油断さえしなければ、楽勝の仕事だった。仲間も手筈通りに動く。俺は最後の仕上げを やるだけだった。 …相手が起きちまったのはちょっと失敗だったけど。まぁ暗くて俺の顔なんてよくわか んなかったろうしな。 「悪銭身につかず」なんて、泥棒に言われたくないかもしんないけどさ。 でも、この仕事は成功したうちに入るだろう。仲間と連れ立って、俺はナバールへと帰 還した。 砂の要塞ナバール。知ってる人にしか知られていない天然の崖などを利用して作られた 要塞だ。ここへまでの道は特殊で、普通の人間ではまずここにたどり着く事は不可能だ。 …俺が拾われてきた頃は、まだここまで大きくなかったんだけどな…。今じゃ小国並の 規模にまで大きくなってきた。 「フレイムカーン様。今夜の仕事、終了いたしました」 仲間を代表して、俺はフレイムカーン様に報告にあがった。最近じゃいつもの事になっ てるけど、最初はこうやって報告しに行くのにも緊張したもんだ。このごろじゃ次期首領 に俺を、なんて声があるそうだけど…。俺は別に…。イーグルの方が似合ってるし、ヤツ の補助ができりゃ、それで良い。願わくば、ヤツの右腕になれりゃいいな、なんて思って るけど…。 「ごくろう…」 そういうフレイムカーン様の表情に生気はない…。一体どうしてしまわれたのか…。俺 は、初めて仕事に成功した時、ほめてくださったフレイムカーン様を思い出す。厳しくて、 暖かい、あのフレイムカーン様とは思えない…。 …どうも、こいつが来てから事態がおかしい…。…そりゃ最初はすっげぇ良い女だと思 ったけどよ…。 「…お前達が帰って来る前にはすでにみなには報告したのだが…。我らは本日をもって盗 賊団を解散し、この砂漠を捨て、新天地にフレイムカーン王を中心としたナバール王国を 築く事になった」 「なっ!?」 あまりの事を聞かされて、思わず俺は顔をあげてしまった。 「控えよ。フレイムカーン様の御前だ。…まぁ、驚くのは無理はないだろう。しかし、世 界はマナの変動によって、我らの命綱であるオアシスの水が涸れはじめているのだ。この ままでは死活問題だ。そこで、新天地を…というわけだ。まず、手初めに風の王国ローラ ントを攻める。あそこは難攻不落と名高い山の上。しかし、逆にそこさえ落としてしまえ ば、そこを足掛かりに他国へも攻められよう。…お前も疲れたろう。今日はもう休め」 「…は、はい…」 ……すごい不服だったけど、頷かないワケにはいかなくて、俺はかしこまって見せた。 どうして…。 自室に戻っても、考えるのはそればかり。窓から夜の砂漠を眺めながら、考えにふけっ ていると、不意にドアをノックする音が聞こえた。 「…なんだ…?」 「ホークアイ…。戻ってたのね…」 「ジェシカか…」 ドアを開けて、ジェシカが姿を現す。イーグルの妹で、要するにフレイムカーン様の娘 だ。俺もイーグル同様、可愛がっている。実際、護ってやりたくなるようなヤツで、昔は ひどい泣き虫だった。最近じゃ、随分良い女になってきたけど。やっぱまだ可愛いという か、子供というか、そんな感じが俺にはどうも抜け切れないんだけどね。 「…どうしたの? そんな思い詰めた顔して」 どうやら、自分が思っているよりもショックを受けているらしかった。 「…いや…。ちょっとな…。ただよ、最近のフレイムカーン様…おかしかねぇか? あれ だけ嫌っていたハズの王政の頂点に立とうとするなんて…」 「…それは…。…きっと、パパにはパパなりの考えがあるのよ…。水が涸れてしまったら、 ここでの生活は難しくなってしまうわ…」 ジェシカも感じているのだろう。父親の変化に…。でも、やっぱりおかしいものはおか しい。 「だからって、あんなにたやすく『盗賊王』の名を捨てちまうってのか? フレイムカー ンの名が泣くってもんじゃないのか? 俺が尊敬しているフレイムカーン様はあんなんじ ゃない! あれじゃ、女にたぶらかされてふぬけになってるただのオヤジだ!」 「パパの事を悪く言うのはやめて! あなたまでもイーグル兄さんと同じ事を言うのね。 そんなんじゃ、パパが可哀想だわ!」 「じゃあ、王国になるってのに、おまえは賛成できるのか?」 「…それは…。その…でも…パパの決めた事よ。私は…パパに決めた事なら従うわ…」 「おいおい。お前までも“お姫様”に憧れちゃってるワケか?」 皮肉めいたようにそう言うと、ジェシカはキッと俺を見上げて、俺の頬を叩いた。 パン! 「…な…なによ…人の気も知らないで!」 ……少し…言い過ぎたか…。彼女は涙の粒を一つこぼして、俺の部屋から走り去る。 ふぅ…。 俺はため息をついた。ナバールの他の連中は、ローラントに攻め入る事にさして抵抗は もってないようだった。…俺もナバールだ…。王政たる王国に攻め入る事にすごい抵抗が あるわけじゃない。…けど、あんな腑抜けになってしまったフレイムカーン様に従うとい うのにはかなりの抵抗がある。しかも、フレイムカーン様というより、あのイザベラに命 令されてる気がして、それが余計に気に入らない。貧しい人々にお宝を配るのもやめちま って軍備増強を繰り返すフレイムカーン様は…以前のあの方とはまるで別人だ…。 コンコン。 またノックの音。振り返ると、ビルがドアを開けて顔を出した。 「ホークアイ、いるんだろ? さっきジェシカが泣きながら走ってったぜ。ニクイね、こ の女泣かせ!」 意地悪な笑みを浮かべて、そんな事を言う。強がり言わなくても良いのに…。 「…よせよ…。ひやかしのために俺の部屋にわざわざ来たってのか?」 「そんなワケないだろ。イーグル様がお呼びだ。イーグル様の部屋に来いってよ」 「イーグルが? …何だろう…」 「さぁな。なんだか、ひどく思い詰めた顔をしてらっしゃったが…。もしかして、ジェシ カ関係かもな」 「馬鹿言えよ。…そういうお前こそ、ジェシカの事が気になるんだろ?」 「バッ! な、なに言ってんだよ!」 図星なのかビルのヤツ、真面に顔を赤らめやがった。 「顔が赤いぜ、おまえ」 「…うっ…うるせぇなっ! さ、さっさとイーグル様の部屋に行けよ!」 顔を赤くさせたまま、ビルは激しくドアを閉めた。…やれやれ…。イーグルじゃないけ ど、ヤツがジェシカの事を心配するのもわかるってもんだな…。別に、ビルが悪いヤツな ワケないけど…心配っちゃあ心配だ…。なにせ、男だらけだもんなぁ…ここ…。あれだけ の女に育っちまったもんなぁ…。俺は関与してないが、ジェシカを巡って色々やらかすヤ ツらがいるらしいし…。 …ま、イーグルの部屋に行くか…。 俺は一つ息をついて、部屋を出た。 ナバールはローラント専攻に備えて、血気だってる感じだ。…王政は嫌いだけど…戦争 ってのは良い気持ちがしねぇもんだ…。 嫌な過去を思い出しそうで、俺は頭をふってイーグルの部屋へと急いだ。 ドアをノックすると「入れよ」という声がしたので、俺はドアを開けて中に入った。 「ああ…ホークアイか…」 どこか、疲れたような顔をして、イーグルは俺を見た。 「なんだ? おまえがわざわざ俺を呼び出すってのはさ…」 たいした用でなければ、あっちから俺の部屋に来る事だろう。 「……なぁ、ホークアイ…。おまえ、最近の親父を…どう思う?」 「…どうって…」 「ジェシカは戸惑っているようだけど…。絶対変だ…。以前の親父なら、あんな事言い出 すハズがない。おかしいのはあの女だ。たかだか助けてくれたからって、右腕のような扱 いはおかしい。あれは、ハロルドの位置だったんじゃないか?」 「……そうだな…」 ハロルドってのは、フレイムカーン様の右腕的存在のヤツ。古株で、フレイムカーン様 とも非常に古い付き合いだったらしい。…おかしい事に、最近ハロルドの具合がすぐれな いんだ。医者はただの風邪だっていうけれど…。…それさえも怪しいもんだ…。 「…おまえは…どう思う? 最近の親父を…あの女を…」 「俺もおかしいと思う。あんなフレイムカーン様は…尊敬できないよ…。俺の尊敬するフ レイムカーン様はあんなんじゃない。あんなんじゃないよ…」 「そうか…よかった…。おまえまでも、ローラント侵攻に賛成だとしたら、どうしようか と思ったよ」 イーグルはホッとしたように微笑んだ。…悩んでたんだな…。 「なに言ってんだよ。ガキの頃からの付き合いだろ? ナバールの神髄は俺もよくわかっ てるつもりだ」 俺が少し笑ってそう言うと、イーグルも笑った。けど、すぐに真顔に戻った。 「お前をここに呼んだのは他でもない。俺の部屋は離れだからな。誰にも聞かれにくいだ ろう。…今夜、あの女のシッポをつかもうと思う。付き合ってくれないか?」 それが何を意味するか。俺はわかっていた。他の連中に聞かれたら、チクられかねない しな…。フレイムカーン様を絶対だと思うのは俺も一緒だけど、今のフレイムカーン様を 絶対的に敬う事は、俺にはできない…。トップの誤りをただすのだって、配下のやるべき 事だと思ってるし。 「最近、親父はあの女と二人で閉じこもりきりだ…はじめはお盛んだなと思ったが…どう やら違うみたいだしな…」 その言葉に、俺は思わず苦笑する。 「…まぁ、それまで少し時間がある。ちょっとだけ、やるか?」 「おいおい、これからの事を考えての事か?」 「一杯だけさ」 言って、イーグルは片目をつぶって見せた。俺も軽く肩をすくめたけど、こうやってイ ーグルと飲むってのは、確かに楽しい事だ。 ……これが…最後になるとは…この時は思いもしなかった……。 「行くぞ」 「OK」 わざと軽く言ってみせ、俺はイーグルに続いた。 夜でもナバールは眠らない。それでも、昼に比べれば活動してるヤツらは少ないけど。 イーグルはフレイムカーン様の私室の前につく。そのドアの前には、見張りが2人もい た。イーグルがやって来た事に、戸惑いを隠せないみたいだ。 「ここを通せ」 「…し…しかし、イーグル様。今は誰もいれるなと、フレイムカーン様が…」 見張りが戸惑ったようにそう言うと、イーグルはそれを鼻で笑った。 「本当に親父がそう言ったのか? イザベラが言ったのではないのか?」 「それは……その…」 「どけ!」 イーグルは強引に見張りをどかせると、かかっていたカギも簡単に開けてしまうと、ず かずかと中に入る。俺もそれに続く。 イーグルに目で合図され、俺たちはそっとフレイムカーン様の寝室を物陰からのぞく。 見ると…。ベッドに横たわるフレイムカーン様を尻目に、イザベラがやたら怪しい男と 何かこそこそと話しているのが見えた。 「…………は……した。………様に、ご報告を……」 とうとうシッポをつかんだぜ、あの牝狐! 「そこまでだ!」 イーグルが叫んだのを契機に、まず、最初に俺が武器をかまえて乗り込む。 「邪魔が入ったようだな…。始末は任せるぞ…」 黒いマントを羽織った怪しい男は、嫌な目付きで俺たちを見ると、音も無く消え去る。 「イザベラ! 貴様、親父に何をしやがった!? さっきの男はなんだ!?」 俺は素早くイザベラの側に近づき、さっと武器を喉元に突き付けた。イーグルはずかず かと乗り込んでイザベラに歩み寄る。 「…おやおや…。まさかこんな時に入ってくるとは思わなかったわ」 しかし、イザベラ は余裕しゃくしゃくで、笑みまでも浮かべている。近くで見れば見るほど、すごい美貌の 持ち主だとわかる。…しかし…その美貌には怖いほどのものがあるのも事実だった。人な らざる、そんなものさえも感じる。 「俺もホークアイも容赦はしない! お前は一体何者なんだ!?」 「ふふふ…。知らなくても良い事ってのは世の中にたくさんあるものよ。…とはいえ…見 られてしまったものは仕方ないわね…ここは…どうしようかしらね…」 イザベラは俺とホークアイを交互に見ている。 「どうしようかだと!?」 「そうよ…。そうね…こうした方が面白そうだわ」 イザベラの目が赤く光った。…赤く光るだと!? 「ぐっ…うわああっ!」 そして突然、イーグルがもだえ苦しみだした。 「イーグル!? どうしたんだ!?」 「さぁ、この私に面白いショーを見せてちょうだい」 イーグルに気をとられているスキに、イザベラは俺を突き飛ばした。 「うわっ…」 「…ぐ…うぐぐ…」 「イーグル、おいイーグル! しっかり……」 俺はイーグルの様子を見ようとして駆け寄って…、そして、すごい殺気に思わず身をひ るがえす。 見ると。イーグルがダガーを構えて俺に切りかかろうとしていたのだ。 「イーグル!? イーグル! どうしたんだ!」 「ぐぅぉおっ!」 青紫の顔。赤い瞳。殺気だった異様な形相で、俺に切りかかる。 「お、おい! やめろ、イーグル! やめろ!」 「クックックッ…。お前達、このナバールの若手でも実力を二分してるんだって? ここ は一つ、わかりやすいように決着でもつけたらどうだい?」 「なんだと!?」 俺はイザベラの言うことにカッときて、もっていたダガーを素早く持ち替えた。こうな ったら、こうするより…他はないっ! 「イーグル! 目を覚ませ!」 ドンッ! 俺はダガーの柄で、イーグルの腹を殴る。 「ぐっ……かぁ………フッ…ハァッ、ハァッ、す、すまん…ホークアイ…」 青紫の顔が見る間に肌色に戻っていき、イーグルは息も絶え絶えになってひざまづく。 「おい、大丈夫か!?」 手加減したし、峰打ちだから、死ぬ事はまずないはずだ。 「ハァッ、ハァッ…うく…ハァッ…だ、ダイジョウブだ…」 「…あら…。こざかしい真似をするのね…。つまらないこと…。じゃあ、こういうのはど うかしら?」 言って、イザベラが意味不明の言葉を唇から紡ぎ出す。 「くらいな!」 突き出された手のひらから、不思議な光球が勢いよく飛び出して、そしてそれは弧を描 くとイーグルを捕らえる。 ズガンッ! 「ぐおおおぉぉーっ!」 光球は激しくイーグルを叩きつけた。 「イぃーグルっ!」 見開いた目。飛び散る血。信じられない光景。 「イ…イーグル! イーグル! イーグルーっ!」 俺は夢中になってイーグルを抱き起こす。 「イーグル! イーグル!」 「…………ホー…クア…イ……。…後を……たの……」 「イーグル! 駄目だ! イーグル!」 「衛兵! 衛兵はいないの! くせ者がーっ!」 イザベラが、さっきまでの残酷な表情を一変させて声をあげて衛兵を呼ぶ。そして、横 たわるフレイムカーン様がまるで操られているようにふわりと不自然に起き上がる。くそ ったれい! やっぱそういう事か! クソッ、でも、このままだとイーグルは…。 「イーグル! おい、イーグル! イーグル!」 呼べど叫べど、イーグルは返事をしない。頼む、頼むから…イーグル! 「な、何をやってるんだホークアイ!」 気づくと、周りにいたヤツらが続々とこの部屋にと駆けつけてくる。あのビルやベンも いた。俺は殺気立って取り囲む連中を見る。 「…おまえ…、…ホークアイ! なぜイーグル様を!」 「ちが…違う! 違うんだ、俺じゃない! イーグルをやったのは俺じゃないんだ!」 「仲間殺しをしておいて、よくもそんな事が言えるものだこと」 「なっ…、貴様…イザベラぁっ!」 「引っ捕らえろ!」 「違う…違うんだぁっ!」 けど、多勢に無勢。俺は取り押さえられ、武器も取り上げられ、牢屋へとぶち込まれて しまった。 ガチャーンッ! 牢屋の鉄格子が俺の前に降りる。 「仲間殺しの罪は重い。…しかも、あのイーグル殿を殺したのだ…。そこで処刑の時間を 待つがいい…」 「貴様…」 俺が怒りでわなないていると、イザベラは俺にしかわからない位置にいるせいか、嘲り の腹立たしい表情を浮かべた。 相変わらず無表情のフレイムカーン様。怒りで我を失っているビル。その他の連中が行 ってしまうと、イザベラはまだ残っていた、未だ俺を嘲っている。 「フフフ…。ボウヤ…。あそこで見た事をあたりかまわずぺらぺらしゃべらない事ね」 「何だと?」 「…本当の事を言ってごらん。お前の大事なジェシカの命はないからね」 「なっ…、貴様、ジェシカに何をした!? あいつは関係ないだろ!?」 「お前に何かするよりも、あの子に何かした方がお前には効き目がありそうだから。あの 子にはね、とても素敵な呪いの首飾りをプレゼントしたの。…本当の事を話してごらん。 おまえがあの子の命を奪う事になるから」 「な、おまえ…なんて…事を…」 「クックックッ…。いいねぇ、その憎悪に満ちた表情…随分と素敵だよ…。でも、残念ね …ぼうやはそこでおとなしく処刑を待ちなさい…。フフフッ…アーッハッハッハッハ!」 そして、高らかに哄笑すると、牢屋から立ち去ってしまった。 くそ…くそ…このままじゃ…俺の命はおろか、ジェシカの命まで…クソッ! 牢屋のカギは…ナバールでも高度な錠前でできてて…盗賊用ツールも取り上げられてい る今の状態じゃカギ開けも駄目だ…クソッ…、なにか、役立ちそうなものは…。 …けど、盗賊用ツールもなくこのカギを開けるのは無理だ…。こんな特殊な錠前…。 俺がどうにかできないと、鉄格子をガンガン蹴っていると、パタパタとした足音に気が 付いた。 「ジェシカ…?」 「うっ…うっ…イーグル兄さんが…。ねぇ、あなたが殺したなんてウソでしょ!? あんな に仲が良かったのに! あなたがそんな事するわけないでしょ!? ねぇ、教えて! 誰が 兄さんを殺ったの!?」 泣き腫らした、真っ赤な目で、ジェシカは俺を見る。 「それは…」 『本当の事を話してごらん。おまえがあの子の命を奪う事になるから』 イザベラの冷たい言葉が俺に突き刺さる。…言えない…言えるわけねぇじゃねぇか…。 「……何で…何で何も言わないの!? どうして何も言ってくれないの!? …まさか…ねぇ、 違うでしょ!? 違うって言ってよ!」 俺だって…そう言いたいよ! けど…。 「…まさか…ウソ…ウソでしょ、ねえっ!」 ジェシカがどんなに言っても、俺は…何も言えなくて…ただ…黙るしかなかった。 「……そんな…ねぇ、ホークアイ! 何とか言ってよ! ホークアイ!」 ごめん、ジェシカ…ごめん! 「…………うっ…うわあああああぁぁっっ!」 何も言わない俺に、信じられない目をして、そしてジェシカは泣きながら走り去ってし まった…。 …クッソ…。何とか…何とかしなきゃ…。でも…どうすれば…。 ガリ…ガリガリ…ゴリ…。 ……ん? なんだ、あの音は…。 不審に思って、俺は壁側に耳をあててみる。ずずず…と振動がする。これ…もしかして …。 やっべぇ! 離れないと! ドガアン! 俺が慌てて離れてすぐ、壁が爆発した。 「アニキ! 早く! こっちですにゃ!」 舞い散る噴煙の中、見慣れたネコ男が姿を現した。 「ニキータ!」 「この壁、どうしても破れなくて、火薬の量が多すぎたにゃ。でも、急げば何とかなるは ずにゃ! 早く!」 「お、おう!」 俺はニキータに連れられて、壁の穴へと走りだす。 「…でも、よく来てくれたな、ニキータ」 「アニキ! オイラはアニキがそんにゃことしにゃいって信じてますにゃ!」 「ニキータ…」 走りながら照れて言う、ニキータのこの言葉に、俺はガラもなくジーンとしてきてしま った。 「さ、早く早く!」 ニキータにせかされて、俺はこの穴をひた走る…。ニキータ…ずっと掘っててくれてた んだ…。 穴は、ニキータの店の地下へとつながっていた。確かに、ここからなら、あの牢屋に近 い。 「アニキ、急いでたんで、たいした用意はできにゃかったけど…。武器と盗賊用ツール。 あと少しのお金を用意しましたにゃ!」 「ニキータ…」 そこには、武器と盗賊用ツール一式があった…。ニキータは、ナバールでも売店みたい なことやってるから、こういうのを用意するのは簡単だったろう。とはいえ、あまり高度 のものは売る事はできないんだけど…。 「オイラ、見たにゃ。ジェシカさんのあの首輪…。みんにゃには見えにゃいみたいだけど、 オイラには見えるにゃ。あれは古代のアイテム『死の首輪』にゃ。確か、あれはあれをつ けさせた本人が死んでも、つまりイザベラが死んでも、ジェシカさんの命を奪ってしまう ものにゃ!」 「なんだと…!?」 「あれの外し方はオイラにもわからにゃいけど、ウェンデルにいる光の司祭なら、外し方 を知っているかも!」 「…ウェンデル…あの聖都か!」 「アニキなら、これだけの道具があれば何とかなるはずにゃ! 急ぐにゃ!」 「…………わかった! ありがとよ、ニキータ!」 俺が力強く例を言うと、ニキータはヒゲをたるませて照れていた。 新米用のダガー、 新品の基本的な盗賊用ツール。金。…そうだな、これだけあれば、何とかなる! 「よし…わかった! じゃ、行って来る! 必ず…必ず戻ってくるからな!」 「あい!」 俺はそれを急いでニキータの用意した小さな背負い袋に詰め込むと、ニキータの店から 飛び出した。 ナバールは広い。そして、見張りもあちらこちらにいる。それは、ここにいた俺がよく 知っていた。 「ホークアイが脱走しやがったー!」 チッ! もう見つかっちまったか! 舌打ちしてるヒマもない。俺は抜け道へと走りだす。 ……仲間を攻撃するのは趣味じゃないが…、そうも言ってられんか! 俺は次々と襲いかかる仲間を峰打ちにして倒していき、警備の手薄な抜け道に急いだ。 「ホークアイ! ここから出すワケにはいかん!」 「お前には力及ばずとも、俺たちは!」 「俺はここから出なけりゃなんねぇんだ!」 ごちゃごちゃ言う警備をしばき倒すと、俺は抜け道を通ってナバールから脱走した。こ こから出てしまえば、捜索は難しいはず! 事実、俺の読みは当たった。砂漠に出てしまった俺を追うヤツらはいたみたいだけど、 そいつらをまいてしまうのは簡単な事だった。 …ここまでくれば…。 俺は、遠くに望むナバールの要塞を眺める。 …イーグル…。お前の仇は…必ずとってやるからな! 俺達のジェシカを救い、そして …俺は必ずここに戻ってくる! 必ず…! …ジェシカ…それまで…どうか無事でいてくれ…。 しばらく俺はナバールを眺めて…そして…サルタンへと向かった。 to be continued... |