「うっうっ…えっえっ…」
 誰かのすすり泣く声に、俺はぼんやりと目を開けた。
 見ると、俺が横たわるベッドのすぐ側でシャルロットが、べそべそと泣いていた。
「…なんだ…また…泣いてんのか……おめぇは……」
 少し動くと胸が痛い。どうしてこんなに痛いのか一瞬わからなかったが、すぐに紅蓮の
魔導師の魔法をくらった事を思い出した。
「えぐっひっく…あうっあうっ……」
 シャルロットは涙も鼻水もふかないで、だらだらぼろぼろと泣き続けている。
「泣かねぇとか…前に…言ったんじゃ…なかったのか……?」
「ふっく、ふえ、あうううううう…」
「うるせぇなぁ…。泣くんじゃねぇよ……」
 だるい腕を動かして、シャルロットの顔をぬぐうと、彼女はその手を握ってまた泣き出
した。
「……ごめんあしゃい…。ごめんあしゃい…。シャルロット…悪い子でち…。ホークアイ
しゃんの言う通りなんでち…。シャルロット…デュランしゃんに甘えてるだけなんでち…
…」
「…は…?」
 シャルロットの言ってる事がわからなくて、俺は間の抜けた声を出した。
 ホークアイ…? ホークアイがどうしたんだ…?
「ごめんあしゃい…。ごめんなしゃあぁぁい……」
「なんだよ…おまえは…」
 俺はわけがわからなくて、泣き続けるシャルロットの顔をまたぬぐう。
「ヒースの事は、デュランしゃんが…えくっ…悪いわけじゃないろに…でも…でも…ヒー
スを斬ったのはデュランしゃんだったから…シャルロット…」
「…………………………………ああ…」
 そうか…。そうだったな…。あれから、シャルロットは俺とまともに口を聞かなくて…、
ましてや回復魔法もかけてもらっていない状態で…。まぁ…、自分で使えるから、良いん
だが…。ちょっと…だいぶ…俺も…ムカつくやら……寂しいやら…。
「ホークアイしゃんの言う通りなんでち……でも…でも…ヒースは……ヒースはシャルロ
ットのだいじな…とってもだいじな人だったから…えぐっ」
 そんなこたぁ知ってたが、ホークアイがどうしたって言うんだ…?
「ごめんなしゃああああぁぁぁぁい…」
「…うるせぇな…。何を謝ってるんだよ…」
「らって…らって…。ススン、グススン、シャルロット、デュランしゃんにいぢわるばか
りしたから…。今回らって…。ケヴィンしゃんの魔法じゃ…デュランしゃんの怪我は…」
「…ばぁか…。俺ぁ寝てりゃ治るんだよ…」
「ひっく…でも…れも…」
「……いいから…泣くんじゃねぇよ…」
「グスン…怒って…ないの…?」
「…誰が…?」
 不機嫌にはさせられたが…怒る気には…なれなかった…。
「………………………」
「もういいから…。泣くな…。うるせぇ…。寝れねぇだろ…」
 俺はゆっくり息を吐き出して……呼吸するたびに胸がジクジク痛むし…なんだか…気持
が悪い……。…痛みと眠気で頭がぐにゃぐにゃする…。
「…寝させろ…」
「…………………っく、んく……うん…」
 胸が痛くならないようにゆっくり息を吐き出す。胸も痛いが、猛烈に眠い…。口の中が
苦いところ、薬か何か飲まされたようだ…。
 ぐだぐだと沼に飲まれるかのような感覚で、俺の意識は落ちた。

「あれ…?」
 見慣れない部屋の中に驚いて起き上がると、フェアリーがすぐに飛んできた。
「デュラン! もう大丈夫?」
「あ、ああ…。…フェアリー、おまえの方は…?」
「大丈夫よ。…ごめんね、私が捕まってしまったばっかりに…」
 俺は無言で首を振った。ここは、どうやらアルテナ城の中らしい。なにしろ宿屋にしち
ゃ豪華すぎるし…。気が付いた俺の周りに、他の仲間たちも集まってきた。
「痛くない? 大丈夫?」
 アンジェラが俺を覗き込んでくる。気のせいか、少しやつれたような雰囲気があった。
「うん…」
 俺がゆっくり頷いていると、今度はアンジェラ、少し睨みつけるような顔をして誰かを
見たので、その視線の先をたどると、シャルロットがもじもじしながら近寄ってくる。
 ? こいつら、またけんかでもしたのか?
「大丈夫でちか…?」
 上目遣いで、おそるおそるシャルロットが話しかけてきた。ふと、俺は自分の胸に手を
当てた。あんなにジクジク痛んだ胸が、今は痛くない。
 そっか…。こいつが回復魔法をかけてくれたのか…。そっか…。
「ああ、サンキュな」
 苦笑して、俺はシャルロットの帽子を目深にかぶせるようにして、頭をおさえた。
「何すんでちか。これから背のびるれでぇの頭をおさえるなんて」
 軽口が返ってきて、内心すごくホッとしてしまった。少し息をついて、それから、俺は
そこに漂うフェアリーに顔を向ける。
「…それで、何がどうなったんだ?」
 俺がたずねると、フェアリーは顔をうつむかせた。
「……マナストーンが…、マナストーンが砕けちゃったの! 神獣が…復活しちゃった
の!」
「な、なんてこった…」
「急いで神獣たちを倒さないと。世界は暗黒に包まれてしまうわ!」
「……チックショー…。結局…」
「…ごめんね…。私が………私のせいで…」
「え!? あ、気にすんなって…。とにかく、神獣たちを倒さないとなんないんだろ? 俺、
どんくらい気絶してた? 一刻を争うのか?」
 俺は慌てて布団を跳ね除けて、ベッドから起き上がる。もう痛みは感じない。やっぱこ
いつの回復魔法はよく効くわ。
「…ありがとう…デュラン…。でも、時間的にはまだ大丈夫。神獣たちは時間がたつに連
れて神獣としての自覚ができてくるから、早ければ早い程、楽に倒せるわ。それに、今は
まだ目覚めたばかりで八つに分散している。たたくのは今のうちよ」
「そっか…」
「ともかく、なんか迷惑かけちまってすまねぇな。急ごう」
 ブーツを急いで履く俺の隣にアンジェラは腰掛けている。妙な視線を感じて、俺は隣の
アンジェラを見る。
「? 何だよ?」
「…何でもないよ」
「?」
 何でもねぇなら見るなとか言いたかったけど、それを飲み込んで俺はベッドから立ち上
がる。
「それでさ、俺、その早けりゃ良いっての聞いて考えたんだけどよ。俺たち、分散しねぇ
か?」
 いきなり、ホークアイがこんな事を言い出した。
「へ?」
「神獣がどれほど強いのか知らねえけど、早ければ早い程良いってんなら、最初の二匹ず
つでも半分に別れて戦うんだ。あとの四匹は六人全員でかかれば平気だと思う。どうだろ
う?」
「……いいわね、その案…」
 フェアリーがフイッと飛び漂う。
「じゃ…。バランスを考えて、急いで別れましょう。まず、デュランとケヴィンは別れた
ほうがいいわね。体力重視型が一緒にいる必要はないし…」
「そだな」
「わかった」
「あとは…」
 フェアリーはぐるりとみんなを見回した。
「そうね、アンジェラとシャルロットは魔法重視型だから分けて…」
 リースがつぶやく。
「というと…。デュランと、シャルロットと、…ホークアイ。ケヴィンと、アンジェラと、
リースでいい?」
「えーっ!?」
「そう分けんのかぁ!?」
 フェアリーの分け方に明らかに不満の声をあげたのがアンジェラとホークアイ。
「おまえなあ。言い出しっぺが不満言ってどうすんだ」
「………わかったよ…」
「体力において、シャルロットとホークアイはちょっとつらいけどシャルロットがいるか
ら回復については平気でしょ? ケヴィンとリースはパワーで押し切って、アンジェラが
後方で援護すればいいと思うの。ケヴィンはちょっとだけど回復魔法使えるよね?」
「おう」
「アンジェラがいるパーティは属性魔法が効く神獣をせめて。火の神獣と水の神獣がいい
かしら。デュランたちは光の神獣と、木の神獣を倒して。あとの神獣は六人そろってから
でないと、ツライと思うの。でも、これだけでも随分効率よく倒せるハズだわ。さあ、い
きましょう!」

 初めて六人から分散して、ちょっと心細かったが、俺ら思っていたよりも強くなってい
たらしく、三人でもなんとかうまくいく事ができた。
 脳みそみてーな煙のカタマリにでけえ目玉がくっついた光の神獣と、とにかくでけえお
化けカボチャの木の神獣を倒す事に成功した。約束の場所、自由都市マイアの宿屋に俺ら
はやってきた。

「リースたちは、まだ来てねえみてえだな…」
「だな…」
 とった部屋に荷物を置いて、肩をならす。神獣と言われるだけあって、やっぱりかなり
ツラかった。…とはいえ、三人でも倒せたっちゅー事は、俺たちが強くなってもいる証拠
だろう。
「まあ、あの人たちだって強いんでちから。大丈夫でちょう。それよりシャルロット、お
なかへりまちた…」
「……そーだなー…。俺もハラヘッたよ…。……よっし、んじゃどっかの飯屋で思いっき
り食うか!」
 最近ロクなモン食ってなかったからな。そういや、リース達って自炊してるんだろうか
…? いっつも俺とホークアイで料理を作ってたけど…。
「わーい! 行くでちーっ!」
「待たなくて大丈夫なのか?」
 ホークアイがちょっと心配そうに言ってくる。
「…けどよ、あっちだってどれくらいかかるかわかんないし、ずっと宿屋で待つっつーの
もよ」
「そっか…。そうだな。じゃあ、行こうか」
「そうしまちょー。もー、シャルロットおなかぺこぺこでち!」
・
 俺らの行くトコは決まっている。居酒屋兼飯屋みたいなトコだ。ボリュームがあるし、
なにより酒がのめるんだよな。
「ふふふ。今日はなにを食べようでちか…」
 顔をにまにまさせて、メニューを見る。シャルロットもこういう庶民的な食堂で食べる
のに、随分慣れてきている。最初はこういうトコ入るのにすごく抵抗あった感じなのに、
今では自分からヒョイヒョイと入ってしまう。
「なんかうまそーなのあるか?」
 俺はシャルロットの頭越しにメニューをのぞき込む。ホークアイはもう一つのメニュー
の方とにらめっこしている。
「ハムステーキセットとかよさそうだな」
「え? おまえ、それ頼むの? じゃあ、別のにするか…」
 ホークアイの声を聞いて、俺はまた別のメニューを探す。バラバラなもん頼めば、みん
なでつつきあえるというか、色んな種類のヤツを食えるからな。
・
 アンジェラ達が戻ってきたのは、俺たちが戻った二日後の事だった。お互い、精霊を通
して無事かどうかくらいわかるから、無事だっていうのはわかっていたけど、やっぱり再
会できた時は嬉しかった。
 戻ってすぐ、彼女たちは食事を催促した。…何を食べていたか、聞きたいような、聞き
たくないような…。
 宿屋の追加料金で食事を出してもらい、三人ともかなりの勢いで食べだした。がっつく
ケヴィンはいつもの事にして、アンジェラやリースまでもがっついている…。何を食べて
いたんだろうか…。
 飯は宿代に含まれてないものの、今回の宿屋はそこそこ良いトコだと思う。大部屋があ
ってベッドもちゃんと六人分なんだから。しかもここの宿、元は寮か何かだったらしく、
ベッドが六つ横にずらりと並んでいるという、珍しい大部屋がとれた。
「どうだった? 神獣の方は?」
 だいぶ食事が落ち着いたようなので、そう尋ねると真っ先にアンジェラが口を開いた。
「熱かったり、寒かったり、よ!」
「アンジェラがいて良かったわ。属性魔法かけまくってくれたから」
「おう! アンジェラの魔法すごい!」
「へー、んじゃ、成功したんか」
「まーね」
 リースとケヴィンの二人にほめられて、アンジェラは得意そうにうなずいた。
「で、そちらは?」
「大丈夫。うまくいったよ」
 お互いの神獣戦について、ちょっと報告しあった後、俺たちはやれやれと部屋にあがっ
た。
 パーティが六人になってから、男部屋と女部屋、なるべく二つ取る事にしている。もっ
とも、今回は二手に別れてるって事から、大部屋にしたんだけど。いつものようにわけち
ゃうと、シャルロットが一人で寝なくちゃいけなくなるのでこのカタチになった。
 六人一緒の部屋の欠点は朝、女たちが着替える時に追い出されるの事だ。ま、大部屋に
泊まらないといけない時なんてあんましないけど…。
 ホークアイはなにやら仕掛けを作っているもよう。トラップとかいって、敵を罠に落と
しこむ。その横で、シャルロットが彼の手つきを眺めている。ヤツの手先は器用なので、
見ていると結構面白かったりする。俺はいつもの通り、剣を磨いている。
 それにしても、そろそろ、この剣を専門に研ぎに出すか買い替えるかしねえとヤバくな
ってきたなぁ…。買ってからそんなに時間経ってねえっていうのに、もう刃がかけてきた
…。よっぽどの武器じゃねえと間に合わなくなってきたなぁ…。
「ふああ…。なんだかシャルロット眠くなってきまちた…」
 目をトロンとさせて、大きくあくびをする。
「ん? もう休むのか?」
「ううん、まだお風呂はいってないでち。シャルロット、先にお風呂はいってまち」
「ああ。気をつけろよ。また風呂で寝こけんなよ」
「ぷうぅぅ!」
 シャルロットは真っ赤になって頬をふくらませた。こいつよく風呂場で寝るらしくてな。
長ぇ風呂だなって、リースとかに見に行かせると大概寝てるのだ。
 この剣を磨くのも、最終段階。俺はなめし革で剣をツツーッと拭くと、磨き具合を見た。
 ふむ。こんなもんだな。
 剣を鞘におさめ、なめし革もしまう。手もあらってこなきゃあなあ…。なめし革ってけ
っこーキタネえから。
「ん? デュランどこ行くんだ?」
 仕掛けを作っている手を止めて、ホークアイが聞いてくる。
「便所だよ」
「ふーん」
 また仕掛けに目を戻し、丹念になにかを削っている。時々、横や斜めから見ては出来具
合を確かめているようだ。
 用を足して、俺が部屋もどって来ると、アンジェラたちが部屋にいて、カードゲームな
んぞ始めていた。
「なにやってんだー?」
「カードよ、カード。あんたもやる?」
「うん」
 ベッドの上にあぐらをかいて、カードゲームを始める。ちょっとホークアイが羨ましそ
うな顔で見ていたが、仕掛け作りの方に専念するらしく、すぐに仕掛けに目を戻す。あい
つもなんだかんだ言ってけっこう真面目だよな。
 ウノでだいぶ盛り上がってきた時。ドアがガチャッと開いてシャルロットが入ってきた。
「ありゃ。みなしゃん、来てたんでちね。ん? ん? なにやってんでちか?」
「カードよ。やる?」
「……うーん…。んじゃ、やるでち…」
 そっか…。なら、俺は先に風呂でも入って来ようかな…。
「んじゃ、シャルロット。俺の代わりにやれよ。俺も風呂はいってきちまうわ」
「はいでち」
「んじゃ、俺も行くわ」
 ホークアイの方もちょうど仕掛けを作り終えたらしく、立ち上がった。
「あ、ならオイラも行くー」
「あら、じゃああんたちは風呂にいっちゃうのね」
「そうそう。サッパリしてきちまうわ」
 ホークアイはそう言って、風呂に入る支度を始めた。俺も、自分の支度を始めた。

                                                             to be continued...