天守閣に乗り込むと、ホークアイの仲間だったらしい。先程のニンジャたち二人が、立
ちはだかっていた。
「……始末しろとの美獣様よりのご命令だ…。死ね!」
「…ちょ、ちょっと待てよ! やめろよ、ビル! ベン! 俺たち仲間だったじゃないか! 
ビル! ベン!」
 なんとか説得しようと、ホークアイは彼らの前に出る。
 しかし、ホークアイの叫び空しく、ビルというニンジャはフンと鼻で笑っただけ。
「知らんな…。行くぞ、ベン!」
「おうっ!」
 そう言うと、いきなりホークアイに襲いかかってきた。あぶねぇっ!
 カィン、キィ!
 一人の方のダガーはホークアイが受け止めた。もう一人の方は、俺が剣で受け止める。
さすがにホークアイ一人では、あの二人にかなわない。
「やめろ! やめてくれーっ!」
 ダガーで受け止めながら、ホークアイが絶叫する。しかし、どうにもならないようだっ
た。
「ホークアイ! あきらめろ! こいつらもう正気じゃねえ!」
 目の前の男をなぎ払い、もう一人、ホークアイと鍔ぜり合いをしている男も蹴っ飛ばす。
俺はホークアイに向かって叫んだ。
「……だって、だってよう!」
「ホークアイ!」
「………クッソーッ…。クッソーッ!」
 泣いたんだろうか? 涙の玉が見えた気がしたが、俺はあえてそれを無視して、とにか
く殺さないまでにとどめる事にした。
 ビルとベン。こいつらは城内にしたニンジャたちとは、比べようもないくらいに強かっ
た。素早い動き、怪しげな忍術、影に潜り込んじまったり、とまあ、さすがの俺も翻弄さ
せられた。
 それでも、やはり所詮は五人対二人だ。ビル&ベンも息があがった。
「くそっ! ここまでか!」
「…チッ。び、美獣様、申し訳ありません!」
 そう、舌打ちすると、煙玉を床に叩きつけた。もちろん、煙がなくなる頃には、彼らも
どこかに消えていた。
「……………」
 ホークアイは苦い顔して、ダガーをしまい込んだ。
「ホークアイ…」
 俺が、彼の肩に軽く手を乗せると、今にも泣きそうな顔を見せて、そして、フッと小さ
く息をついた。
「行こうぜ…。天守閣はたぶんもうすぐだ…」
 ホークアイ…。

 階段を上ると、玉座にはすんげーっ良い女が一人、偉そうに座っていた。
「イザベラ!」
 ああ!? あいつがホークアイの仇なのか?
 で、でも、殺すのはちともったいないような女だなぁ…。出るべき所は思う存分出てて、
引き締まるとこはもうキュッって引き締まってる。その瞳とか唇とか…。すんげー魅惑的
…。
 俺が見とれていたら、後ろのアンジェラに殴られてしまった。
「イザベラ、か…。そういえば、そんなふうに呼ばれていた時もあったっけ?」
「てめえは誰なんだ!?」
 ホークアイがダガーを突き付けると、イザベラはクスッと笑って、
「フフフ…。私は『美獣』…。覚えておくのね…」
「ちょっとあんた! なんだって、ローラントを征服したのよ!?」
 アンジェラが杖をビシッと突き付けた。その杖の先を、面白くなさそうに見つめる。
「フン…。あんたらの知ったこっちゃないさ…。ま、もうこんな城には用はない…。欲し
けりゃくれてやるよ」
 興味もなさそうに、ふいっと手をはらう。カチンときたのかホークアイがダガーをかま
えて、ダッと駆け寄った。そんなホークアイを、美獣は今度は面白そうに見た。
「てめぇ! イーグルの仇だ!」
「あらあら。物忘れの激しい坊やね。私を殺したら、ジェシカの命、どうなるんだっけ?」
「!」
 ホークアイは顔を真っ赤にして、震えていた。そして、ガックリとうなだれた。ダガー
が下に落ちる。
「アハハハッ、アーハッハッハッハッハッ!」
 猫みたいな目でホークアイを見下ろし、高らかに笑いながら美獣はフワリと宙に浮いて、
そしてスィッと消えた。
「…ちっく…しょう…」
「ホークアイ…」
 膝をついて、ガッと床をたたきつける。しばらくブルブルこぶしを震わしていたけど、
やがて落ち着いたのか、ゆっくりと立ち上がった。
「……悪い…」
 力無くそう謝って、ホークアイはため息をついた。
 ……………。


「…みなさんのおかげで城を取り戻す事ができました。本当にありがとうございます」
 そう言って、リースは深々と頭を下げた。シャルロットの回復魔法で、もうすっかりよ
くなったようだ。やっぱこいつの回復魔法ってよく効くよな。
「………でも、お父様はもう戻らない…」
 ひどく悲しげな表情を見せて、王の間の玉座を見る。ローラントのジョスター王は盲目
だったと聞く。きっと、たいした抵抗もできないままにやられちゃったんだろうな。
「…リース。聞いてくれないか?」
 今まで黙っていたホークアイがいきなり、口を開いた。みんなが彼に注目する。
「…リースの言っていた将軍というのが、美獣というヤツで、俺らの首領やナバールニン
ジャ軍団を操ってる張本人なんだ。本当のナバールは、こんな…、こんな進攻や、略奪な
んてしないんだ! 俺は、…元ナバール団員…。美獣に親友殺しの濡れ衣を着せられ、今
は追われる身なんだ…」
「…あなたが、ナバール?」
「ああ。おまけに美獣のヤツ、ジェシカって娘に、あいつが死んだら彼女も死んじまうよ
うな呪いをかけやがったんだ。それで、俺は手を出せずに…。すまない」
「………………」
 複雑な顔をさせて、リースはホークアイを見ていたが、やがて小さく息をついた。
「……事情は…わかりました…。……そのジェシ……、いえ、なんでもありません。では、
その美獣というのが、お父様や、みんなの命を奪ったと言うのですね?」
 ホークアイは静かに、そして深くうなずいた。
「……許せない…」
 ギュッと拳を握り締める。
「…それに、弟のエリオットも依然行方不明だし…」
「…リース様、その事についてですが、エリオット様捜索隊を結成しようかと思いますの
じゃ。リース様は、このまま城に残って、我々を導いてくだされ…」
 リースの側にいるじいさんがそう言う。
「……でも……」
 リースは困ったような顔になって、じいさんを見た。見かねたのか、アマゾネスの一人
が一歩前に出た。
「…リース様! リース様は我々アマゾネスの軍団長! 弟君であらせられる王子エリオ
ット様がいない今、この城に残れる人でない事は、我々も重々承知しております!」
「ライザ…」
「我々がこの城を守っております故、リース様はエリオット様をお探しになってくださ
い! みんな、いいな!?」
 一瞬、戸惑いの表情を見せるアマゾネス達だが、有無を言わせないライザの視線とその
強引さになにかを感じ取ったらしい。全員うなずき合った。
「わかりました。行ってらっしゃいませ!」
「ローラント城は、我々が守り抜きます!」
「……ライザ、…みんな、ありがとう…。本当にありがとう…」
 そう、うつむいてしまい、目をこする。
「…ところで、またナバールがせめてくるとかいう危険性はないのか?」
 俺は腰に手を置いて、グルリと城内を見回した。
「進攻によってやられたこの城も、ナバールによってほぼ修復されている。これなら我々
でもなんとかなりそうです。ご安心を」
「しっかし、なんなんでちかね、あのびぢうって女は? おっぱいボヨヨンでヤな感じで
ち」
「まー、良いオンナだったよな」
 俺が軽くそう言ったら、ホークアイ、リース、アマゾネスその他ローラントのみなさん、
おまけにアンジェラまでにも激しくにらまれてしまい、思わず口をつぐんだ。
 ……………それは、とんでもなく怖い光景だった………。


「本当に、お世話になりました…」
 リースは深々と頭を下げた。ここはローラント城の前。彼女はこれから、弟のエリオッ
トを探しに出るそうだ。
「その…、リース…。俺は…」
 ホークアイが一歩踏み出し、なにやら言いかけると、リースは不思議そうな顔をした。
「…なんでしょう…?」
 その視線に、ホークアイはちょっと照れたようだ。
「え、えっと、その…。あのさ、そのエリオット王子って、もしかすると、美獣に関係あ
るかもしれない。なあ、どうだ? その、俺たちと一緒に行かないか?」
 へ!?
 みんなビックリした顔でホークアイを見た。だっていきなり何を言い出すのかって思う
ぜ。何か言おうと口を開きかけたアンジェラが言う前に、リースがしゃべり出した。
「ほ、本当、ですか?」
「た、たぶん…」
 本当なのかよ…。俺たちのいぶかしげな目付きにもメゲず、ホークアイはうなずいた。
「美獣の狙いが何かはよくわからないけど…、ヤツはきっとこのマナの減少に少なからず
関係してると思うんだ。わざわざ一国を滅ぼそうなんて考えてるくらいだし。そしてその
エリオット王子をさらったのがナバール…。少なからず関係はあると思うんだ…」
 うーん…。こじつけのような、そうでないよーな…。ホークアイのヤツが親切心だけで
言ってるようにも思えないしなぁ…。
「それに、知ってる通りデュランはフェアリーに取り付かれてるんだ。このマナの変事に
深く関係してる以上、あっちの方から何か転がりこんでくる可能性だって高いと思う」
 そう言って、ホークアイは俺の肩をポンと叩いた。なるほど…、それは一理あるかも…。
俺がフェアリーに取り付かれてる以上、色々ヘンな事が勝手に転がり来てるよな…。ホー
クアイの説得はさらに続く。
「なにより、旅は多い方が楽しいしさ。一人でなんかよりよっぽど良いぜ。聞き込みだっ
て効率ははるかに良いし」
 ま、まあ、そりゃなあ。一人よりも二人、二人よりも三人。多い方が冒険も断然に楽し
い。それは、俺も身をもって経験した。もっとも、多けりゃ良いってもんじゃないんだろ
うけど。
「……みなさんは…。良ろしいのですか?」
「もちろんだよ! な!?」
「…ま、いっか…。うん、いいぜ」
「いいでちよー。シャルロットも」
「トモダチたくさん! オイラも嬉しい!」
 三人が賛成すると、アンジェラはちょっと眉をはねあげたけど、でもすぐに息をついた。
「OKよ」
「ってワケだ」
「…では、みなさん、改めてですけども…。よろしくお願いいたします」
 そう言って、リースはまたも頭を下げたのだった。

「さってっと…。ジンも仲間にしたし、国王陛下のトコに戻るかぁ!」
「国王陛下?」
 リースが首をかしげる。ケヴィンも首をかしげる。
「ああ、俺フォルセナ出身でな。英雄王様の事なんだ」
「あ、はい。わかりました」
 彼らには最初から説明しないとな。パロまでまだまだあるし、それまでに説明し終える
事は可能だろう。
 とゆーワケで、みんなで色々と説明しながら、バストゥーク山をおりた。
「それじゃあ、パロからマイアに戻るんですね?」
「そうそう。だから、定期船に乗らないとな」
「もう、一体何回上り下りしたのかしら、この山!」
「いいじゃねえか。いい運動だと思えば」
「………フンだ!」
 不機嫌そうにしていたアンジェラ。ツンッとそっぽ向いてまたスネてしまった。

 やっとパロに着くと、ナバールが撤退したらしく、すでに活気を取り戻していた。しか
し、気になった事件が起こった。
「やいやいっ! おまえらナバールのせいで町がどうなったかわかってるのか!?」
「このたわけもの!」
「やっちまえ!」
「ンニャーッッ!」
 パロの人々が、よってたかって猫男を袋だたきにしているのだ。俺が止めさせようと声
をかけようとすると、後ろからホークアイの声が聞こえた。
「ニキータ!」
 俺を追い越して、慌てて猫男の所に駆け寄った。
「あ、ああ、アニキ! アニキぃぃぃっ!」
 パッを顔を輝かせ、ニキータと呼ばれた猫男はホークアイを見た。突然、ホークアイが
やって来たので、パロの人々は何事かと手を止める。
「ホッ…。よかった、俺がわかるのか…」
 ホークアイはものすごくホッとした顔を見せて、それから袋だたきしていた男たちを見
回した。
「…みなさん、すいません。こいつは、確かにナバールの者ですが、心を操られていて、
どうする事もできなかったんです。だから、好きでこの町を襲ったわけじゃないんです。
どうぞ許してやってください。この通りだ!」
 そう言って、なんと驚いた事に土下座したのだ。あのホークアイがだよ!?
 俺もみんなも驚いて、目を見開いた。
「いや…その…」
 パロの人々もビックリしたらしくって、戸惑い始める。
「…私からもお願いします。…あなたたちの恨みもわからないでもないですけど。でも…
だからといって、そのような所業は見過ごせません」
 今度は横から複雑そうなリースの声。
「リッ…リース様…!?」
 彼らはリースの登場にさらに目をむいた。ローラント側のリースとしては、胸中複雑な
んだろうと思う。俺だって、アルテナに自国を侵略されたら、アルテナ兵を袋叩きにした
くなる気持ちもわからなくないから。…でも…。無抵抗な者を袋叩きなんて卑怯な真似が
許せるかどうか…。
「…いや…その…。……わ…わかりました…」
 気まずそうに顔を見合わせ、パロの人々はそれぞれどこぞへと退散した。
「大丈夫か? ニキータ」
 人々が行ってしまうと、ホークアイは立ち上がり、ニキータの方を見た。
「…う、うおうおうおうおうっっ! アニキ! アニキーっ!」
 ニキータは嬉しそうに顔をゆがめ、そして、ホークアイにしがみついて派手に泣きじゃ
くった。ホークアイはよしよしと彼の背中をさすっていた。

 ここはパロの宿屋。ナバールで起こった事をニキータは、お茶と鼻をすすりながら話し
はじめた。
「アニキが行ってすぐ、美獣は大っぴらに呪術でナバールのみんにゃを操り始めたんニャ
…。事前にそれに気づいて逆らった者はすべて皆殺し…。首領様は牢に入れられ、ジェシ
カさんはすでに呪いがかかっていて、新たな呪術が効かなかったらしく、操られずにすん
だにょですが、やっぱり牢に…。あの牢屋、アニキが脱走してから、カベが堅固に修復さ
れて、もうオイラにはどーする事もできにゃくにゃってしまったんにゃ…。やがて、オイ
ラも操られて…。アニキ、スマンニャ! ジェシカさんを守れニャかったんニャ…」
「……そっか…。いや、いい。ジェシカを牢に入れたって事は、ヤツもすぐにジェシカを
殺す気はないみたいだ」
「……うう…」
「泣くなよ、ニキータ。おまえはもうナバールに戻るな。危険すぎる…。とりあえず、ど
こかに身を隠せ」
「はい…」
 チーンと鼻をかんで、ニキータは神妙にうなずいた。
「ああ、それと、さっきは助かりましたニャ。本当、ありがとうございますニャ」
 今度はニキータ、リースに向かって深々頭を下げる。
「あ、いえ…。いいんですよ…」
「もう、兄貴たちにはにゃんとお礼を言っていいにょやら…」
「だぁから、もう泣くなってば。な?」
「あい…」
 ニキータは目をごしごしこすって。ちょっとばかしほほ笑んだ。
 それから、ニキータはとりあえずパロを出て、ジャドあたりに潜伏するつもりなんだそ
うだ。今夜出港予定の定期船に早速乗り込むらしい。
 ホークアイはちょっと心配そうだったけど、ニキータは気にするなと言って、別れた。
ケンカは弱いけど、けっこうシッカリ者みたいだ。
 とりあえず、久々のベッドでゆーったり休んでから、マイアに行こうって事になった。
いやはや、俺もあんまし野宿はしたくねえもんな。
 今は総勢六人。だから男女別々で二部屋とった。食事なんかは、食堂でみんなで食うか
らカンケーねーんだけど。
「しっかしま、久しぶりだなー、こんなちゃんとした食事は」
 漁港と言われるだけあって、食卓に並べられたのは海産物ばかりだ。ホークアイは煮魚
をモグモグやりながらつぶやく。
「まったくだ」
「でも、オイラ、デュランやホークアイの作る料理スキだぞ?」
「んぐぶっ!」
「ゲフッ!」
 思わず食べてるモンを吹き出しそうになる。
 信じられないと言ったアンジェラやシャルロットの視線にも、俺たち二人の視線にもそ
の意味がよくわかっていないようで、ケヴィンは首をかしげる。
「どうかしたか?」
「……いや、なんでもない…」
 失礼かもしれないが、ケヴィンに皮肉を考える思考回路はない。ケヴィンはほんと実直
なヤツ。だから、裏の言い回しとか、そういうの絶対しない。
「シャルロット! その魚、食べないのか?」
「これは最後の楽しみにとってあるんでち。あげないよーだ!」
「……………」
 ケヴィンは食うのが早い。であるからにして、ちんたら食ってるシャルロットのヤツが
食べたくてしょうがないみたいだ。
「おかわり、できないんですか?」
 リースが上品に口元を手でおさえながら言う。しっかし、リースってほんっと育ちの良
いお嬢様って感じだよなー。実際そうなんだけど…。
「これ以上食うと、宿代の上に割増料金取られちまうよ」
「ただでさえ大食いなのが、三人もいるんだもんね!」
 アンジェラの皮肉を努めて無視して、白身のカツをたいらげる。
「いいよ、ケヴィン。あとでフォルセナの食い放題行こうぜ」
「食い放題!?」
 ケヴィンの目がにわか輝いた。
「ああ。毎週のマナの祝日に、俺の知ってる店がやってんだ。この分だと、ちょうどその
日にフォルセナに着きそうだからな」
「食い放題、食い放題!」
 食後だというに、ケヴィンは心底嬉しそうにニパッと笑った。


「やっぱ風呂は良いなぁ……」
 湯船につかりながら、俺はタオルで顔をふいて、安堵の息をつく。こうしていると、体
にたまった疲れが流れていくようだ。後からホークアイとケヴィンもやってきた。
「よーし、泳ぐぞー!」
 へ!? 俺はビックリしてケヴィンを見た。
「お、おい、ケヴィン。風呂は泳ぐトコじゃねーぞ!」
「違うのか?」
「違うよ!」
 コイツ…、一体どういう育て方されたんだ…?
 風呂場には俺らしかいなかった。まあ、時間が時間だからな。もう深夜で、人気もない。
広々とした浴場を占領できて、なんだか気分が良い。
 ホークアイはあっちで髪の毛洗ってる。ヤツの髪の毛、いちいち手入れしてるらしい。
ご苦労なこったぜ。そりゃ俺も髪の毛洗うけどよ。あそこまでやんねえなあ。
 ケヴィンは、……なにやってんだ? アイツ…。セッケンで遊んでんのか…。
「おい、ケヴィン。そのセッケン食うなよ。不味いから」
「デュラン! これうまくつかめないぞ!」
「それで体とか洗うんだよ、どれ、俺が洗ってやろう」
 俺は湯船から出て、タオルを絞ってから、腰に巻き付ける。
「どうすんだ?」
「まあ見てなって」
 へへへと笑って、用意されている乾燥繊維ヘチマにセッケンをしこたまこすりつける。
そして、思い切って、ケヴィンの体をこすりはじめた。
「こーやるんだよっ!」
「うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!」
 セッケンをたくさんこすりつけたから、泡がブクブクに出る。
「どーだぁ!?」
「ひへーっ! くす、くすぐったい、くすぐったい!」
 ケヴィンはけらけら笑ってる。
「おもしろそーだな! 俺もまぜろよ!」
 ホークアイも笑いながら、ケヴィンの体を、もっていたセッケン付きヘチマでこすり始
めた。
「ウオーッッ!」
「吠えるな、吠えるな!」
「アッハッハッハッハッハッ!」
 すっかり泡だらけになったケヴィン。目をぱちくりさせている。
「さーって、すすぎだーっ!」
 タライいっぱいのお湯をザッボザッボケヴィンにかける。
「そらっ!」
「ていっ!」
 ザボーンッバシャーンッ!
「うわぁっ…ゲボッ!」
「そーれ、もういっちょ!」
 バシャッ!
「ヒャア! 冷たい! ホークアイ! 水かけるな!」
「あはははははっ! 悪い悪い!」
 大騒ぎしてケヴィンの体を洗って、んで、今度はみんなでジャンプして湯船に飛び込む。
ザッパーンとお湯が大量にバスタブからこぼれ出る。
 それから、なんか妙におかしくなっちまってな。みんなで大笑いした。

「あんたたち…。風呂場でなに大騒ぎしてたのよ…」
 アンジェラが引きつった顔で男部屋にやって来た。
「あ、いやー…。聞こえた? やっぱ…」
「あの時間帯、私たちもお風呂入ってたのよ! んもー、大騒ぎしちゃって! 女湯まで
もギンギンに響いたんだからね!」
「いやー、悪い悪い! つーい…」
「ついじゃないわよ。もんのすごく響いたのよ!」
 不機嫌そうにしながらも、アンジェラは部屋に入ってきた。
「リースとシャルロットは?」
「シャルロットはもう寝てるわよ。リースも部屋にいる。でも、もうすぐ寝るんじゃない
かしら?」
「おまえは寝ないの?」
「寝るに決まってんじゃない。ただ、ちょっと眠れそうにないかなって思って」
「じゃあ、俺が添い寝してやろーか?」
 パァンッ!
 ホークアイの顔面にスリッパを投げ付け、撃沈させる。ヤツもこーなることわかってん
なら、そのテのジョーク言わなきゃ良いのに…。
 俺は突っ伏したホークアイを一瞥してから、また鞣革で剣を磨きはじめた。
「あんたって、ホント、よく剣を磨いてるのね…」
 アンジェラはそう言いながら、俺のベッドに腰掛ける。向こうのベッドをちょっと見る
と、ケヴィンはすでに寝ているようだった。おっきく口をあけて小さくイビキかいてる。
「まーな。剣をさびつかせたりしたら、その時点で剣士失格だぜ? おまえは武器の手入
れとかしないわけ?」
「だって、どこを手入れするのよ? 杖よ、私の武器は。杖はさ、打撃としての攻撃力よ
り、魔法を発動させやすくするための役割の方が大きいんだから」
「へー…。まあ、魔法使いって接近戦なんかは得意としないけどな」
「確かに、接近戦が得意な魔法使いってのは聞かないわな」
 あ、ホークアイもう復活してる。
「でも、いくら魔法援護が主だとしても、多少は戦えるようにした方が良いと思うぜ?」
「ま、一理あるわな。俺が手取り足取り腰取り教えてやろーか?」
「けっこうよ」
 冷たくそう言い放ち、ホークアイに無言の涙を流させる。
 俺は鞣革をしまい、剣も鞘におさめた。そこの水差しで手を洗う。もう寝るつもりなん
だ。
「…それにしても…、ほんと目まぐるしいわね…。バストゥーク山を行ったり来り、定期
船に乗ったり大砲で飛ばされたり…」
「そーだな…。モンスターもべらぼうに多いし、俺ら前よりけっこう強くなってきたしな
…」
 最初のころ、アンジェラやシャルロットは筋肉痛でヒィヒィ言ってたんだよな。俺は鍛
えてたから、彼女たち程じゃなかったけど、やっぱちょっとツラかった。
「うん…」
 アンジェラは目をつぶりながら、ばさっとベッドに仰向けになった。
「あー…。もっとゆっくりしたかったなぁ…」
「…どーでも良いけど。ちゃんと自分のベッドに寝ろよ」
 俺がそう言うと、アンジェラの目がつまんなそうに開いた。
「そうそう…。俺ももう寝るわ…」
 ホークアイも寝るらしく、毛布を自分の体にかけはじめた。
「………………………」
 しかし、アンジェラは面倒くさそうに寝返りをうつだけ。
「オラ、さっさと戻れよ。俺が眠れねーだろ?」
「だって、めんどくさーい」
「面倒くせぇとか言ってねぇでよ。どけってばぁ」
「あー…、もう眠っちゃいそうー」
 こ、この女はッッ!
「アンジェラ。戻れよ」
 顔をこちらに向けて、ホークアイも言ってくれる。俺もうんうんうなずいた。
 しかし、アンジェラはちっとも俺のベッドから出て行こうとしない。
「…おまえなぁ!」
「なによー」
「んじゃ、そのままにしてれば?」
 へ? なに言ってんだよ、ホークアイ!
「年頃の男の部屋に一人で入って来るんだ。それなりのカクゴがあるんだろ?」
 ホークアイは寝ながらも肘をつき、ニヤッという笑みを浮かべる。それもかなりヤな感
じの。
「まー、せーぜー可愛がってやる…ブッ!」
 ヤな笑みを浮かべていたホークアイの顔面に枕がぶつけられ、ホークアイは思わず肘を
崩す。
「フン!」
 アンジェラはムスッとした顔をさせて、激しくドアを閉めると、この部屋から出て行っ
た。
「……なんだぁ、アイツ?」
 俺はホークアイの方に投げ飛ばされた枕を拾いに行きながら、彼女が出て行ったドアを
見た。
「…さあな……」
 ホークアイは面倒くさそうに頭をバリバリかくと、寝返りをうった。
 ? 俺は、なんかよくわかんなかったけど、とにかく寝る事にした。

                                                             to be continued...