風の王国と言うだけあって、いつも風がふいている。ベランダに出ると、嫌がおうでも
風を味わう事になる。
 ケヴィンはもう寝た。ホークアイはどこかに行ってしまった。あいつはよく夜になると
フラリとどこかに出掛けるクセがある。どこに行っているかは知らない。でも、そんな遠
くではないみたい。
「デュラン」
 呼びかけられて振り向くと、リースが窓を開けてやって来た。
「リースか…」
「どうしたんですか? もうみんな寝始めていますよ…」
「うん…。風が吹いてるなーって…」
「……デュランも、風が好きなんですか?」
「…そういうワケじゃないんだけど、ただ…ここの風って特に気持ち良いんだなって…」
「そう言ってもらうと、ここ出身の私としては嬉しいですね…」
 リースはにこっとほほ笑んで、俺の隣に来た。
「……あの、デュラン…」
「あん?」
「エリオットの事…。ありがとうございます…」
「へ?」
 いきなり礼を言われて、俺はいささか驚いた。礼を言われる程の事をした覚えはない。
「ありがとって……、なんで?」
「…エリオット、あなたたちにすごく感銘を受けたみたいなんです…」
「……そりゃ…またなんで?」
 俺は景色を見るのをやめてリースを見た。
「………あの子にとって、対等な立場で付き合ったのは、おそらくあなたたちが初めてな
んです…。私はいけない、いけないと思いながらも、どうしてもあの子を甘やかしてしま
うんです…」
 リースもちゃんと自覚してたんだ…。
「母がいないから、お母様の分も愛してあげようって…。でも、母の愛って、優しく接す
るだけじゃないんですよね、時にはしかったり、諭したり…。…お母様がいないのは、な
にもあの子だけじゃない。母を知らないのはあの子だけじゃないんですよね…。私たちは、
どこか特別な感じであの子に接してきたけれど…」
 リースの話を聞きながら、俺は耳が痛くなってきた。
「………俺の妹も、お袋の…、いや、親父の記憶だってない。アイツが物心つくまえに二
人とも死んじまったもんだから…」
「まあ…。デュランに妹さんがいるとは知らなかったわ…」
「…あれ? 言わなかったっけ?」
「いいえ、初耳です」
 あれ? ウェンディの事は、リースには言ってなかったんだっけか?
「デュラン、ご両親がいなくて、辛くなかったですか?」
「うーん。辛くないわけじゃなかったけど、でも、どんなに駄々こねたって、父さんも母
さんも戻りゃしねぇ。幸い、俺らの事はおばさんが面倒みてくれたし。近所の人もけっこ
う世話してくれたしな。ただ、俺は両親の思い出が結構あるんだけど、妹は何もなくてな
…。自分の両親がどういう人だったかすごく知りたがって、俺に尋ね、おばさんに尋ね、
近所の人に尋ね。尋ねても、聞いても、遺品を見ても、実際に接したわけじゃないからわ
かりようもない…。…俺も、リースの気持ちはよくわかるよ。両親を知らないアイツに、
寂しい思いをさせたくなくて、ついつい甘やかしちまうんだ」
 思い返すと、甘やかすような態度が多かった事に苦笑する。俺って、全然人の事言えな
いんじゃんか。
「でも、ウチのエリオットまではひどくはないんでしょ? あなたも、私ほどブラコンじ
ゃないみたいだし?」
 そう言われても、俺は苦笑する事しかできない。
「……まあ、俺が頼りない分、アイツの方がしっかりしてるって所はあるかもな…。おば
さんは、なんだかんだ言って厳しい人だし」
 紅蓮の魔導師に敗れて、酒に溺れていた自分に喝を入れたウェンディを思い出す。
「デュランの妹さんってなんて言うんです?」
「俺の妹? ああ、ウェンディってーんだ」
「…そうですか…。一度、会ってみたいです。この戦いが終わったら会わせてくれません
か?」
「……良いけど。別に会ってどうって事のものはねえと思うけど?」
「あら。ご自分の妹さんの事でしょう?」
 そう言われると、俺は何を言って良いかわからなくなってくる。
「ねえ、デュラン…」
「うん?」
「身分って、何でしょうか?」
「……な、何って……」
 いきなり問われて、俺は言葉に詰まる。
「あの子は、エリオットは、王子という身分でなかったら、どうなっていたんでしょうか?」
「……さあ…。それはわからないよ…」
 本人(の姉ちゃん)を目の前にしてハッキリ言えないけど、あいつ、王子じゃなかったら
どうしようもない甘ったれだ。もっとも、王子っつー身分がその性格を生み出した可能性
はある。そう思うと、リースがいきなりこんなこと聞いてきた理由もなんとなくわかって
きた。
「…私、ホークアイを見てると、身分って何だろうって思うんです……」
「ホークアイと身分ねえ…」
 リースの言ってる事がわからなくもない。ヤツは王政だの、王族だの、貴族だの。そー
ゆーのを嫌う傾向が強く、リースやアンジェラの手前ハッキリ言わないが、決して快く思
っていない。
 …ケヴィンもいわゆる王子様であるのだが、全然別格に思ってるのはホークアイも一緒
らしい。
「確かに、ヤツは自分が認めた者以外は敬おうとはしてねーみてーだな」
「あなたもそうでしょう?」
 ……確かに…そうだけど…。
「あなたもホークアイも。相手が王族だからって、媚びたり、卑屈な態度取ったりしない
でしょう? 見てるとよくわかるわ」
「まぁ…。身分が高いからって、人間としてできてる、なんてこたないからな…」
 言いながら、俺はアンジェラとシャルロットとケヴィンを思い出す。みんな身分とは不
相応な性格のヤツらばかりだと思う。あ、もちろんウチとこの陛下は別だけど。あの方は
ちゃんと人としてできてらっしゃる方だし…。
「耳が痛いですね…」
 リースに苦笑されて、彼女も王女だったことを思い出す。
「あ? いや、別にリースの事を言ったんじゃなくて。その、普段あんまし意識してない
から…」
 リースなら。彼女なら身分相応に人間できてると思う。改めて考えるとそう思える。
「……それで良いんです」
「え?」
「いちいち、私のことを王女だなんだって、意識して欲しくないんです…。対等な立場の
仲間って、私にとって初めてなんです。きっと、そう思ってるのは私だけじゃないと思い
ますけど…。私は私。あなたはあなた。王女である前に私という一個人として見て欲しい
んです…」
「……リース……」
「…王女ってね…、つまらないんですよ…。どこへ言っても特別扱いで。…リース、では
なくて王女、なんです…。時々思うんです…。もし、私が王女でなかったら、みんなは私
をどう見るだろうって……」
 月明かりに照らされ、髪の毛を風になびかせるリースは憂いを帯びて本当にキレイだっ
た。
「…私、あなたがうらやましい。いつだったか、学校の話を聞かせてくれましたよね。私、
本当にうらやましかった。みんなで一緒に勉強して、みんなで一緒にお弁当食べて…」
 夢見がちな瞳を俺に向けるリース。俺は、それがなんとなく照れ臭く思えて景色に目を
移した。
「……………でも、俺は王族の人達が羨ましかったよ。あんなに広い場所にすんで、いつ
も良いもの食べて。みんなが特別扱いしてくれて」
「……デュラン……」
「……たぶん…、ないものねだりでしかないんじゃないかな。いつもの事になっているか
ら、それの良さがわからないんじゃないかな…。お互いに…」
 俺はベランダのてすりにひじをかけて景色を眺めた。ここからだと、海がよく見える…。
「……………そう…なのかもしれませんね……」
「何々だったら…、なんて言っててもしょうがないよ。リースは王女として生まれたんだ
から、王女として、頑張るしかないと思う。…俺も、騎士の息子として生まれたからには、
頑張らなきゃって、思ってる。……それに、俺は父さんと母さんの息子で良かったと思っ
てるよ。……うまく…、言えないけど……」
 ちょっと、自分でも何を言って良いかわからなくなって、少し笑ってごまかす。
「…そうですね…。……………ありがとう、デュラン…」
「いや…、その…」
 その可愛い笑顔で礼を言われると、どう対応して良いかわからない。仕方なく、俺はこ
こから望む景色に目をむける。
 リースも俺と一緒に遠くの景色を眺めた。半月が海を照らし、うっすら水平線を映し出
す。
 どれくらい、海を眺めていたか。不意に、リースが話しかけてきた。
「……そういえば、デュランのお父様って、どんな方だったんですか? 騎士だそうです
けど…」
「…うん…。知ってるかな。ロキってんだ」
「まぁ! もしかして、あの黄金の騎士ですか?」
「…そう。…親父は俺の誇りだけど、やっぱり有名な分、俺も色々言われちまうんだな…。
黄金の騎士の息子って肩書はそれはそれでキツいんだ。特に、フォルセナじゃあな。とは
いえ、親父の名を汚したくないし、親父の息子って事も誇りにしたいんだ。…だから、そ
れに負けないように頑張ってんだ…」
「……そうね……。でも、デュラン…。あなたは、ちょっと肩肘張り過ぎじゃないかしら
…」
「え?」
「ううん、あなただけじゃないわね…。私もそうですね…。…私たち、ちょっと肩肘を張
りすぎていると思います…。少し、気を抜く事も必要ですよ……。頑張るって事は良い事
だと思います…。でも、いつも頑張ってたら疲れちゃうわ…。だから…やる時にはやる、
でも、そうでもない時はそこまで頑張らなくても良いんじゃないでしょうか?」
 考え、考えしながら、リースはゆっくりと俺に話す。
 俺はしばらくリースを見ていた。そして、フッと息をついた。
「……………そうだな……。そうなんだろうな……」
 肩肘張り過ぎ……か…………………。
 風が、俺たちを吹き抜けていく。
「……風が……歌ってるわ……」
 リースは目を閉じて、静かに深呼吸をした。俺も、それにならって目を閉じ、ゆっくり
深呼吸をした。
「……良い風だな……」
「……ええ………そうだ。デュラン、風の歌は聞いた事がありますか?」
「え? この風のこと…?」
「そうですけど…。ちゃんと歌になってるんですよ」
 そして、リースは静かに歌いだした。まるで、風と合唱しているようで、心に染み入る
ような歌だった。
「良い歌だな。リースが歌うまいって知らなかったよ」
「母と風から習った歌なんですけどね…」
 リースはちょっと照れた笑顔で微笑んで…。その笑顔はすごく可愛くて…。
「ど、どうしたんですか? 私、変な顔してましたか?」
「え? あ、いや、そんな事なくって、その、なんでもないよ…」
 俺はリースに見とれていたらしく、彼女に声をかけられてハッとした。何だろう…顔が
熱いな…。
 それから、沈黙が続いて、俺たちはボーッとここからの景色を眺めていた。
 ただ風に吹かれるまま、満点の星空の下で、なんとなく時間を過ぎさせていた。
「…おまえら、なにやってんだ…?」
 だしぬけに聞こえた声に振り向くと、薄暗い部屋の中からホークアイがこちらを見てい
た。
「ホークアイか…。今、何時になる…?」
「…何時って…。…しらねぇけど、日は越したんじゃねーの?」
「…そっか…。もう、遅いよな…。明日また、やんなきゃなんねぇ事があるし…」
「そうですね…。私も寝ます…」
 やれやれと俺たちはベランダを後にした。
「それじゃ、お休みなさい」
「おやすみー」
 俺は言いながら、後ろ手で窓を閉める。リースは部屋から出て行った。
「………デュラン」
「あ?」
 寝ようとしていると、ホークアイが話しかけてきた。
「おまえら、何話してたんだ?」
「…なにって…。そーだなー…、親とか、妹や弟のことかなぁ…」
「……ふーん?」
 合点いかないような返事をして、ホークアイは俺の方を見ている。
「…なんだよ?」
「……別に…」
 それだけ言うと、ヤツもベッドにもぐりこんだ。
「ランプ消すぜ」
「ああ」
「おやすみ」
「ああ…」
 俺はランプの中の炎を吹き消すと、そのまま毛布の中に潜り込んだ。まだ、風の感触が
俺の中に残っているようだった。

 風の神獣ダンガードとの戦いは熾烈を極めた。
「ああ、もうっ! またあんな空高くに飛びやがって!」
 剣を振り回した所で、ヤツに届くハズもなく。あんなのどうやって倒せっちゅーんじゃ!?
「フラミーにでも乗って戦うしかねぇか?」
 ホークアイが険しい顔付きで空の上のダンガードを見る。だが、この人数でフラミーに
乗って戦うのはかなり危険そうだ。
「…全員でフラミーに乗って戦うってのは、ちょっと、なぁ……」
(ここは限定してフラミーに乗って戦ってもらうしかないわ! 魔法とか、投射攻撃系が
得意な人がフラミーに乗ってもらって!)
 フェアリーの声が頭に響く。…そうするしかねぇか…。よし!
「…そうだな…。ホークアイ、アンジェラ! シャルロット…。それにリース! おまえ
らフラミーに乗って戦え!」
「ええっ!?」
「あぁんな空の上、フラミーに乗って戦うしかない。だが、接近戦の得意な俺やケヴィン
がいても邪魔なだけだからな。頼む!」
「……わかった! じゃあ、今すぐフラミーを呼ぼう」
 ホークアイはすぐさまうなずき、風の太鼓を取り出した。
「頼むぜ!」
 フラミーはすぐに来てくれ、みんな急いで乗り込んでいる。
「ああ! 任せとけって!」
 ビッと親指をたてて見せて、ホークアイたちはフラミーに乗り込んだ。
 俺とケヴィンは二人残されて。上空の方でなんだかドンピシャやってる戦いの成り行き
を見守るしかなかった。
 あ、ああっ! ありゃダンガードか!? なんか、落ちて行く? ああ、落ちてる落ちて
る!
「ホラ、ホラ見ろケヴィン! ダンガードが落ちてくぜ!」
「やったぁ! みんな勝ったんだ!」
 フラミーは、あんな戦いがあったにもかかわらず、あの無邪気な顔で俺たちを見下ろし
た。
「ゴクローさん! スゲーじゃん」
 俺たちがみんなを出迎えると、ちょっと疲れた感じだけど、良い顔で笑ってた。
「アンジェラの魔法と、ホークアイの忍術が効いたようです」
「…でも、シャルロット、フラミーの上で戦うのはもうカンベンしてほしいでち! 今に
も落ちそうで怖かったでちよ」
 そりゃそうだろうな…。でも、ま、とにもかくにも、風の神獣が倒せて良かったよ。
・
 フラミーがいるから、移動にほとんど時間がかからなくなったけど、いくらなんでも休
まず神獣と戦い続けるなんちゅうのは無理というもので。
 もちろん、土の神獣の前にも小休止を取った。
 宝石の谷ドリアンの奥に土の神獣ランドアンバーがいる。だが、このドリアンにいるモ
ンスターの厄介さ! 中でも特に厄介なのはスライムプリンス。コイツにまとわりつかれ
ると、どんどん力が抜けていく。この特殊攻撃には接近戦を得意とする俺たちは、さんざ
ん泣かされた。こいつがプチドラゴンや、ニードリオンと一緒に襲ってきた時の厄介さっ
たら!
 んで、ここのランドアンバーってのもな…。やたらカタかった。フェアリーに言われ、
俺やシャルロットがサンダーセイバーをかけてからは、だいぶ楽な戦いになったけど。も
っと早くにやれば…、良かった…な…。
「うあーっ! もーう戦えんっ!」
「キッツーッ!」
「ハッ、ハッ…か、カンベン、して…くれ…」
 ランドアンバーをやっっっっと倒して。俺もみんなもそこに引っ繰り返ってしまった。
(やぁっと倒したわね…。ご苦労様。でも、闇の神獣がドコにいるのかなんて、わかんな
いよ!)
「うーん…。困ったなー…。そろそろこの装備じゃやべえし…」
 俺は上半身を起こし、刃がかけてしまった剣を見た。ランドアンバーのヤツ、カタいん
だもん。防御アップの魔法まで使いやがって。
「そうだよな、この装備をそろそろ取り替えてーよな…。でもよ、これ以上良い武器売っ
てるトコあるかぁ? アルテナが今この世界じゃ最先端なんだろ? 武器を造る技術って
…」
 ホークアイも疲れた様子で、俺の剣を見る。
「らしいな……。でも、探せばあるんじゃないか?」
「そりゃ、伝説級の武器は探せばあるだろうよ。でも、全員分はおろか、一人分の武器だ
って、探すようなヒマなんてないぞ?」
 ……そうだよなぁ…。手っ取り早く、買うとかでないと、時間がかかりすぎる。
「モグリか隠れの武器屋とかなら、良いのあるかも?」
「どこにあるんだよ?」
 言われて、俺は言葉につまる。
「モグってたり、隠れたりしてんだから、探すのだって苦労だよ。………待てよ」
 ホークアイが寝っ転がろうとして、そしてまたハタと気づいた。
「ニキータならそういうの知ってるかもな…。確かあいつの種族って行商の種族でな。ど
っかから良い武具を調達してくるんだ。そういうのに精通してるハズだよな…」
「行商の種族ってあんの?」
 アンジェラがいぶかしげに聞いてくる。
「さあな。でも、他になにかアテはあるか?」
 ない。
 しょうがないので、俺らはニキータがいるディーンに向かう事にした。


                                                             to be continued...