「んふふふふふー…」
 にまにましながら、幸せそうに笑っているのはシャルロットである。
「この甘さ! この冷たさ! このチョコのちょびっとした苦み! はぁー…。シャルロ
ット幸せでちー…」
 いいな、おまえ。簡単に幸せが手に入れられて。
 こーゆー甘いモン食うのは女だけ。俺らは隣で焼いたポテトを食べている。大食いケヴ
ィンもあの甘ったるさには閉口した。
「じゃあ、風の神獣ダンガードは風の回廊の奥にいるんですね?」
 真面目にフェアリーと神獣談義してるのはリースくらいだったりする。彼女の隣で弟エ
リオットがスキあらばかまってもらおうと待ち構えている。
「ええ。でも、ダンガードは空を飛ぶからね。地上ではなかなか思うように戦えないわ。
魔法とか、そういう攻撃に頼った方が良いわ」
「そうですか…。大変そうですね…」
「だから、それ相応の準備もしていったほうが良いと思う」
「そうですね…。じゃあ、大地のコインとか…」
「うん。アンジェラの攻撃魔法が主力になると思うの。ああ、あとホークアイの土遁の術
とかも役立ちそうだわ」
 フェアリーはフワリと飛んでホークアイやアンジェラを見る。ホークアイはエリオット
をうさんくさそうに見てるし、アンジェラはチョコパフェに夢中だ。フェアリーは思わず
ため息をついた。
「大丈夫。ちゃんと二人とも聞いてるわよ…」
 リースはそうフォローした。いい子だなぁ、本当に…。
・
「ねえ、おねえさま。お風呂一緒にはいろう」
 さあて風呂でもはいるかい、なんて時にエリオットはいきなりこう言った。
「………………」
 リースは困ったような顔をする。おまえ、その歳で姉ちゃんと一緒に風呂に入るのか!? 
でも、なんかちょっとうらやましい…。
「私やーよ。ガキんちょでも、男と一緒にお風呂に入るなんて」
 アンジェラは即反対。シャルロットも嫌そうな顔している。
「エリオット…。あなた男の子でしょう? もう一人でお風呂くらい入れるでしょう?」
「えー、でも、久しぶりに背中流してよ」
「………よっし、エリオット君! おにーさんたちが君の背中を流してあげよう!」
 ホークアイがいきなりエリオットの首根っこをつかんだ。顔は笑ってたが、目がなんだ
かマジだ。
「え!? え!?」
「あ、じゃあ、お願いできますか?」
「ドーンと任せなさい!」
 ホークアイはドンと自分の胸をたたいてみせる。
「さあさあさあ! 一緒に行こうな!」
「そ、そんな、あ、あ、おねえさまーっ!」
「女ばっかだから、俺らみたいなおにーさんと一緒にはいるなんてないだろう!」
 フム。それもそうだな。
「よっし。んじゃ、行ってくるわ」
「よろしくねー」
「おねえさまぁーっ!」
 半泣きしているエリオットをひきずって、俺らは男風呂にやってきた。
「しっかし、こりゃ広いなー」
 さすがさすが。アマゾネスだらけだから、男風呂は狭いかと思ったけど。全然そんなこ
とない。
 獅子の頭があって、その口からじょぼじょぼ湯が吹き出している。きっと、女湯なんて
もっと広いんだろうけど、じゅうぶんだぜ、こりゃ。
「泳ぎたくなっちまうな。こんなに広いと」
「はははは。でも泳ぐんじゃないぞ。ケヴィン!」
「う…」
 クギをさすと、ケヴィンがつまんなそーな顔をした。ま、コイツの気持ちもわからんで
もないけどね…。
 そんで、エリオットとは言うと…。よくも知らない兄貴たちに、姉ちゃんから離されて、
強引に連れて来られたのがショックだったのか、うずくまってしまっている。
「おーい、エリオット! 湯船にはいんねーのか?」
 ホークアイが声をかけると、エリオットは恨みがましそうな目でこちらをにらみつけて
いる。
「さみーぜ。そこ」
 風呂のへりにひじかけて、エリオットを見る。
「だぁからこっち来いってば! 風邪ひくぞ!」
「………………」
 しかし、エリオットは陰気臭い顔でこちらを見てるだけ。
「ったく…。しゃあねえなぁ…」
「あんまり無理はさせんなよ」
「わかってる…」
 俺が小さく声をかけると、ホークアイも小声で返してきた。腰にタオルまいて、ホーク
アイはエリオットまで歩いて行った。
 しばらくなにやら話していたが、やがて話がついたらしく、ホークアイはエリオットを
連れてきた。でも、エリオットはやたら脅えた目をしていた。
「ヨッ。来たな…」
「………………」
 脅えた目のまんま…。でも、あれから考えたんだけど、ここってほんっとに女ばっかり。
ハーレム状態じゃん、なんて思ったりもしたけど、それはそれでけっこうツライかもしん
ない。
 なにしろ目ぼしい男ってーのが亡くなったジョスター王と、あのじいくらいなもの。彼
と同じ年代の男の子もほとんどいなかった。ナバールの侵攻でどれくらいの人が亡くなっ
たか知らないけれど、元々男女比に差があったのは確かだろう。
 リースが前に話してたんだけど、俺らが初めてなんだって。対等な立場にいる人間って
いうのが。それが新鮮で、嬉しいんですって、言ってた。俺にはわかりようもない話だけ
ど。
 このエリオットも、同年代の男の子がそんなにいなくって、もしいたとしても、王子と
いう身分で友達とかもいないんじゃないかと思う。
 それって、けっこう寂しい事なんじゃなかろうか。やっぱ友達とバカやって遊ぶって、
楽しい事だし。
「おう、オマエ、エリオットだよな!」
 ケヴィンがエリオットに話しかけた。
 しかし、エリオットは脅えた目でケヴィンを見るだけ。ケヴィンは不思議そうにエリオ
ットに顔を近づけた。
「どうした? エリオットじゃないのか?」
「………………」
「おい、返事くらいしろよ」
「ぼっぼ…。ボ、ボクはこ、このローラントの王子だもん。こ、こんな下賎なヤ、ヤツと
…」
 下賎というより、立派な体をしたケヴィンが怖いようである。
「ははっ。ケヴィンは全然下賎なんかじゃないぜ。おまえと同じ、王子様だぜ、ケヴィン
はよ」
「え!? ウソ!?」
「本当だよ。なー、ケヴィン。おまえのオヤジ、獣人王だもんな」
「おう」
「ええーっ!? じゃ、じゃあ、ビーストキングダムの!?」
「そうさ」
 エリオットは絶句してしまい、ただただポカンと口をあけている。
「まあ、人を見かけで判断すんなよ」
 とは言え、ケヴィンを見て王子様だとわかるヤツなんてまずいなさそうだけど…。俺だ
って知った時はビビったぞ。
「なあ、エリオット! おまえ、トモダチいるか?」
 ケヴィンはそんなエリオットに気を悪くもせずに、にこにこと話しかける。
「へ!? と、友達!?」
「そうだ。トモダチだ。オイラ、けっこーいるぞ。おまえは?」
「と、友達なんて…。僕には、おねえさまがいるもん!」
「……なんだ…。つまらんヤツだな…」
「ど、どこがつまんないんだよ!?」
 ケヴィンにつまらんとか言われ、エリオットはくってかかった。
「オネーサマもいいけど、オイラ、やっぱりトモダチがいいぞ。オネーサマ一人しかいな
い。でも、トモダチはたくさん作れる。たくさんだ!」
 ケヴィンはめいっぱい手を広げてみせる。なんだか本当に嬉しそうだ。
「……たくさん…?」
「そうだ! デュランも、ホークアイも。シャルロット、アンジェラ、リース。みーんな
トモダチなんだ! オイラ、他にもトモダチいるぞ!」
「…………………」
 エリオットは、そんな嬉しそうに話すケヴィンを複雑な顔で見ている。
「オマエ、トモダチいないって言ったな」
「……う、うん…」
「じゃあ、オイラとトモダチになろう! トモダチはたくさんたくさんいた方が良い!」
「え!?」
 急なケヴィンの発言に、エリオットは目を丸くさせた。
「へー、すげぇじゃねえか。あ・のビーストキングダムの王子と友達なんてよー」
 ホークアイがやや芝居がかった口調ではやしたてる。
「え、え…。でも…」
「ホラ、せっかく友達になろうって言ってんのに、断っちまうのか?」
 俺がちょっと諭してやると、戸惑ったようにうつむく。
「……ボク…ボク…」
「なんだ?」
 ケヴィンは首をかしげた。
「…………う、うん……」
 そんなケヴィンを見て、エリオットは小さく。小さくだけど首を縦にふった。ケヴィン
の顔がパッと明るくなる。
「キマリだ! オイラとオマエ友達!」
 ケヴィンはギュッギュッとエリオットの手を握った。
「わ、わわっ…」
「ははははは。良かったじゃねーか。友達できてさ。おまえ、友達と遊んだ事あるか?」
 エリオットは首をふる。やっぱり…。
「よーし。おにーさんが風呂場での遊びを教えてやろう。いいかぁ?」
 ホークアイって、こういう役に立たないような遊びを数多く知ってる。俺もいくつか知
ってるけど、ホークアイにはかなわない。
 最初はぎこちない感じのエリオットも次第に打ち解けてきたらしく、風呂をあがる頃に
はだいぶ俺らになついていた。
 きっと、初めてだったんだろうな。俺らみたいなのとこんなふうに遊ぶってのは。
 もしかしなくても、けっこう可哀想なヤツかもしれない。この年頃なのに、遊べる友達
もいなくて、バカっぽい遊びもした事がなくて。

                                                             to be continued...