サルタンで、一通りの準備をする。ちょっと悪いが、金の持ってそうなヤツからいくば
くか失敬して、旅に必要なものを買い揃える。長旅ってのはした事はなかったが…、まぁ
旅みたいな事はいつもやってるしな…。
 盗賊用ツールは、まぁ普通なら、この基本的なものだけで事足りる。必要ならば、あと
でおいおい用意すればいいし、ないなら自分で作れば良い。
 ちょうどよく、サルタンからジャド行きの定期船をつかまえる。
 ……やらなきゃいけない事がたくさんあって…、正直、俺はホッとしていた。…あの…
脳裏にこびりついた嫌な光景を少しでも忘れる事ができるから…。

 しかし、思いもよらない事ってのは次々と起こるもんで…。
 …ジャドは獣人達によって占領されていた…。
 …これじゃウェンデルに向かいたくても、向かえねーじゃねーかよぉ…。
 ったくよー!
 俺は仕方なくというか、とりあえずというか、酒場に向かう事にした。この状況で酒を
飲む気にはみんななれないらしく。酒場はさみしいものだった。
 まぁ、ビールでも飲んで…それから…かな…。
 俺がカウンターでビールをちびちびと飲んでいると、ドアを開ける音がした。おや、物
好きがまた一人。
 男で、トシは俺と似たもんじゃないだろうか。戦士風の、いかついヤツだった。粗野っ
ぽくえらく不機嫌そうだ。あれじゃ話しかけるヤツも少ねぇだろーなー…。
「マスター、水割りくれ」
 ぶっきらぼうにそう言って、カウンターに腰掛ける。どうせヒマだったし、他に話すヤ
ツもいなさそうだし…。同年代という安心感もあって、俺はこの男に話しかける事にした。
「よ、あんたも旅の者かい」
 俺が話しかけると、少し驚いた顔をした。
「まーな…」
「どーしちまったんだろうねー。この町も戦争…。俺の故郷でも戦争…。ここだけじゃな
い…なんか、世界全体がおかしいよな…」
「そうだな…」
 男はもらった水割りを飲みながら、静かに頷いた。…どうやら見かけほど怖いヤツでも
ないらしい…。
「しっかし、どうにかならねぇかな。あれじゃ、ここから出れやしねぇ…」
「まったくだ…」
 それには俺も心底同調したい。獣人達の強さは俺も知っている。とてもじゃないが、太
刀打ちできるもんじゃない。…この男なら少しは太刀打ちできるのかな…。あ、でもあの
数…無理だな…。
「お客さん。獣人たちって、普段は人間と見分けがつかないんですが、夜になると変身す
るって知ってますか?」
 いきなり、マスターがそんな常識を話し出してきた。
「んなこと知ってるよ」
 男がぶっきらぼうにそう返すと、マスターは急にヒソヒソ声で話しだしだ。
「…実は、ソコが狙い目ですよ。奴ら、変身中は血が騒ぐのか、ジッとしてられないんで
す。警備は昼間よりグッと手薄になりますよ…」 え?
 思わず、俺はそこの男を顔を見合わせた。マスターはにっこり微笑んだ。…そ、そうな
んだぁ…! じゃあ、今夜中に……いや、待てよ…もう少し、情報収集してから行っても
遅くはないよな…。どうせまたこのジャドには来なきゃならんのだろうし…。帰る時の事
も考えてここ……は…?
 俺は酒場にやってきた一人の女の子に目が釘付けになった。
 俺よりちょっと年下なんじゃないだろうか。輝く金髪、澄み切った青い瞳。戦士のよう
な格好をした、とびきり可愛い女の子だった。ちょっと胸は貧しいみたいだけど、そこは
ご愛嬌。なにもデカきゃ良いってもんじゃないもんな。
「…ね…ねぇねぇ君!」
「は…はい、なんでしょう?」
 俺はすぐに口説きにかかった。どうやらナンパに慣れてないらしく、彼女は戸惑うばか
りだ。隣にいた例の男のあきれたため息が聞こえたような気がしたが、あんないかつい男
よりこっちの可愛い女の子! わーい好み好みB
 しかし…。この子…やたらガードが堅い! 素性はおろか、名前さえも教えてはくれな
いのだ。
「…あの……すみませんけど…こういうの、困ります!」
 ぴしゃりとそう言われてしまうと、とりつくシマがない…。うううー…脈がないならあ
きらめるんだけど、この子はあまりにももったいない…、というか惜しい!
「あの…」
 もう少し話しかけようとしたけど、ギロッとにらまれてしまい、それ以上声をかける事
もできず。
 ガクー。
 後ろでマスターが肩をふるわせて笑っているのがわかった。
 チェッ…。
 あきらめてビールの残りを飲む。炭酸も消えて、不味いばかりだ。あのいかつい男はい
つのまにかいなくなってたけど、そんなこたどうでも良かった。あーあ…。また来てくれ
ない……おお!
 あの子と入れ違いに、今度はまたえらい美女のご登場! 俺ってばラッキー!
 赤毛で、ちょっと吊り上がり気味の目。薄く化粧をした、そのまた掛け値なしの美しさ。
そのローブごしからもわかるベリーナイスなボディスタイル。さっきの子とは対照的な、
洗練された美! ま、ちっとばかり派手かなぁ…。でも、ここで声をかけないってのは男
がすたる!
「や、お姉さん。一人?」
 俺がそう声をかけると、いきなり激しくにらみつけられてしまった…。俺を無視して、
すぐに店を出ようとする。
「ちょ、ちょっと待って!」
 待ったをかけると、彼女はうるさそーに振り返る。ううー…キビシイ。
「外は獣人のヤツらがいて危険だよ。夜になれば出られるから」
「出られるって…ジャドから?」
 お、かかったぞ。やっぱこのおねーさんジャドの人間じゃないな。「そうだよ。ヤツら、
夜になると変身するだろ。そしたら血が騒ぐらしくてさ、ジッとしてられないんだよ。警
備がグッと手薄になるから、そこをねらって出ると良いぜ」
 仕入れたばかりの情報をエサに彼女をつってみる。店のマスターが俺を睨んでいるよう
な気がしたが、別にそんなこたかまわない。店のマスターよりかは目の前のきれいなおね
えさんB きれいなおねえさんは大好きさーB
 この情報が気に入ってくれたらしく、おねえさんは俺をにらむのもやめて、感心の表情
を浮かべた。よしよし。
「で、その夜まで俺とデートしない? 一人より二人の方が良いって、な?」
 俺の下心が見えたとたん、おねえさんの目付きが変わる…。う…。「…けっこうよ…」
 なんて冷たく言い放つ。
「そんな事言わずにさ!」
「うるさいわね! アンタみたいにケーハクなのは趣味じゃないのよ!」
「そりゃないよ、おねえさん!」
 おねえさんはフンと鼻をならすと、さっさときびすを返して出て行こうとする。
 あーあ…脈なしか…。これ以上食い下がっても仕方ねぇか。
 おねえさんは少し振り返ったような気もしたが、俺が目をやった時にはもうドアの外に
出ていた。
「……お客さんもよくやりますね…。一緒にいたあの男の人なんて、あきれてさっさと出
てっちゃいましたよ…」
「そうかい」
 マスターのあきれた声を、俺はそう言ってながした。大体男よりも可愛くてきれいな女
の子の方が良いに決まってるじゃねぇか。
                             ・
 確かに、夜の警備はあきれるくらいに手薄だった。一応見てみたけど、あれで警備だな
んてよく言うもんだ。今夜出ても良かったが、もう少しこの町で情報を集めたい。これな
ら別に今夜でなくても出られそうだしな…。
 次の日、俺は人の集まりそうな場所に行っては、情報を集めてみた。そして、獣人達は
ウェンデル進攻の足掛かりにここを攻めた事。その途中にあるアストリアも襲う事。そし
て、ウェンデルへの侵攻中、獣人達の戦力がそちらに集中した時にマイアまで船をいくつ
か出す事を聞き出した。ついでに、このへんの地図とかも買う事にした。ラビの森はかな
り広いみたいだし、迷いたくはねぇ。武器防具は売られてないけど、こういうのは売って
るんだよね。獣人達って、穴だらけの行動してんのな…。
 そう獣人達を甘くみて、もうちょっと情報を集めよう、なんてもう一日滞在したのがま
ずかった。もう少し待つかなと思っていた読みがはずれて、獣人達が手初めのアストリア
侵攻に出発したのだ。
 いやー、これには慌てた。まぁ、おかげで警備が昼でも手薄になったので、俺はスキを
ついてとっととジャドを飛び出した。
 調べておいたおかげで、ラビの森はさっさと突破。ラビとかマイコニドとかいたけど、
どうって事はないし。
 森を進んでいると、湖の方からすごい音がした。…アストリアへ侵攻したか! …ここ
からは注意して進んだ方が良いな…。けど、ヤツらがウェンデルに侵攻する前に、光の司
祭に会わないとマズイし…。チッ!
 いくら舌打ちしてもしょうがない。俺は急いで、でも注意深く森を進んだ。

 ……何故かは知らないが、獣人達は滝の洞窟前まで来ておきながら引き返し、アストリ
アにいるようだった。…何でだろ…? これは本当に不可解だった。…後でその謎は解け
るんだけど、その時の俺にはわかるハズもなく。罠でないか注意深く神経をとがらせて滝
の洞窟に入って行った。
 滝の洞窟のモンスターはたいした事はなかった。…ただ、なんか上の方でズシーンズシ
ーンっていう音が気にかかったけど…。
 滝の洞窟を抜けて、向こうに広がる聖都ウェンデルを見た時は、思わず感動したもんだ。
やっとここまで来たなって…。
 さて、光の司祭とやらに会うかな!
 光の司祭がいるという光の神殿は、彼に会うための人がたくさんいた。うへぇ、待つの
かよ…。
 やっと俺の順番がまわってきた。思わずため息なんかついちまう。「あなたに、マナの女
神様の祝福がありますように…」
 …なるほど…。その威厳はさすがって事か…。まぁ、いいや。とにかくアレの外し方を
聞かないと…。
「あの、相談があるんだ…。司祭さん、あんた『死の首輪』の外し方を知らないか?」
「『死の首輪』じゃと?あ れは古代の呪われし物。なぜそれを…」 『死の首輪』という
言葉に反応して、司祭は眉をはねあげた。よっしゃ、知ってる!
「実は…」
 俺はジェシカにかけられた呪いの事を手短に話して聞かせた。本当に手短に、だけど。
「…ふむ…そのイザベラとかいう女…。ただ者ではなさそうじゃな…あの『死の首輪』を
持ち、扱えるのか…」
「なぁ、教えてくれ! あの『死の首輪』の外し方を!」
 しかし、司祭はため息をついた。
「古代の遺物はあまりにも高度…。とてもじゃないが、わしの知り得る限りの解呪法でも
あれを解くものはない…」
「そんな!」
 希望が…一筋見えた希望がガラガラと崩れていくように感じた。
「あれを外す事ができるのは呪いをかけた本人か、もしくは…」
「も、もしくは!?」
「マナの女神様だけじゃ」
「な…、そんな!」
 マナの女神様って、そんな神頼みだなんて…!
「…まぁ、そう落ち込むでない、ホークアイとやら。実はちょっと前にな、マナの聖域か
ら来たフェアリーにとりつかれし男が来てな」
「…え?」
 俺はかすれた声を出して、司祭を見た。
「フェアリーの目的は各地にいる精霊を集めて、聖域の扉を開き、そしてマナの女神様を
御目覚めなさる事」
「え…。それじゃ…」
「さよう、彼らはマナの女神様に会いに行く。おまえも彼らと合流すると良い」
 …よ、良かった…。まだ、まだ希望があったんだ…!
「そ、その連中ってのは、ど、どんなのだ!?」
 俺は思わず興奮して、司祭に尋ねた。司祭は少し苦笑したようだ。
「男と女の二人連れだったかの…。男の方は剣士のようだな。少し荒々しい感じの男じゃ。
そうさのう、おまえさんと歳はそう変わりないかの…」
 俺は司祭が覚えてる限りのその二人連れの特徴を聞き出すと、彼らに合流するため、急
いで神殿を出る事にした。そして、どうやら、あの司祭の孫も一緒にいるかもしれないと
の事もついでに聞いた。
「…でも、一緒にいたら…どうしろって言うんだ…? 俺には、連れ戻す事はできないぜ
…?」
 それを聞いて、俺はそんなことを司祭に言っていた。
「わかっておる…。ただ、護ってやってはくれんか?」
「………わかった…。一緒にいたなら、そうするよ。…でも、仲間になるんだったら、や
っぱそれは当然だと思うぜ。仲間を護るってのはさ…」
 俺がそう言うと、司祭は少しだけほほ笑んで見せた。今まで表面に出してなかったけど、
随分疲れているようだった…。大丈夫かな、このジーサン。今までそれを見せないっての
は、やっぱさすがだなとは思うけど、寄る年波ってのはなかなかキツいだろうに…。
 しかし、俺はそいつらと合流せねばならない。適当に礼を言うと、俺は神殿を飛び出し
た。滝の洞窟でウィル・オ・ウィスプを探しているというので、滝の洞窟で連中を探すし
かない。
 滝の洞窟で、随分そういう連中を探したんだけどね…。慣れない場所というのもあって、
なっかなか見つからない…。やっと足取りらしきものを見つけたなと思ったら…。
「おい、そこの男!」
 後ろからするどく呼び付けられ、俺は思わず固まった。嫌な予感に振り返ると…獣人た
ちがわんさかそこにいた…。
 …な…なんてこった…。

 …獣人相手にどうにかできる自信はない…。しかもあの数だ…。俺は武器を取り上げら
れ、抵抗されないよう縄でぐるぐる巻きにされた。…縄脱けができなくもないんだけど…。
俺を取り囲む獣人は3人…。3人か…どうにかできそうな、できなそうな…。ああ…あの
例の連中を探さないといけないってのに…ツイてねぇなぁ…。
 …これは…ジャドに向かってるらしいな…。無駄な事はしゃべらないようにって、ごて
いねいにさるぐつわまでもかましやがる。
「おとなしくしてろよ!」
 そして、俺はジャドの地下牢にほうり込まれた。…どうやら、ウェンデル侵攻を見られ
たくなかったみたいだけど…。

 はぁ…。また牢屋かよ…。
 俺はため息をつくと、とっとと縄をぬけた。ヤツらは武器さえ奪えば安心だと思ってい
るらしく、俺の盗賊用ツールまでも奪いはしなかった。ていうか、これがどんなものか知
らないみたいだけど。
 カギを確かめてみると、かなりちょろいカギだった。これならツールがなくても、その
へんの針金でもどうにかなりそうだ。
 牢を出るのはいつでもできる。…ただ、夜になるのを待った方が良いよな…。昼間の獣
人は相手にしたくないし…。
 仕方ない…。今は…待つしかないか…。
 俺が牢屋の奥で適当に横になっていると、どやどやした声が聞こえた。好奇心にかられ
て、俺は鉄格子に近寄って見る。
 よくはわからないけど、また誰かつかまえて、牢屋に入れるために連れてきたらしい。
「じゃ、牢にほうり込んでおけば良いんですね?」
「ああ。邪魔されてはかなわんからな。特にそっちの男には注意しろよ。かなり痛め付け
ておいたから、再起は遠いと思うが…」
「こっちの女とガキは?」
「一緒のほうり込んでおけとの事だ」
 獣人達の会話が聞こえる。
「はぁ…。でも、この女…かなり良い女じゃ…」
「やめとけ。そんな事、ルガーに知れたらおまえどうなると思う?」「あ…はぁ…」
 残念そうな声。どうやらかなり良い女も一緒らしく、オモチャにしたかったようだ。そ
の気は、まぁわからなくもないけど、ここでやってほしくねぇなぁ…。
 彼らを牢屋にほうり込むと、ガチャンと扉を閉める音が聞こえた。そして、獣人の一人
は様子を見にこちらにやって来る。
「…フン…! 人間が良い気味だな…。おまえらのようなサルにはそのオリが似合いだ」
 なっ…。
 獣人はそう、吐き捨てるように笑って言うと去って行く。
 ムッッカつくヤツだなぁ…。作戦変更。あいつをここに閉じ込めてからにしよう。くそ
ったれめが、そっちがそうなら、こっちだって考えがあらぁ!
 …しかし…やっぱ夜になるのを待たなきゃいけないな…。
 俺はため息をついて、また牢屋の奥に戻る。
 ……しかし…隣の男…大丈夫か? なんか…さっきからうめいてるみたいだけど…。よ
っぽどひどく痛め付けられたらしいなぁ…。
 隣で誰かやっと気が付いたらしく、何か話し声が聞こえるけど、どういう会話かまでか
は聞き取れない。…ま、えらい美人もいるみたいだから、あっちも助けて行こうか…。ジ
ャドを出る船に間に合うかも心配だし…。ギリギリまで待つみたいな事を言ってたけど…
やっぱ心配だし…。ヤツらが手伝ってくれるなら、船への行く先も一人よりかは良いだろ
うし…。

                                                             to be continued...