケヴィンはそう納得すると、机の上のミルクを飲み始めた。
 ……しかし、確かに考えられなくもなかったんだ。一三年前って事は…、俺の親父がま
だ生きていて、そして、ちょうどペダンにまで行っていた頃に当たるんだ…。いたってお
かしくないんだ。
 父さん……。
「…デュランしゃん…。ぱぱの事を思い出すのは確かにちょっとツライでち。でも、口の
横のケチャップは取った方が良いでち」
「………………」
 俺は急に恥ずかしくなって口をぬぐった。
「…シャルロット…。それなら、おまえの口の周りのクリームも何とかしろ」
「あうー」
 俺はそこのナプキンをとって、シャルロットの口をごしごしふいた。自分のはそんなに
気にならないが、シャルロットみたいな女の子のは、妹がいるせいか、妙に気になる時が
ある。



 ウェイトレスからの情報で、俺らはマナストーン博士の所へ訪ねた。
「ほーう。私に客人とは珍しいものだね…。ま、あがっていきなさい」
 博士は気さくに俺らにお茶をすすめてくれた。アンジェラがリーダーシップをとって博
士と話している。
「と、いうと闇のマナストーンは…」
「うむ。色々な文献と、私の研究の結果、ローラントの北に位置する暗闇の洞窟にあった
と思われる。」
「へー…」
 大事な話だというのはわかってはいるんだが、どうしてもさっきの噂が引っ掛かって、
会話の最中、俺はほとんど上の空だった。
「ホラ、デュラン。防具屋に入ろうよ」
 俺の腕を引っ張って、アンジェラがせかしている。目の前には大きな防具屋があった。
俺もこんなに大きな防具屋は初めて見た。
 中に入ると、その種類も豊富で、本当に良さそうな防具も数多く売っていた。
「ねえってば。なにボンヤリしてんのよー」
 アンジェラが俺の腕を引っ張っては、なんやかやぶうたれている。
「おーい、デュラン。こっちに良い鎧あるぜー」
 ホークアイが呼んでいる…。俺はそれに呼ばれるままに歩くと誰かとぶつかってしまっ
た。
 ドンッ!
「わっ!」
「おっと」
 ボンヤリしていたせいで、俺の方がしりもちついてしまった。
「なにやってんのよ…」
「ああ、悪い悪い。平気かい?」
「すんません…」
 助け起こしてもらって、俺はハタと気づいた。だって、目の前にいるのは…。ひどくな
つかしいあの父さんだったんだ! 昔より大きく見えなかったけど、でも、でも、今でも
覚えてる。あの瞳は父さんに間違いない。
「と、父さん! 父さんだろ!?」
 思わず、俺は叫んでいた。
「り、竜帝との戦いに行っちゃダメだ! 父さん!」
 夢中になって叫んだけど、アンジェラに背中をたたかれて気づいた。でも、父さんは嫌
な顔はしなかった。さすがに驚いたみたいだけど。父さんは少しだけ肩をすくめて、
「…確かに、私には息子がいるけど、まだ五歳くらいだよ」
 そっか…。そうだよ…。俺は今一八……。わかるわけがない…。
「す…すいません…人違い…でした…」
「いや、良いんだよ、別に。……でも、君は良い目をしているな。息子もそんなふうに育
ってほしいものだ」
「……………………」
「どうした? ロキ」
 棚の影からひょこっと顔を出したのは間違いない。けっこう若いけど、国王陛下だ。
「ああ、リチャード王子。なんでもありませんよ」
「……! あ、あの、もしかして、あなた黄金の騎士じゃないですか!?」
 いきなり、アンジェラがわかりきった事を叫んだ。
 アンジェラの突然の発言のせいか、父さんと陛下は彼女を見て二人そろってギョッとし
た顔をした。え?
「え? あ、そ、そうだけど…」
「私ファンなんです! サインもらえますか!?」
 な、なにをミーハーな…。俺が口をパクパクさせていると、アンジェラはこちらにウィ
ンクをしてみせる。
「サインって…」
 知ってんのかなー、父さん、こういうのスキじゃないんだけど…。ほらぁ、困った顔し
てるぅ。
「まぁロキ良いじゃないか、それくらい。こんな美しいお嬢さんの頼みを断るわけにもい
かないだろう」
「まー、お上手ねー。あ、じゃあお二人のサイン、お願いできますか!?」
「いや、その…」
「ロキ。そんなかたい事を言わなくてもいいだろう」
「しかしですね、私は…」
 父さんはごにょごにょ言っていたが、やがて渋々ながらもサインに応じた。
「……リチャード王子…、そろそろ…」
 父さんがサインをしている陛下に話しかける。
「ん? ああ、そうだな…。では、私達はこれで…」
「…あ、ああ、サインありがとうございました。頑張ってくださいねー」
 二人のサインを受け取ると、アンジェラはヘラヘラしながら二人を見送った。
 …………………。
 父さん…。
 俺は、父さんの後ろ姿を見ながら、あのころと変わらない父さんの背中を思い出してい
た。
「デュラン…」
「あ? ああ…。悪い…」
「…デュランのお父さんって、カッコ良かったんだね…」
「…………………」
「デュラン…」
 いつのまにか、他の仲間たちも近くにいた。
「へー、あれが黄金の騎士、かあ…。ナルホド、デュランの親父だぜ」
「初めて見たでち…。ホントにいたんでちねー…」
「まさか、実際会えるなんて…。ちょっと目元がデュランに似てましたね」
「あれ、デュランの父さんなのか?」
「………………」
 俺はなにも言う事ができず、ただ、黙っていた。父さん…。歯痒いよ…。行っちゃった
ら、死んじまうっていうのに…、父さん…。
「デュラン…」
 アンジェラが心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。
 …………………。
「……ゴメン…。でも、大丈夫だ…」
「無理すんなよ…。少し休んでるか?」
「そうですよ…」
「いいや…。大丈夫だよ…。さあ、防具を探そうぜ。良いんだろ? ここの防具」
 俺は努めて明るい声で言った。このまま、この気分でいられるわけないし…。



 俺たちは武器防具を一新して、それからまたあの人手の足りない神殿で休んだ。本当に
不思議な事だが、起きてみると、窓はまた開かなくなっていて、外に出てみると、また元
の廃墟になっていた。
 本当に、夢でも見てるみたいだったが、俺たちの武器防具は新しくなっていたことが、
過去に行っていた事のなによりの証拠だった。
 …過去…か…。過ぎ去った時はもう戻らない……。父さん……。
 それから、マナストーン博士の言っていたガラスの砂漠に行こうと言う事になった。で
も、その前にフェアリーはこれからクラスチェンジしてはどうかと持ちかけた。
「ねえ、みんな。みんな、もうそろそろ次のクラスにクラスチェンジできるほどの経験が
あると思うの。どうかしら? マナの聖域に行ってクラスチェンジしない?」
「そうだな…。でも、なんでマナの聖域なんだ?」
「マナの聖域にはマナストーンでできた女神像があるの。マナストーンのない今、クラス
チェンジができるのはあそこだけだし。これから先、相当激しい戦いになると思うの。ク
ラスチェンジしておくに越した事はないわ。ね、聖域に行きましょ」
「…そっか…。そうだな。よし、行こうぜ。闇の神獣と一戦交えるの前にマナの聖域に」
「OK!」
 俺の呼びかけに、みんなは快く返事してくれた。



 ちょっと心配だったクラスチェンジも全員無事終えて、俺らは暗闇の洞窟の前に立って
いた。
 なんでも、ここの北には、光の城と呼ばれた美しい城があるとか。俺もフラミーから遠
目で見ただけなので、どんだけ美しいかはわかんなかったんだけど。
 まぁ、城に用はなくて、この洞窟の方に用があるわけなんだが…。
 洞窟内は、外から見るだけでもまったく光が差し込む余地がないようだった。月も星も
ない夜の世界に突入するようなもんなんだろうか。
 一応、ホークアイに暗闇でも見通せるという暗視の魔法をケヴィン以外にかけてもらっ
た。こういうヘンな魔法をホークアイはいつの間にか覚えている。……どういう目的で覚
えたかは聞かないでおいておこう。こうやって役に立ったわけだし。
 まぁその魔法をかけても、昼みたいにハッキリ見えるわけでなく、やはりケヴィンの夜
目ほどの信頼性はない。
「とりあえず、今回の主戦力は、ケヴィン。お前だかんな。頼むぜ」
「お、おう!」
 武者ぶるいなのか、ちょっとだけぶるっと震えて、ケヴィンは両手拳を握り締めて、大
きくうなずいた。
「じゃ、行くぜ…」
 俺は誰ともなしに声をかけると、剣のグリップをにぎりしめた。
                                                             to be continued...