風呂からあがって、俺らが部屋に戻ると、シャルロットが一人でポヤーッと宙を眺めて
いた。
「おう、シャルロット。アンジェラたちは風呂はいってったんか?」
「そーでち。はくじょーにもシャルロットをおいていってしまったんでち。ヒマでちたで
ち。なんかして遊ぼう!」
「遊ぼうって、おめー、眠いんじゃなかったのか?」
「今、眠くないんでち。カードやりましょ。カード!」
「カードゲームよか、もっとおもしろいもの教えてやるよ」
 ホークアイが濡れた髪をタオルでターバンのようにまきながら、シャルロットに話しか
けた。
「なんでちか?」
「カ・イ・ダ・ン・バ・ナ・シ!」
 それを聞いたとたん、シャルロットの顔がひきぃっと引きつった。シャルロットは怪談
話等の幽霊もんが大嫌いなのだ。
「イヤでちイヤでち! ぜーったいイヤでち!」
「ははは。冗談だって」
「悪い冗談でち! シャルロットがそーゆーのキライなの知ってて言うんでちから」
 シャルロットはプンむくれの顔のまま、ホークアイをにらみつけた。
「オイラ、ここに寝るーっ!」
 いきなり、ケヴィンが一番端っこのベッドに飛び乗った。
「あ、てめ。そこは俺が狙ってたんだぞ」
「オイラ、ここに寝るもん!」
「公平にジャンケンにしろ、ジャンケンに!」
「えーっ!」
 枕にしがみついて、不満の目で俺を見た。
「やだー。オイラここがいいんだもん!」
「おめえなあ!」
 俺がケヴィンをそこから引きはがそうとするが、ケヴィンは絶対に離れようとはしない。
「いーじゃねーかよ。寝る場所くれー」
 ホークアイはすでに寝る場所を決めてしまったらしく、そのベッドに寝転びながら俺ら
を見る。
「あっ、てめ、もう決めやがったのか?」
「早い者勝ち早い者勝ち♪」
「デュラン、そこね」
 ケヴィンは枕を抱き、足でそっちのベッドをさした。
「あのなー…」
 チェッ…。窓際が良かったのによー…。
「もう寝るんでちか?」
 シャルロットが指をくわえて、俺らを見た。
「まあ、まだ寝る気はないけど、場所取りだよ場所取り」
 組んだ足をリズミカルに振って、ホークアイはこたえる。コイツもけっこう足癖悪い。
「あー、でもこうやってっと、寝ちまいそー」
 寝っ転がって、ホークアイは目を閉じる。そうはさせるか。
「てやっ!」
「あでっ!」
 俺は手にあった枕をホークアイの頭に投げ付けた。
「な、なにすんだよ!?」
「まだ寝る気はないんだろ?」
 俺が笑いながら言うと、ホークアイは一瞬陰険な目をしたが、やがて顔をあげて。
「まー、そうだよなっ!」
「ぶふっ!」
 枕が俺の顔面にぶち当たる。
「やったなぁ! そらっ!」
「おっと」
 ヒョイと避けると、枕はケヴィンに当たってしまった。
「うおっ!」
「やー、悪い悪いホークアイのバカが避けたから…」
「バカとはなんだ。おまえが最初に投げたクセに」
「………うおおーっ!」
 ケヴィンはしばらく俺らの話を聞いていたが、やがてやたら楽しそうな顔して枕を投げ
付けた。
 ボフッ!
 ホークアイの背中に直撃!
「いでっ!?」
「よーしやっちゃえ!」
 俺も調子にのってホークアイに枕を投げ付けた。
「ててっ、コラ! なにすんだよ!」
「シャルロットも枕投げやるーっ!」
 シャルロットまでもが俺のベッドに乗り出して持ってきた枕を投げ付けた。
 それからもう、みんなで笑いながら枕の投げ合い。しまいには毛布までも投げ出してメ
チャクチャだった。
「ちょ、ちょっと、あんたたち、なに大騒ぎして…」
 バンッッ!
 怒鳴りながらはいってきたアンジェラに枕が当たった。一瞬で部屋が静かになる。
「…あー…。ワリイ…」
「………あ、あんたたち…」
 顔をひくつかせて、プルプル震えている。ありゃ、こりゃ本気でヤベエぞ…。俺らの顔
も引きつった。
「なにやってんのよーっ!?」
 ズバンッ!
 アンジェラの投げた枕が俺の顔面を直撃した。イッテー…。
「なによ、なにやってんのよ!?」
 カリカリさせて、アンジェラはのっしのっしとこちらにやって来る。
「いやー、枕投げをちょっと…」
 ホークアイはなだめるような口調でアンジェラに説明する。
「枕投げ? なによ、それ」
 アンジェラの後ろではリースも、なにをやってるのとでも言いたげである。
「知らない? 本当は部屋真っ暗にしてさ、枕投げあうの」
 その時のアンジェラの顔。リースの顔もあんま良いとも言えなかったけど…。
「なによ、それ…。バッカバカしい…」
 髪の毛をかきあげて、アンジェラはフン、と鼻で馬鹿にした。
「そうかぁ? やかましいんで旅館には迷惑かけるが楽しいぞ?」
「うん。まあ、必ず怒られるんだけどさ」
「そうそう。でも、やっちゃうの」
「…………怒られるとわかっていながらやるんですか?」
「それだけ面白いって事なんだけど…」
 リースは眉をしかめた。
「あのですねえ…。さっき宿屋の女将さんに注意してくれって、頼まれたんですよ?」
「………………」
 ダメ、か…。ま、しゃあないな…。
「大体、あなたがた今、いくつなんですか? 恥ずかしいと思わないんですか?」
「スミマセン……」
 年下のリースに怒られて、俺とホークアイはそろって頭を下げた。リースがかなりご機
嫌ななめという事は、宿の女将さんによほど苦情を言われたのだろうか…。
「とにっかく、寝るわよ、私」
 不機嫌そうに言って、アンジェラは俺の隣のベッドに寝っ転がる。
「……おまえ、ここで寝るの?」
「なによ。不満だっていうの?」
「いや、別にそういうワケでは…」
 コイツ、寝相悪いから時々目のやり場に困る時があるのだ。
「ま、まあ、明日に備えて今夜はもう寝るっつーわけでよ」
 ホークアイがごまかすように、もといとりなすように言ったが、リースにちょっと睨ま
れていた。
(…あのね、デュラン)
「ん?」
 いきなりフェアリーが話しかけてきた。俺の声に、ホークアイとかが反応して、ちょっ
とこっちを見る。
(明日からの神獣戦の事だけど…。土の神獣はみんなが強くなってからじゃないとツライ
と思うの。まず、月の神獣の所に行く事にしない? 獣人たち相手がちょっとツラそうだ
けど…)
「あ、ああ。そうだな。わかった…」
「なにがわかったんだよ? あのよー、おまえフェアリーとしゃべるのはかまわねーけど、
俺らには聞こえないんだからさ」
「ワリィワリィ。明日は月の神獣トコ行こうってさ。んで、最後に土の神獣だって」
「って事は月、風、土の順番ですね?」
「だな。闇の神獣がどこにいるかわからない以上なぁ」
「まあ、その時考えようぜ。今日は寝よう」
 ホークアイは軽く伸びをして、ストレッチを始める。コイツ体やらけーよなぁ。俺も普
通の奴よりは柔軟性高いほうだと思うけど、コイツにはかなわない。もっともケヴィンな
んかはぐにゃぐにゃに柔らかかったりする。
「んだな。寝るべ寝るべ」
 俺は、ベッドにゆっくりもぐりこむ。なんだかんだ言って神獣戦の疲れはまだとれてな
い。
「…なんだ、枕投げやらないの?」
 枕を抱き締めて、ケヴィンが残念そうに言う。
「また今度やろーぜ」
「……わかった!」
 ケヴィンも聞き分けよくうなずくと、すぐにベッドにもぐりこんだ。
 俺も寝る事にした。
・
「ああああああああっっっ!?」
 んー…。だれだよ、ったくうるせーな…。俺は寝ぼけ眼をこすりこすり絶叫しているや
かましいヤツを見た。
「ぁんだよ、ホークアイかよ。朝っぱらからでけえ声だすなよ…」
 そう、俺が寝返りうった時だった。
 …ん? 
 ………あれ……? なんで、アンジェラがここにいるんだ……。
 …………え? アンジェラ…?
「どわああああああっっ!?!?!?」
 俺も度肝をぬかれた。だ、だってだってアンジェラが俺と同じベッドに入ってるんだも
ん!
「ななな、なん、なんでっ!?」
 俺がガバとおきあがると、毛布も上がる。そして…。
「うわあああああっっ!?!?」
 だだだだってだって! アンジェラのヤツ、パジャマくらい着ろよなーっ!
「デュラン! おめー、抜け駆けはナシだぞ!」
「ぬぬぬぬ、抜け駆けもなにもっ!」
 自分でも気が動転してるのがわかった。顔が真っ赤になって、焦りと緊張で何がどうな
ってどうしていいのかわからない。
「…なによ、うるさいわねー…」
「んげっ!?」
 アンジェラが目をこすりこすりこちらを見た!
「……デュラン…。………キャアアアアアアッッッ!!」
 うおっ!? 耳がキーンとなるほどの悲鳴! そして、アンジェラは俺をどーんと突き飛
ばした。
 ゴテンッ!
 一瞬、天井しか見えなくなる。ベッドから落っことされて、俺は背中と頭を打った。
「ちょっ、なによ!? なんでデュランが私のベッドにいるのよ!?」
「な、なんだよ、俺だ…」
 ゆっくり起き上がって、思わず言葉を止める。毛布から胸のタニマがのぞいている…。
さっきの映像を思い出し、思わず熱くなって、俺はソッポを向いた。あ、いかん…。のぼ
せてきた…。
「…またやったんですか…」
 疲れた声のリース。
「また?」
「アンジェラ、寝ぼけてよく人のベッドに入って来るのよ……」
「…………………」
 アンジェラの顔の表情は見えない。俺はまだ彼女を見る事ができない。
「あの、デュラン、ホークアイ、ケヴィンは、寝てるのね…。悪いけど、ちょっと部屋か
ら出てくれません?」
 こんだけ大騒ぎしてるのに目を覚まさないとは、スゴイヤツだと思う。
「わ、わかった…」
「ホークアイ! いつまで見てんのよ!?」
「あ、ワリィ…」
 俺とホークアイは部屋を追い出されてしまった。
「…ちょっとお客さん。静かにしてくれない? 他のお客さんに迷惑だろ? やめとくれ
よ、まったく朝っぱらから…」
「す、すんません…」
 宿屋の女将さんにも怒られてしまった…。
「ところでよ、デュラン」
「なんだ?」
「おまえ、昨日ホンットーになにもやってないのか?」
「………………何が言いたい?」
「いや、ホラ、アンジェラハダカだったし、おまえも上は着てねーし」
 ホークアイはニヤニヤした顔を浮かべながら俺に言ってくる。
「…あのなあ。いつもそうじゃねーか。それが何だってんだよ」
 大体、男部屋の時はトランクスのみで寝るなんてこた少なくない。今日は相部屋だった
から、パンツいっちょなんてスタイルはやめてるが…。とはいえ、そのうえにズボンをは
いてるだけだけど…。
「…なんだ。じゃやってないのか…。つまんねーの」
 顔の引きつっていくのが自分でもわかった。
「てめぇなあ…」
「あ、いや、だから、そのゲンコツを俺の頭にくれねーでな。冗談だから…」
 俺が握り締めた拳の意味を知ってか、ホークアイの顔もさすがに引きつる。
「もう、いいですよ」
 リースの声がしたから、俺らはやれやれと部屋の中に入った。アンジェラはもうちゃん
と着替えていた。ホッとしたような残念なような…。
「やっぱりアンジェラが寝ぼけてたみたいです。ベッドも元々デュランが寝ていたトコだ
し、昨日はちゃんと服着てたんですけど、いつもの習慣で脱いじゃったみたいで…」
「………………」
 俺は頭をかかえて黙り込んでしまった…。
「わ、悪かったわね!」
 つんとまったく関係のない方を向いていう。
 ………かっわいくねーの! コイツ素直に謝るっつーコトもできねえのかよ。
「んまあまあ! ホレ、とにかく顔でも洗って来ようぜ。そろそろ朝飯だろ?」
 険悪な雰囲気になりかけたのを、ホークアイはなんとかとりなした。
「メシか?」
 今の今まであんな大騒ぎがありながら寝ていたケヴィンだが。メシという言葉を聞いて
ムックリ起き上がった。

                                                             to be continued...