「アニキ! どうしたんですか!?」
 ニキータは、ホークアイが来たと知ると、転がるように駆けてきた。
「おう、ニキータ。今回はおめーに用があるんだ」
「オイラに?」
「そう。おまえさ、どっか良い武器防具が売ってるトコ、知らねーか?」
「え? 良い武器防具ですか…? アルテニャとかは…」
「もう行った。もっと、マニアックって言ったら語弊があるかもしれねーけど、おまえら
行商の種族なんだろ? どこで良い武器とかを調達してくるのかとか…知らないか?」
「うーん…。オイラ、行商しにゃきゃいけにゃいシキタリがイヤでこっちに来たから…。
仲間より精通してにゃいんにゃ。あ、でも、その仲間ニャら知ってるかも。呼びましょう
か?」
「呼びましょうかって、すぐに呼べるのか?」
 深くうなずくニキータ。どうやって呼ぶんだ?
「ちょっと時間がかかりますケド、来ますよ。呼びますか?」
「どうする?」
「んー…。とにかく俺の剣、刃がかけちゃったし、おまえのダガーだって片方ぶっ壊れた
だろ? この際なんでもいいよ。呼んでもらっちゃえ」
「んだな。じゃ、頼む」
「あい。それじゃみなさんしばらく待っててくニャさい」
 ニキータはペコッと小さく会釈すると、たかたかとどこかに駆けてった。
「アイツ…。どうやって呼ぶんだろ?」
「知らねえよ」

「シャルロットあちいでち! チョコパフェはないんでちか、チョコパフェは!?」
「あるワケないじゃない。あー、ほんっとに暑い!」
 舌をだして、手のひらでパタパタ扇ぐアンジェラ。
「ホークアイにみんな。飲み物でもどうだい」
 有り難い事に、ハンナさんは気を使ってくれ、ジュースを用意してくれた。
 ホークアイはしばらくジェシカの様子を看てたようだが、戻ってきた。
「どうだった?」
「うん。前よりはだいぶ回復してるみたいだ。この調子なら全快すんのは時間の問題だな」
「良かったじゃねえか」
「ああ。俺もホッとした」
 ホークアイは用意されていたジュースを口につける。しかし本当に暑いなぁ…。
「ところでさー、さっきから聞こえてる音、なに?」
 アンジェラが不機嫌そうに、窓を指さす。そうなのだ。さっきからなんだかワケのわか
んない音が聞こえてるのだ。
「まるで発情期のオスネコみてーな鳴き声だよなー」
「んだな」
 さすがホークアイ。砂漠の暑さには慣れてるだけある。平気な顔してるのってホークア
イだけなんだよな。後はみんなダレちゃって。
「ホークアイ…」
「ジェシカ! おまえ起きてきたのか?」
 いきなり、ジェシカが奥の部屋からフラフラやってきた。確かに、前見た時よりもだい
ぶ回復しているようだったけど…。
「まだ寝てなきゃダメだろ?」
「だって…。わ…」
 よたっと倒れかかったジェシカをホークアイが受け止める。
「ホラ、寝てろよ」
「だ、大丈夫だって…。私、だいぶ回復したんだから」
「…でも、まだフラフラしてるじゃねーか」
「私、私ここに座るね…」
 そう言って、空いてるホークアイの隣の椅子に腰掛ける。
「ふー。でも、ちょっとくらい運動しなきゃ。運動不足になっちゃうもん」
「まー、そりゃそうかもしれんけどよ…」
 あきれた顔して、ホークアイはジェシカを見た。こうして見ると、彼女って可愛いよな。
うん。
「ねえ、ホークアイ。私まだホークアイの仲間の事よくわからないの。紹介してくれない?」
「あ? ああ。ごっつい童顔男がケヴィン。ちっこいのがシャルロット。コワそーなにー
ちゃんがデュラン。ハデなねーちゃんがアンジェラ。んで、リースだ」
「…なによそのなげやりな紹介の仕方は…」
 ホークアイの紹介にあきらかに不満の色を示すアンジェラ。
「そーでち! ちっこいのとはなんでちか!」
「どーがんってなに?」
「そのコワそーなのって、なんだよ」
 みんなに文句言われて、ホークアイは少しだけたじろいで、でも、すぐ苦笑してごまか
してしまった。
「それにしても、あっついわねー…。まだなのぉ?」
 アンジェラは借りた扇でぱたぱたと扇ぐ。そうだよな。ニキータのヤツ、まだかな。
「そろそろだと思うぜぇ」
 ホークアイがそう言いかけた時。ドアがあいた。
「アニキ! 連れてきたニャ」
「おう、ニキータ来たか。んで?」
「あい、ホラ…」
「ど、どうも…」
 ニキータの背中から姿をあらわしたのは、ニキータとあまり区別がつかない、やはり同
じネコ族の人だった。
「で? だれなんだ? 後ろの人」
 俺がそうたずねると、ニキータは頭かきかき照れながら、
「ん? ニャへへへへ…、その、オイラの彼女のジョセフィーヌだニャ」
「ブフーッ!」
 俺も驚いたが、ホークアイが一番驚いたらしく、飲んでるジュースを吹き出した。
「な、なにやってんだよ、キッタねーなぁ!」
「だー、もうっ! 机びちょびちょでち!」
「げほっごほっ、だ、だって…ぐほゲホっ!」
「どーしてくれんのよ!? 私のジュースまだ残ってたのよ!? もう飲めないじゃない」
 どうやらアンジェラのコップにホークアイの吹き出したヤツが入ってしまったらしい。
「ゲーホゲホッ!」
 しかしホークアイは咳き込みすぎて何も言えないようだ。リースが隣で背中をさすって
いる。
「落ち着いて落ち着いて…」
「ゲホッゲッ! ゲッ…んく………。……サンキュー、リース…。はぁー…」
 どうやら涙までも出たらしく、目をこすっている。
「ちょっと、どーしてくれんのよ。私のジュース」
「なに言ってんだよ。俺の唾液は栄養満点なんだ」
 ホークアイが汚いジョークを言う。
「なに汚い事言ってんのよ! 怒るわよ!」
「もう怒ってんじゃねーか。……ったくぅ、悪かったよ。後でなんかオゴりゃ良いんだろ?」
「そーよ」
 アンジェラを不満そうに見ていたが、ホークアイはニキータに視線を戻した。
「んで、悪かった。そのジョセ…ジョセ…なんとかちゃんってーのは…」
「ジョセフィーヌです。ニキータがお世話になってるようです」
 ペコリと頭を下げるジョセフィーヌ。んー、俺には性差が全然わからんが、あれでも女
らしい。
「それで、アニキたちの言ってたコトニャんだけど…」
「ええ、古の都ペダンって所は素晴らしい武器防具が売ってるそうなんです」
「え? でも、ペダンってもう滅ぼされたんじゃあ…」
 その話なら俺も知ってる。俺の親父と国王陛下は昔そこで強力な武具を買ったそうだけ
ど。でも、俺がガキの頃に滅ぼされてしまったハズ。
「ええ。一三年前竜帝によって滅ぼされましたけど、このごろマナの変動のせいで、あそ
こらへんタイムスリップできるようになっていて、それで入れるみたいなんですよ」
「本当か、そりゃあ!?」
 コックリうなずくジョセフィーヌ。
「私の仲間も、この前そこで良い武器を仕入れてきたようです」
 丁寧な口調で、ニキータよりも高い声。雰囲気的には確かに女の子だな。
「それで、そこはどこにあるんですか?」
「火山島ブッカの南西に位置する、幻惑のジャングルの近くです。ただ、ちょっと遠いで
すけど」
「ああ、それは大丈夫。そっか、サンキュ。助かったぜ。じゃ、早速行くか?」
「ん? あ、ああ」
 ハンナさんから借りたぞうきんで机をふきながら、ホークアイが顔をあげた。
「あ、みなさん冒険してらっしゃるんですか?」
 ジョセフィーヌがいきなり聞いてきた。
「へ? あ、ああ。そうだけど?」
「良かったら私の売ってる防具を見ていきませんか?」
 言いながらも、ジョセフィーヌは早速背負い袋を広げている…。ゴーインだなー…。
 でも、ジョセフィーヌの売ってるヤツって良いヤツばっかりでね。俺は腕輪を買った。
「んじゃま、行くか」
「そうね」
 アンジェラやケヴィンも一緒に立ち上がる。
「え? もう行っちゃうの?」
 明らかに残念そうなジェシカ。
「ああ。急ぎの旅なんだ」
「…そうなの…。わかったわ。頑張ってね!」
「おう。じゃあ、ニキータ、頼んだぜ。それとありがとうな。ジョセフィーヌも」
「行ってらっしゃい、アニキ!」
 見送られて、俺らはペダンに向かって飛び立った。フラミーのおかげでひとっ飛びだ。
 幻惑のジャングル。そう呼ばれてる理由がよくわかった。うっそうと茂る木々は、自分
がどこにいるのかさえも、わからなくしてしまいそうな程に深い。
 ペダンはすでに廃墟と化し、そんなに昔のものではないのに、まるでどこかの遺跡のよ
うだ。
「こっからタイムスリップできるって言ってたよね?」
「どうやってタイムスリップしたんだ?」
「………………」
 しまった…。その方法聞くの忘れてた……。俺とホークアイは呆然と突っ立った。
「おーい ここに宿屋あるぞ! 来い来い!」
 ふと、気づくと、あちらでケヴィンが手をふっている。
「宿屋? こんなところに?」
 見ると、それは宿屋というより、神殿の一種のように見えた。まあ宿屋とも見えなくも
ない造りになってるけど。町があった頃は、旅人に宿も提供していた神殿だったんだろう
か? タダなんで、俺たちもこういう神殿がある場合はたまに利用してるんだけど、雑魚
寝になる事も多いので、女の子達には不評な施設だ。
 外はもうボロボロで、ツタやらコケやらはびこりまくっている。けど、中は案外こぎれ
いで、下手な安普請の宿屋なんかよりマシだった。
 内部は、一階は神殿のようで、二階から上が宿のように部屋がいくつかあった。ただ、
神殿の中の窓という窓は全部締め切っていて、なんか空気がよどんでる。しかも、木製の
窓だから、部屋の中が暗いったら。俺とケヴィンがどんなに頑張っても開かない窓ってど
ーいう窓なんだよ。
「どうする? 一泊してみる?」
「そうね…。けっこうあやしいし…。とにかく一泊してみましょうよ」
 っつー事で。そんなに疲れてるワケじゃないんだけど、なんか怪しいってコトで泊まっ
てみる事になった。
 ベッドも朽ちているので、野宿と変わらない感じ。でもまぁ、部屋ばっかりはあるから、
なんとなくいつものように男女とも、部屋を分けて寝る事となった。



 次の日。起きた俺はいつもの習慣で窓を開けた。昨日あんなに頑張っても開かなかった
窓がいとも簡単に開いてしまったのだ。それに気づいたのはもっと後なんだが、それを忘
れさせるものが窓の外に広がっていた。
 なんと。昨日まで廃墟だった町並みがそっくりキレイに復元されて並んでいるんだ! 
ちょっとしてから、自分たちがタイムスリップした事に気づいた。
「…お…おいおい、ホークアイ、ケヴィン! 見てみろよ! タイムスリップしてるぜ!」
「ふぁー?」
「ぁんだよ…。うっせーなぁ…」
 ダメだ。こいつら寝ぼけてら。無理に起こすと後がめんどうなので、俺はあきらめて、
部屋から出る。すると、ちょうどリースがいた。
「あ、リース。おはよう」
「おはようございます。よく眠れました?」
「ああ。ところで、リース。おまえ窓からの景色見たか?」
「え? 景色ですか。いいえ、見てませんけど…。というか、窓、開いたんですか?」
「開いたんだよ! とにかく来てみろよ」
「え? あああ…」
 俺はリースの手を引っ張って、部屋の窓から覗かせる。
「ほら! 見てみろよ!」
 俺の予想通り、リースは目を大きく見開いた。
「………う、わあー! す、スゴイです! って言うと、やっぱりタイムスリップしたん
ですね!?」
「だろーな。すげーぜ。一三年前にきてんだぜ、俺たち」
「ホント…。あとで買い物とかに行くんですよね?」
 リースも興奮してるらしく、少し頬が紅潮している。
「そりゃな。それが最大の目的だし」
「うわぁ…。でも、まさか本当に来れるなんて思わなかった」
 窓から身を乗り出して、町並みを見回すリース。風が窓からはいってくる。ふわりとリ
ースの髪の毛がたなびいた。
 ホント、可愛いなぁ、リースって。守ってあげたくなっちゃうような可愛さだよな。も
っとも、俺が守るこたないくらいにリース強いんだけど…。
 二人で肩並べてあそこがどうのなんて話していると、出し抜けに不機嫌そうな声が背後
から聞こえた。
「…おめーらなにやってんだよ…」
 振り返ると、ホークアイが寝起きのせいか不機嫌そうに俺たちをにらんでいる。こいつ、
寝起きは大概機嫌が悪そうなのだ。本人、そういうつもりはないそうだが、はた目は不機
嫌にしか見えない。
「ああ。ホークアイ。見てみろよ!」
 俺はコッチコッチと招き寄せた。ホークアイは不機嫌そうに俺とリースとの間に割って
入ってきて、そして窓からの景色を見るとカッと目を見開いた。
「あ、れ、ら、…あー!?」
「なー? 驚くだろ?」
「どうなってんだよ、こりゃあ!?」
「タイムスリップしたんですよ!」
「タイムスリップ…って、本当にしちまったのか!? っかー…。本当にしちまったのかよ
…」
 もうすっかり目が覚めてしまったようで、ただただ口をあけてその景色を見入っていた。

                                                             to be continued...