「ここが…、アルテナ…」
「でっけー…」
 デカイなんてもんじゃねえぞ、こりゃ…。あんな空中魔導要塞なんちゅうモンを作っち
まうよーな国だから、ある程度は予想していたが…。ここまでデカいとは…。あのウェン
デルと競う程の大きさだ。
 極寒の地にあるという話だけは聞いていたけど、見ると聞くとじゃだいぶ違う。
 氷の大地に忽然と広がるこの大都市は、ちょっと異様で、神秘的だった。
「なに、口あんぐり開けてんのよ。行くわよ」
 俺の背中を軽くたたいて、アンジェラは歩きだした。
 この城下町も広くって。半端じゃねえよ、ホント。しかも、周囲の凄まじい寒さに比べ、
けっこう過ごしやすい。アンジェラが言うには、いつも春のような陽気だったそうだが…。
 さすがに、今は春みたいな陽気ではなく、冬の手前のうす寒い感じだけど。
 町を歩いて見てみると、なんだか町の人々の様子がおかしい。
「どうしたんだ…?」
「さあ…」
 気になるので、情報を集めていって驚いた。城内にモンスターがはびこっていると言う
のだ。そして、俺が一番驚かされたのは、雪原で鉢合わせしたあの黒い騎士がこのアルテ
ナに傭兵として雇われているという事だった。
「ど、どういう事なの?」
「わかりませんよ…私だって。女王様が魔法じゃなく、剣の力に頼ろうとするなんて初め
ての事ですし…。黒耀の騎士って聞きましたけど、不気味な騎士で本当にみんな戸惑って
るんですよ…」
 酒場のマスターも困惑顔でそう言った。
「じゃあ、あの黒い騎士がマシンゴレームSを使ったのは、背後にアルテナがいたから、
できた事だったのね…。おかしいと思ったわ。あれは、アルテナでも高機能のゴーレムで、
そう出せるものじゃないのに…」
 爪をかむようにして、アンジェラはそんな事を言う。
 そんな事よりも、俺はあの野郎が俺の名前を知っていた事と、そして、ヤツが口にした
竜帝の事が気になった。もしかしなくても、ヤツの背後にいるのが竜帝って事なのか?
 親父が…父さんが無駄死にだったなんて、そんなのって…。
「あの黒い騎士、黒耀の騎士だっけか。あまり相手にしたくない感じだけど、やるしかな
さそうだな」
 ホークアイがため息をつきながら言う。
「なあ、あいつ、竜帝がどうとかって、前に言ってたよな。じゃあ、今回のこれは、竜帝
が仕組んだ事なのか?」
 俺がそう言うと、みんなは顔を見合わせた。
「竜帝って、あれだよな。一二、三年前に大騒ぎ起こした、アレだろ? でかい都市を一
つぶっ壊し、その他町や村もいくつか滅ぼしたっていう…」
 ホークアイの言葉に、俺は頷いて見せた。俺達家族にとって、忘れるわけのねぇ名前だ。
「私も覚えていますよ。幼心にすごく怖かったのを覚えています」
 当時は世界規模で本当に大騒ぎだったのだ。俺はそん時は全然ガキで、能天気にも、親
父は勝って帰ってくるものだとばかり思っていたけれど…。
「りゅーてーって? シャルロット知らないでち」
「でかい竜の親玉だ。相当年老いたドラゴンらしいが、ヤツらは歳をくえばくうほど強く
なるらしい」
 俺が説明してやると、シャルロットは少し不機嫌そうな顔をした。最近、言葉を交わし
てなくて、不自然な気もするけれど…。
「フォルセナの英雄王と、黄金の騎士が倒したという、歴史が新しい中では一番有名な英
雄譚ですね。シャルロットも聞いた事ないかしら?」
「あ、あれでちね。聞いた事あるでち。なんか、シャルロットはまだちっちゃいから、怖
がらせるといけないって、そん時は言わなかったって、おじいちゃん言ってまちた」
 リースが言うと、シャルロットはまともに対応する。
 ………………。
 仕方ないとはいえ、こう、なぁ…。
「…なんか、嫌な予感しかしねえけど、ハナからそういう旅だ。進むしかないだろう。ア
ルテナ城はモンスターだらけって聞くし、準備万端にして、城に向かおう」
 ホークアイが俺の背中をぽんと叩いて、みんなにそう言った。
 準備を整え、城を目指す。城がばかでかいので、迷う事もなく、別にアンジェラの案内
も必要ないほどだった。
「あっ、アンジェラ様!」
 城の門にだいぶ近づいた頃、門番がアンジェラに気づいた。
「大変なんです! 城内にモンスターがたくさんいるのです!」
「知ってる…。そんなに多いの?」
「ええ…。度重なる戦争で、こちらの兵も疲弊しており、まともに戦えるものが少ないの
です。それに、城内のモンスターは対魔法に強いものばかりで、我々も困り果てているの
です」
 うつむき加減になって、門番はため息をつく。
 ……なんか、一瞬アンジェラって本当にここの王女なのかなって、ちょっと思った。つ
ーか、それが一介の門番が、王女に向かって聞く口じゃねえんじゃねえのって。俺はアル
テナの兵士でも何でもないから、口出しはしなかったけど。
「ただ、町の中に来ようとしなところを見ると、どうも城内に誰も近づけたくないような
のです。でも、城内には女王様がいらっしゃるんです。女王様はご無事なんでしょうか?」
「……わからないわ…。とにかく、私たちが行ってみるから!」
 心配そうに問いかける門番に、やはり心配そうに首をふるアンジェラ。
「は、はい…。その、お気をつけ下さい」
「大丈夫よ! もう以前の私じゃないし、戦士も仲間にいるから、魔法に強いヤツでも私
達なら対抗できるわ」
 門番の言葉に力強くほほ笑んで見せるアンジェラ。
 もはやアンジェラの首をねらう暗殺者もいない。あの事件の後、数件あったんだけど、
俺たちが返り討ちにしたし、賞金を出すアルテナ自体もなんか色んな意味でヤバげになっ
てきたので、手を出さなくなったようだ。
「じゃ、行くわよ!」
 杖を握り直し、アンジェラは門を開けさせて中に突っ込んだ。
 門番の言うとおり中はモンスターの巣窟だった。次々と現われるモンスターを蹴散らし
て、俺らは進んだ。しっかし、すっげえ広いぞ、このアルテナ城…。アンジェラ、こんな
トコに住んでたのかよ…。俺の家なんてここの広間にもそっくり四つは入るぞ…。
「なに渋い顔してんのよ。いくわよっ!」
「あ、ああ…。わかったよ」
 俺は慌ててアンジェラの後を追った。
・
「…こっから先が玉座の間よ…。きっとここにお母様と紅蓮の魔導師が…」
「あの黒耀の騎士と、フェアリーもいるハズですね…」
 リースも槍を持ち直す。
 フェアリー…。頭ん中に入ってきた時は、気持ち悪いと思ってたけど、慣れてしまえば
どうって事なくなるもんで、今では、フェアリーの声がしないのが、なんとなくヘンな感
じさえする…。
 無事でいてくれれば良いけど…。
「いくわよ…」
「ああ…」
 アンジェラは緊張した顔でドアを開ける。扉はゆっくりと重そうに開いた。
「………行くぜ…」
 俺はマナの剣を確かめると、玉座に歩きだした。
「来たな…」
 やっぱりそこには紅蓮の魔導師と、黒耀の騎士。そしてヤツらの足元にはうずくまるフ
ェアリーと、アンジェラによく似た女性がそこにうつ伏せになって倒れていた。きっと、
あの人が理の女王だろう。
「お母様!」
 アンジェラが叫ぶ。
「ここに来た、という事はやはり堕ちた聖者と、美獣を倒したというのだな…。彼らは良
い時間稼ぎになってくれたよ…。こちらの方も準備が整った…」
「…フェアリーを返してもらおう…」
 沸き上がってくるムカムカを押さえながら言う。
「おや、そんなこと言える身分なのかね? フェアリーと、それに理の女王の命がこちら
の手にあると言うのに?」
「……クッ…」
 やっぱり、その手できたかよ…。
「さあ、フェアリーと女王の命を助け…」
「ハクショオッッ!」
 突然ばかでかいくしゃみに紅蓮の魔導師の声がかき消された。
「…………ケヴィン…」
「悪い…。ちょっとカゼひいたみたいだ…」
 ズズッと鼻をすすり、鼻頭をこする。確かにここは寒いが…。ったく、コイツもシャル
ロットと並んで状況把握できんというか何というか、どーしてこーいう時に、そんなどで
かいくしゃみなんかかますんだよ…。
「……スマン、なんて言ったのかわからなかった…」
「…っ…」
 紅蓮の魔導師の顔が引きつった。まあ、無理はねえけど…。
「……い、いいか。フェアリーと女王の命を助けたいならば、そのマナの剣をこちらに渡
してもらおう!」
 紅蓮の魔導師は手に火の玉を浮かべ、フェアリーと女王をねらうかのごとくに、見せつ
ける。俺は渋々マナの剣を取り出した。
「持って来い」
「……………」
 俺に抗う余地はない。ただ、にらみつける事しかできないというのが本当に情けない。
剣を手にヤツまで近づく。
「そこにおけ。置いたら離れろ」
 ヤツに言われるまま。……チックショウ…。
 マナの剣を床に置いて俺が離れると、紅蓮の魔導師が待ちきれなかったように駆け寄っ
て、手に持った。
「ふは、ふはは、フハハハハッッ! ついに手にいれたぞ! 伝説のマナの剣だ! ……
っ!? こっ…、ギャアアッッ!」
 ドバチィ!
 いきなり、マナの剣が妖光を発し、紅蓮の魔導師は思わず剣を手放した。俺も驚いて、
それを見た。彼の手は煙をあげて焼けただれている。
 一瞬、あっけにとられたが、すぐに我に帰った。
「そ、それみろ! おまえみてーなヤツにマナの剣はもてねーんだよ!」
「ちくしょう……。何故だ…。何故また…、い、いや…俺は持ってみせ…、……ギャアア
ッッ!」
 それでも、再度手に持つ魔導師。なんとか我慢して持っているようだが…。その必死さ
というか、その執念に、俺は空恐ろしいものをどこか感じた。 
「やめとけよ!」
 俺がそう叫んだ時、魔導師の後ろにいた黒耀の騎士がなにやら呪文を唱え、剣を振った。
すると、黒い影が床から立ち上り、紅蓮の魔導師ごと剣をつつんだ。
「なっ!?」
 そして、その影が消えた時、魔導師はなんの抵抗もなく剣を持っていた。
「……マナの剣は持った者の鏡…。聖にも邪にも属する…」
「……は、ははっ…。クッハッハッハッ…。これで完全に我々の物だな…」
「…マナの剣を何に使うのよ!?」
 我慢しきれなくなったようにアンジェラが叫ぶ。
「知りたいか? なら教えてやろう。我らが竜帝様が神を超えた神、超神になられるのに
必要なのさ」
「…って事は、おまえらの背後にいるのは竜帝って事なのか?」
 今まで黙っていたホークアイが声をあげると、紅蓮の魔導師は片方の眉を跳ね上げた。
「おっと口がすべったかな? まあ今更隠すような事でもないか。知ったところで、超神
になった竜帝様に滅ぼされるだけだろうからな…。…さて、アンジェラ王女…」
「な、なによ…」
 紅蓮の魔導師がアンジェラを名指しする。その間にも、黒耀の騎士が消えてしまった。
「あっ、ちょっ…」
「かまうな。アンジェラ王女。あなたはこちらに来ていただきたい」
「どうして!?」
「…どうせみんな竜帝様に滅ぼされるのだ。それならば、こちら側に来たほうが賢いとい
うものではないかね?」
「あんたらの仲間になれっての!? そんなの願い下げよ!」
「これでも?」
 言って、紅蓮の魔導師はフェアリーに魔法の光を近づけた。こいつっ!
「っく…。あんた卑怯よ! マナの剣じゃまだ足らないっていうの!?」
「魔力の高い者が多いに越した事はない。竜帝様は多くの力を欲されておられる。魔力の
高い者の命は、超神となられた竜帝様の生贄に相応しい。今のあなたからは、理の女王よ
りも高い魔力を感じる。生贄は多い方がりゅ……」
「ハックショオッ!」
 いきなりケヴィンのどでかいクシャミに、紅蓮の魔導師がビクッと跳ね上がった。今だ!
 俺は紅蓮の魔導師に捨て身でタックルした。
「ぐはっ!」
「早く! フェアリーを!」
 俺はヤツの上に乗り、後ろの仲間に叫ぶ。
「え? あ!」
「貴様!」
 ヤツの声が下からして、ヤツの魔法をまともに食らった。胸のあたりに強烈な衝撃がく
る。
 ドンッ!
「ぐはっ!」
 吹っ飛ばされた勢いで、俺は床の上をずりずりと滑った。い、いてぇ!
「デュラン!」
「ちっ、き、きっさっまぁ〜! ちくしょうめっ!」
 憎々しげな目付きで俺を睨みつけ、女王に向かって魔法を放つ。しまった、女王の事を
忘れてたっ!
「あ、お母様!?」
 バチィッと一際強い光が目をつんざき、次ぎの瞬間には女王は消えていた。
「お母様! お母様!」
「貴様ら……。覚えてろ!」
 そう、吐き捨てるように言うと、ヤツは消えてしまった。
 ちっ…、あのヤロウ…。…………!?
 ゴフッ!
 さっきの魔法が今頃になって効いてきて、俺は口から血をはいた。ふと見ると、胸のあ
たりの鎧が焼け焦げ、ひしゃげていた。こ、こんなもん食らったのか?
「デュラン!」
 泣きそうな顔でアンジェラが俺をのぞき込んだ。
「だ、大丈夫だ…。すまん…、女王の事を忘れてた……」
「……デュラン…」
「…フェアリーは…?」
「大丈夫です!」
 リースの声が飛ぶ。そっか…。良かった……。なんだか、安心してしまって、気が緩ん
だらしい。俺の記憶はそこで暗転した。紅蓮の魔導師の魔法が思ったよりも強くこたえて
いたようだ…。
                                                             to be continued...