隣の男のうめき声が消えた頃。おそらく、もう外は夜のハズ…。あとは、あの獣人をこ
こに入れてやるだけ。あの獣人は一定時間で見回りに来るし…。チャンスは次の見回りだ
な。
 俺は鉄格子側に近寄って、チャンスを待った。隣の牢屋から話し声が聞こえる。どうや
ら、男が気が付いたらしく、男の低い声も混ざっているようだった。すると、なんか隣で
動く音が聞こえて、そして…。
「げーっ! なんだこりゃあ、くっそーっ!」
 どうやら男は牢屋に入れられた事を知らなかったらしい。鉄格子をがんがん叩いていき
なり大声で悪態つきはじめた。…ちょ、ちょっとビックリしたぞ、今のは…。
「おーい、そんなに騒ぐと体に良くないぜー」
 俺も鉄格子の前で隣の男に声をかけてみた。とりあえず、協力してもらいたいしな…。
「? どっから声がしたんだ?」
「コッチコッチ!」
 俺は鉄格子のスキマから手をだしてぷらぷらさせてみて、やっと気づいたようだ。
「だれだ…、おまえ?」
 あー…。どこから説明したもんかな…。
「んーっと、俺はホークアイって言うんだ。ところで、君たち随分長い間気を失ってたみ
たいだけど、平気なのかい? 誰かうめいてたようでもあるけど…」
 今までしゃべってた男が黙り込む。…こいつか…。
「と、ところで、ここはどこだ?」
「ここはビースト兵に占領されたジャドの地下牢さ。俺もちょっとドジッちまってな。こ
のザマさ。ま、こんな牢屋どうって事ねぇけどな。もうちっと待ってくれれば、一緒にこ
こから出してやるよ。そろそろチャンスだと思うんだ…」
「チャンス?」
「シッ! 見張りが来る。まぁ、見ててくれ…」
 俺達の話し声が聞こえたか、ちょっと早めに見張りがやって来る。俺はあらかじめ外し
ておいたカギをちょっと見た。音もなく扉を開ける。
「おとなしくしてろよ!」
 威張って隣の牢屋にそう言ってる。ハン、その偉そうな態度もそこまでだ。
「ちょっと、キミキミ。見てみたまえよ、このカギ! 開いちゃってるぜー?」
 いきなり牢から出ている俺に度肝を抜かれて、獣人は穴があくほど目を見開いて俺を見
た。
「なに!? あ、本当だ! どうして…」
 牢屋に駆け寄って、開けられたカギを見つめる。フッ…。やっぱこいつマヌケだ…。
「なぁに、簡単なこった。ちょっと、そこにたってみなよ」
「こ、こうか?」
 俺はちょうどカギがよく見えて、扉に近い場所に立たせると、ヤツは素直に従う。
「そうそう。それで、いいかい? ここをこうして…。こうするとだ!」
 一度閉めて、そしてまた針金で簡単に開けて見せる。俺もフレイムカーン様の手つきを
見た時は簡単そうにやってるように見えたもんだけど。実際、簡単じゃなかった…。ま、
さすがに今はこんなカギ、すっげー簡単に開けられるけどさ。
「おお!」
 獣人は感心してまた目を見開いてカギを見ていた。俺は笑みを浮かべて扉を開けて見せ
た。そして……
「んじゃま、しばらくそこに入ってて!」
 俺は、今までの恨みとストレスと八つ当たりを力いっぱいこめて、獣人の尻を思い切り
蹴飛ばした。
 ドガッ!
「うわっ!」
 そして、素早く扉を閉める。閉めたと同時にカギがかかった。
 ガチャン!
「ああっ!? てめぇ! だましやがったな!」
 へっへっへっへー、スーッとするなぁ!
「引っ掛かるそちらが悪いのさ! こんなカギ、この俺様にかかっちゃぁ、どうって事ね
えんだよ!」
 悔しがる獣人に馬鹿にしたように言う。これで獣人への恨みも随分気がすんだ。
 さてと。こっちを開けないとね。
「ちっと待っててな」
 俺は隣の牢屋の前に来て、さっさとカギを開けてしまい、扉を開けて見せた。俺の腕前
に、この連中も感心しているのを感じた。へへへ、ちょっと良い気分。
「やあ、助かったぜ!」
「ありがと」
「ありがとしゃんでちー」
 捕らえられていたのは、思った通り3人。いかつい戦士風の男と、キレイなおねえさん
♪と、ちっこいガキ。
 ん…? こっちの男と、…特にこっちのおねえさん…見覚えあるな…。
「なんのなんの。で、君ら、これからどうするつもりなんだ?」
「…どうするって…」
 男は戸惑ったようにおねえさんの顔を見る。おねえさんはあきれたようにため息をつい
た。
「とにかく、こんな危険なトコから脱出するのが先決だわ。占領されちゃってるんじゃあ、
身動きできないもの」
 よっしゃ。やっぱこいつら、ジャドから出るつもりだ。
「そうだな。じゃ、港まで一緒に行こう。獣人たちがウェンデルを侵攻してる間の、警備
は手薄になる時を見計らい、マイアまで脱出するための船を出すって、俺が捕まる前に町
の連中が話してるのを聞いたんだ。ウェンデル侵攻って、今、真っ最中なんだろ? あの
光の司祭が放っとくわけないし、もう、戻ってくるかもしれない。あんまり時間がなさそ
うなんで、急いだ方が良いみたいだ」
「そっか。んじゃま、行くか」
 男はすぐに話にのってくれ、大きくうなずいた。…何とかなりそうだな…。
「おう。それはそうと、君たち、なんてーの?」
 ともかく、彼らの名前を聞いておかないとな…。
「あ? ああ。俺はデュラン。こっちの女がアンジェラ。ちっこいのがシャルロットだ」
「ちっこいのとはなんでちか!」
 と、ちっこいのが頬をふくらませて怒り出した。
 それにしても、やっぱりこのおねえさん、見覚えあるよな…。こんな美人だ…。…でも、
もしかして、この男の恋人とか言うとか!?
 俺はそう思って二人を見たけど……。そういうフシは見られないみたいだけど…。
「まず、武器と荷物だ…。えっと俺の剣は…と」
「ねぇ、私の荷物どこか知らない?」
「あー! シャルロットのリュック見〜っけ!」
 3人は何やら言いながらそれぞれの荷物を探している。俺も自分の荷物と武器を探して
取り出した。
 デュランは剣を、アンジェラは杖をシャルロットは…こりゃフレイルか。をそれぞれ武
器として装備しだす。
「おまえ、武器は…ショートソード?」
「いんや。俺のはダガーだよ」
「両手もち…。両ききか…」
「まあね…」
 軽くダガーを弄びながら、俺はデュランに答える。…さて、こいつらのお手並み拝見と
いくかな…。
「外は獣人たちがいるはずだ。ただ、夜だからな、変身して好き勝手走り回ってるのが多
いぜ」
「OK! わかった。行こう」
 デュランが力強くうなずいた。
 どうやらこう見るとアンジェラは魔法使いなようだし、シャルロットは僧侶らしかった。
ちっこいけど、ちゃんと僧侶らしい服装だし…。こいつら、パーティ組んでるのかな…?
 でも、それにしたって不安な組み合わせだ。このデュランはともかく、女と子供連れて
まぁ…。こいつら、足手まといって言わないかぁ? 特に、このちっこいの…。
 そりゃ、このアンジェラねーさんが一緒にいるってのは羨ましいけどさー。これだけの
美人、そうそういないもんな。いるだけでも、目の保養になるのは認めるけど…これで冒
険するって正気なのかな、このデュランって男は…。
 俺はデュランを見てみる。彼はシャルロットに何か言いながら、なんか用意してやって
るようだった。…手間がかかりそうだな…このガキは…。
「じゃ、行こう。ホークアイ、悪いけどしんがり頼む! アンジェラとシャルロットはと
にかく俺についてこい!」
「わかったでちー」
 シャルロットが元気良くうなずいた…。…いつからリーダーになったんだ、この男は…。
あ、でもこの3人の中ならリーダーなんだよな…。そうだよな、こいつしかリーダーにな
れそうにないよな…。
 俺たちは階段を駆け登った。急がないといけないし…。

 …俺は、デュランがこの2人を連れても、じゅーぶんやって行ける理由を目の当たりに
した。
「うおおおおおおおっ! どぉけどけどけどけどけぇいっ!」
 剣をぶんぶか振り回し、獣人達を蹴散らして走る。ハッキリ言って俺たちは彼の後をつ
いて走っているだけで良かった。
 すげーすげー、片っ端から蹴散らしてるよ。あの獣人が警戒したように、確かにこのデ
ュランってヤツ…強いよ…。
「猪みたいなカレだねぇ…」
「役に立つからいいじゃない?」
「力だけが取り柄でちもんねぇ」
 なにせ、こうやって後ろでのんきに話せるくらいの余裕。途中、俺も戦ったりしたけど、
あんまり必要なかったね。
「止まれっ!」
 まだ変身していない獣人が立ちはだかったが、デュランはそれをものともせず、思い切
り斬りつけた。
 ズザシュッ!
「うがあっ!」
「はい、邪魔だよー」
 ドゴッ!
 俺もついでとばかり飛び蹴りをくらわすと、獣人は目を回してドッと倒れる。
 こんな調子で、俺とアンジェラとシャルロットは楽々港までついた。…デュランは楽じ
ゃなかったかもしんないけど…。
「おおーい! 俺たち、それに乗るぜーっ!」
 港には船がまだ残っていた。良かった! 間に合ったみたいだ。
「早く早く! もう出港なんだ!」
 俺は足の遅いシャルロットの手を引いて、桟橋を渡りきると、船員は桟橋をあげる。
 …はぁ…間に合った…。
「みんないるなー?」
 しばらくして、デュランはそう声をかけていた。
「いるでちー」
「いるわよ」
 夜で見えにくいが、2人ともいるようで、ちゃんと返事をする。…どうやら、デュラン
をちゃんと信用してるみたいだな、この2人は…。でも…。
「あー、ところで、デュラン、だっけ?」
 声をかけるにはまだちょっと慣れない。
「あん?」
 汗をぬぐい、こちらを向いたようだ。俺たちは甲板にへたりこんでいて、吹く風がちょ
うど良いくらいだった。
「君たち、パーティ組んでるワケ?」
「パーティ…」
 俺のさっきからの疑問に、デュランは少し考え込む。
「………やっぱ、組んでるって言うのかな?」
「…言うんじゃない?」
「シャルロットおなかへりまちたー」
「たぶん言うよ、うん」
 …何も考えてないな…この男…。

 ジャドから逃げ出す人はけっこういて、最後に来た俺たちに船内の部屋はもうなかった。
仕方なく、毛布だけを借りてここで寝る事になった。
「信じられない! 甲板で寝るなんて!」
「文句言うなよ、おまえ」
「あんたねぇ、考えられる!? 甲板で寝るだなんて! 不用心にも程があるわ!」
 …どうやらこのアンジェラねーさん…。かなり自己中心的なお方らしい。…やめとこう
かな、この人は…。
「んなこと言ったって、ここしかねぇんだから、しょうがねぇだろ」「しょうがないって…、
不審なヤツとかいたらどうすんのよ!」
「わかったわかったよ…うるせぇな…。だったら俺を起こせ。何とかするから…」
「………じゃあ、その時はちゃんと起きてよね!」
 やっぱり。アンジェラはデュランの強さにはかなり信頼してるようだった。…まあ…確
かにそれは認めなきゃいけねぇよな…。
「デュランしゃーん、シャルロット、おトイレに行くでち、一緒に来てくだしゃいでち」
「一人で行け、そんなもん…」
「おーねーがーい! 怖いんでちよぉーっ。一人じゃ行けまちぇーん!」
「…チッ…あーもうわかったよ、早くしろ!」
 大変そうだな…こいつも…。デュランは寝る暇もなく起き上がると、シャルロットをせ
かしてトイレへと行ってしまった。
「…ところで、アンジェラねーさん」
「…そのねーさんってのやめてくれない? 呼び捨てで良いわよ」
「そ。じゃ、アンジェラ。君さ、ジャドの酒場で俺たち、会わなかった?」
 俺がさっき思い出した事を言うと、アンジェラは何か思い当たるようだった。
「…そっ…か…。どこかで見た事あると思ったら…ジャドの酒場で会ったんだ…」
 俺の言葉に、アンジェラの方も思い出したようだった。
「なに、あのデュランってーのとなんか関係あんの? 君」
「別に! 目的が同じだから一緒にいるだけよ。それだけよ。こっちは我慢して一緒にい
てやってるだけよ」
「そうですか…」
 どうやら、かなりバカ高い男の趣味がお持ちのようだ。
「…確かに…デュランは強いわ…。いくら魔法が使えるようになったからって…私一人じ
ゃどうにもならないんだもの…。一緒にいなくちゃ…いけないのよ…」
「一緒にいなくちゃいけない?」
「目的のためにはね…」
「なるほど…」
 それは言えるよな…。確かにアンジェラ一人で、旅ができるようには到底思えない。こ
うやってデュランについて回らなきゃやってけないか…。なるほど、ヤツをリーダーとし
なきゃいけないワケだな…。
 …確かに一人じゃ…どうにもならない事って…たくさんあるよな…。
 一人じゃ…。…………。
 俺は疲れていたのもあって、ウトウトしていた。どれくらいの時間が経ったか。
「……だいぶ時間を無駄にしちゃったわね…」
 いきなり、デュランの頭あたりから光り輝く女の子が現れて、俺は眠気も吹っ飛ぶほど、
心底驚いた。
「どへぇっ!?」
「まあまあ。コイツ、フェアリーってんだよ。まあ、危ないモンじゃないが…」
「ヘンなものでもないからね!」
 …会話してる…。な、なんだよ、この光る小さいのは…!?
 ……ん? フェアリー…? フェアリーだと!? じゃあ、こいつが!
「あ、ああ! あんたの事だったのか! 光の司祭が言ってたフェアリーに取り付かれた
とかいうヤツは!」
 実を言うとあの騒ぎで忘れていたのだが。そうだ、そうだよ! 司祭が言った通り、戦
士風の男と、派手な女。そうだよ! ピッタリじゃんか。
「いやー、探しましたよ、君たちを。その途中で獣人兵につかまっちまってさ」
「…っていうと、なに、あんたもなにかワケアリなの?」
 寝ていたと思われるアンジェラの声が聞こえる。…ワケ…かぁ…。そうだな、こいつら
には俺も付き合わなくちゃいけないし…。全部話すとするか…。
「…まーな…。あんまり大きな声じゃ言えねーんだけど。俺、ナバールの盗賊なんだ…」
「へー、あのナバールの」
 デュランはナバールを知っているらしかった。
「ああ…。ナバールを知ってるなら、俺らの仕事内容もわかるだろ? 決して貧しい人か
らは盗まず、悪どく金儲けしてるヤツらだけをねらう! それが俺たちのポリシーでもあ
ったし、誇りでもあったんだが…」
 そうだ…。それが誇りだったんだ…。俺達の…。
「最近じゃ、それをなくして、王国まで建国しようなんて、俺らの首領フレイムカーン様
が言い出しちまってな。以前のフレイムカーン様じゃ、考えられない事ばっかりさ。原因
は裏でイザベラって女が首領を操ってたんだ。そこを、俺は親友のイーグルと突き止めた
までは良かったんだが…。ヤツは、イザベラはイーグルを殺して、その罪を俺に着せやが
ったんだ!」
 思い出すだけでも、はらわたが煮え繰り返るほどの憎しみ。
「それだけじゃない。イザベラはイーグルの妹ジェシカに、目に見えない『死の首輪』っ
ていう呪いのアイテムをかけやがった。彼女に真実を伝えたら、イザベラを殺したら…、
すぐにでも死んじまうような忌まわしい呪いさ…。俺、もうどうして良いかわかんなくっ
てよぉ…。それで、ナバールを脱走して司祭に相談に来たんだ…」
 俺の目前には小さな希望が見え隠れする。
「ふーん…」
「なあ、フェアリー。マナの女神様は、俺の願いを聞いてくれると思うか?」
 俺はワラにもすがる思いで、この光り輝く小さな女の子を見た。
「ええ。古代呪法と言えども魔法の一種よ。女神様にかかればそんなもの簡単に解いちゃ
うわ」
 それを聞いて、俺は心底ホッとするようだった。小さな希望が少し大きくなった気がす
る…。
「そっか…。なぁ、俺もあんたらの仲間にいれてくれ。頼む!」
 でなきゃ、ジェシカが救えない! 俺は手を合わせてデュランに懇願した。フェアリー
にとりつかれ、この3人なら、こいつがリーダーだろう。リーダーがたとえあのちっこい
シャルロットでも良い! 女神様に会わせてくれるなら、土下座だってしてやる気分だっ
た。
「…いいよな? 盗賊っつったら、いて便利だし」
「そーなの?」
「そーじゃねーのか?」
 なんていうか、すっげ不安な会話をかわすデュランとアンジェラ。なんでおまえらそん
なに軽いんだよぉ…。こっちゃ命懸けだってのに…。
「なんにせよ、あんたもワケアリみたいだしな。いいぜ、一緒に行こう!」
「ひゃっほう! 良かったぁ。…改めてだけど、よろしくな!」
 デュランはやっぱり軽くそう言った。いや、本当にすっっっごく嬉しかったけど。ちょ
っと不安だったのも事実。…単にこいつが来る者は拒まずなヤツだけらしいと、後で知る
けれど。
 …考えてみれば、俺一人でどれだけの事ができるんだろうか…。さっきのジャドでの事
だって、楽な感じで来たけれど、デュランがいなかったら下手するとこの船に間に合わな
かったかもしれない…。 アンジェラじゃないけど…。一人って…限界があるんだよな…。
 …これから、こいつらとはたぶん決して短くない付き合いが始まるだろう…。女神様に
会うのにどんな困難があるかしれない…。
 でも、ジェシカを救い、そしてイーグルの仇をうつ! 必ず…必ずだ!
 そのためなら…俺は………。
 船はマイアに向かって海上をすべっているようだった。
 ……旅はまだ…始まったばかりだ……。








                                                                        END