時は流れる。あれから、ホークアイとのやりとりは続いているが、デュランとの関係は
まったく途切れてしまった。最初は、カードとか送っていたけど、なしのつぶてなのでや
めてしまった。
 ホークアイとちょっと会う事があったけど、デュランの事は話題に上らなかった。本当
は、二人とも気にはなっているのだけれど…。
 デュランというフォルセナの騎士の噂は一応、アルテナにも伝わってきていた。何でも、
飛びぬけて優秀な騎士だとか。
 それを聞くと、アンジェラの胸中は複雑だった。デュランだったら当然だと思う。実力
があるから。それを嬉しく思うのは、アンジェラはデュランの事をまだ仲間だと思ってい
るんだと、自分で気づかされる。
 今なら、あの時のホークアイの言葉も理解できる。あの時の行動を間違っているとは思
ってないけれど、それが、同時にデュランの旅を否定してしまう事実にも気づいた。
 どうしようもないと思った。
 別に、デュランの旅を否定しようなんてこれっぽっちも思っていなかった。ただ、紅蓮
の魔導師を助けたい。それ一心だった。もし、デュランがホークアイみたいな彼とは関係
ない立場だったら、すぐに回復魔法をかけてくれただろうと思う。
 だから、もう、あの時のように彼を責めようなどとは思っていない。お互いの譲れない
ところがまるでかみ合わなかったのが、不幸なんだと。
 自分の結婚式に、デュランに招待状を出したけれど、やっぱり彼は来なかった。ホーク
アイの時でさえも、彼は来なかった。
 ホークアイは、嬉しい日なのに、寂しそうだった。
 あんなに仲が良かったのに…。
 そう思うとアンジェラの胸も痛む。キョロキョロと会場内を見渡すホークアイに、なん
だか悲しくなってしまった。
「やっぱり…ダメだったか…」
 タバコに火をつけて、ホークアイはふうっと煙を吐き出した。少し、ボウっとしている
ようだ。少なからず、落ち込んでいるらしい。
「ホークアイは、あれからデュランには一度も?」
「ああ。会ってねぇ。まあ…元気でやってるんだと思うけど…。一度、フォルセナに行っ
たんだけどな。ヤツの実家を訪ねてみたけど、今は城に住み込みで仕事してるから、ほと
んど帰って来ないんだと。で、城の方も行ってみたけど、あいつ今は上層部だから、一般
市民が入れるような所にいないみたいなんだ。いないかって聞いてみたんだけど、偉くな
っちまったもんだから簡単に会える身分じゃねぇって言われてな…。それっきりだ」
「そう…」
「なんか…寂しいもんだな…。こういう時、友達に会えねぇってのは…」
「…………………」
 ため息と一緒に煙を吐き出し、前髪をかきあげる。礼服をきっちり着て、色男ぶりに磨
きがかかっているのに、顔の憂いがその魅力を半減させている。
「…ともかく…来てくれて有難う。おまえも忙しくて大変なんだろ?」
「ん…今日くらいなら大丈夫」
 小さく微笑んで。そして、ため息は飲み込んだ。
 あんな別れ方をしなければ、たとえ会えなくてもこんな気持ちになる事はなかっただろ
う。いい加減、デュランの方も頭が冷めているのではないかと思ったけど、彼もなかなか
頑固だ。
 しかし、自分の結婚式に来ないのは仕方がないとして、ホークアイのには何故来ないの
だろうか? 来れない等の連絡は一切来ていないらしい。
 そこが引っかかるところであり、気持ちが濁るところであった。

 それからまたしばらくしての事。
 ウェンデルで各国の王の会議が行なわれる事となった。
 国同士の調停などが主な目的で、アルテナもそれに出席する。女王の娘であり、次期女
王となるアンジェラが出席するのはしごく当然の事であった。
 そして、フォルセナの王も出席した。
 アルテナは加害国として謝辞と、平和調停をフォルセナと結ぶ事になっている。
 会議は滞りなくすすんだ。
 帰るまでの時間、少しヒマがあったので、アンジェラは神殿内をぶらぶらと歩いていた。
神殿の中庭は色とりどりの花が咲き乱れ、目に楽しい。
 ふと、人の気配を感じ庭の陰を何とはなしに覘いてみて驚いた。
 忘れるはずもない男が、石段に腰掛けてこちらに背を向けているのが見えたからだ。
 デュラン!?
 声をあげそうになって、慌てて手を口にあてる。
 フォルセナ王が来ているのだ。彼の護衛として、デュランが一緒に来ていて何ら不思議
はない。今まで見えなかっただけで、来ていたのだ。
「にゃーん」
「よしよし…。腹でも減ってるのか?」
 どこの仔猫か知らないが、まだら模様の仔猫がデュランの膝の上で甘えている。デュラ
ンの顔は見えないが、仔猫の表情は見える。目を閉じて喉をごろごろと鳴らしている。
 もうちょっと近寄ってみてさらに驚いた。
 あんなに優しそうなデュランの表情を見たのは初めてだったからだ。確かに旅の最中は
戦いの連続だったから、殺伐としていたのも無理はないのだけど。
「でもなぁ、俺、何にも持ってねぇんだよ。あとで神殿の人になんかもらえよな」
「ゴロゴロゴロ…」
 首をなでられて、猫はまた喉を鳴らした。デュランの表情は相変わらず穏やかだ。
 …今は、機嫌が良いみたいね…。
 アンジェラはそう判断した。
「デュラン」
 呼びかけると相当ビックリしたようで、目を見開いて振り返った。
「…いつの間に…」
「さっき。ねぇ、聞くわよ。どうして、ホークアイの結婚式に出なかったの? 私が出席
するからなの?」
「………………」
 今までの表情がすぅーっと無くなって、彼は無表情になる。
「…どうしても抜けられない仕事があった。それだけだ。一応、連絡はした」
「来なかったって言ってたわ」
「ギリギリに出したからな。式当日には届かなかったんだろ」
 もうアンジェラの方は見ないで、仔猫に視線を落とす。デュランの様子の変化に気づい
たか、仔猫はデュランを見上げて首をかしげる。
「……私は…別にあんたのあの旅を否定するつもりであんな事を言ったわけじゃない。そ
りゃ、あの時は気が動転してたから、あんたの事を考えないでああいう事を言ったけど」
「そうだな」
 デュランはそっけない。
「もうわかってるの? じゃ、何をそんなに怒ってるのよ」
「……あんたの結婚式の招待状。俺が知らねぇと思ってあんなもんよこしたのか?」
 アンジェラはギクリとした。
「………まさか……情報が漏れてるの?」
「ああ。ま、だだ漏れってわけじゃねえ。フォルセナでも上層部しか知らねぇ事だ。陛下
はアルテナがひた隠しにしているのがわかるから、それに免じて知らないフリをしてるだ
けだ」
「……………そう…」
「どういう神経で招待状を出したんだ? 知っててやったんだろ?」
「…もう一度話をしたかったのよ。余計にこじれるかもしれないと覚悟はしてたけど…。
でも、あのまんまは嫌だったから…」
「ふーん…。…女神様ってのは不公平なんだな。戦争で死んだ人間はそのままで、戦犯に
奇跡が起こるのかよ」
 デュランの言い方にトゲが含む。それにはアンジェラは何も言えない。
「まあ…わかってるから、ひた隠してんだろうけどな…」
「でも…これからは二人で罪をつぐなっていくつもりよ。だから…」
「いいよ。俺に何言っても無駄だから。もう、頭がうけつけねぇんだ」
「……………」
 そんな言い方をされては黙るしかなくなってしまう。アンジェラは押し黙り、拳を握り
締める。
「……そんな事…。そんな事言わないでよ…。…もう話し合いの余地もないの? ……私
はあんたが…デュランがけっこう好きだったわ。最初は嫌なヤツと思ってたけどね。今は
ちょっと嫌いになりそうだけど。でも、やっぱりけっこう好きよ」
「そうか」
 デュランは無感動に返事をするだけだった。その様子にはかすかな怒りがあるようだけ
れども、ほとんど無感情に近い感じだった。
「…あの旅を…否定するの…?」
「…そこまでは言わねぇ…。あんなに辛い旅は正直もうごめんだが、確かにあれで俺は強
くなった。…強くはなった…」
 膝の上の仔猫をなで、遠くを見る。
「…ホークアイには悪いと思ってる。とばっちりを一番受けたのはアイツだからな。一番
無関係だったのに、最後まで付き合ってくれた。…一度、フォルセナに会いに来てくれた
らしくてな…。悪い事したよ…」
 ふぅーっと長いため息をつく。仔猫は相変わらず気持ちよさそうに膝の上で丸まってい
る。
 少しの間沈黙が支配していた。どうしようか悩んでいると、デュランの方から口を開い
た。
「…俺はあの時、何が起こったのかよく状況が飲み込めなかった。あんた、前に言ったよ
な。ヤツとはたいした関係じゃないっていうの。それを鵜呑みにしてたのもあったからな。
…ホークアイの方はずっと疑ってたようだが…。俺は…本当にそういうのが苦手だから、
それ関係は言葉通りにしか受け取れねぇ。だから、あの時混乱した」
 あの酔った状態でありながら、あの一件を、彼はきっちり覚えていたのだ。まさか、覚
えているとは思わなかったし、あの一件を持ち出されるとは思わなくて、アンジェラは目
を見開いた。
 あの時は、勢いに任せて関係ないと言い張ったけど。まさか、こんな所で響いてくると
は…。
「そして、理解して。今までの事がポンと冷めちまった。何もかも色あせた。ひどく空し
くなってな。俺は何のために旅をしてきたのか、わからなくなった。あいつが竜帝を復活
させさえしなければ、父さんの魂が闇に堕ちる事も、父さんを殺す羽目にも陥らなかった
のに、あんたはあいつを助けろと俺に言う。俺の事情や目的を知らないわけじゃないだろ
うに、そんなものそっちのけだ。あんたは俺よりもアイツが大事なんだなってわかって。
俺は裏切られたんだと思ったよ…。今までの事や仲間の事情を無視して昔の恋人をとった
あんたを見て、こいつはもう仲間なんかじゃねぇと思った」
「……そんなつもりがなくっても…あんたを傷つける事になるんだね…」
 アンジェラはうなだれる。デュランを裏切る気持ちなんか無かったと言っても、どれだ
け信じてもらえるのだろうか。
「俺は仲間なら体をはって守る。第一、あの面子で一番体力あるのは俺だからな。でも、
俺を殺そうとするヤツの方が俺より重要だって言うなら、仲間をどうでも良いと思うよう
な、そんなヤツを俺は体をはって守る事なんてできねぇよ。背中も預けられん。命なんか
かけられるか。いざって言うとき、俺は蔑ろにされるって事だろ。なんでそんなヤツを仲
間なんて言わなきゃなんねぇんだ」
「……あんたを蔑ろになんてしないよ……どうでも良いなんて思ってないよ。どうして…」
「俺とアイツでどっちかしか助けられないとしたら、あんたはあっちを助けるんだろ? 
違うのか?」
「………………」
 確かに、二人がそういう事態に陥ってしまったら、きっとデュランの言うとおりになっ
てしまうだろう。
 たとえどんなに後悔する事になっても、アンジェラは彼を選んでしまう。
 しかし、それをすぐにデュランを蔑ろにしているとイコールにされても困ってしまう。
そのへんにいる人々と比べるなら、デュランはまず間違いなくどうでも良くない人間だ。
「…その…確かに…それは…否定できないけど、でも、あんたにだって大事な人くらいい
るでしょう?」
 今までまともにこちらを見なかったデュランが、少しだけこちらを向いて、ギロリとア
ンジェラを睨みつけた。殺気すら含んだ瞳に、一瞬アンジェラの背中が寒くなる。
「だから何だ? 俺の家族はあんたを殺そうとしたのか? …今更何なんだよ。さんざん
人をバカにしておきながら、まだバカにしたりねえのかよ。あんたのやること成す事全部、
俺をバカにしてるって事、まだわかんねぇのか?」
 低く、押し殺したような声。これ以上デュランを刺激したら、激昂しそうな雰囲気だっ
た。その空気に、アンジェラはたじろいだ。
 仔猫は戸惑ったような様子でデュランを見上げている。
 デュランはゆっくりと表情を戻して、そしてアンジェラから顔を背ける。
「仲間だと…? ふざけるなよ…。嘘ばかりつきやがって…。そんなに俺を馬鹿にするの
が楽しいのかよ……」
 疲れた声で、デュランは頭を抱える。その様子に、アンジェラは一瞬言い淀む。でも、
思い切って口を開いた。
「…私、あんたを馬鹿になんてしてない。どうしてそんな事ばかり言うの? 確かに、確
かに私はあの人が大事だけど、でも、だからってそれをすぐに蔑ろにしてるなんて結びつ
けられても困るよ!」
「俺にとっちゃ同じ事だ。俺を殺そうとするヤツの方が大事なら、そいつが俺を殺しても
あんたは仕方がないとか思って終わりだろ」
「仕方がないなんて、そんな…!」
「じゃあ、何だよ?」
「止めるよ! ただ、どっちも失いたくないだけで…」
 アンジェラの言葉を、デュランは鼻で笑い飛ばした。
「甘え事言ってんなよ。殺すか殺されるかの状態で、そんな甘い考えは通用しねぇ事、あ
んだけ戦っておきながら、もう忘れたのか? 俺達が殺すか、ヤツが殺すか。戦場じゃど
っちかしかねぇ」
「………………」
 アンジェラは言葉に詰まる。確かに、それは事実だったからだ。
「…ごめん…。…そうだよね…。自分を殺そうとしている人を助けるって…そういう事な
んだよね…。ごめん…」
 唇をかみしめながら、アンジェラは血を吐くかのようにつぶやく。悲しいけれど、あの
時のあの人は、やめろと言って聞いてくれるような状態ではなかったのだ。それが事実で
ある以上、デュランのいう事はもっともなのである。
 どうしてこんな事になってしまうのか、ただただ悲しくて、悔しかった。
 しばらく、痛い沈黙が支配する。
「ねぇ、どうしたらあんたは私を許してくれるの? 私は何をすれば良い?」
「何もしなくて良いよ」
「…そんな…。罪も償わせてもらえないの? それもだめなの?」
「何もしなくて良いって言ったじゃねぇか。俺はあんたに何かしてもらいたいような事な
んて、何一つない」
「…………………」
 あまりと言えば、あまりの言葉に、アンジェラは下唇をかむ。彼は、そこまで怒ってい
たのか。
「あるとすりゃ…」
 思わず、アンジェラは顔をあげるが。
「俺の前にもう二度と、姿を現すな。それだけだ」
「そんな…。そんなの…ないよ…。やり直しも、償いもダメだなんて…」
「言っただろ。ひどい男と思って構わねぇってよ。俺がどう思うと俺の勝手だし、あんた
がどう思おうと、あんたの勝手だ」
「それなら! あんたを仲間と思う事だって、私の勝手でしょう?」
「…………。…なら、勝手にそう思ってれば良いだろ。ともかく。そこまで言うんなら、
俺の前にもう二度と、姿を現さないでくれ。見つけても、話しかけるな。あんたといるだ
けで、俺はあんたに殺意さえわいてくるんだ」
「……………………」
 そこまで、嫌われていたのか。
 アンジェラは自分の認識の甘さを思い知らされた。どうにか、和解できないものかと思
っていたけれど。
 こんなに信頼できる仲間はいないと思った。辛くても楽しい時間があれほど良いものだ
とは思わなかった。
 それなのに。
その思い出がこんなに無残な事になるとは。
 アンジェラにとって、彼とデュランは別次元の人間だったけど。現実はそんな事はお構
いなしだ。
 デュランが深く長いため息をついた後、ゆっくりと顔をあげた。
「さぁ、もうプライベートはしまいにしよう。…アルテナのアンジェラ王女。ここは兵士
の詰め所に近い場所。あなたのようなお方が来る所ではありませんよ」
 仔猫をそっとおろし、デュランはもはや何の感情も浮かばない顔でアンジェラに向かっ
てかしこまった。
 ここまで完璧に切られてたんだ…。
 目の前でアンジェラはそれを見せつけられて。一瞬気が遠のいた。
 あの思い出を、何もかもすべて。デュランは切ったのだ。もはや仲間としてはおろか、
知り合いとでさえも、自分を扱ってくれないだろう。そして、関係の修復も望んではいな
いのだ。
 あの素晴らしいと思っていた関係はもう二度、戻る事がないと悟った。
「……そう……じゃあ…私が消えるから…ホークアイのことだけは、切らないで。……そ
れだけ…」
 激しいめまいを我慢して、なんとかそれだけ言葉を搾り出す。
「そうですか。では、失礼します」
 事務的に頭を下げて、デュランは去って行った。
 去っていくデュランを見て、実はデュランは自分の事を好きだったのではないかとか思
った。だから、あんなに怒ったのではないだろうか。もう、推測でしかないけれど。
 そして、その推測が確かめられるような事はないだろう。今度出合っても、あの様子で
はまともに会話すらしてくれそうにない。
 そう思うと激しく心が痛かった。
 やっぱり、彼の事は好きだった。もちろん、夫とはまた違う好きという感情で、仲間と
して、友達として、好いていた。
 もしかすると、あの人がいなかったら、デュランに惚れたかもしれない。そう思った。
夫婦としては幸せである以上、そんなことにはなりえないけれど。
「何で…こうなるのよ…」
 うめくようにつぶやく。
 どうして、あの男を愛すると、こんな事になってしまうのか。確かにあの男がした事は
そう簡単に許せる事ではないのだろう。でも、だからといって、彼にやり直させる機会さ
えも与えてくれないとは。
 今回の事だって、母親と、夫と3人で何度も話し合った。一緒に悩んで、励まし合って。
どうにかこうにか、今日の和議に取り付けた。
 女神様は彼に、罪を償い、やり直させる機会を与えるために、復活させてくれたのでは
ないのか? 女神の意思はわからなかったけれど、アンジェラはそう思っている。
 ともかく、ハッキリしているのは、あの旅の仲間は終わったという事だった。そして、
それはもう二度と、戻らないものだという事を。
 あんなに信頼しあっていた関係は、一体、何だったのだろう…。3人で過ごした時間は、
確かに、本当にあった事なのに。
言いようも無い悲しみに襲われ、アンジェラは廊下を走った。
 そして、困り果てる夫の胸でただひたすら泣いた。

                                                                       END



















































なんて後味が悪い結末なんだろうと思った人は読んでみて下さい。