こんな事もあったが、今度は月の神獣だ。前にも一度行った事のある月読みの塔に月の
神獣ドランはいるという。
 改めて月読みの塔に入ったけど、ここって仕掛けだらけでな。うざったくて嫌なんだが、
そうも言ってられんか…。
 まあ、ホークアイがいるおかげで、仕掛けもほとんどクリア。ただ、ホークアイでもど
うしようもない仕掛けに出くわした。
「ンゲ…。どうする?」
 先頭のホークアイが渋い顔して俺らに振り返った。
「どうしたんだよ?」
「どうしたもなにも…。見ろよ」
 ホークアイが親指で指さす前は、前方二〇メートルくらい? そんくらい長く道がぽっ
かり消えていた。向こう側にまた明かりがみえる。ここをわたれというんだろうか?
「あっちにスイッチがあるみたいだな…」
「なに?」
 ああ、本当だ。スイッチがあの明かりの下にある。
「っていうと、あれを動かせば、ここの道も開けるんじゃないかって事ね。じゃあ一人で
もあちらに行けばいいんだ」
 ナルホド、ナルホド。
「でも、どうやって渡るんです?」
 ……………思わず俺は下を見る。うげげ、真っ暗じゃねーか。
「下、どれくらいあるんだろう?」
「確かめてみるか?」
 ホークアイはそう言うと、小石を投げてみせる。
 …………………………………………………………カツーン…。
 ……相当下の方で音がした。
「………深いな…」
「どうするー? どうやって渡る?」
「どうやってって、どうやって?」
「………………」
 こうも不毛な話ししててもしょーがねーよなぁ…。
「なあ、アンジェラ。おまえ空を飛ぶ魔法とか使えない?
「使えるけど、せいぜい三〇秒がいいとこだわ。途中で落ちちゃうかもしれないし…」
「…なんだ、つかえねーの」
「ぁんですってぇ!?」
「ホレホレ! 今はんなことやってるヒマはねーの。んじゃ、魔法は無理としてだなー…」
「じゃあ、ホークアイ。あちらになにかヒモでも渡せません?」
「渡せません。引っかけるトコがないでしょ?」
 首をぷるぷると振って、親指であちらをさしてみせる。
「あ、そっか…」
「うーん、オイラでもあそこまでジャンプするのは無理…」
 それは言わなくてもわかってる。
「んじゃさ、ケヴィンにシャルロットあたりでもあっちに投げ飛ばしてもらうか?」
 そう言われ、思わずシャルロットに視線が集まる。
「おいおい、その方法は…」
 ……いいかもしれない……。
「…そうねー…。誰かがあっちに行かないといけないしぃ…」
「なっ!? 冗談じゃないでちよっ! なんでシャルロットが!」
「そうか…。じゃ、誰が飛ぶかは、民主的に決めようじゃないか。どんな事でも一人一人
の意見を平等に尊重しつつみんなで相談しなおかつみんなの意思を元にして決めるという
スバラシイ運営方法で決めるなら! 文句ないだろ?」
 ホークアイがなにやら怪しげな事を早口でまくしたてた。
「……まぁ…それなら……」
 シャルロットがいぶかしげにうなずくと、ホークアイはニッとほほ笑んだ。
「じゃ、とてつもなく民主的に、多数決でいっきまーす! シャルロットちゃんに空を飛
んでほしい人っ!」
「はーい」
 迷わず手をあげる四人。…ま、他に良い方法、ないみたいだし…ね…。ちょっと可哀想
だけど…。アンジェラも俺と同じ事を思ってるみたい。ケヴィンはニコニコしながら手を
あげてる所を見ると、あまりよくわかってないみたい…。
「へうぇえ!? ちょっ、なんでちかそりはっ!?」
「シャルロット。君は栄えある空を飛ぶという大役を、僕らを代表してやってもらう事に
なったのサ! ささ、遠慮なく空を飛ばしてもらいなさい!」
 瞳をキラキラさせて、シャルロットの手を握るホークアイ。…よくやるなぁ…。
「やーだー! シャルロットは絶対にやだっ!」
「大丈夫大丈夫。ちょびっと痛いだけ。それに、ホラ、おまえには回復魔法っつー強い味
方があんじゃんか!」
「イヤったらイヤーッ!」
「一瞬一瞬! ケヴィン、頼むぜ」
 ケヴィンはうなずき、さわいでるシャルロットを軽々とかつぎ上げ、向こう側に狙いを
定めた。
「ひええーっ! やめてーっ! この人で無しーっ!」
「オイラ獣人…」
「うえええええぇぇっっ!」
 シャルロットはケヴィンにかつがれたままじたばたしている。
「しょうがねーじゃねーか。他に手はねえんだから。それに、おまえが一番軽いじゃねー
か」
「びえええええ! 殺されるーっ!」
 あーあーあーあー。びーびー泣いちゃってまー…。
 やがて、ケヴィンは狙いをつけると、思いきりシャルロットを投げ飛ばした。
「うりゃあっ!」
「どっひええぇぇぇー………」
 シャルロットが涙を飛ばし、回転しながら、あちらの暗闇にすごい勢いで吸い込まれて
いく。
 ひうぅぅ〜……ん……… 
 ズベッ!!
 あ…。向こうの壁に激突したな…。けっこうすごい音したぞ…。
 やがて、シャルロットとおぼしき激しい泣き声が響いてきた。やっぱ、ちょっと可哀想
だったかなー、なーんて…。
「ちょっと、力み過ぎたみたい…」
 ちょっと…。ちょっとだな。今、ケヴィン獣人の姿だから…。
 やがて、鼻血もふかず、半泣きでやたらめったら怒ってるシャルロットが向こう側に姿
を現した。顔面が赤い…。よく見ると壁の跡が…。顔から激突したのか…。
「………シャルロット怒りまちたでち…。じぇーったい、このスイッチ押しましぇん!」
 あーらーらー…。ありゃ完ッ全に怒ってるな…。無理ないか…。
「どーする…? シャルロット、すごい怒ってるわよ…?」
「無理ありませんよ…」
「んなこと言ったって! じゃあ他にどうすりゃ良かったんだよ!?」
「どうにかして機嫌直してもらうしかないな…」
 こしょこしょと小声で話し合う俺ら。ケヴィンは一人シャルロットに怒鳴っているが、
シャルロットは聞く耳をもたない。
「シャルロット!」
 今度はアンジェラが怒鳴った。
「ぜったい、スイッチ押さないでち!」
 プン! とそっぽを向く。
「この後、プリンアラモードなんてどう!?」
「!」
 おお! 動揺してるぞ!
「な、そんなので…」
「チョコレートパフェ!」
「!!」
 ホークアイの怒鳴り声に再度動揺するシャルロット。よしよし。ここはもう一押し。
「ジャンボイチゴショート!」
 俺がそう叫ぶと、シャルロットは完全にこちらを見ている。
「しょ、しょーがないでちねー。そこまで言うのなら、スイッチ押したげるでち」
 やった! 俺らは軽くパンと手をたたき合わせた。
 シャルロットが背伸びをしてスイッチを押すと、思った通り、ガッコンと橋がかかった。
「ひゃっほう。いやいや、シャルロットよく頑張ったなー」
「そうそう! シャルロットのおかげだよ!」
「へへへ、そうでちか?」
 適当な事言って、シャルロットをとにかく持ち上げる。ここで機嫌を悪くされたら後々
どうなるか…。
 俺らはシャルロットに気づかれないように、小さく息をついた。
・
 なんとか苦労しながらも月の神獣ドランを倒す事に成功。残すところあと三体。
 フラミーで風の王国ローラントに向かう。神獣のいる所にはローラントからが一番近い
のだ。
「あの、少しローラントに寄っていいですか?」
 遠慮がちにいうリースの願い出を断るヤツなんかだれもいなかった。なにせ、彼女の弟
が戻ってるって言うんだもんな。ちょっとくらい会わせてあげたって、良いよな。 
「あ、リース様! お喜びください!」
「知ってるわ。エリオットが戻ってきたんでしょ?」
 門番のアマゾネスはリースを見るなり笑顔を満面に浮かべた。
「まあ! もうご存じなんですね!? とにかく、こちらです!」
 もう顔が笑いっぱなしって感じで、リースを出迎える。これを見ると、リースってみん
なに頼りにされてるよなー、俺らパーティの中じゃあ、リースはみんなのフォロー役って
感じがするんだけど、ローラントじゃあしっかりリーダーだもんな。
「エリオット様! リース様が!」
「ほんと!?」
 声からにしてもまだまだガキだろう。転がるようにかけてきたのは一〇歳いくかいかな
いかのわりと可愛いガキだった。
「おねえさまぁ!」
「エリオット!」
 ひしと抱き合う姉弟…。…うーん、でも、俺ウェンディと再会してもこーゆーシチュエ
ーションにはなりそうにねぇなぁ。
「おねえさま! ボクボク…。すごく怖くって寂しくて…」
「エリオット…」
 リースは優しく弟の背中をなでる。
「おねえさま! おねえさまがいなくて、本当に寂しかった! ねえ、これからもずっと
一緒にいてくれるんでしょう?」
 う。そ、それはちょっと困るぞ…。
 リースはそんな弟に小さく首をふった。
「おねえさま?」
「いいえ、エリオット。私にはやらなければならない事があるの。この世界の存亡にも関
わる事なのよ」
 リースはしゃがんで、エリオットの目線に会わせる。
「そんなぁ……」
「エリオット。私は、あの人たちと冒険をしてるの。最初、あなたを探すための冒険だっ
たけど…。でも、こうしてあなたはここに戻って来た…」
「うん…」
 エリオットは俺らを不安そうに見上げた。
「でも、でもあの人たちに任せて、とか、ダメなの?」
 …どうにもこうにも。この小さな弟にゲンナリさせられたのは、どうやら俺だけではな
いようだ。
 何か言おうとしたホークアイをアンジェラが手で牽制した。ホークアイはアンジェラの
言いたい事がわかったらしく、ブスったれた顔に戻って言うのをやめた。
「いいえ。任せきりなんてできないわ。それに、途中でやめるなんて事もできない。あの
人たちはね、私の大切な仲間なの。いいこと、エリオット。何事もやり通す事が大切なの
よ。お父様も言ってたでしょう?」
「でも、でも…。ねえ、ボクとあの人たち、どっちが大切なの!?」
 な、なんだこのガキ、本当に。
「比べる事なんてできないわ。エリオットだって私とお父様を比べる事はできないでしょ
う?」
「…………でもぉ…」
 そばにいてほしいのか、リースの腕をぎゅっと握るエリオット。
「…もう…。エリオット。強く生きなさいってお父様も言ってたでしょ? いつまでも私
に甘えてばかりいちゃダメよ!」
「………………おねえさま…」
 強くリースに言われて、エリオットはうなだれた。そうだリース! 突き放すんだ!
「でも、おねえさま、どうして、いきなりそんな事を言うの? あの人たち、一体誰なの?」
 …そうか、あのガキにとっちゃ、こっちは突然現れたようなもんだからな。自分の姉ち
ゃんがよくわからない人間たちにとられたような感覚なのか。ローラント奪回のいきさつ
とか、まだ聞いてないんだろうか?
「言ったでしょう。私の大切な仲間なんだって…。どうしたの、エリオット。そんなに聞
き分けない事ばかり」
「……だって……」
 エリオットは不満そうな目で俺たちを見る。そんなに俺たちが不審か、おまえ…。
「私は、これから私の仲間たちと戦いに出るのよ。じいやアルマもライザとかも。この城
を守ってくれるけど。それでもエリオット。ここはあなたが守るのよ!」
「え!?」
「わかった?」
「……………」
「エリオット!」
「は、はい! わ、わかった…」
 しゅーんとうなだれてしまうエリオット。……うーん、随分な甘ったれだが…、大丈夫
なのか? 王子がこんなんで…。
「じゃあ、じい、アルマ、ライザ…。よろしくね」
「え、ええ…。それはもう。でも、リース様。一泊だけでもしていきませんか? みなさ
んも一緒に。どうでしょうか?」
「……でも…」
 リースは俺らを見た。俺らはみんなで顔を見合わせる。
「いーんじゃない? そりゃまあ、急いだ方が良いんだろうけど、こっから近いし、一泊
だけなら、ね…」
 アンジェラは髪をかきながら賛成した。
「早く行ってやっつけちまおーぜ。早い方が良いに決まってる」
 反対したのはホークアイ。よっぽどあのガキが気に入らなかったと見える。
「シャルロット、どっちでもいいでち」
「オイラ…。みんなに任せる…」
 無責任というか、しょうがないというか。この二人は中立。となると、当たり前だけど、
俺に視線が集まった。
「どうします? 泊まる? 泊まらない?」
「泊まらないよな?」
「泊まろうよ。私疲れた」
 本当は、俺もどっちでも良いんだけど、この状態でそれは言えない。しゃーねーなー…。
 俺は剣を鞘から抜いた。
「な、なんだよ、おまえいきなし剣なんか抜きやがって」
「まあまあ」
 俺は地面に線を引いて、半分にマル、もう半分にバツを書いた。
「あんた、まさか…」
 そう。そのまさか。俺は注意深く剣を垂直にたてると、パッと手を離した。
 パタン。
 剣はマルを書いた所に倒れた。
「よっし。んじゃ泊まろう」
「………………」
 あ、アンジェラとホークアイが頭かかえてる。
「あ、あんたねえ…」
「もーちょっとマシな決め方ねえのか?」
「いやー…。まあ、俺も本当のところどっちでもよかったし。運を天に任せるって事でさ。
ははははは、は…」
 俺が笑ってごまかすと、彼らは俺に冷たい視線を送った。………うー…。
「じゃあ、泊まっていきなさるんですね!? すぐに用意します!」
 嬉しそうにアルマと呼ばれるばーさんが城内へと駆け込む。
「あー、そうだ…」
「はい?」
「できたら、プリンアラモードとチョコパフェとイチゴショートケーキあります?」
「え? ああ、はいはい! 用意しますよ! とびきり美味しいのをね!」


                                                             to be continued...